ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福―   作:煌人

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第九十四話:氷華の裁きと、放浪の屠龍者

 

 

宿場町トトスを後にした俺たちは、再び魔導キャンピングバスに乗り込み、王都リベリオンを目指して街道を滑走していた。

漆黒のボディに刻まれた金縁の桜が、流れる景色の中で鈍く輝く。

二階のオープンデッキでは、透明な魔導シールドが心地よい風を遮り、スピーカーからは軽快なジャズが流れていた。

 

「あぁ……この揺れのなさといい、音楽といい、本当に快適だわ。もう馬車には戻れないわね」

 

アルシェラが贅沢に足を伸ばし、パントリーから出したばかりの冷えた果実水を口にする。

 

「旦那様、見てんみんしゃい! あの丘の向こう、バリ広か草原が広がっとーよ!」

 

カグヤが指差す先には、春の陽光を浴びて波打つ緑の海があった。

バルトとアレス、およびフェンリル親子も、思い思いの場所でこの「動くリビング」を満喫している。

 

平和そのものの旅路。

 

だが、その静寂を破るように脳内のクオーレが声を響かせた。

 

《警告。前方三キロ地点、高エネルギー反応を検知。戦闘音、および複数の生命反応の消失を確認。……また、対象の中にこの世界の基準における強者を一名、感知しました》

 

「高エネルギー……強者、か。アレス、見えるか?」

 

俺が運転席から天井越しに声をかけると、オープンデッキの端で目を細めていたアレスが頷いた。

 

「……酷い状況だね。豪華な馬車が一台、騎士団が囲まれているけれど、既に半分以上が地面に伏している。相手は……ただの盗賊にしては数が多い。三十人はいるかな」

 

俺はアクセルを踏み込んだ。

 

「……無粋な連中だ。少し、速度を上げるぞ」

 

絶望の淵と、放浪の英雄

 

街道の先では、血生臭い光景が広がっていた。

豪華な装飾が施された馬車の周囲で、数名の騎士が必死に剣を振るっているが、その足元には既に事切れた仲間の骸が転がっている。

彼らが守っているのは、馬車の中に震えて身を隠している高位の貴族――この国の公爵とその娘、および密かに同行していた国王の次女であったが、今の俺たちには知る由もない。

 

「ヒャッハー! 騎士様も形無しだな! さっさとその馬車の中の女を差し出しな!」

 

盗賊たちが下卑た笑い声を上げ、包囲を狭めていく。

そこへ、一人の大男が街道の横から躍り出た。

身の丈ほどもある巨大な大剣を肩に担ぎ、全身に無数の傷跡を持つ戦士。

 

「そこまでだ, 下衆共。貴様らの首、俺が頂いていくぞ」

 

その男の登場に、盗賊たちがたじろぐ。

 

「て、てめぇ……! その大剣、まさか『放浪の屠龍者(ドラゴンスレイヤー)』ガルシアか!?」

 

《個体識別:ガルシア。Sランク冒険者。推定ステータスは四桁台。この世界の人間としては上位一%に属する強者です》

 

クオーレの冷静な解説が響く。

 

四桁……俺たちの能力値が万単位であることを考えると、驚くほど低いが、この世界では英雄視されるレベルなのだろう。

 

「ふん。Sランクだろうがなんだろうが、俺たちには数があるんだよ!」

 

盗賊団の先兵たちがガルシアに襲いかかろうとした、その時だ。

 

 

ドォォォォォォォォォォン!!

 

 

腹に響く重低音を響かせ、漆黒の巨大な「鉄の箱」が、凄まじい風圧と共に現場へ急停車した。

 

氷華に散る命

 

「……なんだ, あの箱は!?」

 

ガルシアさえもが目を剥く中、バスのドアが開き、俺たちがゆっくりと降り立った。

俺は地面に倒れ伏す騎士たちと、余裕ぶった盗賊たちを一瞥し、深く溜息をつく。

 

「……おい。邪魔なんだよ。どけ、それとも今すぐ死ぬか?」

 

「あぁん? なんだてめぇは, その珍妙な格好は――」

 

盗賊が俺を指差して罵声を浴びせようとした瞬間、俺は右腕を前に出し、指を鳴らした。

 

「『氷魔術:グラキエス・フロース』」

 

 

パキィィィィィィィィン!!

 

 

一瞬だった。言葉を交わす間もなく、馬車を囲んでいた三十人の盗賊たちが、その場から動くこともできず、結晶化した氷の花へと変貌した。

日の光を反射してキラキラと輝くその「芸術品」は、直後に風に吹かれた砂のようにさらさらと崩れ落ち、そこには生命の欠片も残らなかった。

 

 

「……は……?」

 

 

ガルシアが呆然と口を開け、馬車の中から恐る恐る外を覗いていた王女たちも、そのあまりにも理不尽な光景に言葉を失った。

 

「もー、ヨシテル。また一人で良いところ持って行って。たまには私にも暴れさせてよ」

 

アルシェラが槍を回しながら苦笑いする。

 

「すまん。少し急いでいたからな。……あぁ、ついでだ」

 

俺は地面に転がっている、既に息絶えたはずの騎士たちに手をかざした。

 

「『蘇生魔術:エテルナ・リジェネシス』」

 

温かな黄金の光が辺りを包み込む。致命傷を負い、心臓が止まっていたはずの騎士たちが、大きく息を吸い込みながら次々と跳ね起きた。

 

「な、何が……俺は確か、死んだはず……」

 

「傷が……消えている!?」

 

驚愕する彼らを見下ろし、俺は淡々と言い放った。

 

「……俺の気まぐれだ。このことは内密に頼むぞ。……アレス、奴らのアジトは?」

 

森の中からアレスがスッと現れる。

 

「眷属が既に見つけているよ。ここから北へ五キロ、古い砦を根城にしているようだ」

 

「よし、全員で正面から潰しに行くぞ。逃げ出してくる奴は俺が仕留めるから、皆は中で好きに暴れて発散しなよ」

 

砦の崩壊と、引き摺られる盗賊の頭

 

一時間後。ガルシアと、生き返った騎士たち、および馬車に乗っていた公爵たちが砦の前に辿り着いた時、そこにはもはや「砦」と呼べる構造物は存在しなかった。

 

正面の巨大な鉄扉は、まるで紙屑のように丸められ、壁の半分以上が爆散している。

 

「がはは! 手応えがねえな! どいつもこいつも一撃じゃねえか!」

 

土煙の中から、バルトが巨大な戦鎚を肩に担いで出てきた。その左手には、盗賊団の「ボス」と思わしき男の襟首を掴み、ボロ雑巾のように引き摺っている。

ボスの足は、バルトに踏み潰されたのか、あり得ない方向に曲がっていた。

 

「ヨシテル、中のは全部掃除したで。このおっさんだけは生かしといたけど、もう戦う気力なんて微塵もあらへんわ」

 

イシュタルが双銃をくるりと回してホルダーに収める。

バルトはゴミを捨てるように、ボスの体をガルシアの足元に放り投げた。

 

「おい、屠龍者さん。こいつが賞金首だろ? 欲しがってたみたいだからやるよ」

 

ガルシアは、目の前の「怪物」たちを、戦慄と困惑の入り混じった目で見つめるしかなかった。

Sランクである自分が、手も足も出ない。

これほどの力の差を、彼は人生で一度も味わったことがなかった。

 

「……あ、あんたたちは……一体……」

 

「ただの、王都へ向かう旅人だよ」

 

俺はそう答えると、再びキャンピングバスへと戻った。

呆然とする貴族たちの視線も、感謝の声も、今の俺には不要だった。

 

「さぁ、音楽の続きを聴こうか。次は……バラードでも流すか」

 

魔導キャンピングバスが再び咆哮を上げ、王都へと走り出す。

その後に残されたのは、崩壊した砦と、死の淵から戻った人々の、震えるような祈りの声だけだった。

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