ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
街道に残されたのは、跡形もなく消滅した盗賊団と、物理法則を無視して粉砕された砦の残骸。
そして、死の淵から救い出された公爵一行と、茫然自失のSランク冒険者ガルシアであった。
「……信じられん。あの黒い箱から現れたかと思えば、指一つで数十人の盗賊を氷の花に変え、死者まで呼び戻すとは」
ガルシアは、かつて自分が斬り伏せた地龍よりも遥かに巨大な絶望――あるいは希望の奔流を目の当たりにし、震える手で大剣の柄を握り直した。
その傍らで、豪華な装束を整え直した公爵が、遠ざかる黒い箱の轍を見つめながら低く呟く。
「あれが……エルドラで噂になっている『瞬神』か。そして、あの者たちが【ヴィンクルム】……。神話の住人が歩いているという噂は、どうやら過小評価だったようだな」
「ヴィンクルム……! Aランクダンジョンを完全踏破したという、あの!?」
ガルシアの驚愕の声を余所に、馬車の陰では若い二人の少女がひそひそと、しかし興奮を隠しきれない様子で語り合っていた。
「見ましたか、エレーナ。あの方々の装束……。なんと美しく、洗練されていたことか」
頬を紅潮させているのは、アウリア王国第二王女・シルフィアである。
彼女に付き添う公爵令嬢のエレーナも、深く頷いた。
「ええ、シルフィア様。特にあの中心にいた黒髪の男性……ヨシテル様と仰いましたか。あの冷徹なまでの瞳に、底知れぬ慈悲を感じました。……お父様! ガルシア様! ぼうっとしている暇はありませんわ。すぐに王都へ戻り、このことを陛下に伝えねば!」
エレーナの言葉に弾かれたように、一行は動き出した。
彼らはヨシテルたちの魔導バスとは別の、王家専用の緊急隠し通路を使い、死に物狂いで王都リベリオンへと馬を飛ばした。
王城の動揺と親の心
王都リベリオン、その中心に聳え立つ白亜の王城。
玉座の間には、緊急報告を受けた国王アルベルトと、険しい表情の宰相が控えていた。
「……何だと。シルフィアたちが襲われ、それを【ヴィンクルム】が救ったというのか」
アルベルト王は、公爵からの早馬による報告書を読み上げ、安堵と困惑が入り混じった溜息を吐いた。
「娘は……シルフィアは無事なのだな? 傷一つないと?」
「はっ。報告によれば、既に事切れていた護衛の騎士たちまでもが、ヨシテル殿の手によって蘇生されたとのこと。信じがたいことですが、ガルシア殿もそれを目撃しております」
宰相の言葉に、アルベルト王は玉座の背もたれに深く体を預けた。
「死者を蘇らせる事ができ、一国の騎士団を凌駕する力を持つパーティー……。宰相よ、我々はどう動くべきだ? 下手に手を出せば、我が国が地図から消えかねんぞ」
「……まずは誠意を示すべきかと。彼らを国賓として迎え入れ、不敬のないよう取り計らう。同時に、彼らが何を求めているのかを探るのです」
王は頷き、城門の衛兵たちに厳命を下した。
しかし、彼らが想定していた「国賓」の姿は、ヨシテルたちの予想とは大きく乖離していた。
王都入城:思惑と誤算
数日後。ついに王都リベリオンの巨大な外門に、ヨシテルたちが辿り着いた。
「……ねぇ、ヨシテル。やっぱりあのバスのまま入るのは、まずいんじゃない?」
アルシェラが、街道の入り口付近でキャンピングバスの二階から下を見下ろして言った。
王都の門前には、これまでに見たこともないほどの長蛇の列ができていた。
「そうだな。エルドラ微かなでも目立ちすぎたし、ここは一旦しまって、徒歩で入城しよう。目立たず静かに、観光を楽しみたいしな」
俺はそう言い、人気のない場所でバスをアイテムボックスへと収納した。
仲間と四頭のフェンリル。これだけでも十分に目立つのだが、バスに比べればマシだろう――そんな甘い考えは、門を潜った瞬間に打ち砕かれた。
「おい、見ろ……あの狼……フェンリル様じゃないか!?」
「その後ろ……信じられないほど美しい女性たち……。それに全員が纏っている服は何だ!?」
王都の住人たちは、俺たちが一歩踏み出すごとに、モーセの十戒のごとく左右に割れ、跪く者まで現れ始めた。
「……ヨシテル。これ、『目立たず』っていうレベルじゃないわよ」
アルシェラが引きつった笑顔で耳打ちしてくる。
「旦那様、皆がバリバリこっちば見よるよ。アタシ、ちょっと恥ずかしかぁ……」
カグヤが俺の腕に縋り付く。
フェンリル親子も、周囲の騒ぎに少し機嫌を損ねたのか、「グルル……」と喉を鳴らしていた。
「……おかしいな。順番は守って大人しく入ったはずなんだが」
俺が困惑していると、前方の広場に、着飾った騎士たちの一団が整列しているのが見えた。
その中心には、先日助けた公爵と、ガルシアの姿がある。
「……あ。ヨシテル殿! お待ちしておりました!」
公爵が満面の笑みで駆け寄ってくると、周囲の野次馬から「やはりあの方が!」「Sランクの冒険者パーティーだ!」という歓声が上がった。
グルメの誘惑と、ギルドへの逃避
「ヨシテル殿、陛下がお待ちです。今すぐ城へ――」
「……あー、公爵さん。悪いんですが、俺たちさっき着いたばかりで腹が減ってるんです。城に行くのは、また今度でいいですか?」
俺の言葉に、公爵もガルシアも、および周囲の民衆も凍りついた。
一国の王の招きを「腹が減ったから」という理由で断る冒険者など、この大陸の歴史に一人も存在しなかったからだ。
「な、何を仰る! 王都の最高級の晩餐を城で用意させておりますぞ!」
「いや, 俺たちはこういう、屋台のジャンクな食べ物が好きでしてね」
俺は鼻をくすぐるソースの香りに誘われ、近くの屋台へと歩き出した。
そこには、イシュタルが以前から楽しみにしていた「王都名物のお好み焼き風パン」が並んでいた。
「わぁ! ヨシテル、見てや! ほんまにお好み焼きみたいな匂いするで! これ, 一つくださいな!」
イシュタルが銀貨を手渡し、焼きたてのパンを頬張る。
「熱っ! でもバリ旨いわぁ、これ!」
「アタシも食べる! 旦那様、あっちの串焼きも美味しそうたい!」
結局、俺たちは公爵を置き去りにし、フェンリルたちを連れて王都のグルメを堪能し始めた。
神話級の武器を隠し、王都の賑わいを楽しむ俺たちの姿は、先日の「死神」のような戦いぶりからは想像もつかないほど平和だった。
「……ふぅ。食った食った。さて、腹も膨れたし……城に行く前に、まずは冒険者ギルドに顔を出すか。素材の換金もしなきゃいけないしな」
「城よりギルドが先なのね。……ま、ヨシテルらしいけど」
アルシェラが苦笑しながら後に続く。
俺たちは、王都の住民たちの畏怖と好奇の視線を全身に浴びながら、巨大な王都冒険者ギルド本部へと足を進めた。
「王城に行くのは乗り気じゃないけど……ギルドなら、ガゼルさんみたいな面白い奴がいるかもしれないしな」
俺は軽い足取りで、重厚なギルドの扉を押し開いた。
そこには、地方のギルドとは比較にならないほどの殺気と活気、および――新たなる騒動の種が待ち構えていた。