ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福―   作:煌人

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第九十七話:不動の盾と、王城に刻まれる神威

 

 

王都冒険者ギルド本部で総ギルドマスターを泡を吹かせて気絶させ、数多の「自称最強」たちをその圧倒的な威圧感だけで沈黙させた俺たちは、そのままリベルタ公爵の案内で王城へと向かっていた。

 

王城へと続く白亜の大通り。

 

そこを歩く俺たちの姿は、王都の住民たちにとって「異界の神事」でも見ているかのような衝撃だったらしい。

 

「おい、見ろよ……あの狼たち。ありゃ伝説の神獣、フェンリルじゃないのか?」

 

「後ろのあの御方たちが纏っている服をごらん。なんと美しく、見たこともない意匠だ……」

 

住民たちは一様に足を止め、俺たち――特に悠然と最後尾を行くカエルム、ルーナ、テラ、アウラのフェンリル親子を見ては畏怖し、その和装の美しさに溜息を漏らしていた。

 

「ヨシテル殿、改めて感謝を。陛下も皆様との謁見を心待ちにしておられます。……ああ、念のため確認ですが、城内へ武器の持ち込みは――」

 

リベルタ公爵が、申し訳なさそうに、しかし極めて慎重な口調で尋ねてきた。

俺は軽く肩をすくめて応じる。

 

「ああ、分かってますよ。全員, 各自のアイテムボックスにしまってあります。丸腰ですから安心してください。郷に入っては郷に従え、ですからね」

 

「それは助かります。……まあ、皆様の場合、素手の方が恐ろしい気もいたしますがな」

 

公爵は冗談めかして言ったが、その瞳の奥には隠しきれない本音が滲んでいた。

 

王城の門と、傲慢な副団長

 

俺たちが王城の正門へと差し掛かった時、そこには銀色に輝く甲冑を纏った近衛騎士団が整列し、不気味なほどの静寂の中で俺たちを待ち構えていた。

その中心。一際華美な装飾が施された鎧に身を包み、不遜な笑みを浮かべた顎髭の男が、鼻を鳴らしてこちらを睨みつけていた。

 

「リベルタ公爵、お戻りになられましたか。……して、そちらの奇妙な格好をした一団が、陛下がお呼びの『救世主』とやらですか?」

 

その声には、隠しきれない蔑みが混じっていた。

「……バルガス副団長、言葉を慎め。この方々は我等の窮地を救った国賓ですぞ」

 

公爵の鋭い制止も、バルガスと呼ばれた男には届かなかった。

彼は俺の目の前まで無遠慮に歩み寄ると、俺の胸元で黒光りするSランクの冒険者プレートをジロジロと眺め、下卑た笑いを浮かべた。

 

「Sランク……。エルドラの田舎ギルドが、よほど金に困って発行したと見える。陛下は寛大であられるが、この私、近衛騎士団副団長の目は誤魔化せんぞ。武器を預けるのが城の掟だが、貴様らのような怪しい連中は、ここで一度徹底的に身体検査を――」

 

バルガスがその下卑た笑みを浮かべたまま、俺の肩に手を置こうとした瞬間だった。

俺の背後で、地響きのような魔力の揺らぎが起きた。

漆黒と深緑の和装に身を包んだ巨漢――バルトが、一歩前に出た。

 

「おい、騎士さんよう。俺たちのリーダーに、その汚ねえ手で気安く触んじゃねえよ。へし折るぞ」

 

バルトの巨躯から放たれた「殺気」に近い威圧感。

それだけでバルガスは喉を鳴らし、伸ばしかけた手を凍りつかせたように止めた。

 

「な、なんだと……! 無礼な冒険者め! 騎士に向かってその口の利き方は――!」

 

「そこまでだ!」

 

城内から響いた、重厚で厳格な声。

現れたのは、落ち着いた雰囲気の中に鋭い眼光を宿した中年男性――近衛騎士団長、ロイだった。

彼はバルガスを一喝すると、俺たちに向かって深々と頭を下げた。

 

(クオーレ、あの団長の力量は?)

 

『了解、マスター。個体名ロイ。近衛騎士団長。推定レベルは二百前後。基礎ステータスはこの国の人間の中では最高峰。以前遭遇したガルシアと同等、あるいはそれ以上の練度……中々の強さです』

 

脳内でのクオーレの冷静な報告を聞きながら、俺はロイ団長の礼節に軽く頷いた。

 

「副団長が失礼をした。ヨシテル殿、並びに【ヴィンクルム】の皆様。陛下がお待ちです。こちらへ」

 

バルガスは顔を真っ赤にして引き下がったが、その瞳にはどす黒い敵意が宿っていた。

豪華な装飾が施された長い廊下を歩きながら、俺はロイ団長と公爵に、以前から気になっていたことを問いかけた。

 

「ところで, 俺たちは今後の活動として、王都近郊のダンジョン巡りもしたいと考えているんです。この国のダンジョン事情はどうなっていますか?」

 

ロイ団長は歩調を合わせ、丁寧に答えてくれた。

 

「リベリオン近郊には、主に三つのダンジョンがございます。この世界では、ダンジョンはその危険度と魔力の濃度によってFランクからSランクまで分類されております。FからDは新人や中堅、CとBがベテラン、およびAランク以上は国家規模の脅威です」

 

「エルドラの『原初の揺籃』がAランクでしたね」

 

俺の言葉に、公爵が深く頷く。

 

「左様です。そして王都の北にはSランクダンジョン『巨軀の獄塔(きょくのごくとう)』が存在しますが……ここは現在、立ち入りが厳重に制限されております。数百年、誰も五階層以上進めておりませんからな。攻略など、夢のまた夢……もはや自然災害の一部と化しております」

 

「Sランクか……面白そうですね」

 

俺が何気なく口にすると, 後ろを歩いていたイシュタルが「ええやん! 骨のある奴がおるなら、ウチの双銃が火を吹くでぇ」と笑い、アルシェラも「またヨシテルの無茶に付き合うことになりそうね。ま、退屈しなくていいけど」と肩をすくめた。

カグヤは九つの尻尾を嬉しそうに揺らし、「旦那様が行くなら, アタシもどこまでもついていくばい! どんな怖い魔物もお祓いしてあげるけんね!」とはしゃいでいた。

 

謁見の間:国王アルベルト

 

巨大な金装飾の扉が、重厚な音を立てて左右に開かれた。

俺たちはついに謁見の間へと足を踏み入れた。

広大なホールの突き当たり、幾段もの階段の上に設置された玉座には、アウリア王国の主、アルベルト国王が鎮座していた。

その隣には、先日の事件で救った第二王女シルフィア、および文官の頂点である宰相が控えている。

 

「面を上げよ、エルドラの救世主たちよ」

 

アルベルト王の声は、威厳に満ちていながらも、どこか不思議な親しみやすさを感じさせるものだった。

俺たちは現代日本人の感覚と、この世界の儀礼を混ぜ合わせた形で、軽く一礼する。

 

「ヨシテルと申します。陛下におかれましては、ご健勝で何よりです」

 

「うむ。リベルタ公爵, そして我が娘シルフィアから報告は受けておる。盗賊団を一瞬で無力化し、あまつさえ死した騎士たちを呼び戻したとな。……正直に言えば、にわかには信じがたい。だが、リベルタの目を見れば、それが事実であると理解せざるを得ん」

 

王の鋭い視線が、俺たちの背後に控えるフェンリル親子に向けられた。

 

「そして、伝説のフェンリル。それも四頭。これほどの一団を従える貴殿らが、ただの冒険者であるはずもない。……ヨシテル殿。貴殿らは一体、何者なのだ? 望みは何だ?」

 

俺は真っ直ぐに王を見据え、短く答えた。

 

「……ただの、家族と仲間を大切にしたいだけの旅人ですよ。少しばかり、力が人より強いだけです。望みは……そうですね、この世界の面白いものを見て回ることくらいでしょうか」

 

「……ふっ、ははは! 豪胆なものだ。一国の王を前に『少しばかり力が強い』と言い切るか。面白い、実に面白い男だ」

 

王が愉快そうに笑った、その時だった。

 

愚か者の報復と、一瞬の静寂

 

「陛下! 恐れながら申し上げます!」

 

謁見の間、列の隅に控えていたバルガス副団長が、我慢の限界といった様子で叫び、中央へと躍り出た。

 

「この者たちは、あからさまに力を誇示し、王家の威光を軽んじております! 特にその不遜な態度は、騎士道に対する侮辱も同然! このような不届き者、一度我が騎士団の精鋭をもって、王国の法と騎士の誇りを徹底的に叩き直すべきかと!」

 

謁見の間が凍りついた。

 

リベルタ公爵が「バルガス、貴様, この場で何を!」と顔を青くして立ち上がろうとしたが、バルガスの暴走は止まらない。

 

「幸い、ここには我ら近衛の精鋭が揃っております。陛下、この無礼者たちに、王国の本物の力を教える許可を!」

 

アルベルト王は眉をひそめ、俺の顔を見た。俺は……正直、溜息しか出なかった。

 

「陛下。……許可されますか? 彼、かなり俺たちの仲間の逆鱗を撫でまわしているんですが」

 

俺がそう問いかけると、王はロイ団長と視線を交わし、短く頷いた。

 

「……よかろう。ヨシテル殿の実力を、この場の者たちに知らしめる良い機会かもしれぬ。ただしバルガス、武器の使用は禁ずる。貴様らの誇りである体術で示してみせよ。良いな?」

 

「はっ! 望むところです! 冒険者風情、武器がなければ赤子同然! 騎士団の真髄をその身に刻んでやりましょう!」

 

バルガスは勝ち誇ったように笑い、鎧を脱ぎ捨てて軽装の訓練着姿になった。

彼の後ろには、同じく自信満々の笑みを浮かべた、選りすぐりの精鋭騎士四人が並ぶ。

 

対するこちらは――。

 

「……誰が行く? 誰が行っても手加減をするしかないな」

 

俺が尋ねると, アルシェラが前に出ようとしたが、バルトがその肩を手で制した。

 

「いや、俺が行く。こいつ、さっき門前で俺達のリーダーに気安く触ろうとしたからな。……教育が必要だろ?」

 

バルトの瞳には、冷徹な静かさが宿っていた。

 

「バルト、あんまり壊したらあかんで。ここは王様のお家やし、床の修理代とか請求されたら敵わんからな」

 

イシュタルがニヤニヤしながら、まるで子供の喧嘩を見守る親のような口調で忠告する。

 

「分かっててるって。……おい, 騎士さんよ。まとめてかかってこい。俺は、一歩も動かねえからよ」

 

バルトが謁見の間の中央, 広大な空間に泰然と立った。

和装の小袖を軽くまくり、構えすら取らず、完全に丸腰のままで。

 

「ほざけ! 全員で行け! 冒険者の慢心, 粉砕せよ!!」

 

バルガスの号令と共に、五人の精鋭騎士が稲妻のような速さでバルトに肉薄した。

一人は顔面への鋭い正拳突き、二人は左右からの逃げ場を塞ぐ回し蹴り、残る二人は脚を払おうと低い姿勢で突っ込む。騎士団の連携としては完璧な、五点同時の飽和攻撃。

 

 

だが――。

 

 

「……遅えよ」

 

 

バルトが小さく呟いた。

次の瞬間、目に見えるほどの透明な衝撃波が、バルトの体を中心にして「全方位」に放たれた。

 

「ガハァッ!?」

 

「な、なに……ぐあぁぁ!」

 

バルトは本当に、一歩も動いていない。

拳を振るったわけでも、蹴りを出したわけでもない。

ただ、五人の攻撃が彼の皮膚に触れる直前、体内の魔力を一点に凝縮し、それを爆発的な拒絶反応として皮膚表面から放出出しただけだ。

突っ込んだ五人の騎士は、まるで見えない巨大な槌に叩かれたかのように、凄まじい勢いで後方へと弾き飛ばされた。

特にバルガスに至っては、謁見の間の高い天井付近まで無様に跳ね上がり、そのまま重力に引かれて床へと叩きつけられた。

 

「あ, が……あ、あ……」

 

床に這いつくばり、ピクリとも動けない精鋭たち。バルトは退屈そうに首をポキリと鳴らした。

 

「なんだ、もう終わりか? 王都の騎士団の真髄ってのは、床に寝そべって天井を眺めることだったのかよ。笑えねえ冗談だな」

 

謁見の間は、先ほどまでの殺気が嘘のような、深い、深い沈黙に包まれた。

あまりの光景に、文官たちは持っていた羽ペンを落とし、控えていた他の騎士たちも剣の柄を握る手すら震わせている。

アルベルト王は目を見開き、驚愕を通り越した表情で固まっている。

ロイ団長だけが「……やはりな。Sランクなどという枠に収まる者たちではない」と、半ば諦めたような苦笑いを浮かべていた。

俺は床で呻くバルガスを一瞥し、王に向き直った。

 

「陛下、失礼しました。少し、床を汚したかもしれません」

 

「……いや, 構わん。むしろ良いものを見せてもらった。……ロイ、彼らを医務室へ運べ。……ヨシテル殿、改めて、貴殿らの力を過小評価していたことを陛下として詫びよう」

 

王は咳払いを一つして、姿勢を正した。

その瞳には、もはや疑念の欠片もなかった。あるのは、この理外の力を持つ「家族」を、いかにして味方に留めるか、あるいは怒らせないようにするかという、一国の王としての強い決意だった。

 

「さて, 話を戻そうか。ヨシテル殿。先ほど『ダンジョン巡り』に興味があると言っておられたな」

 

「ええ。特に、王都の北にあるというSランクダンジョン……『巨軀の獄塔』でしたか。数百年、誰も進めていないという話に、少しばかり興味が湧きましてね」

 

俺が淡々と告げると、宰相が慌てて割って入った。

 

「よ, ヨシテル殿! Sランクダンジョンは文字通り、人類の生存圏の外にある場所です! エルドラのAランクを攻略した貴殿らとはいえ、あまりにも危険すぎます!」

 

「危ないから誰も行かない。だからこそ、面白いものが残っているんじゃないですか? 俺たちは、そういう場所を求めているんです」

 

俺は隣のアルシェラたちを見た。皆、異論などあるはずもないという顔をしている。

 

「陛下。俺たちがそのダンジョンを攻略しても構いませんか? もちろん、国に不利益になるようなことはしません」

 

アルベルト王はしばらく沈黙し、やがて不敵な笑みを浮かべた。

 

「……面白い。数百年止まっていた時計の針を、貴殿らが動かすというのだな。よかろう! 我が王国の名において、『巨軀の獄塔』への挑戦を正式に許可しよう! ただし、一つだけ条件がある」

 

「条件、ですか?」

 

「うむ。そのダンジョンで、もし『失われた魔導文明の遺産』を見つけたならば、まずは我が国への相談をお願いしたい。もちろん、正当な対価は支払おう」

 

「ええ, 構いませんよ。俺たちもガラクタを溜め込む趣味はありませんから」

 

こうして、俺たち【ヴィンクルム】の王都での第一歩は、騎士団の副団長を「不動のまま」完膚なきまでに叩きのめし、数百年攻略不可能と言われた伝説のダンジョンへの挑戦権を手に入れるという、規格外の展開で幕を開けた。

 

「よし, 決まりだ。陛下、今日はこの辺で。……バルト、お疲れ」

 

「おう。あーあ、腹減ったぜ。ヨシテル、今日はパレスのパントリーから最高級の酒を出してくれよな!」

 

俺たちは、王都の最高権力者たちの前を、まるで行きつけのコンビニから出て行くかのような軽やかさで去っていった。

その後ろ姿を見送りながら、アルベルト王は震える声で呟いた。

 

「ロイよ……。あの者たちは、このアトランティア大陸に降り立った『神々の化身』か、あるいは『世界の変革者』か……どちらだと思う?」

 

「分かりかねます。ですが、一つだけ確かなことは……彼らを敵に回した瞬間、我がアウリア王国は地図から消滅するということです」

 

その予感は, やがて現実の出来事として、この世界に刻まれていくことになるのを、まだ誰も知る由はなかった。

俺は王城を出て、夕焼けに染まる王都の空を見上げた。

 

「Sランクダンジョンか。……クオーレ、内部の予備解析は進めておいてくれ」

 

『了解、マスター。これより『巨軀の獄塔』の魔力スキャンを優先タスクに設定します。……未知のエネルギー反応を確認。期待して良いかと』

 

俺は小さく微笑み、賑やかな仲間たちの笑い声に混じって、王都の夜へと消えていった。

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