ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
王城の重厚な門が背後で閉まると、夕刻の爽やかな風が俺たちの頬を撫でた。
先ほどまで謁見の間で繰り広げられていた、バルトによる「近衛騎士団・一歩も動かず粉傷劇」の余韻は、俺たちの間には微塵も残っていない。
「ふぅ、ようやく終わったな。王様との話は肩が凝るな」
俺は首を左右に鳴らしながら、白亜の大通りを歩き出した。
「ほんまやね。あのバルガスとかいうオッサン、最後は天井のシミみたいになっとったし。バルト、あんたちょっとやりすぎやで?」
イシュタルがクスクスと楽しそうに笑いながら、隣を歩くバルトの太い腕を拳で小突いた。
その表情には、陽気さの裏に隠された、敵に対する絶対的な冷徹さの残滓はもうない。
「ハハハ! 仕方ねえだろ、イシュタル。俺たちのリーダーに無礼を働おうとしたんだ。あれくらいで済んだのを感謝してほしいぜ」
バルトは豪快に笑い飛ばすが、その頼もしい瞳には仲間を大切に想う優しさが宿っている。
バルトが動かした魔力の波は、王城の堅牢な石床にほんの少しの傷も残さなかった。
イシュタルから「修理代を請求されたら敵わん」と釘を刺されていたのを、しっかりと守った証拠だ。
「でもバルト、おかげで王様も私たちの実力を正当に評価してくれたみたいだし、結果オーライよ」
アルシェラが穏やかな微笑みを浮かべて、俺の隣にすっと並んだ。
「そうばい! 陛下も最後は『神々の化身か、世界の変革者か』なんて言っとったし、これで王都での活動もしやすくなったけんね!」
カグヤが九つの尻尾をパタパタと嬉そうに揺らしながら同意する。
彼女の纏う柔らかな雰囲気が、大通りの張り詰めた空気を優しく解きほぐしていくようだった。
「……まぁ、あのロイ団長ってのは、それなりに話が分かりそうな男だったようだね。敵に回らなくて正解だね」
アレスが肩をすくめ、軽い調子で言った。
アレスは常に、家族である俺たちの動向を観察しつつ、周囲への警戒を怠らない。
俺たちの背後には、カエルム、ルーナ、テラ、アウラのフェンリル親子が悠然と歩いている。
王都の住民たちは、再び姿を現した伝説の神獣と、俺たち【ヴィンクルム】の一団に恐る恐る道を空け、遠巻きに畏怖と感嘆の眼差しを向けていた。
住民たちの視線は、俺たちの洗練された佇まいに釘付けになっている。
「さて、帰ってキンキンに冷えた酒でも飲みたいところだが……その前に、ギルド本部に寄っていくぞ。ギルマスに報告しなきゃならないことがあるからな」
俺がそう告げると、イシュタルがわざとらしく眉をひそめて見せた。
「あー、あの泡吹いて倒れてたおじいちゃんか。また気絶せんかったらええけど」
イシュタルの言葉に、俺は地球のコンビニバイトで出会った、理不尽なクレーマーたちの顔を思い出しながら苦笑いした。
あのギルドマスターも、立場があるとはいえ、俺たちの存在そのものが胃痛の種になっているに違いない。
「まぁ、報告を怠って後から文句を言われるのも面倒だからな。さっさと済ませてしまおう」
俺たちは夕闇が迫る白亜の大通りを抜け、王都冒険者ギルド本部へと足を向けた。
王都冒険者ギルド本部の大きな両開き扉を押し開けると、昼間の異様な喧騒が嘘のように静まり返っていた。
いや、正確には、俺たちが一歩足を踏み入れた瞬間に、すべての冒険者や職員たちの動きがピタリと止まり、水を打ったような静寂が広がったのだ。
「……おい、戻ってきたぞ」
「王城へ連行されたんじゃなかったのか……?」
ヒソヒソと囁き交わされる声が、静まり返った館内に妙に響く。
受付の奥からは、すでに意識を取り戻して頭に冷やしタオルを乗せたギルドマスターと、その隣でどこかホッとしたような苦笑いを浮かべるリーファが姿を現した。
「ヨシテル……。戻ったか。王城での謁見は……無事に終わったのか?」
ギルマスは、まだ少し顔色が悪い。昼間に俺たちがアイテムボックスから出した、規格外の魔物の素材や魔石の山が、よほど彼の心臓に堪えたのだろう。
「ええ、お騒がせしました。国王アルベルト陛下から、王都の北にあるSランクダンジョン『巨軀の獄塔』への挑戦について、正式にお墨付きを貰ってきましたよ。国としても攻略を許可する、とね」
「な……ッ!? Sランクダンジョンの攻略許可だと!?」
ギルマスが勢いよく飛び上がり、その拍子に頭の冷やしタオルがベチャリと床に落ちた。
周囲の職員たちも、驚愕のあまり持っていた書類を落としそうになっている。
「ば、馬鹿な……! あそこは数百年もの間、人類が五階層から先に一歩たりとも進めず、今や国家管理の『立ち入り禁止区域』として、自然災害と同義に扱われている場所だぞ!? それを、謁見したばかりの冒険者に許可するなど、何を考えておる……!」
「まぁ、色々ありましてね」
俺は軽く肩をすくめ、事も無げに言葉を続けた。
「城の門前と謁見の間で、近衛騎士団の副団長さん一派が、俺たちにちょっとした『模擬戦』を挑んできましてね。それをバルトが、一歩も動かずに床へ転がしたんです。それを見た王様が、手のひらを返したように納得してくれまして」
「近衛騎士団を……一歩も動かずに、だと……? ロイ団長の部下たちを一蹴したというのか……」
ギルマスは開いた口が塞がらないといった様子でバルトを見上げ、隣のリーファは「やっぱり、そうなったのですね……」と言いたげに額を押さえている。
「ギルマス。俺たちのパーティーランクはSランクで登録されているはずですが、『巨軀の獄塔』に入るための正式な証明書か何かを発行してもらえますか?」
「ああ……。直状、あるいは城からの連絡が届き次第、すぐに手続きは行う。だが……本当に行くつもりなのか? 冗談抜きで、あそこは世界の理から外れたような場所なのだぞ」
「危ないから誰も行かない。だからこそ、面白いものが残っているんじゃないですか? 俺たちは、そういう場所を求めているんです」
俺が地球での退屈な日々を思い返しながらそう言うと、ギルマスは深くため息をつき、半ば諦めたような表情になった。
「やはり、お前たちは人間の枠に収まる存在ではないな……。分かった。ギルドとしても、これ以上の引き止めはせん。」
一段落ついたところで、俺は以前から少し気になっていたことをリーファに尋ねてみることにした。
地球のネット小説などの知識では、冒険者ギルドのほかに、冒険者たちが自主的に結成する大規模な組織が存在することが多かったからだ。
「リーファさん、一つ聞きたいんですが。この国には、ギルド以外の組織……例えば『クラン』のような、冒険者たちが自主的に作った大規模な組織はありますか?」
リーファは不思議そうに首を傾げた。その仕草に合わせて、彼女の髪が揺れる。
「クラン……ですか? ヨシテルさん、その『クラン』とは、具体的にどのようなものを指すのでしょうか?」
「ああ、知っている知識だと、ギルドの中に所属している冒険者たちが、さらに大きな目的や利益のために集まって作る、ギルド内の一大組織、みたいなものなんですが……」
「なるほど、ギルド内部での相互扶助、あるいは大規模な派閥のようなものですね」
リーファは納得したように頷き、それから少し表情を曇らせて説明を始めた。
「結論から申し上げますと、このアウリア王国においては、冒険者はすべてギルドに所属し、ギルドによって一元管理されるのが通例です。気の合う仲間同士で小規模なチームを組むことは日常茶飯事ですが、ギルドの統制を揺るがすような、独自の規律を持つ大規模な『組織』というのは聞いたことがありませんね」
「そうですか。アウリア王国には無いですか」
「はい。ただ……」
リーファは少し考え込むように視線を落とし、声を潜めた。
「海の向こう、あるいは遠い西の軍事国家などでは、国がギルドの力を削ぐため、あるいは軍事力を強化するために、優秀な冒険者を国主や貴族が直接囲い込んで、独自の私兵団を作らせているという噂を聞いたことがあります。彼らは自分たちの組織を、確かに『クラン』と呼んでいる地域もあるとか。ですが、あくまで噂の域を出ませんが……」
「なるほどな。どこかにはあるかもしれない、という程度ですか」
俺は頷いた。
どうやらこの大陸では、冒険者が独自のギルド内派閥を大規模に展開するような「組織論」は、まだ一般的ではないらしい。
俺たち【ヴィンクルム】は家族のような绊で結ばれているが、他者を大量に組み入れて拡大するような組織を作るつもりは今は毛頭ない。
ただ、今後のためにこの世界の常識を知っておきたかっただけだ。
すると、俺たちの会話をじっと聞いていたギルマスが、何やら恐るしいものでも見るかのような複雑な表情で割り込んできた。
「ヨシテル……。お前、もしヤ、その『クラン』などという組織を、この王都で立ち上げるつもりではないだろうな……?」
「いや、作りたい訳じゃないですよ。ただ、俺たちの規模が大きくなった時、この国の法や慣習がどうなっているかを知っておきたかっただけです。俺たちが増えたり、他を巻き込んだりした時に、不条理なルールで縛られるのはゴメンですからね」
「そうか……。それを聞いて安心したぞ。ヨシテルたちが本気で『クラン』などという組織を作れば、それは一つの国家に匹敵する、いや、それ以上の武力組織になってしまうからな。くれぐれも、平穏なやり方で頼むぞ……」
「わかってますよ。俺たちは静かに旅をしたいだけですから。敵が仕掛けてこない限り、こちらから何かを壊すような真似はしませんよ」
俺がそう告げるとギルマスは呆れながらハンカチで額の汗を拭った。
「では、報告は以上です。ダンジョンの手続き、よろしくお願いしますね」
俺たちはギルドの面々に背を向け、本部を後にした。
"ギルドを出ると、王都は完全に夜の帳に包まれていた。
大通りのあちこちに設置された魔導ランタンが柔らかな光を放ち、白亜の石畳を幻想的に照らしている。
昼間の暑さは引き、夜の心地よい涼風が通りを吹き抜けていく。
「さて、今日は高級宿に泊まるか。王都内でパレスは設置できないしな」
俺が周囲の様子を見渡しながらそう言うと、アルシェラが我が意を得たりとばかりに嬉しそうに頷いた。
「そうね、ヨシテル。さすがにこの王都のど真ん中で、パレスを設置したら違和感しかないわよね。街中でテントを張るわけにもいかないし。それに、たまには街の贅沢な宿で羽を伸ばすのも悪くないわ」
「そうやで、ヨシテル! ウチ、王都の高級宿のディナーが気になってしゃあないねん! ギルドのオッサンたちの青い顔ばっかり見てたら、余計にお腹減ってきたわ!」
イシュタルが賑やかな大阪弁で同意し、俺の肩を軽く叩いた。
彼女の食欲は、どんな状況でも衰えることがないらしい。
「がはは! 俺の身体でも狭くねえ、特大のベッドと部屋がある宿にしてくれよな! 王城の床はちと硬かったから、ふかふかの場所で眠りたいぜ!」
バルトが豪快に笑いながら、己の巨躯をアピールするように腕を組んだ。
「旦那様、アタシ、今日はお風呂で旦那様の髪ば洗ってあげたいちゃん。高級宿なら、バリ広かお風呂のある部屋が絶対にあるはずばい! 二人でゆっくり浸かりきらんね?」
カグヤが九つの尻尾を嬉しそうに揺らしながら、俺の腕にぴったりと寄り添ってきた。
彼女の柔らかい感触と甘えるような響きに俺の頬が少し緩む。
「こらこら、カグヤ。ヨシテルを独占するのはずるいわよ」
アルシェラが苦苦笑しながらも、その瞳には優しい光が灯っている。
「アレスはどうだ?」
俺が少し後ろを歩いていたアレスに声をかけると、彼は大通りの明かりの下で、穏やかな表情を浮かべて肩をすくめた。
「僕も、たまには普通の宿の天井を眺めて眠るのも悪くないと思うよ。パレスの部屋も最高だけど、たまには街の空気を感じるのも一興さ」
「よし、決まりだな。リベルタ公爵から、王都で一番格の高い宿をいくつか教えてもらっている。そこにしよう」
俺たちはフェンリル親子を伴い、夜の王都を進んだ。カエルムたちは、宿の敷地内にある広い庭園か、あるいは特級の獣舎に案内してもらう手はずになっている。
歩きながら、俺は脳内でクオーレに呼びかけた。
(クオーレ、王都の宿の空き状況と、北の『巨軀の獄塔』の予備解析の進捗はどうだ?)
『了解、マスター。リベルタ公爵が推奨する最高級宿「一角亭(いっかくてい)」に、現在【ヴィンクルム】の全員およびフェンリルが滞在可能な最高級スイートルームの空きを確認。』
(仕事が早いな、さすがだよ)
『恐縮です、マスター。また、Sランクダンジョン『巨軀の獄塔』の遠隔魔力スキャンですが、表層から第四階層までの構造解析を完了。第五階層の境界門付近において、この大陸の一般的な魔力性質とは異なる、未知のエネルギー反応を感知しました。古代の超魔導文明の遺物の可能性が高く、解析の優先度を引き上げています。マスター、期待して良いかと』
脳内でのクオーレの冷静かつ、どこか楽しげな報告を聞きながら、俺は微笑んだ。
地球での大学とバイトだけの退屈な往復の日々からすれば、今の生活は文字通り劇的だ。
何より、隣には大切な仲間であり、家族である奴らがいる。
「ヨシテル、何か楽しいことでも考えてるの?」
アルシェラが俺の顔を覗き込んできた。
「いや、次のダンジョン、かなり面白いものが眠っていそうだって思ってな。俺たちの力、存分に振るえそうだし」
「ふふ、そう。ヨシテルがそう言うなら、本当に退屈しなさそうね。私の雷も、久しぶりに限界まで放ってみたいわ」
「おう, 俺の太刀も、その獄塔ってやつを叩き切るのを楽しみにしてるぜ!」
バルトが拳を打ち合わせ、アレスも「影でのサポートは任せてよ」と笑う。