ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
王都リベリオンの朝は、地方の支部とは比較にならない威容を誇る冒険者ギルド本部の喧騒から始まった。
昨日、総ギルドマスターを驚愕のSランク素材で泡を吹かせて気絶させ、王城の門前と謁見の間で突っかかってきた近衛騎士団のバルガス副団長一派をバルトが一蹴した出来事。
俺たちの名は、一晩のうちに王都の裏社会から高位貴族、果ては王城の最深部にまで届いていた。
だが、そんな周囲の狂騒など、俺たちには関係のないことだ。
朝一番でギルド本部の受付に赴き、リーファから手渡されたのは、王都近郊の森林地帯に現れたというAランク魔物『ワータイガー』の討伐依頼だった。
「ヨシテルさん、本当にあのSランクダンジョンに行く前に、この依頼だけでよろしいのですか?」
リーファが心配そうに首を傾げる。
「ああ。ちょっと体慣らしと、確認したいことがあってね。行ってくるよ」
「分かりました。ヨシテルさんたちなら心配はないと思いますが、くれぐれもお気をつけて」
リーファに見送られ、俺たちは王都の堅牢な城門を潜った。魔導キャンピングバスを出すまでもない近距離の森林地帯へと、街道を並んで歩く。
最後尾からは、カエルム、ルーナ、テラ、アウラのフェンリル親子が、静かに、しかし圧倒的な存在感を放ちながらついてきていた。
「ふぅ、やっぱり街の中より、こういう自然の中を歩く方が落ち着くわね」
アルシェラが木漏れ日を浴びながら、心地よさそうに目を細める。
「ほんまそれな。あのギルドの空気、昨日からジジイの加齢臭と冷や汗の匂いしかせんかったから、鼻が曲がりそうやったわ」
イシュタルがいつもの陽気な調子で笑い、隣を歩くバルトの肩をぽんと叩く。
「がはは! だがこれで、あのやかましい副団長一派も当分は大人しくなるだろうぜ。俺の魔力波一発で天井のシミになったんだからな!」
バルトが分厚い胸を張り、アレスも「あれは傑作だったね。ロイ団長も苦労してそうだ」と肩をすくめた。
日常の風景。しかし、アレスの視線は鋭く周囲の警戒を怠らない。
「旦那様、今日の討伐はアタシに任せんしゃい! 光の矢で、悪い魔物を一撃で仕留めてあげるけんね!」
カグヤが九つの尻尾を誇らしげに揺らしながら、俺の腕に身を寄せてくる。
そんな仲間たちの賑やかなやり取りを聞きながら、俺はふと街道から外れた木々の間で足を止め、静かに一同を見渡した。
「……なぁ、皆。討伐の前に、少し話があるんだ」
俺の声音が真剣なものに変わったのを察し、アルシェラたちが一瞬で表情を引き締めた。
フェンリル親子も足を止め、その聡明な瞳を俺に向ける。
「どうしたの、ヨシテル? 何か、クオーレの解析で異常でも見つかった?」
アルシェラが問いかけてくる。
「いや、そうじゃない。……実はさ、俺のアルティメットスキルを使って、これから『別世界の魔王』を一人、この世界に召喚しようと思ってるんだ」
「「「……は?」」」
全員の動きが完全に止まった。
さすがのバルトも豪快な笑いを消し、イシュタルも目を見開いている。
「別世界の……魔王、だって?」
アレスが眉をひそめた。
「ああ。俺のギフト『全知全能』と『召喚魔術』、それに『魔術(スキル創造)』を組み合わせれば、多元宇宙の深淵に座す強大な存在をこの世界へ呼び出すことができる。王都の北にあるSランクダンジョン『巨軀の獄塔』に挑む前に、さらに戦力を補強しておきたいんだ」
俺が冷静に説明すると、アルシェラは少し呆れたように、しかし確かな信頼の混じった溜息を吐いた。
「全く、ヨシテルときたら……。近衛騎士団を驚かせたばかりなのに、今度は魔王を召喚するなんて、本当に常識の枠に収まらない男ね。……でも、ヨシテルがそう決めたなら、私は反対しないわ。その魔王が暴れるっていうなら、私の雷で叩き伏せるだけだし」
その言葉には、敵に対する絶対的な冷徹さが宿っている。
「ウチも大賛成や! 魔王なんて、どんな強い奴かワクワクするやんか。ウチの双銃の的にならへんことを祈るわ」
イシュタルが冷徹な好戦の笑みを浮かべ、バルトも「がはは! 面白そうじゃねえか! 龍人族の力、魔王とやらに見せてやるぜ!」と拳を打ち鳴らす。
「旦那様が呼ぶなら、きっと悪い人ではないはずばい。アタシたちの家族が増えるのは嬉しいけんね!」
カグヤが優しいが敵には冷酷な本質を秘めた笑みを浮かべ、アレスも「足並みを乱すようなら、僕の糸で縛り上げるだけさ」と、穏やかな口調の裏に容赦のない冷酷さを滲ませた。
「よし、じゃあ始めるぞ。クオーレ、術式の固定と世界の法規への干渉中和を頼む」
《了解しました、マスター。ギフト『全知全能』を発動。アルティメットスキル『召喚魔術』及び『魔術』による『多元宇宙境界定義・反転召喚』の術式を構築します。対象の選定完了。これより世界の障壁を一時的に穿ちます》
俺が右手を前方に掲げると、静寂に包まれていた森林の一角が、突如として激しい魔力の渦に巻き込まれた。
大気が軋み、空間そのものがガラスのようにひび割れていく。
足元の地面には、これまで見たこともないほど複雑で巨大な、漆黒と深紅の光を放つ魔法陣が瞬く間に形成されていった。
「な、なんて魔力強度……。空間が歪んでるわ!」
アルシェラが鋭い視線で魔法陣の中心を見見据え、バルトが自然と身構える。
フェンリル親子も、その背の毛を逆立てて魔法陣の奥から溢れ出る圧倒的なプレッシャーを感知していた。
光の奔流が天を突き抜け、空間の裂け目から「ナニカ」が引きずり出されるように姿を現す。
漆黒の霧が立ち込め、魔法陣の光が収束していくと、そこには絶対的な強者のオーラを全身から放つ一人の男が立っていた。
鋭い眼光、触れるものすべてを拒絶するかのような濃密な魔力を帯びた、別世界の魔王。
男は、突如として見知らぬ森の中へ召喚された事実に、不快そうに眉をひそめて周囲を見渡した。
「……此処は?」
少し低いがしかし地響きのように響く声。
召喚された魔王は、目の前に佇む俺たちを見つめる。
そして、何かに気づいたようにその目を大きく見開いた。
男は無意識のうちに、俺たちのステータスを、己の持つ『鑑定』の力で見ようとしたのだろう。
だが、次の瞬間、その顔に隠しきれない驚愕が走った。
「な……何だ、お前たちのその常軌を逸した数値は……。万を超えるステータスだと……!? それに、この俺の鑑定を完全に遮断するその衣服……。一体、何者だ」
魔王は、己の世界では無敵を誇っていたであろうそのプライドを、出会い頭のステータス差だけで完璧に打ち砕かれ、圧倒されていた。
俺は一歩前に出て、静かに彼を見据えた。
「俺はヨシテル。ここにいるのは俺の仲間で、家族だ。お前をこの世界に呼んだのは俺の意志だよ。……さて、お前の名を聞かせてくれないか、魔王」
男はしばらく呆然と俺を見つめていたが、やがてフッと自嘲気味に笑い、その身に纏う濃密な魔力を静かに収束させた。目の前の存在が、自分を遥かに凌駕する天災そのものであると理解したのだ。
「……名はバアル。別世界の深淵を統べる者だ。……ヨシテルと言ったか。お前の力は、この世界の道理すら捻じ曲げている。俺をこの地に召喚した目的、聞かせてもらおうか」
バアルの態度は傲慢さを消し、戦士としての敬意が混じっていた。
「その前に飯を食べながら話そう」
俺はそう言うと、空間拡張した『パレス』を広げた。豪華なリビング、洗練された最新式キッチン。テント型パレスの入り口が開かれると、バアルは目を見開いた。
「この空間の構造は……なるほど、面白い」
アルシェラやバルト達が自己紹介をする為に話出す。
「私はアルシェラよ、よろしくバアル」
「バルトだ。バアル、魔王だろうが何だろうが、俺の戦鎚とやり合えるなら歓迎するぜ」
「カグヤです!よろしくばい!バアル」
「ウチはイシュタル。バアルよろしゅうな」
「僕はアレス。バアル……まあ、仲良くやっていこうよ」
皆が1人ずつ自己紹介をする。
「バアルだ。よろしく頼む」
リビングへ入ると、俺は早速、アエテルナ・パントリーから新鮮なエビと旬の野菜を取り出し、手早く天丼を調理し始めた。
この世界にはない、俺が地球で慣れ親しんだ最高のソウルフードだ。
「出来たぞ。天丼だ」
バアルの目の前に、熱々の天丼が置かれる。
「なんだ? この料理は?」
「まぁ、食ってみろ」
バアルは怪訝そうに一口運ぶと、その刹那、表情が凍りついた。
サクサクとした衣の食感、甘辛い醤油ベースのタレがエビの旨味と絶妙に絡み合い、異世界の食文化を凌駕する美味しさが彼を襲う。
「……美味い。いや、美味すぎる……! 魂が震えるとはこのことか」
バアルは夢中で天丼をかき込み始めた。魔王がガツガツと天丼を食べる姿は、先ほどまでの威厳ある雰囲気とは程遠く、俺たちは顔を見合わせて笑った。
食べ終わり、俺はバアルを呼んだ理由を言う。
「目的は一つ。最強のパーティーに、最強の戦力を加えるためだ。俺たちと一緒に、この世界の真実を追求しダンジョン攻略しないか?」
バアルはふっと息を漏らし、深く頷いた。
「面白い。……城では顔色を伺う部下ばかりで退屈していた俺に、新たな戦いと刺激をくれるというのか。更にこの様な美味い物も食べれるとなれば、喜んで家族になろう」
ヨシテルとバアルはしっかりと握手を交わし、その瞬間に、決して裏切ることのない魂の理が深く刻まれた。
「じゃ、バアルの能力の底上げと装備を渡すぞ」
俺がそう言うと、俺のスキル創造と錬金術の光がバアルを包み込む。
彼のステータスは一気に引き上げられ、レベルは310へと到達した。
さらに、漆黒の指先から覆う籠手・ジェネシス級籠手『ネフェスタス』、魔力を吸って巨大な焔風の光刃と化すジェネシス級双剣『レギオン』、そして夏櫪の実文様和装一式と、深淵のマントが彼の前に出現する。
「……素晴らしいな。力が、無限に湧き上がってくるようだ。この衣服、そして武器……これがジェネシス級というものか。私の元いた世界のいかなる神具をも凌駕している」
バアルが己の手の平を見つめ、驚きと感嘆の声を漏らす。
探求心が旺盛な彼にとって、この未知の力は最高の刺激なのだろう。
さらに俺は手をかざし、バアル付きの闇属性の精霊『アビス』をその場に召喚した。
濃密な闇の粒子が固まり、新たな精霊がバアルの肩へと寄り添う。
「オレがアビスだ。バアル、よろしく頼むぞ」
「此方こそ頼むぞ。アビス」
「ふむ、至れり尽くせりだな。ヨシテル、この恩はこれからの戦いでお返ししよう」
「期待してるよ。アビスはリフィ達に任せるといい。おいアビス、あっちに先輩たちがいるから仲良くしなよ」
俺が言うと、アビスは嬉しそうに返事をして、リビングの隅で寛いでいたリフィやノックスたちの元へと飛んでいった。
「俺の体術とこの籠手があれば負けぬな」
衣服を整えたバアルが不敵に笑う。
俺たちはパレスをアイテムボックスへしまい、本来の目的であるワータイガーを倒しに向かう。
だが、目的地である鬱蒼とした森の深部へ辿り着いた瞬間、アレスが鋭い視線を木々の隙間に走らせた。
「……ヨシテル、リーファさんの報告とは様子が違うよ。ワータイガーが、単体ではなく――群れになっている」
唸り声を上げて現れたのは、巨大な二足歩行の虎の魔物。
それが数頭どころか、数十頭もの大群で俺たちを包囲しようとしていた。
「初陣には丁度良い。ヨシテル、ここは俺に任せてもらおうか。この新たな力、試させてもらう」
バアルが一歩前に出た。
灰色地に金色の夏櫪の実文様和装が、彼の闘気に合わせて静かに揺れる。
敵を前にしたバアルの瞳には、冷酷な光が宿っていた。
「ああ、好きに暴れてくれ。実力を見せてもらうよ」
俺が頷くと、バアルは不敵に笑い、その指先まで覆う籠手『ネフェスタス』を硬く握り締めた。
「行くぞ、アビス!」
「応よ、バアル! 闇の力をくれてやる!」
バアルが地を蹴った瞬間、その姿が完全に消失した。超高速の体術。
次の瞬間には、群れを成していたワータイガーのど真ん中に彼は立っていた。
「フンッ!」
バアルが放った一撃の拳。
ジェネシス級籠手『ネフェスタス』から放たれた濃密な闇属性の衝撃波が、前方にいた数頭のワータイガーの肉体を文字通り消滅させた。
ネフェスタスの特性により、殴られた魔物の体力が瞬時に奪われ、バアルの体力へと還元されていく。
「何という破壊力だ……! これがジェネシス級の武具か!」
バアルは驚喜の声を上げ、さらにアイテムボックスからジェネシス級双剣『レギオン』を抜き放った。
彼が己の魔力を限界なく刃へと流し込むと、レギオンの二本の刃は瞬く間に巨大化し、周囲の空間を焼き尽くさんばかりの「焔風の光刃」へと姿を変えた。
「ハァァァァァッ!!」
バアルが双剣を大きく一閃する。
巻き起こったのは、火属性と風属性が超高密度で複合された、巨大な焔の竜巻だった。
その圧倒的な攻撃範囲と無限に膨れ上がる破壊力は、森の深部を真っ赤に染め上げ、群がっていた数十頭のワータイガーを一瞬にして、ただの灰へと変えてしまった。
倒された魔物たちは、俺たちの持つ自動解体機能によって一瞬で素材と魔石、肉へと分別され、アイテムボックスへと自動回収されていく。
「……信じられん。魔力を注げば注ぐほど、攻撃力が無限に膨れ上がっていく。これほどまでの神具がこの世に存在したとはな」
バアルは消音のブーツの紐を締め直し、レギオンを消しながら深く息を吐いた。
その表情には、強者としての深い探求心と、俺たちへの確かな信頼が刻まれていた。
「さすが魔王だな。これなら王都の北にあるSランクダンジョンも、あっさりと踏破できそうだ」
俺が笑いながら言うと、アルシェラたちも「いい腕ね」「頼もしい家族が増えたわ」とバアルを歓迎した。
【ヴィンクルム】に新たな最強の魔王が加わり、俺たちの系譜はさらに強固なものとなった。
数百年誰も進めなかったという『巨軀の獄塔』への挑戦を前に、俺たちの戦力は完全に整ったのだ。
「よし、それじゃあ一泊様子見して王都に戻ってダンジョン攻略に備えるか」
俺たちは夜の迫る森を後にし、次なる神話の舞台へと向かって歩き出した。