僕のヒーローアカデミア 空拳ヒーロー エアーマン 作:ダレ狐
エンデヴァー事務所・闘技場 焦凍視点
……最初から、分かっていた。
クソ親父が、砕条を“普通の研修生”として扱う気がないことくらい。
あの目だ。
俺を見る時と同じ――いや、少し違う。
懐かしむような、苛立つような、それでいて試すような視線。
(……またか)
闘技場の中央に立つ砕条は、落ち着いていた。
親父の前でも、怯えも、媚びもない。
それが、気に入らなかったんだろう。
重りを付ける親父を見て、胸がざわつく。
(本気だ)
火力を抑える気も、指導で済ませる気もない。
――力で、ねじ伏せに行く。炎が放たれる。砕条は躱す。
速い。
「今の攻撃を躱すとは、先程の話に信ぴょう性が出てきたな」
「それはどうも。なら、遠慮なく行くぜ!!」
砕条は個性無しの走りで、クソ親父の炎を紙一重で避けていた。
(……すげぇな)
「なら、コイツも個性無しで対処できるか?」
今度は炎が複数の火の玉になって砕条を襲うが――
「飛脚・壱足!」
砕条は個性を使い、一気に加速してクソ親父の懐に入った。
「体育祭の時よりも速いな……だが!」
砕条が攻撃のモーションに入る瞬間、クソ親父は周囲に炎を放った。
砕条は殴りかけた拳に個性の力を乗せ、その場から離脱する。
「チッ、間合いに詰めたのに……」
「ふん、相手に攻撃の隙を与えている時点で甘い。チャンスを作るのは――」
地を這う炎が繰り出される。
砕条はサイドに避けようとしたが、今度は炎が円を描くように動き、砕条を閉じ込めた。
「なっ……! 炎が檻みたいに!?」
視界を奪い、空気を焼く。
「こうやるんだ」
(ああ……)
胸の奥が、冷える。
あれは――俺がずっと嫌悪してきた戦い方だ。
勝つために、相手を閉じ込める。
逃げ場をなくす。
(やめろ……)
そう思った瞬間。
「意地があるんだよ、男には!!衝突・陸式 空衣武叢!!」
砕条が、炎の檻をぶち破ってクソ親父に突っ込んだ。
(正気か!?)
「貴様、炎の中でその技を!?」
「ウォォォォォォ!!!!!」
熱も、息も、限界のはずだ。
それでも――
ドカァァ!!
拳が、クソ親父の顔に入った。
一瞬、時間が止まったように見えた。
(……殴った)
クソ親父を。
俺が、一度も出来なかったことを。砕条はそのまま倒れた。
無茶をした代償だ。バーニンが駆け寄る。
そのまま医務室へ運ばれる。
親父は、何も言わない。
ただ、
何かを噛み殺したような顔で、立ち尽くしていた。
(……)
胸の奥が、ぐちゃぐちゃになる。
怖い。憎い。許せない。それでも――
(少しだけ)
ほんの少しだけ。
代わりに、殴ってくれた気がした。
俺が、殴れなかった相手を。向き合えなかった恐怖を。
砕条は、俺の代わりじゃない。
でも――あの一撃は、確かに。
(……ありがとう、なんて言えねぇけど)
俺は、拳を強く握った。
次は。次こそは。 親父の炎に、閉じ込められずに。
逃げずに。――俺自身の力で。
「必ず、前に進んで勝つ」
医務室 砕条視点
「知らない天井だ」
目が覚めると、どこかの医務室だった。
すると医務室の医者が、俺のところに来た。
「気が付いたみたいだね。君はかなり無茶した。
炎に閉じ込められた中で、高温の空気を取り込んで炎の壁を突き破った……酸欠と熱中症による脱水症状だね。
ヒーロースーツのお陰で火傷こそしていないが、君の身体は炎に耐性があるわけじゃないんだ」
医者はそう言って点滴の残量を確認し、カーテンを引いた。
「しばらく安静にしてな。無理したら、今度こそ本当に倒れるよ」
足音が遠ざかる。
「……」
静かだ。
機械音と、自分の呼吸だけが妙に大きく聞こえる。
数十分のはずなのに、すげぇ長く時間が経った気がする。
「起きたか」
低い声。
視線を向けると、ベッド脇の椅子に轟が座っていた。
「……あぁ」
喉が乾いて、声が掠れる。
「水くれ」
「無理に喋るな」
そう言いながら、ストロー付きのカップを差し出してくる。
意外と手つきが丁寧で、少し驚いた。
「……砕条、悪い」
「謝るな。俺が勝手にしたことだ」
短く言い切る。
「親父に、あんな無茶する必要はなかった」
「……そうかもな」
天井を見上げたまま答える。
「でも、あれで分かった」
「何がだ」
「強ぇ奴は、強さの使い方も残酷だってこと」
少し間が空いた。
「……俺もだ」
轟はそう言って、視線を落とした。
「炎で追い詰めるやり方……
氷で追い詰める俺と、親父はそっくりだって思った」
「嫌だったか」
「嫌だ」
即答だった。
「だから……ありがたかった」
「?」
「俺の代わりに、クソ親父に殴りかかってくれたみたいで」
思わず、鼻で小さく笑った。
「バーカ、そんな大層な理由じゃねぇよ」
「それでもだ」
轟は立ち上がり、少しだけ表情を緩める。
「……無茶はするな」
「それ、医者にも言われた」
「俺が言うのは、別だ」
「……あぁ」
短い沈黙。
「次は」
轟が背を向けたまま言う。
「次は、俺も一緒に強くなる」
ドアが静かに閉まった。
――やれやれ。
厄介な友達が出来ちまったな。
点滴の冷たさを感じながら、俺はもう一度、目を閉じた。
医務室前 エンデヴァー視点
医務室の扉の前で、足を止めていた。
中から、声が聞こえる。
「……無茶はするな」
焦凍の声だった。
一瞬、驚いたように眉が動く。
(あいつが、そんな言葉を――)
俺の拳が、無意識に握られた。
(……)
余計な言葉はない。
励ましでも、同情でもない。
だが――対等だ。
「次は、俺も一緒に強くなる」
命令でもなく、拒絶でもなく、「共に立つ前提」で語っている。
扉に手をかけた俺は、その場を離れた。
(焦凍に……)
言葉にならない感情が胸をよぎる。
(向き合い、高め合う友人がいるのか)
脳裏に、別の名が浮かぶ。
――燈矢。
(俺にも……燈矢にも、ああいう存在がいたなら)
ほんの一瞬だけ、目を閉じる。
その時、ポケットの中でスマホが震えた。
画面を見る。
【冬美】
『今日の夕食どうする?
もし良ければ、職場体験の子も一緒にどう?焦凍も一緒に』
(……)
少し離れた医務室の扉を見る。
中には、まだ砕条がいる。
(ホテルに送るより、ここからなら近いな)
短く返信を打つ。
『二人とも泊める。準備してくれ』
すぐに次の連絡が入る。
「エンデヴァー、緊急だ」
「分かった。すぐ行く」
スマホをしまい、踵を返す。
(今日も、家には帰れんか)
だが――
(焦凍は、前に進んでいる)
それだけで、胸の奥に小さな火が灯った。
ヒーロー、エンデヴァーは夜の街へと向かった。
数十分後 轟家 砕条視点
「俺の家だ」
「デカいな〜」
轟家は、ドラマや映画で見るような大きな日本家屋だった。
道場で住んでいた俺の家よりも、さらにデカい。
「というか、良かったのか? 職場体験期間、お前の家に泊めてもらって」
「気にするな。砕条の宿泊予定のホテル代は親父が持つ。それに今日は、さっきの戦闘でフラフラだろ? ここなら事務所まで近い」
「そんじゃ、お邪魔します」
家の中に入り、日本庭園の横を通り過ぎて居間へ向かう。
「いらっしゃい。職場体験お疲れ様」
玄関には、白髪にところどころ赤い髪が混じるポニーテールの綺麗な女性が立っていた。
「お邪魔します。えっと……轟の……って、ここ皆そうだ。
焦凍のお母さんにしては若すぎますよね。お姉さんで合ってますか?」
「えぇ。私は焦凍の姉の冬美です。よろしくね、砕条君」
「姉さん、ただいま」
そのまま居間に案内されると、白髪の若い男性が料理の準備をしていた。
「おっ、焦凍おかえり」
「夏兄、ただいま。大学の飲み会とか言ってなかった?」
「それがさぁ、教授の浮気がバレて、それどころじゃなくなったんだよ。
……って、焦凍の友人の前で話すことじゃないな。俺は焦凍の兄の夏雄だ」
「砕条です。よろしくお願いします」
俺は焦凍の兄妹の紹介を受け、夕食にありつけた。
竜田揚げ、関西風のだし巻き玉子、餃子に特盛サラダ。白米が進む。
「料理うまい! こんな美味いもん毎日食ってるのか、羨ましいな!!」
「姉さんの料理の腕、やっぱり凄いんだな」
「これだけの量作るの、どれだけ大変だと思ってるんだよ。
卵焼き一つでも、丁寧にムラなく焼けるの、すげぇんだぞ」
「砕条君は料理するの?」
「自炊は最低限ですね。自分好みですから。というか、だし巻き玉子が関西風なの驚きました。関東は甘いのが主流なのに」
「うん。お父さんが卵焼きは関西風が好きで、うちはずっとこの味なの。砕条君は関西出身なの?」
「そうです。兵庫県の神戸市に住んでました」
「なるほど、だから関東の雄英だから一人暮らしなんだ」
「一人暮らしすると、自炊とか色々できるようになるのか?」
「まぁ、ある程度は。と言っても俺、面倒くさがりだから片付けは苦手だ」
「分かるぜ、砕条君。洗濯物とか畳まなくなるよな」
「ですよね!」
「こら、二人とも。そんなことしてたら服がヨレヨレになるでしょ」
そんな感じで、轟家の兄妹と仲良く話しながら食事を楽しんでいた。
「焦凍、料理したことないんだろ? なら明日はお好み焼き教えてやるよ」
「お好み焼きか。初心者でもできるのか?」
「大変なのは最初の生地作りだけや。店に出すわけじゃないんやから、失敗しても大丈夫。全部お兄さんの胃袋に行くだけや」
「って、俺かよ!?」
「俺、夏兄の胃に負担かけないようにしないと」
「おい、例えで言っただけや。関西人ジョークや」
「アハハ、面白いね砕条君」
「さすが本場の関西人の漫才は凄いな」
「これが漫才なのか……」
「いや、真顔で感心しなくていいよ……」
「でも、お好み焼き楽しそうね」
「蕎麦好きなら、広島焼き風に出雲そば乗せてみたら」
蕎麦に反応して、焦凍の目がキラキラしている。
「そんな夢のような物があるのか?」
「お好み焼きやからな。お好みで食うのがええんや」
「へぇ〜。お好み焼きって、そこから来てるんだ」
「まぁ、知らんけど」
関西人のお約束を言うと、冬美さんと夏雄さんはその場でズッコケた。
けど、焦凍だけはその光景を見て唖然としていた。
「って、知らないんかい! ってツッコんでしまった!!」
「アハハハハ、もうやめてよ砕条君。お腹痛い」
「冬姉と夏兄の、こんな姿初めて見た」
「初めてと言うなら、お前も駅そばデビューしただろ?」
「何、その話〜」
「焦凍、そんなに蕎麦好きだったんだな。知らなかったぜ」
どうやら、俺が来たことで三兄弟はそれぞれ笑っていた。
家の事情を知っているからこそ、ほんの少しでも助けになったなら良かった。