僕のヒーローアカデミア 空拳ヒーロー エアーマン 作:ダレ狐
病院 翌日・昼
保須総合病院――救急病棟。
運び込まれた直後、医者も看護師も口を揃えて言っていた。
「この子も重症です」
酸欠、脱水、全身打撲、右手は内出血でパンパン。
脳無との戦闘に火災救助、そしてステインとの交戦。
誰がどう見ても“要安静・最重症患者”――の、はずだった。
「おばちゃーん! このカツサンドと焼きそばパンも追加で!」
「はいはい、食べ盛りねぇ」
病院内コンビニのレジ袋を両手いっぱいにぶら下げ、
点滴スタンドを杖代わりに悠々と歩く男――砕条拳志。
その光景を、偶然通りかかった飯田は二度見した。
「……き、君は何をしているんだ!?」
「見て分かんだろ、買い出しだ」
「絶対安静だと医師が言っていたはずだが!?」
「腹減って寝れねぇ方が問題だろ」
正論みたいな暴論を吐きながら、砕条はプリンをカゴに追加した。
緑谷視点 数分後
「緑谷、眠れたか?」
「ううん、昨日のあんな後だと中々寝付けなくて……轟君は?」
「俺もだ。……けど、アイツは」
僕たちは昨日、ヒーロー殺しとの戦闘後に病院へ運ばれた。
僕と轟君は比較的軽傷で、リカバリーガールの治癒で傷は塞がった。
飯田君はかなり刺されていたから、正直すごく心配だった。
「砕条君、医師の指示以外で食べ過ぎるのは良くないぞ」
「分かったよ。じゃあ後はゼリー系に絞る。
カレーは飯田、蕎麦は焦凍、カツ丼は緑谷な」
「そういう事では――」
ぐぅ〜……
「お腹は正直だぞ」
「くっ……」
「お前らも食うか?」
「蕎麦があるのか?」
「轟君!?」
砕条君に影響受けてるの? 何気に轟君の事を名前呼びしてるし
そんなこんなで砕条君のおそそ分けを一緒に食べて昨日の張り付いた緊張が少し和らいだ気がする。
「起きとるようだな」
「グラン・トリノ!」
「お前には言いたいこと腐るほどあるが……まずは、お前ら四人に話がある」
病室に入ってきたのはグラン・トリノ。
その後ろに、飯田君の職場体験先のプロヒーロー・マニュアルさん、
エンデヴァー事務所のサイドキック・バーニンさん、
そして犬の異形型スーツを着た男性が続いた。
「保須警察署長の面構犬嗣さんだ」
「警察署長がわざわざ……何で?」
「まずは君たちの活躍でヒーロー殺しを逮捕できたこと、感謝する。――だが、問題もある」
署長の話を要約すると――
僕、轟君、飯田君の三名は、プロヒーローの監視外で個性を使用したことを問題視されていた。
砕条君はバーニンさんに許可を得ていた上、ステイン戦では個性を使っていない。
もっとも“過剰暴力”に該当する可能性があり、結局は僕たちと同じ処分になるかもしれない、という話だった。
轟君が食ってかかる場面もあったが、
署長は今回のステインの火傷をエンデヴァーの功績として処理し、
僕たち四人への処分を“揉み消す形を取る”と提案した。
僕たち三人は、その提案に乗った。
砕条君は断ることもできたけど、
「話がややこしくなるなら、皆と同じでいい」
とだけ言ってくれた。
「大人の決めたルールで、君たちの賞賛を消すことになる。申し訳ない」
深々と頭を下げる署長に、
さっきまで怒っていた轟君も、ばつが悪そうに視線を逸らした。
この事件は――表向きは“エンデヴァーの活躍”として終わった。
けれどネットの世界では、二つの動画が話題になっていた。
一つはヒーロー殺しステインの過去と理念を訴える映像。
もう一つは、ヒーロー殺しに真正面から立ち向かう砕条君の動画。
脳無との戦闘、火災現場での救助までまとめられ、
《新時代のヒーロー誕生か?》なんて見出しまでついていた。
ヒーローたちは若者の奮起に士気を上げ、
ヴィラン側はステインの思想に感化され――
世界は静かに、熱を帯び始めていた。
ヒーロー達は未来ある若者の奮起にやる気を上げた。 一方ヴィランはヒーロー殺しの動画で、ヴィラン連合に注目が集まっていた。
某所 ???視点
「あの小僧、生きてたのか……」
薄暗い廃屋。
ノートパソコンの画面に映るのは、砕条の動画。
酒瓶を片手に、男は獲物を見るような目でそれを眺めていた。
「ヴィラン連合か……USJをやらかした連中だったな。面白い」
その時、部屋に閃光弾が投げ込まれた。
武装した男たちが一斉に突入――
ザンッ。
激しい銃声は響かなかった。
廃屋から出てきたのは、酒瓶を持つ男ただ一人。
「この“スライサー”相手に近づくのが無駄だと、まだ分からんか」
直後、建物が“切断された”ように横へずれ、崩落した。
この男――スライサー。
砕条の育て親を追い詰めたヴィラン。
公安や特殊部隊をことごとく返り討ちにし、
既に三十名以上を殺害している危険人物。
「お陰で個性も伸びた。さて――ヒーローでも狩るか」
死柄木弔とは別の闇が、静かに動き出していた。
職場体験4日目・夕方
エンデヴァー事務所 ――エンデヴァー視点
焦凍と砕条の退院後、バーニンに迎えを出させ、そのまま事務所へ向かわせた。
焦凍には事務処理を任せ、俺は砕条だけを部屋へ呼ぶ。
「……あの、エンデヴァーさん。話ってのは」
「職場体験で呼んだ理由は、バーニンから聞いたか」
「え? まぁ……大体は」
「それも理由の一つだ。だが、本題は別にある」
引き出しから古いアルバムと一枚の写真を取り出し、机に置いた。
小学生時代、道場で撮った一枚。
黒帯を取った日の記念写真。
俺は一度も勝てなかった男の隣で、ふて腐れた顔をしている。
奴は五十連勝だと大はしゃぎだった。
当時は腹立たしかったが――今となっては、悪くない思い出だ。
「この赤髪の少年は……エンデヴァーさんですか?」
「そうだ。――そして隣が、お前の父親。砕条空牙だ」
「……俺の、父親?」
「十文字師範の道場に、俺も通っていた。空牙はその時の同期だ」
砕条の表情が固まる。
やはり師範からは何も聞かされていないらしい。
「この話は胸の内に留めろ。奴は当時、潜入捜査に関わっていた。
お前を巻き込まぬため、師範に預けた」
「……それで、親父は。生きてるんですか」
「――十四年前。お前を預けて間もなく、死亡したと聞いている」
「……そう、ですか」
短い返事。
だが握られた拳が白くなっていた。
「空牙は、十六になるお前に渡してほしいと、
このアルバムと母親のビデオメッセージを俺に託した。
ヒーローとして表に出ている俺なら、いつか渡せると考えたのだろう」
俺は荷物をそのまま砕条に差し出した。
「本来なら初日に渡すべきだった。
仕事が立て込んで遅れたことは詫びる」
「……いえ」
母親の件には触れない。
――今は、それでいい。
回想 昨日・病院会議室
塚内刑事、グラン・トリノ、リカバリーガール、そして俺。
重い空気の中で、刑事は口を開いた。
USJで回収された脳無のDNA。
そこに混ざっていた【治癒】の因子。
三十年前に潰したはずの個性複製化実験――その残滓。
そして。
「砕条君の母親は……リカバリーガールのクローン体です」
言葉を失った。
グラン・トリノは歯を食いしばり、
リカバリーガールは静かに目を閉じた。
【あの施設が……まだ生きていたのか】
【あの子の治りの早さ、やはり……】
俺はただ、拳を握るしかなかった。
解散の際、俺はリカバリーガールに声をかけた。
「彼に、あなたのことを――」
「言わないでおくれ」
即答だった。
「親を失った話だけでも重いんだ。その上“クローン”だなんて――
私は、あの子を孫として見られる自信がないよ」
俺は何も言えなかった。
回想終了
目の前には、アルバムを抱えた少年。
空牙と同じ目をした――
まだ何も知らぬ、ヒーローの卵。
このタイミングで話すには酷だと分かっている。
だが――家庭を壊した俺だからこそ、言わねばならない。
「……お前の父と母は、お前を蔑ろにしたわけではない」
「勝手すぎるだろ……!」
砕条はアルバムを抱えたまま膝をつき、声を荒げた。
「あの家に預けられて、俺には一度もそんな話をしなかった!
こんな……こんなこと、今さら……くそ、ふざけやがって!!」
吐き出すような言葉。拳が震えている。
――俺は、何を言うべきなんだ。
「おい、今の声――!? 砕条! どうした!」
叫びを聞きつけた焦凍が部屋に飛び込んでくる。
床に膝を落とした砕条の姿に目を見開き、駆け寄った。
「焦凍……わりぃ。色々ありすぎて、ちょっと混乱しただけだ」
「くっ……クソ親父!砕条に何を言ったんだ!」
「焦凍、俺は――」
「エンデヴァーさんは悪くない。ただ……話が、重かっただけだ」
「どういうことだ?」
「悪い、ここじゃ無理だ……」
砕条はゆっくりと立ち上がろうとするが、足元が覚束ない。
「二人とも今日は家に戻れ。退院したばかりだ。車を出させる」
「……そうさせてもらう。立てるか、砕条?」
「ああ、助かる……」
砕条は焦凍の肩を借りながら立ち上がり、
去り際にこちらへ頭を下げた。
「エンデヴァーさん……すみません。嫌な役目を押し付けて」
「いや、こちらも配慮が足りなかった」
二人が部屋を出ていく。
静まり返った室内で、俺は拳を見つめた。
「どうして俺は……大事なものほど、傷付けてしまうんだ」
帰路・車内 ――焦凍視点
エンデヴァーの手配した車は、夕方の街を静かに走っていた。
後部座席には俺と砕条。運転手はサイドキックで、余計なことは一言も喋らない。
窓の外のオレンジ色が、やけに遠く見えた。
「……」
砕条はアルバムの入った紙袋を膝の上に置いたまま、ずっと外を見ている。
病院ではあんなに騒がしかったくせに、今は別人みたいだ。
――親父が、何を話したのかは知らない。
けど、ろくな内容じゃないことだけは分かる。
「無理に話さなくていい」
俺がそう言うと、砕条は少しだけ肩を揺らした。
「……悪いな。気ぃ遣わせて」
「慣れてる。アイツの話は、だいたい重い」
「はは……だろうな」
乾いた笑い。
けど目は笑っていない。
しばらく沈黙が続いたあと、砕条がぽつりと言った。
「焦凍はさ……親父さんのこと、どう思ってる?」
唐突な質問だった。
「どう、って」
「尊敬してるとか、嫌いとか、そういうの」
俺は少し考えた。
正直に言うべきか迷ったが――こいつに嘘をつくのは違う気がした。
「……昔は嫌いだった。今も好きとは言えない」
「そっか」
「でも、全部否定もできなくなった。
あの人がヒーローとしてやってきたことも、俺にしたことも」
砕条は黙って聞いている。
「だから、よく分からない。家族って、たぶんそういう面倒なもんなんだと思う」
「……面倒、か」
砕条は紙袋を軽く叩いた。
「俺はさ。
本当の両親の顔も声も、今日までまともに知らなかったんだよ」
その言葉は静かだった。だから余計に重かった。
「恨んでたんだ。捨てられたんだって、ずっと思ってた」
「……」
「なのに急に“本当は違いました”って言われてもさ。
頭が追いつかねぇよ」
拳がぎゅっと握られる。
「怒ればいいのか、安心すればいいのか……どっちの顔していいか分かんねぇ」
俺は何も言えなかった。
正しい言葉なんて、たぶん無い。
車が信号で止まる。
夕日が砕条の横顔を赤く染めていた。
「……焦凍」
「なんだ」
「俺さ、ビデオ……まだ見れねぇかもしれない」
「見なくてもいい」
即答だった。
「見たい時に見ればいい。誰かに急かされるもんじゃない」
砕条は一瞬きょとんとして――
「お前、そういうとこ優しいよな」
「普通だ」
「普通じゃねぇよ」
小さく笑った声は、さっきより少しだけ軽かった。
車は再び走り出す。
砕条はまた窓の外を見たまま言った。
「ありがとな、焦凍」
「礼はいらない」
俺は前を向いたまま答えた。
――今はそれでいい。
こいつが壊れないなら、それで。