生徒会戦線異常なし。〜初恋相手が「資本」と共に帰ってきた。俺の平穏は、攻撃ヘリと共に爆散した〜   作:全自動髭剃り

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 学園といえば転校生、転校生といえば資本力!(?)


澄玲が襲来した日

 

 先生、あいつの隣がいい。

 なんて台詞、創作の世界でなら幾度見たか覚えきれないものだ。

 

 澄玲(すみれ)だったら、こんなことを言い出すかもしれない。

 

『あなたの隣に座らせなさい!』

『学校の規則? そんなの知らないわ!』

 

 朝の登校中に運命的な出会い方でもしたり、はたまた主人公の覚えていない子供の頃に結婚を約束した女の子だったり。

 まあ、そういう誰もが知っているようなシチュエーションであり、一度は自分にも起きたらと妄想するようなシチュエーションだ。

 

 ただ、このシチュには大事な前提条件が数個ある。

 先ほど述べた、登校イベントや主人公記憶喪失イベントもそうなのだが、もっと重要なものに、“同じクラス”というのがある。

 転校生が主人公のクラスにやってこなければ、物語は始まらないのだ。

 

 ――そのはずだったんだ。

 

「先生、私あの人の隣がいいです」

 

 教壇の女子生徒は、まっすぐ指差してきている。

 ブロンドの流れるような髪に、すれ違うだけで振り返りそうになる美貌。柔らかそうな笑顔が似合いそうな雰囲気。

 知らないといえば虚偽申請になるだろう。俺のよく覚えている顔である。

 

 そんな女の子は、今まさに俺に人差し指を向けていた。

 

「え? ええ? あ、あの楠さん? あなたは隣のクラスの……」

 

 いきなりすぎる事態に、我がクラスの担任の泉教諭がらしくもなくたじろいでいる。何事にも動じず、たとえクラスで授業中にバーベキュー大会が始まろうと淡々と黒板にチョークを走らせるような我が初老担任が、である。

 ちなみに俺も似たような状態だ。

 何せ。

 

春原(すのはら)太一。あなたをずっと探し続けてきました」

 

 真っ直ぐこちらに歩いてくる少女。

 俺は彼女のことを覚えている。鮮明に。忘れようがないほどに。

 まさか、一年前の約束通りに。

 いや、そんなはずは。だって、お前は――、

 

「やっと見つけられました。もう逃しません」

 

 セリフが終わるや否や、上がる女子の黄色い声と野郎どもの怨嗟。けど、そんなものは俺の耳に入ってこなかった。

 おかしい。おかしい……!

 何もかもがおかしいんだ……。

 澄玲がここにいることもそうだし。

 何よりも、俺の知ってる”澄玲”はそんな死んだような表情を絶対にしない。向日葵のように明るくて、……誰にも遠慮しない屈託のない笑みが特徴で……。

 

「お、お前、誰だよ……!?」

「? あなたの知っての通り、楠澄玲です」

「い、いや、そんなはず……」

 

 外見は完全に一致している。髪の色も、目の形も、声の高さすらも。

 けど、敬語を使うような殊勝な性格でもないし、ちょこんと首を傾げるような控えめな感情表現なんてするわけがない。

 それこそ、『やっと見つけたわよ、太一! 今度こそ逃がさないからね!』なんて言われたのなら俺も事態を飲み込めたのだろう。

 多少強引な女の子だったし、転校のテンションでやらかしたんだって言われても疑わないさ。何せ、彼女は宣言通り、俺のことを見つけ出したのだから……。

 だけど、外見以外の何もかもが違うんだ!

 困惑する俺だったが、急いで澄玲の前に立ちはだかる泉先生。

 

「こ、ここはBクラスで、君はAクラス配属で……」

「泉先生。500万円で手を打ちませんか」

「ご、500万円……! で、ですが教育者たるもの……」

 

 我がクラスの担任らしく、ここは譲れないと主張する泉担任。澄玲が懐から取り出したゲンナマの束に視線が張り付いていても、ちゃんと主張するべきところは主張してる。

 さすがは堅物と名が通った先生だ。俺が気持ちの整理をつけるだけの余裕を作ってくれている!

 

「5000万円を口座に振り込んでおきます。このブラックカードも自由に使っていただいて構いません」

「隣の西川さん、楠さんに席を譲ってあげてください。春原(すのはら)くんも楠さんの面倒をしっかり見るように」

「変わり身速ええよ! 泉先生! 澄玲、……いや、楠さん隣のクラスの転校生ですよね! それに西川さんの席はどうするんですか!」

「私を先生と呼ぶのはやめなさい。私は今日退職届を出して、実家のプロパン屋を継いで妻と余生を穏やかに過ごす予定です」

「先生ぇぇえええ!!」

 

 澄玲から渡された金に黒光りするカードを受け取ると、そのまま授業予定だった荷物をまとめてそそくさと教室を出ていく泉先生。

 知らなかったよ、実家がプロパン屋だったとか! つーか、無駄に情報を増やすな! ただでさえ澄玲のことで手いっぱいなんだから!

 そんな軽いパニック状態の俺だったが、前の席替えからずっと隣でそれなりに交友関係を結べていたと信じていた西川さんが声をかけてきた。

 

「え、えーと、春原くん。わ、私楠さんに席譲るね。その、別に春原くんが嫌いなわけじゃなくて、どちらかというとアリかもって思ってたけど、やっぱりこういうのは本気で好きな人が優先されるべきだと思うの」

「え!? に、西川さん、そんなこと思ってくれてたの!? だ、だったら尚更席を譲っちゃあだめだよ! ……ちょっと待って、今胸ポケットに仕舞い込んだ紙見えてたぞ! ルイスイートンの特別オファーって書いてあったよね! ルイスイートンって今をときめく超高級ファッションブランドで、この前おしゃれな鞄が欲しいって言ってたよね!」

「違うの、春原くん。決してお金に釣られたわけじゃなくてね、えへへ、やっぱり恋する女の子を、ふひひ、応援してあげたいなって」

「未来のブランドバッグに夢馳せないで! 目の前の級友を助けてくれ!!」

 

 などと叫ぶ俺の声は虚しく。

 

「楠さんに比べたら、私はきっと、"選ばれない方"だから、ね? ……ふへへ」

「なんか無理やりロマンチックにしようとしてるけど、よだれが隠しきれてないぞ西川さん!」

 

 机の中から置いていた荷物を引き出し、学生鞄に詰めると西川さんはそそくさとどこかへ行ってしまっていた。

 ま、マジかよ。ルイスイートンのせいであったかもしれなかった恋路が一つ消し飛んだぞ。というか西川さん、そんなこと思ってたの気づかなかったよ、知ってたらもっと積極的に話しかけに行ったのに!

 

 ……って! そうじゃなくて! 今は何事もなかったかのように俺の隣に座り、無言で机をくっつけてきたやつの方だ!

 男女交互に席が並ぶ我が学園において、男女間の机の距離は、その男女の心的距離に等しい。ゆえに、くっつけている組というのは、それだけで勝利者である。羨望の眼差しはもちろん、嫉妬や憎悪をひとえに受け止めるスクールカースト頂点への切符なのだ。

 西川さんとならあり得たかもしれない将来の一つだったのに! こんな達成の仕方は認めないぞ!

 そう叫ぶ心を抑えながら、俺は隣に座る澄玲(すみれ)を睨みつけた。

 

「こんにちは」

「っ、こ、こんにちは。……じゃなくて、何してんだよ、お前!」

「? あなたの隣に座りたかっただけですが」

「そ、そうじゃなくて……! なんで俺の隣に……!」

 

 言いながらくっついた机を離すために机の脚を握るが。

 な、なんでだ! 机がビクともしねえ! まるで机が地面に溶接されているような、いや、地球の核と繋がってんじゃねえのかこれ……!

 横を見ると澄玲が片手で軽く机を押さえているだけなのに、澄玲ごと持ち上げようとこめた渾身の力でも全く対応できねえ。

 

「好きな人の隣に座りたかったからですが」

「な、す、好きってなんだよ!」

「心がひかれること。気に入ること。また、そのさまのことです」

「いや、辞書的な話じゃなくてだな……!」

 

 拳を握りながら、頭痛を抑える。

 なぜ頭痛がするかって? 破格すぎるスケールでやってきたこの少女のせいに決まってる。

 隣のクラスから来たのもそうだし、こうやって意味のわからない距離感で近づいてくるのもそうだ。

 でも、それ以上に肝心なことを聞かないといけない。

 一年前、俺が出会った楠澄玲と、どうしても符合しない、その訳だ。

 

「というかそもそもだ。澄玲、……いや楠。お前は――」

「――静かに! 泉先生が今日付で退職されたので、一時限の物理は拙者担当の世界史となった。皆の者席に着くように」

 

 だが、その直前。

 ガラリと開いた教室のドアから、羽扇を片手に小早川先生が入ってきた。

 いや、だからといって黙る俺じゃない。流石にこのことだけは問いたださなければ。

 

「楠、お前は――」

「おい、そこ。春原(すのはら)貴様拙者の命が聞こえなかったか?」

「しかし、先生! 楠は隣のクラスで――」

「ええい、黙れい! 貴様を火炙り獄門の上磔で晒し首にした後、塩漬けにして三日三晩さらし者にするぞ!!」

「どんだけ重罪ですか! てか何回殺す気ですか!! わかりましたよ静かにしますよ!」

 

 火炙り獄門の上磔で晒し首されたくないからな!

 こうなった小早川先生は頑固だから、この疑問の解決は休憩時間まで待たないといけないことになった。

 ちくしょう! 気になって授業なんて聞いてられないってのに!

 そう思って小早川先生の方を睨みつけるように視線をやる。

 

 というか、小早川先生ってAクラスの担任だったよな。澄玲(すみれ)が転校してくる予定のクラスで。

 だというのに澄玲じゃなくて、俺にだけ文句を言うのはおかしいはずで。

 ……って、よくよく見たら教壇の下に銀色に光るジュラルミンのアタッシュケースがあるぞ。目を凝らしてみると、……楠合弁財閥? と刻まれている。

 まさか小早川先生、あなたも……!

 隣で済ました顔で世界史の教科書を何もなかったかのように開く澄玲に、耳打ち声で話しかける。

 

(お、おい! まさかお前、小早川先生も買収しやがったのか!)

「何でしょうか? 世界史の教科書を忘れたのなら、私の教科書を一緒に使いましょう」

(無視すんな! あのアタッシュケース、お前のだろ、絶対!)

「そこ、春原。楠殿の教科書を使いなさい」

「楠殿!? 金の力で寝返りましたね、小早川先生! てか、俺自分の教科書持ってきてるんで!」

「世界史の教科書を忘れていなくても、私の教科書を一緒に使いましょう」

「そこ、春原。教科書を忘れたことにして、楠殿の教科書を使いなさい」

「おのれ小早川先生!! この屈辱は忘れませんよ!!」

 

 俺の叫びは虚しく教室で反響する。

 ちくしょう、

 結局俺は、自分の教科書を持っているのにも関わらず、強制的に澄玲の教科書を使う意味のわからない一時間を過ごさせられることになった。

 

 

 †

 

 

 楠澄玲の任務達成記録ノート

 

 7月2日金曜日

 

 ✔︎ 対象のクラスへの転校

 ✔︎ 対象の学校における支配権の拡張

 ✔︎ 対象との身体的接触を増やす(現状:37回)

 ✗ 対象の好意を勝ち取る(現状予測親密度:中程度)

 

 

 ♤

 

 

 休憩時間になった瞬間に、いきなりこちらを迫り来る澄玲(すみれ)にたじろいでしまい。

 結局は何も聞けずじまいな午前中の講義。

 

「ゆえに、重力場の計量はアンシュタイン方程式という連立偏微分方程式で決まるわけだ。そして宇宙定数Λ(ラムダ)を移項し、時間変化も許してTに吸収させて真空の性質として解釈したものをダークエネルギーと呼ぶ。……以上が超時空転送理論の基礎だ」

 

 大学付属なだけあって、いきなり高校への出張講義を命じられた名誉教授による脱線を重ね続けた物理の講義は、もはや誰にも理解不可能な領域にまでの大事故を起こしていたが、その二重の意味で輝かしい頭脳の上にある時計を確認すると。

 あと僅かで昼休憩となる。

 

 ちなみにだが午前中の4講義のうち、うちの担任を含めたほぼ全員の先生たちはすでに澄玲――楠合弁財閥なる組織の傘下になってしまっていた。ただ、唯一目の前で授業している名誉教授――名札を見ると『澪』とある――だけは、金の力には屈しなかった。……マジでどこにでもいそうな、ザ・教授って感じの壮年男性なんだが、なんだか立ち振る舞い一つ一つに格式が感じられるぜ。

 曰く、世界の真理に比べくもないとのこと。さすがだ。授業内容はさっぱりだが。

 

 キーン・コーン・カーン・コーン。

 

 とチャイムが鳴った。

 講義の終了を宣言し、そそくさと去っていく教授を尻目に、俺は立ち上がる。

 同時に、威圧感を出しながら澄玲を見下ろした。

 

「洗いざらい話してもらうぞ!」




 おのれ小早川秀秋!
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