生徒会戦線異常なし。〜初恋相手が「資本」と共に帰ってきた。俺の平穏は、攻撃ヘリと共に爆散した〜   作:全自動髭剃り

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 ラブコメと言ったら弁当、弁当と言ったら……?


弁当と、大殺戮時代の幕開け

 †

 

 

 俺が澄玲と出会ったのは、一年前の夏。

 木漏れ日が眩しい昼下がり。

 

「太一! あなたのこと、絶対に忘れない! あなたが私のことを忘れても! ()()私は絶対、絶対! ――絶対に忘れないから!」

 

 太陽のように明るい笑顔の少女。

 山谷から吹く涼しい風にたなびく真白色のワンピースから覗く、その瑞々しい肌は玉のように滑からで。

 森からくる青臭い薫りが、鼻腔をくすぐる。

 

「だから、絶対に見つけ出すよ! 私が()()を卒業したら、世界の果てまで追いかけてやるんだから!」

 

 ブロンドに流れる髪が特徴だった少女。

 

 

 山で水難事故が発生したのは、夏休み最後の週だった。

 

 小川のせせらぎが聞こえるほとり。座りやすそうな石に腰掛けながら彼女のことを待ち続けた。

 澄玲と会う約束はしていなかった。というか、彼女とは一度もそういう予定を話し合ったことはなかった。

 

 いつもの場所に行けば、彼女がいた。

 つまらなさそうに川に石を投げているところに声をかけると、明るくこちらに手を振ってくれる。

 だけど、あの日だけは待てども待てども彼女の姿はなかった。

 

 沢の奥へと進み始めると、すぐに砂色の軍服姿の人が見え始め、

 

 昨日の上流での降雨で地滑りが発生したので奥には行けない状態だ。数人、行方不明となっているとも。

 そう淡々と語る軍人を押し除け、奥へと進もうとしたが、力づくで止められた。

 それでも諦めじと強行突破でもできたのだろうけど、やらなかった。

 

 心ではわかっていたのだ。俺が何をしようともどうにもならないと。

 数日そこに通い詰めて、やっと彼女がもういないことに気づいた。

 土塊の山と化した沢の奥を見て、膝から崩れ落ちた。

 

 俺の去年の夏はそこで終わった。

 

 

 ♤

 

 

「洗いざらい話してもらうぞ! お前は誰だ、澄玲(すみれ)

 

 そう宣言した。

 言葉自体矛盾しているのはわかっている。だけど、こうしてでしか形容ができないのだ。

 

「? 私は楠澄玲ですが」

「いや、違う! 名前じゃねえ! 去年お前は……、死んだはずで……」

「……? 私は生きていますが」

「……っ。いや、そもそもお前、そんなやつじゃなかっただろ!」

「そんなやつ……。ではあなたの好みに合わせましょう。さあ、自由に指令を出してください」

 

 俺の勘違いだったってのか? ……、彼女は死んでなんかいなくて……。

 開き直ったようにこちらに詰め寄る澄玲。

 両手で俺の手を握って、上目遣いで……って、近い近い!

 一歩退きそうになりながらも、俺は抵抗する。

 

「俺の好みとかじゃねえよ! そうじゃなくて、お前らしく振る舞えってことだよ。去年の夏、お前はそんなキャラじゃなかっただろ……!」

「はあ。では、私にどんなことをお望みなのですか?」

「はあ? 俺が望むとかじゃなくて、前のようにって話で」

「いえ、以前の私は関係ありません。私は、――あなたの好みになれるように頑張りますから」

 

 と、そんなセリフが口から出るや否や。

 

 ――キャア!!!

 

 という我がクラスの女子全員から歓声が上がった。

 

「ねえねえ、あなたの好みになれるように頑張ります、だって!」

「本当に素敵ね!」

「お金の力に物言わせるだけの子かと思ったけど、違ったわ!」

「澄玲ちゃんかわいい!!」

 

 などと、外野はまるでアイドルのライブのように大盛り上がり。

 

「ふざけんじゃねえぞ、春原(すのはら)!」

「画鋲を用意しろ! 俺は園芸部からスコップを借りてくる!」

「泉先生のところでプロパンガスもらってこようぜ!」

 

 野郎どもは俺を抹殺するつもりらしい。

 てか、泉先生は澄玲からもらった5000万で穏やかな余生暮らすんだから、邪魔して差し上げるな! ただでさえ最近孫ができて、珍しく授業中もテンションが高かったんだから!

 てか、そんなことよりも!

 

「……っ! 俺の好みとか、そういう問題じゃないって言っただろ!」

「なら、どうすればあなたからの好意を、得られるのでしょうか」

「は、はあ? ……好意たって、そんなの本来のお前が一番に決まってるだろうが。だからお前は――」

 

 と、俺の声はそこで途切れた。

 なぜか。女子勢の歓声と、野郎どもの咆哮が俺の声をかき消したからだ。

 

「おいお前ら! 駐屯地兵器保管廠(ほかんしょう)に行くぞ!」

 

 との掛け声と共に、男子は全員教室から出て行った。

 そんなところに行って何を持ってくる気だよ! つーか、立ち入らせてくれねえよ!

 

「くっ……! 性格のことはもういい! それよりも、なんでここに転校してきた!」

「いいえ、どうでも良くないです。あなたの好みに調整、もとい、調()()をしていただければ、私は如何様にでも」

「調、っ! そういう話じゃ……! イテッ! 痛え! や、やめろお前ら! これはこいつが勝手にほざいてるだけで!」

 

 話も半分、俺の言葉が終わる前に、水の入ったペットボトルやら、丸められたルーズリーフやらが飛んできた。

 

「サイテー!」

「女の子になんてこと言わせてるのよ!」

「西川さんもあんなの相手しなくていいよ。行きましょ」

「え? わ、私は……」

 

 手のひら返しがひでえよ!

 俺にゴミを投げつけて気が済んだのか、次から次へと教室から出ていく女子たち。

 ……

 まあ、昼食取るために食堂行ってるだけだろうけど。

 そんな女子の様子を見ながら、投擲物から身を守っていた俺だったが、

 

「さあ、指示を出してください」

 

 澄玲(すみれ)は、俺の方へグッと一歩踏み締めてきた。

 制服を着ているってのに、肌の温もりが感じられるような距離で。

 あと数ミリで、全身が触れ合ってしまいそうな……。

 

「……っ! も、もういいつっただろ! そのままのお前でいいって!」

「……、そうですか。そのまま、……ですか」

「な、なんだよ」

 

 先ほどまでの押せ押せの雰囲気から一転、急にしおらしくなる澄玲。何か悩んでいるのか、考えているのか……。

 ……何だか調子が狂いそうだ。いや、調子なら朝から狂い続けてはいるが。

 

「わかりました、今はその返答で納得します」

「納得って、お前……」

「では、刻限ですので昼食にしましょう。準備しますのでここでしばらくお待ちください」

 

 そう伝えると、澄玲は早足で教室から出て行ってしまった。

 そして、校庭から響く雑踏音を除けば、すっかりと無人となった教室の、俺だけに残されたのだった。

 

 

 †

 

 

 一息つくと、俺はようやく自分の席に崩れるようにして座り込んだ。

 そして、この今日一日続く、現実感がまるでない、浮ついた状況を振り返る余裕がやっと出てきた。

 

 な、なんだったんだ、あれは……。

 澄玲の性格については、ここまではぐらかされ続けたんだ。いや、正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 名前が同じだけの別人……? それにしては似過ぎているし、いっそ記憶喪失と言われた方がしっくりくる。

 水難事故の影響なのか……? いや、それにしたって不自然だ。何か心的な傷を負ったにしても、今の澄玲のような性格になるとは考えにくい。

 

 何か事情があるのか、それとも彼女自身に何が起きたのか。

 少なくとも、あの様子からして今すぐ心配しないといけないような悪いことではないと思う。

 

 楠合弁財閥……。気になったのでスマホを取り出して調べてみるが……、そんな名前は存在しない。

 推測検索結果に、十数年前の経済開放政策後のソ連新興財閥(オリガルヒ)がわずかに出てくるが、今日の世界史の授業でも学んだ通り、ソ連は今完全な鎖国体制をとっていて、世界一の国土ながらもその実情は誰も知らない。

 ……そんな名も知れない財団が数千万単位の金をそう易々と動かせるのか?

 

 それに、一つの疑惑は別の疑惑を呼び起こしてくる。

 ……俺の澄玲との一夏(ひとなつ)の記憶は、幻だったのか?

 いや、何も子供の頃とかじゃない。つい去年の話だ。夏休みに実家に戻ったとき、退屈に耐えきれずに出掛けて、たまたま出会って。

『私たちの出会いは一期一会なの! だから、来る未来のことなんか忘れて、今を楽しみなさい!』なんて言われて、連絡先も交換できなかった女の子だ。

 

 いや、あの記憶が嘘だったなんてはずがない……。

 そう思って、スマホでアルバムをあさってみるが……。

 

「……やっぱりねえよな」

 

 山の谷を走る名もなき小川や、田畑の水が反射する情景はあっても、彼女の写真はない。

 澄玲は俺と遊ぶ時、スマホを取り出すのを極端に嫌ったんだよな。『いい? 太一くんの網膜が一番の記録媒体なのよ!』なんて言われたら、こちらも黙るしかないじゃないか。

 

 けど、もしも意図的に記録に残させたくなかったとしたら……。

 ()()()()()()()()()()()()()があるのだとしたら。

 

 そう思索していたところだった。

 

 

 ♤

 

 

「ん……っ! ん……っ!」

 

 妙に艶かしく力を入れる声が聞こえてきた。

 当然澄玲(すみれ)の声なのだが……。

 気になって声がする教室の外に向かうと、

 

「あ、な、な……っ!?」

「ん、ふ……! あ、太一さん。教室でお待ちくださいと」

 

 小柄なブロンドの女の子は、自分の体を越すレベルの大きさの包みを抱えて、教室のドアを開くのに苦戦していた。

 

「いやいや! そんなこと言ってる場合か! 俺が持つから!」

 

 と、両手でもぎりぎり抱えきれないほどの体積の包みの半分以上を奪い取る。

 お、重い……! なんだこれ……!

 そう思っていると、重荷からある程度自由になった澄玲は、器用にも抱えていた荷物を片手に乗せ、空いた片手で教室のドアを開けた。

 ……相当な重量のはずだけど、朝方のあの机のときの怪力を考えれば無理ではないか。てか、おそらくこの包みの重さに苦戦していたというよりかは、片手で抱えきれなかったから扉が開けられなかったのだろう。

 

 落とさないように包みを抱え上げつつ、澄玲についていき、彼女と同じく机の上に包みを置く。

 もはやくっついている俺の机の上も全て占領していた。

 ちなみにだが、俺の机と澄玲の机はいつの間にか文字通り溶接されていた。それに気付いたのは3限目の途中だったが。

 

「てか、なんだこれ。なんの荷物なんだよ」

「荷物ではありません。弁当です」

「弁当!? これが!?」

 

 と驚いてる俺に気付いてか知らずか、淡々と背伸びしながら包みを解いていく澄玲。

 中からは次から次へと漆の重箱が出てきて、それらを一つ一つ机に広げていく。当然俺たちの机にはもう置く場所がないので、他の人の机だ。

 

「……慈善活動か? ご飯が食べられない貧困飢餓状態のクラスメイトのために……」

「いいえ。これは太一さんのために作ったものです。召し上がってください、栄養バランスは完璧に計算しています」

「俺はアフリカ象か!? 食い切れるわけねえだろ! 俺を構成する物質の半分が今日の飯になるぞ!」

 

 なおも机に広げ続ける澄玲に吠えるが、澄玲にとってそんなことはどうだっていいらしい。

 いやいや、栄養バランスが仮に完璧だろうが、この量じゃ意味ねえよ!

 俺の言ってる言葉の意味がわからないのか、可愛く首を傾げる澄玲。

 

「……?」

「いやいや! 澄玲だってこの量は食い切れねえだろうが!」

「はい。なので、あなたが気に入ったものだけを召し上がっていただければ。一般的な人間の食事量は理解していますが……」

「あ、そ、そういうことね」

「はい」

 

 流石の澄玲もこれくらいの常識はあったのか……。

 や、やめてくれ、その『何言ってんの?』みたいな表情! 俺なのか!? おかしいのは俺だってのか!?

 

「あなたの好みはわからなかったので、用意できる限り全ての料理を準備しました。和食、洋食、中華、東南アジア料理、種類は少ないですがロシア料理もあります」

「ま、マジかよ……。なんでそこまで……」

「あなたの好みを知るためですが、何かおかしいところがありましたか?」

「……いや、おかしいというか、スケールがだなぁ……」 

 

 てかあまりのことすぎて見落としていたのだが、同級生の女の子に昼の弁当を作ってもらっている、男の夢のようなシチュエーションの真最中だった……。

 本来なら遠慮して、『わざわざ作ってもらうのは悪いよ』とかって遠慮したりすべき場面なのだろうけど。

 重たすぎる愛情というか……。それとも感性がズレすぎてるのか。

 

「あのさ、これ全部澄玲が作ったのか?」

「はい。安心してください、清潔な環境で調理をしています。好みの料理がなければ今から家庭科室を借りて調理をしますので――あっ」

 

 澄玲の包みを開け続けている手を無理やり掴んだ。

 作業を無理やり中断されたので、咎めるようにこちらに語りかける澄玲だったが、

 

「太一さん?」

「……俺の好みはねえ。強いて言えば、俺のために作ってくれたものならなんでも好きだ。だから、こんな無茶はすんな」

 

 冷静に伝える。

 流石にこれはやりすぎだ。……彼女が俺に対して何をどう思っているのか、それはひとまず置いておいても。

 

「まともに料理をしたことのない俺でもわかる。この量の料理を作るのにはありえないほどの時間が必要だ。それこそ徹夜したって難しいだろ」

「はい。なので昨日の夕方から」

「そうか、そこまでしてくれてありがとな。でも、だ」

 

 俺は諭すように続けた。

 

「お前が俺の"好み"ってやつになりたいってんなら、これだけはわかってくれ。俺は自分のことを大事にしないやつは嫌いだ。だから、自分のことを第一に考えろ」

「……、自分のことを、第一に」

「そう。復唱できて偉い」

 

 軽く彼女の頭を叩く。

 ……同年代の女の子に対して失礼かもしれないけど、どことなく妹のことを思い出すような柔らかさだった。

 

「とりあえず、二人で昼飯食ってから残りのことは考えよう」

 

 そう言って、俺はとりあえず開けられた重箱の二つを手に取る。

 中身なんて確認する必要もない。

 

「それでいいのですか? 好みの料理じゃないかもしれませんが」

「言っただろ、澄玲(すみれ)が俺のために作ってくれたんならなんでも好きだって」

 

 そう言って蓋を開けると、甘酸っぱくそして重厚な旨味のかおる金色に輝く酢豚が。

 もう一つの重箱には色とりどりの野菜が煌めく鮭のマリネが、見た目だけで唾液を湧かせていた。

 

 隣の席を借りて、俺たちは向かい合いながらお互いの弁当を箸で口に運んでいく。

 

「めっちゃうまいじゃん! すごいよ、澄玲!」

「……、ありがとうございます。ではその味を記録するために、私に一口ください。昨日は味見をする余裕がなかったので」

「くださいって、お前が作ったものなんだから好きに取ったって誰も文句言えねえって。ほら食ってみろ、すげえ美味しいぞ!」

 

 言いながら、豚肉を一切れ箸で挟んで突き出した。

 この味を自分で食べてないってのは絶対勿体無い。……というか、これだけの量の料理を作ってたら、味見だけで腹がパンパンになりそうだ。余裕がないってのは、時間的なものだったのか、それとも量的なものだったのか……。

 

「……」

 

 と、なぜか俺が差し出した箸を見たまま固まっている澄玲。

 何してるんだと思って、もう少し食べやすいように彼女の口に近づけようとしたところで。

 はたと気付いてしまった。

 

 ちょ、ちょっと待て! これってもしかしなくても、あの伝説の『あーん』なのではないのか!?

 我が校では机をくっつける以上の伝説とされる行為……! スクールカースト頂点を不動の座にするあの伝説の……!

 やばい、やばい! 意識し始めた瞬間、箸がコンクリートブロックが如くの重さに変化しやがる。こ、これが伝説の重み……!

 

「お、俺の箸じゃ嫌だよな、すま――」

「パクっ」

「なっ!?」

 

 脱兎の如く箸を撤退させようとする俺の動きを一瞬にして察知した澄玲は、残像が見えるほどのスピードで豚肉を奪い取った。

 そして、俺は何もなくなっていた箸の先端を、黙ったまま見つめるしかなかった。

 

「私、気にしませんので」

「え? あ、ああ。なんかごめん」

「いえ」

 

 澄ました顔で、澄玲は自らの弁当の続きを食べていた。

 ……俺が意識過剰だったってのか……。

 なんだか湧き出る気恥ずかしさを抑えながら、俺も食事に戻った。気恥ずかしさは残るが、それ以上に食事にありつきたかったのだ。それだけ魔性の味だったのだ。

 

「……不思議な感覚です」

「え?」

「いえ、気にしないでください。予定と違っただけですから」

 

 そんな不思議なことを言い出す澄玲。

 表情を見る限り、困ってるってよりも少し嬉しそうな雰囲気だったし、気にしても仕方ないか。

 

 それにしても、どれだけ食べても飽きなさそうな美味だ。

 甘酸っぱさが口にいっぱいに広がる感触を楽しんでいると。

 早くも弁当を平らげ、俺のことを見ていた澄玲が話しかけてきた。

 

「……では明日から、酢豚を毎日準備します」

「わざわざ作ってもらうのは悪いよ」

「気にしないでください。私はあなたの好みの」

「言っただろ、自分のことを一番に考えろって。だから、俺の分は気にしなくていいって」

「……でしたら、私自身の食事のついでに作ります。でしたら納得しますか?」

「そ、それなら……」

 

 悪戯に成功したような、悪い口角の上がり方だったけど。

 澄玲から見る初めての笑顔は、注意しないと気づけないほどだってのに"澄玲"に負けないほどに可愛くて。

 こちらまでにやけてしまいそうなものだった。

 

 

 †

 

 ――だから、気づいてしまった。

 この笑顔を、俺は知らない。

 去年の夏、あれだけ一緒にいた澄玲(すみれ)の笑顔の中に、これはなかった。

 

「……お前、本当に澄玲なのか?」

 

 思わず口をついて出た言葉に、澄玲の表情が一瞬だけ凍った。

 いや、凍ったように見えただけかもしれない。

 次の瞬間にはいつもの無表情に戻っていて。

 

「はい。私は楠澄玲です」

 

 その声は、どこか空虚に響いた。

 

 

 ♤

 

 

「じゃあ、残りの弁当はクラスのみんなに食べてもらうってことでいいか?」

「はい、構いません。恩は売れるときに売り、弱みは掴めるときに掴むべきです」

「お前が言うと洒落にならねえな……。まあ、捨てるわけにもいかないしな」

 

 ということで、積み上がった重箱はクラスのみんなで平らげることになった。

 クラスメイトの胃袋を見事に掴み、瞬く間にクラスの人気者になった澄玲の周囲には女子たちの人だかりができていて、少し近づき難い状態になっていた。

 若干だが澄玲から『助けてほしい』という感じの視線をチラチラ送られるが、無視だそんなもの。今は貴様の受難の時だ。

 

 マシンガンのように問いかけてくる級友に若干困ったような身振り手振りをしながらも、いつもの澄ました顔で質問一つ一つに丁寧に返答していく澄玲。『お人形さんみたいで可愛い』なんて持て囃されてるようだ。

 問題があるとしたら、そんな大人気者の澄玲の机は今、俺の机と溶接されているところだ。時たま女子から、てめえは邪魔だとばかりにパンチやキックが飛んでくる。殺気さえ篭ってなければ可愛いものだけどね。殺気さえ。

 

 まあ彼女らの邪魔をするのも悪い。そう思って立ち上がったのだが。

 刹那、背後から種類の違う殺気が。

 

「……」

 

 ガシッと肩を掴まれる。

 この骨ごと粉砕せんばかりの握力、我がクラスには一人しかいまい。

 振り返らずに、声を上げた。

 

「何かね、柔道部主将の斎藤くん」

「『何かね』、だと。大きく出たな、春原(すのはら)

 

 振り返ると、黒ずんだ闘気を溢れさせていた我がクラスの男子勢。

 その手には、武器として加工された巨大なコンパスや、殺傷能力を高めるために削りすぎた鉛筆、そして鈍器としての重みを持つ広辞苑が握られている。

 

「よく聞け、春原。澄玲(すみれ)ちゃんから手を引け。即刻そして永遠にな!」

「穏やかじゃないな、斎藤くん」

恵まれぬ男(童貞)たちに強力な武器が与えられた。我々は全員、死を覚悟している」

 

 にわかに練り上げられる闘気。

 この場にいるだけでも、身震えするような童貞力だ。

 

「今、澄玲ちゃんから離れれば、我々は人命尊重の意志の証として、貴様は半殺しで済ませてやる」

「……童貞らしい浅慮(せんりょ)さだな」

「何だとッ!?」

 

 フッと鼻で笑い飛ばしてやる。

 

「俺は知っている、お前は女子柔道部の主将に恋心を抱いている。だが、その奥手さゆえに気付いてすらもらえていないことをな!」

「なッ!? ぐ、グフォオオ!」

「斎藤ォ! 春原、貴様言っていいことと悪いことが……!」

 

 血反吐を吐きながら倒れ込む斎藤くん。その巨体を支えるようにして、取り巻きの童貞たちが集ってきた。

 だが、それでも俺の肩を握り続ける斎藤くん。

 ならば、トドメを刺してやろう。

 

「斎藤、お前は『あーん』を知っているか?」

「ふ、ふん……! そんなのは伝説上の存在だ。実在するわけがない。いくら貴様でも――いや、まさか」

 

 精一杯強がって見せるが、何かに気づいた斎藤くん。

 彼の手を振り払い、俺は大きく両手を広げる。

 

 美少女との逢瀬・手作り弁当・『あーん』

 この世の全てを手に入れた男春原太一。

 彼の死に際に放った一言は童貞どもを血祭りへ駆り立てた。

 

「澄玲との甘い青春か? 欲しくてもくれてやるものか。かかってこい! 俺はこの世の全てを手に入れている!」

 

 野郎どもは、女子との関わりを目指し叶わぬ夢を追い続ける。

 世は正に大殺戮時代!

 

「殺せぇええええ!!」

「肉片かけらたりとも残すな!!」

「灰は灰に、塵は塵に!」

「今の俺なら、あと3回は変身できるぞ! うおおおおお!!」

 

 昼休みギリギリまで続いた逃走劇は、5時限目の予鈴でやっとの収まりを迎え。

 命からがらに逃げ延びた俺だったが。

 午前中はそんなこと一切しなかったと言うのに、女子たちの質問攻めで助けてくれなかったやり返しとばかりに全力で体を擦り付けてくる澄玲に四苦八苦するのはまた別の話だった。

 

 

 ♤

 

 

「散々な一日だったぜ……」

 

 ヘトヘトになりながら家路についていた。

 校門の地平線に沈む夕陽を見ながら、上げることすら気力がいる足をなんとか動かし続ける。

 

 学園からは吹奏楽部の演奏音に、運動部の声が混じって流れてくる。

 今日は幸いにも生徒会の集まりはなく、グループチャットに軽く連絡だけ入れて帰ることにした。

 夜白先輩から『おぬしともあろうものが疲弊するとは、大事ないか? 必要とあらば()の者を遣わすが』と心配してもらったのだが、丁重に断っておいた。

 「組」ってのは3年B組のことだろう。先輩のクラスメイトに迷惑はかけられない。決して、ドスの効いた声で「カチコミじゃあ!」と叫ぶパンチパーマの集団ではないはずだ。絶対に。

 

 これでやっと休める。

 いや、この調子だと明日からも似たような問題を澄玲が持ち込んでくるかもしれないが。それは明日の自分に任せて、今日の春原太一は十分頑張ったんだから労わって差し上げよう。

 

「なあ、お前もそうは思わないか?」

「?」

「……、いやなんでもねえよ」

 

 伝わるわけもないが、とりあえず独り言のように隣を歩いているやつに投げかけた。

 夕陽でブロンドの髪を橙色に染めながら、ピッタリと俺から恋人レベルの間隔でついてくるやつだ。

 

「もうこの際、一緒に下校するのはもう何も言わねえわ。俺が何を言おうとついて来そうだし」

「はい」

「ちっとは悪びれろよ……。それで、家はどこなんだ? 途中まで送ってやるよ」

 

 もはや諦めに似た口調の俺。

 ここまでの困難辛苦を乗り越えたんだ、もうゴールさせてくれ。

 

「? それは無理です」

「無理? ……頼りなさそうに思うかもしれないけど、一応お前も女の子だしそれくらいは」

「いえ、そういうわけではありません」

 

 不思議そうな顔で俺の言葉を否定すると、澄玲(すみれ)は続けた。

 

「私には現在家がありません」

「……、……。は?」

「なので、私を家まで送るのは原理的に不可能です」

「いやいや! そうじゃなくて、家がないってどういうことだよ! ホームレスってこと? それとも何か事情で……」

 

 意外すぎる一言が飛んできたものだから、声を張り上げてしまった。

 家がないってどういうことだ。というか、こんな美少女を屋外で住まわせるわけにはいかないだろ。

 いざとなれば、俺の部屋でもいいから屋根のついた場所で過ごしてもらわないとなんて思っていると、

 

「いえ、特にそういった経済的な問題はありません」

「あ、ああ。そういえば、お前泉先生に5000万円PONと渡してたよな……。でもだったらなんで」

 

 そう問いかけた俺だったが。

 問いかけたことを後悔するような答えが返って来たのだった。

 

「太一さんの住む隣の不動産を買い取る予定です」

「は?」

 

 学生鞄を開けてこちらに見せてくる澄玲。

 頭痛を抑えながら覗き込むと、そこには教科書とともに札束がぎっしりと詰まっていて。

 俺の受難の一日は終わりを告げてくれないことが確定したのだった。




 ラブコメの波動と共に陰謀の匂いもしてきましたね〜

 公開日連投はここまでです。続きは少々お待ちください〜
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