生徒会戦線異常なし。〜初恋相手が「資本」と共に帰ってきた。俺の平穏は、攻撃ヘリと共に爆散した〜   作:全自動髭剃り

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 学園ものといえばヤクザ、ヤクザといえばロリっ娘(?)


ヤクザ屋敷、そしてカチコミ

ヤクザ屋敷、そしてカチコミ

 結論から述べると、マンションの一室だった我が家の周辺は楠家に占拠されてしまった。

 どんなマジックを行使したのかは知らないが、帰宅後に夕食を買いに外に出かけた頃には8階建のマンションのエントランスにある郵便ポストの表札がすべて楠になっていた。

 オセロだったら俺も楠にならないといけないルールになってる。

 

「こんばんは、太一さん。夜伽に――」

「帰れ、そして自分の部屋で寝ろ」

 

 ネグリジェ姿で枕を持参してきた澄玲(すみれ)を問答無用で追い返し、二重鍵とチェーンロックもかけた。

 

 ――ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン!!

 

 ドアベルの電源も切った。

 諦めがついたのか、一瞬の静寂ののち、

 

 ドンッ!!

 

 というと音と共に、ドアを支えていた枠があり得ない音を立てて歪み、衝撃のあまり周辺のコンクリートから煙まで出てきたが、我が家の玄関扉はドアノブ周辺を除いて多少の変形だけで耐え切ったようだった。

 外から力任せに開けようとしたのだろうが、……大型重機(ユンボ)でも使ったかのような痕跡が残った。

 ビバ日本の重工業。メイドインジャパンじゃなかったら多分壊れてた。

 

 10分ほどして、すっかり静かになった頃に念の為にドアの方へと向かう。

 耐久度チェックはもちろんだが、澄玲の様子も確認しておかないと。

 そう思いながら、ドアスコープに目を近づけると……、

 

「……流石に帰ったか」

 

 ホッとしながら、部屋に戻っていく。

 軽くシャワーを浴びて一息をついて椅子に座ると、ピロンとスマホから通知音がした。

 

「ん?」

 

 なんなのかと思って見ると、

 

『夜伽は諦めます。おやすみなさい、太一さん』

 

 と、いつの間に追加したのかわからない連絡先からメッセージが飛んできていた。

 誰なのか言うまでもないだろう。

 

 一応そいつの連絡帳に飛ぶと、そこには案の定楠すみれの名前があって、

 

「プフォッ! おい! 誰だ、澄玲を配偶者設定にしたやつ! てか、回線がファミリー契約になってるし!」

 

 吹き出してしまったコーラを拭きながら、急いで諸々の設定解除に取り掛かる。

 冗談じゃない、これって確か法的拘束力すら発生する設定だったよな! そんなに簡単にできるものじゃないはずなんだが!

 

「……、嘘だろ。一度設定したら解除不可能じゃねえか!」

 

 無情にも、『一度設定した配偶者は、家庭裁判所の許可がない限り外すことはできません』とポップアップが出てるスマホをベッドに向けてシューッ! 超! エキサイティン!

 床に叩きつけなかったのは、俺に残ったなけなしの理性のおかげだった。

 

 頭痛を抑えつつも、投げ捨てたスマホをもう一度拾い上げる。

 このままスマホごと解約してやりたい気分ではあったが、流石に現代っ子にはこのデバイスは必要不可欠であるのだ……。

 

『いつ、俺のスマホをいじりやがった』

『シャワー中に部屋にお邪魔させていただきました』

「結局入られてんじゃねえか!」

 

 と叫んでしまった。

 何がメイドインジャパン、重工業の誇りだよ! 今度からは中国から防爆扉を取り寄せてやる!

 

『もう俺の部屋に入るなよ!』

『はい。あなたの指令の通り、本日はこれから睡眠の予定です。もし緊急性の高い性欲の高まりを感じたときは、遠慮なく電話をかけてください。10秒以内に準備を終えます』

『ねえよ、そんな緊急性は! お前もそんなこと考えずに寝ろ!』

 

 スマホを握る手に力が入りすぎて、画面を割ってしまわないように気をつけるのが精一杯だった。

 ……一応は、昼に俺が言った言葉を守ってくれているらしい。

 これを成長と捉えるべきかはわからないけど、澄玲(すみれ)のためにはなるだろう。

 

「はあ……。えーと……」

 

 呟きながら、通知を漁る。日本の新首相就任とか、日米関係改善への一歩みたいな社会情勢のニュースやら、フォローしていた動画チャンネルの新投稿とかを流し見しながら、重要なやつを見つけていく……。

 スクロールも下段に差し掛かったところで、

 

「あ、夜白先輩からだ」

 

 と、生徒会グループじゃなくて夜白先輩個人からメッセージが来ていた。

 特段珍しいことではないけど、先輩のちびっ子から個チャをもらうのはテンションが上がるものだ。

 

『おぬし、マジで大事ないか? 本当に困っておるなら、気にせずわしらに頼っていいのじゃぞ』

 

 と、こちらを気遣うようなメッセージ。

 ……生徒会グループでもそうだったが、夜白先輩が俺のことを気遣うなんて天変地異にも等しいのだが。

 どちらかつーと、夜白先輩のせいで参ることの方が多いのだから。組の抗争――あ、もちろんクラス対抗リレー的な話な? ヤクザ? なんだそれ?――に巻き込んでくるのは日常茶飯事で、東京の巨大カジノで行われる1億円を争奪するデスゲームに参加させてきたり、終いにはいきなり日帰りチケットでウラジオストクに翻訳係として密入国させられたり、そんなのを近所の公園に遊びに行こうぜ的なテンションで連行してくるのだ。

 

「『先輩の無茶振りに比べたら、まだまだマシな方ですよ』っと」

 

 返信する。

 流石に生徒副会長なだけあって、澄玲のことは聞き及んでいたのだろうか。いかに破天荒な会長といえど、澄玲のやったことは度が過ぎたと考えたのだろうか? いや、あの先輩に限ってそんなはずはないと断言できる。ならば一体なぜ……?

 などと思案していると、すぐに既読がついた。

 夜白先輩も暇だったのかな?

 

『そうか、杞憂だったか』

『でも、心配してくれてありがとうございます』

『気にするな、可愛い後輩のことを気にかけるのは副会長としての責務じゃ。して、おぬし明日の土曜は暇か?』

 

 と、聞かれた。

 ……嫌な予感を感じつつも、返信をする。

 

『何をやらせる気ですか。言っておきますけど、命を賭けるのは懲り懲りですからね』

『安心せい。そちら方面の問題は、後継者育成のためにも組の者に任せておる』

 

 ……俺の代わりに受難するであろう誰かさん、頑張ってくれ。

 先輩のクラスメイトだろうが、先輩の屋敷に年中黒スーツ姿で立哨している"お手伝いさん"だろうが、俺は応援してるぞ……。

 戦地に赴く新兵に対する老兵のような気分でいると、

 

『何、生徒会予算会議の打ち合わせの続きじゃ。この前暫定的に告知した予算案に文化系の部活動が異議を唱えてきてのう。楓のやつがどうしてもそやつらの声を聞き入れたいとうるさくてな』

『そういうことでしたか。じゃあ、明日生徒会室に集まりましょうか?』

『いや、わざわざ学校に赴くこともあるまいし、わしの家で話を詰める予定になったのじゃ』

 

 あー、確かにわざわざ休日に制服を着て高校に行くこともないか。

 そう思いながらなんともない気分で返答を打ち込んでいく。

 

『わかりました。昼までには行っておきますね』

『よろしく。全く、楓のやつも、反体制派など粛清すればいいものを』

 

 あんたが言うと洒落にならねえんだよ、藤原組組長が! ……もちろん、組長ってのはクラス委員長みたいな話な!

 

『よろしく。全く、楓のやつも、反体制派など買収すればいいものを(編集済み)』

『粛清って書いてたの見えてましたよ。物騒なこと考えすぎですって』

『ふん、体面を保つのはやはり面倒だ。では明日待っておる』

 

 そんなわけで、明日の予定も決まり。

 

 ――俺は本題に入る事にした。

 

 

 †

 

 

 当然だけど、楠澄玲なんて名前で調べても何も出てこない。

 楠合弁財閥なる謎の存在についてにつながるわずかな導線、ソ連新興財閥(オリガリヒ)について検索を進めようとも……。

 

「……関係のない情報だらけだな」

 

 10年以上昔のページなのか、最新のブラウザではところどころ崩れたレイアウトになっていた。

 自動翻訳させたロシア語にも、役に立ちそうな情報はない。

『新たなソリューション開発』とかそういうキャッチコピーにもならないような言葉が散りばめられているだけで、具体的な住所や創業者の名前すらない。

 

「やっぱり、あの時……。嫌がられても連絡先を問い出すべきだったか?」

 

 いや、過去のことを振り返っても仕方ない。

 ここは考察の方向を変えてみよう。

 

 ずっと謎に思っていたことだ。

 去年の夏休み、水難事故が起きた現場。

 局地的な豪雨によって地滑りが発生し、長野県長野市松代地区で大きな土砂災害が起きた。それは複数のニュースや新聞で報じられており、現場を目撃した俺も否定できるものではない。

 

 だけど。

 あの軍服姿の人は誰だ?

 当時でこそ政府自衛軍の災害派遣部隊だと思っていた。だが、

 

「違う……」

 

 ネットで調べた限り、そんな色の制服は存在しない。

 陸軍の制服とも違う。

 ……といってもあの軍服の情報を調べ上げても、戦前の二・二六事件とか、さらに関係のなさそうな話しか出てこないのだ。

 

 ふとスマホの明かりにすっかり慣れた目で、外を覗くと夜もすっかり更けていて。

 ちらっと確認した時計は2時を過ぎようとしていた。

 

「……いや、今日一日でわかることでもないか」

 

 そんな言い訳を呟きながら。

 スマホの電源を消して俺は心に決めた。

 

 もしも万が一、彼女が本当に"澄玲"で。

 "人格すら変わるような何か"が起きたとしていたら。

 俺はそれを知らないといけない。

 

 

 †

 

 

 楠澄玲の任務達成記録ノート

 

 7月2日金曜日

 

 ✔︎ 対象のクラスへの転校

 ✔︎ 対象の学校における支配権の拡張

 ✔︎ 対象との身体的接触を増やす(現状:259回)

 ✗ 対象の部屋へと夜這いなる行為をする(対象の性欲が不十分だったため失敗したと想定される)

 ✗ 対象の好意を勝ち取る(現状予測親密度:中程度)

 

 備考

 

 対象から夜間の睡眠を言明されたため、予定の遂行を諦める。

 対象以外(クラスメイト)から想定外の好意的行動を受けたため、予定の遂行に困難が生じた。明日以降は彼らとの接触はないため、現状対処の重要度は低め。

 対象からの指示『自分のことを第一に考えろ』について情報が不十分なため、遂行困難と認める。……が、留意することとする。

 

 追記

 

 酢豚、美味でした。

 

 

 ♤

 

 

 といわけで、たどり着いたのは、女の子のお家に行くドキドキ感をぶち壊す、戦国大名が住んでいそうな大屋敷。

 瓦造りの白壁にぐるっと囲われた先には、見上げるような大きさの大邸宅。……ちょっとした天守閣くらいには大きい。

 日光を反射する瓦の漆が眩しい。

 

「貴公、時間通りではないか」

 

 夜白先輩宅の入り口で俺を待っていたのは、休日の制服姿の楓会長だったのだ。……なぜに制服?

 

「さあ、我が家と思ってくつろぐといい」

 

 などと自分の家でもないのに我が物顔で先導する楓会長の後ろを追って応接間に入っていく。

 入り口からずらりと立ち並んでいたスーツ姿の強面なお手伝いさんの一人が、こちらに歩み寄り、

 

「お嬢のご友人の方、お嬢は10分ほどで戻られますので、応接間で暫しお待ちください」

 

 と教えてくれた。何か用事だったのだろうか。

 え? ヤクザの子分? 知らんな。彼らはたまたま体格がいいだけの屋敷のお手伝いさんで、それ以上もそれ以下もないでしょ。そうに決まってる。

 

「うむ、苦しゅうない」

 

 などと、会長がその人に対してうんうんと頷いていた。肝っ玉が据わってるのか、ただのアホなのか。

 それにそのセリフ、タイミングちょっと違うくない?

 

 応接間ではスラリとした大和撫子な若いメイドさんが目の前で紅茶を淹れてくれたので、やたらと短いスカートから延びるガーターベルトに注意と敬意を払いつつ礼を述べて楽しむことにした。

 もちろん楽しんだのは紅茶のほうだ。

 ほら、芳醇な香りの中にもクセになるような渋みが入っていて、若干食い込んでいるベルトがその玉のような太ももを強調させているんだ。

 

 ――殺気!?

 机に置いたコップの液面に、こちらを鋭利な匕首のような視線で射貫くメイドさんが見えた気がしたので振り返ると、メイドさんは何事もなく粛々と楓会長のために紅茶を淹れていた。

 首筋がうすら寒かったが、どこかの隙間風だろう。真夏だけど。

 

「ふむ、貴公にしてはツッコミの血色に陰りがあるように見えるな」

 

 なんていう声と共に、まだメイドさんが淹れ終えていないのに、紅茶に口をつける制服姿のグラサンパツキン男。

 

「ツッコミに血色とか意味わかんないですよ。というか会長、それ俺が使ってたコップなんですけど」

 

 流れるような長髪は背中から見れば女の子と思えるほどに輝いているが、表から見れば室内にも関わらずサングラスをつけている背の高い男である。ちなみに会長のサングラスを外した姿を見たことはない。

 

「学園では貴公に頼りっぱなしであったからな。ごくっごくっ」

「だからそれ俺のコップ……」

「ここで少しは朕もできるところを見せようではないか」

「……もういいや……」

「貴公にも悩みの一つや二つあるはずだ。遠慮なく朕に申してみよ」

 

 目の前の男――羽瀬川楓は無駄に大仰に笑顔になりながら語りかけてきた。

 ……というか、第一人称「朕」のやつに遠慮なく悩みを打ち明けたくないんだが。

 

「……会長には悩みとかなさそうですよね」

「さて、貴公の悩みを聞こうではないか」

「…………」

 

 やたらと期待の瞳を向けられても困るんだけど。

 ……鈍感系ラノベの主人公ですら恐れ戦くほどに空気を読む機能が脳から欠如したこの先輩にしては、今日はやたらと鋭い指摘をしてきている。

 

「…………」

「…………」

 

 そして今、テーブルを挟んでどかっと椅子に座って腕を組みながら俺からの話題を待つ会長。

 どこからでもかかってきなさいとばかりの態度なのだ。

 本人は横綱相撲でもするつもりだろうが、正直不安しかない。

 

 ……仕方ない。

 話を切り出すだけはしてみるか。

 

「……会長は――」

「――みなまで言わずともわかるさ」

「初恋の……って! まだ何も言ってないですよ!?」

「どうせ『会長は頼りになる先輩でいつも感謝しています』とかだろう?」

「ちげえよ! つーか、てめえも夜白先輩もほとんどの仕事俺に丸投げしてるだろうが!」

「世辞は良い。本題に入りたまえ」

「あんたが横槍入れたんでしょうが!」

「それで、その初恋がどうしたのだ?」

「聞いてたんなら遮らないでくださいよ!」

 

 早速話の腰が折られてしまった。

 というかどこから来てるんだ、自分が頼りになる先輩だというその謎の自信は……。

 早速話す気が消し飛んだけど、キラキラと期待しているような目線に負けて、話し始めることにした。

 

「……会長は初恋の相手って覚えてますか?」

「ほう?」

 

 いや、「ほう?」って反応的におかしくね? 納得する点とかなかったと思うけど。

 

「無論、忘れるはずがなかろう」

「……さすがの会長でも、そうですよね……。でも、もしも久々に会った相手が前会った時と様変わりしてたら、どう思いますか? それこそ、別人だって言われた方が納得できるような……」

「ふむ」

 

 どこか納得したように得意げな笑顔の会長。どこにそんな得意げな反応をするところがあったのだろうか。

 

「簡単には想像がつかんな」

「……そうですよね」

 

 表情とは真逆な返答が飛んできた。

 ……とはいえ無理もないだろう。経験はないだろうし、想像しやすいシチュエーションでもない。

 

「ただ、朕ならば錯乱状態になるだろう」

「錯乱……?」

「息が続く限り目につくものを全て破壊するだろうな」

「バーサーカーになってません?」

「朕のように愛に生きる者の宿命だ」

「……会長が愛に生きてるとか初耳なんですけどね」

 

 外見が文句なしのイケメンであり、俺や副会長以外とはあまり話さないせいで寡黙で神秘的な雰囲気を纏っていることもあって、女子人気だけで生徒会長に成り上がった男。それが羽瀬川楓会長だ。

 まあ、俺なんかよりかは恋多き人生を送っていてもおかしくはないだろう。

 ……だったら尚更バーサーカーになるのはおかしくね?

 

「それで、貴公はどう感じたのだ?」

「え?」

「様変わりしていたのだろう?」

「……まあ、そうですけど」

 

 どう感じたのか。

 そう聞かれると簡単に形容が難しい。

 落胆や失望がなかったと言えば嘘になるのだが、

 

「……最初はうれしかったんですよ。その子にもう二度と会えないと思ってたんで」

「ふむ」

「でも、その子が俺の記憶にいるあの女の子と全然違ってしまって」

「ほう」

「しかもいきなりあなたの好みになりますとかって言い出すものだから」

「その子に対してどのような感情を抱けばいいのかわからなくなったと」

「まあ、……そうですよ」

 

 いつになくキレのいいまとめ方をする会長。

 生徒会の仕事に対しては勤め始めてから数か月たつというのに未だに慣れる気配もないが、この方面に関しては案外手馴れているのかもしれない。

 

「……貴公の思いは貴公のものだ。朕が語れることもないだろう」

「……」

「だが、朕であれば、……朕の初恋の相手がそんなことを言い出したのであれば、朕は――」

 

 楓会長の表情が一瞬だけ、何かを思い出すように翳った。

 いつもの能天気な笑顔ではなく。

 

「お嬢! 若とご友人が――」

 

 なんて珍しい顔つきの会長を見ていたら、ドタバタと応接間の扉の方から何者かの足音がして。

 先ほど応接間まで案内してくれたお手伝いさんの声がしたと思ったら。

 バキッボコッ! という暴力的な打撃音が鳴り響き。

 

「――わしが盗み聞きしよんの見えてへんのかボケェ! 空気を読め、アホンダラァ!」

 

 副会長の声が応接間の外から聞こえてきた。

 今日の夜白先輩はいつもに増して凶暴性が高いかもしれない。

 

「きゃふっ! す、すいやせん!」

「謝ったらええと思っとるんとちゃうぞゴラァ! おい、夏美! こいつ鞭打ち禁止の刑じゃ!」

「はっ!」

 

 先ほど俺たちに紅茶を淹れてくれてた大和撫子の声も聞こえてきた。

 鞭打ちの刑とか、この時代とは思えないような話もされていたのだが、かわいそうな子分――お手伝いさん……。

 ……あれ? 鞭打ち禁止の刑?

 

「まったく、むさくるしい奴らが二人して恋だの愛だの言いだしてると思って聞いていたら……」

 

 と言いつつ、応接間に入ってくるのは和服を着た少女。生徒会副会長である藤原夜白(ふじわらのやしろ)先輩だ。流石に楓会長とは違って制服ではない。

 漆のように艶やかで長い黒い髪と、吸い込まれるような灼眼が目立つ女の子である。コンタクトレンズらしいけど、外したところを見たことはない。

 

「遅いではないか、朕の(しもべ)よ」

「誰が貴様なぞの僕じゃ。組の会合があった故、少し遅れた」

 

 クラスでパーティか何かしていたのだろう。そうに違いない。

 

「そもおぬしの希望で休日に仕事をする羽目になったのだぞ。少しは感謝せい」

「広く日の本の民は須く朕の宝物だ! 故に諫言を無碍にはできん! ……だが貴公らに迷惑をかけてしまったことはすまなく思っている」

「はぁ……。わしからも謝っておく。わざわざ呼び出してすまんかったのう、春原(すのはら)書記」

「気にしないでください。いつものことなんで」

 

 律儀にわざわざ謝罪までしてくる夜白副会長。彼女に別に失態はないのだけど。

 

「それで、何の話じゃ?」

「え?」

 

 会長の隣に座るなり、夜白先輩は話を切り出した。

 

「予算案の話じゃないんですか?」

「そうでない。先ほどの話じゃ。初恋がどうのとか」

「そっちかい! どんだけ盗み聞きしてたんですか!?」

「こやつがおぬしのコップを強奪したあたりから」

「最初からじゃねえか!」

 

 だったら応接間に入れよ。

 メイドさんに入れてもらった緑茶を啜りながら、夜白先輩は尋ねてくる。

 

「して、あの転校生のことじゃろ?」

「やっぱ知ってたんですね」

「まあな。色々と話は聞いておるからのう」

 

 落ち着いた口調で夜白先輩は続ける。

 

「念の為じゃが、春原書記。何か手に負えぬ事態になったら、遠慮なくわしに連絡するんじゃぞ」

「え? ……いや、今のところ手に負えないってほどじゃないですけど」

「ならば、安心じゃ」

 

 そして夜白先輩は足を組み直すと、先ほどの真剣な顔は何処へやら、口角を釣り上げ。

 両肘を机に突きながら、こちらにぐっと顔を寄せてきた。

 

「それで、もっと詳しく話せ。後輩の恋路を応援するのも先輩の勤めゆえな!」

 

 ニコニコ顔で澄玲(すみれ)の話題について待っている副会長。

 やたらと古風な佇まいと口調のせいでたまに忘れかけるのだが、やっぱりというかなんというか年相応の女子高生の価値観も持っているようだ。

 

「つってももうあれ以上の話題は別にないですよ……」

「なーんじゃつまらん。失われた人格を思い起こさせるために熱い接吻でもするとか、そういう展開にはならんのか」

「なるわけないでしょ。そんな白雪姫みたいな話じゃないですよ」

 

 俺から何も引き出せないことに拗ねたかのようにそっぽを向いてしまう夜白先輩。

 白雪姫の殊勝さからはかけ離れたやつなんだよなぁ。

 ……ただ、接吻ではないが、もしかしたら澄玲の人格を呼び覚ますカギのようなものがあるのかもしれない。

 例えば子供の頃に澄玲と一緒に行った場所に行ってみるだとか。……長野の田舎の方だし、すぐにってわけにはいかないが。

 

「では、化学部の要請から対応しようか」

 

 そう宣言しながら、異議申請書を取り出す楓会長。

 流石に自分から言い出した仕事は果たす予定らしい。

 

 俺も腰を据えて、生徒会の仕事につくことになった。

 

 

 ♤

 

 

 そして昼過ぎ。

 大和撫子メイドさんから茶菓子をいただき、おやつの時間も過ぎた頃のことだった。

 にわかに騒がしくなった屋敷周辺。

 さすがは組長なだけあって泰然とした態度の夜白先輩に、おそらく何も考えていない泰然とした楓会長。そんな人外どもとは違って、気が気じゃなくなっていた。

 

 おいおい、ガサ入れか!? 緊急逮捕なのか!?

 関係者として特高に目をつけられるのは嫌だぞおい!

 そう焦る俺の耳に、再び先ほどのお手伝いさんの声が響いた。

 

(カシラ)ァッ! 敵襲です!」

「なんじゃ、工藤。やかましいぞ」

「す、すいやせん! ですが、(カシラ)の命で、相手が学園関係者だからチャカが使えず、若いのが次々にやられて……!」

 

 学園関係者……?

 うちの生徒なのか? (カシラ)の命でチャカが使えないってことは、最低限夜白先輩も生徒会としてうちの学校のことは守ってはくれてるのか。

 てか、おいそれと藤原組に敵襲(カチコミ)なんてやりたがる命知らずなんているはずが。

 いるはずが、……。やめろ、若干一名脳裏に思い浮かんだがそいつのポーカーフェイスを急いで消す。

 

「なんじゃと! わしらの生徒にやられた言うんか、ワレェ!?」

「は、はい……!」

「軟弱者どもがァ! やられた奴ら全員あとで教育的折檻じゃ、ボケェ!」

 

 怒りに任せたまま、机を叩きながら立ち上がる夜白先輩。

 そのあまりの威勢にビクッと萎縮するお手伝いさん――工藤さん。

 

「して、わしらの島ァ荒らしよるんは、何者(ナニモン)や!」

「そ、それが、楠澄玲って名乗っておりやして……」

 

 やっぱりかよ!

 ふと窓の外を見ると、屈強な黒服の男たちが、綺麗に整えられた日本庭園の松の木に生け花のように突き刺さっていた。

 

「芸術点が高い……じゃなくて! 全滅してるじゃねえか!」

 

 あいつ何を考えてやがるんだ……!

 そう叫びたい気分を抑えていると、夜白先輩は腕を伸ばして工藤さんの襟首を掴み上げていた。

 

「オドレらはJK(じぇーけー)にステゴロでしばかれたいうんか、ゴラァ! あとで根性叩き直してやるけェ、待っとけやアホンダラァ!」

 

 そう宣言して工藤さんを投げ飛ばすと、夜白は立ち上がりながら俺の方に顔を向けてきた。

 やめろ、嫌な予感がする。

 というか、澄玲が来たって時点で悪い予感は当たってしまっているんだよ、ちくしょう!

 

「楓、太一! 誰に喧嘩売ったんか、分からせに行くぞ!」

 

 嗚呼。やはりこうなってしまったか。

 夜白先輩は基本俺のことを『春原書記』と呼ぶが、時たま『太一』呼びになる。

 そしてそのとき、大抵碌な事にならないんだ。

 

 

 ♤

 

 

「なんじゃワレェ……。カチコミかえ?」

「用件は一つです。私を生徒会に入れてください。さもなくば、この組織を買収して解体し、更地にしてショッピングモールを建てます」

「……よう言うたな。吐いた唾飲み込むやないぞ……!」

 

 天が割れ、地が裂ける。

 衝突は――もうすぐ。




 日本って、重工業が盛んでしたっけ……?
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