いつの頃であっただろうか?
幼い頃、母に連れられ名門である袁家を訪れたのは。
『えんしょうさま、吉利ともうします』
『そうですか、では吉利ワタクシと遊びましょう?』
そうあの時なのだろう、当時はまだ生きていた袁隗様に彼女を紹介された。
一つか二つ上らしいが、非常に聡明であると聞いた。
袁隗様が彼女に話しかけるまで、彼女は庭園の池の隅にある岩に腰掛けボーっと鯉を眺めていたことを覚えている。
何を考えているのだろう?そう思った。
『えんしょうさまは何をしているのですか?』
『堅苦しいですわね、麗羽でいいですわ。』
彼女は初対面の私にすぐさま真名を教えた、その時の私はまだ常識を習っている最中でその重みなど対して知らなかった。
そのためなんの考えもなしにそのことを受け入れたものである。
いつになったら遊ぶのだろう?
『れいはさま?何を見ているのですか?』
『何も、何も見ていませんわ。見えているものはありますが、見てはいない』
何を言っているのだろうか?全くわからなかった。
だけど、何か池を眺め、時折空を眺める彼女が非常に綺麗に思えた。
最初は遊ぶように言われていたはずだが、気がついたら一緒になって池を眺め、空を眺めた。
『吉利、あなたは何を見ているのですか?』
『水と空です』
突如彼女が声をかけてきた、意趣返しなのだろうか?
その時は何も考えずに答えていた。
『そうですか、水は、空は何色ですか?』
『水はとうめいです。空は水色です』
『そうですか』
一言だけであった、結局は何が聞きたかったのかもわからない。
『水は透明、空は水色、ならば空も透明なのでしょうね』
水色は水色、透明は透明ではないか?何を言っているのだろう?何度目かわからないがそう思った。
でも今になって思えば非常に笑えてくる話だ。
よくわからない話をした。
結局お母様と袁隗様が呼びに来るまで彼女とずっと池と空を眺めたのだった。
私にとって、忘れられない出来事。
彼女のどこに惹かれたのか、わからない。
でも気がついたら、それまではお母様と同じように真っ直ぐに下ろしていた髪を彼女と同じように巻いたのだった。
「華琳、実際のところの袁紹さんってどんな人なんだ?」
白銀に輝く服を着た、中性的な顔を持つ男性。
背丈はそこそこ高く、体も結構がっしりとしている。
そして彼の前にはドリルツインテールのまない……、可憐な美少女。
男性は北郷一刀、天の御使いと呼ばれる青年である。
少女は以前袁紹と花嫁泥棒をやろうとして結局失敗した曹操である。
「そうね、わからないわ」
「ん、わからない?どういうことだ、幼馴染で仲はよかったんだろ?」
彼女たちが今いるのは曹操の執務室、昨日袁紹からの檄文を受け取り朝議にて参加の旨を発表したとこである。
ちなみに使者は荀文若であった。
この後彼女は曹操に熱烈な歓迎と勧誘を受けることとなるのは余談である。
「そうは言われてもね、一刀。普段は馬鹿みたいな高笑いをしていたり、私とか春蘭の仕掛けた罠に簡単にハマるようなアホ……に見えるのよ」
心底意味がわからない、といった感じにため息をつきながら北郷の方を見る。
実は彼女が執務室で筆を持って竹簡に向かっていないことは珍しい。
「はぁ……?華琳がアホと思ったのならやっぱり頭はゆるいんじゃ?」
「でもね、一刀、あの子罠に引っかかる前に少しだけ目を細めるの」
「それがどうしたんだよ」
「はぁ〜、いい?一刀。彼女は罠の前で目を細めて、そのまま罠の前まで進み引っ掛かるの。
どう考えても気づいているんじゃないか、と疑うのが当然でしょ」
「わざわざ自分から引っ掛かるのっておかしくないか?
今の時代は名声こそが大事、今の袁紹さんみたいな外聞やあだ名は、名士を勧誘する際にも非常に困るんじゃないのか?」
「そうね、不利が多くて利が少ない。
彼女が私たちを油断させようとしているなんて事も考えられるのだけど、ここまで逆の意味での名声は命取りだわ」
「じゃあやっぱりアホって評価に間違いはないんじゃないの?」
「……そうね」
本当にそうだったらどれだけ楽な事だろうか?
本来なら彼のことを呆れた目で見るのであろう、でも彼女には北郷のことを馬鹿にできない理由があった。
以前の彼女、二度目に彼女にあった時には私のこと忘れていたけれど、あの出会いを忘れられない私はどこかで彼女の噂を信じきれないでいた。
だが、噂通りの人物ゆえに私に出会ったことすらも忘れていたのではないか?そう考えたこともあった。
最初の出会いを今でも夢に見ることがある私には、あの時のように彼女が何を考えて何がやりたいのか、全くわからなかった。
でも、覇王を目指すかの彼女はそこで思考を止まることは出来ない。
「彼女が生き残っている限り、いずれか道は交わるわ、そのとき判断すればいい」