いかに勇将揃おうとも精鋭であろうとも敗れるときにはもちろん敗れるものである。今まさに洛陽は完全包囲され鼠一匹通さぬとばっかりの風体をなしていた。
「本初さまが総大将でありつつも、我が軍は体良く扱われ何ら一つの戦果を挙げておりません」
此度の作戦に参加した将兵のうちの一人である。
「黒騎を使いなさい、少々の家探しならば許可します。盗みはないように」
そう簡単に命じ、開門した洛陽へと兵を進める。劉備達主だった武将たちはおそらく既に場内へと侵入しているだろう。彼らより先に董卓の身柄を確保しなければならない。懸念は一つ、呂布である。劉備達はその性格からして
そしてその嫌な予感は当たった。
「報告!劉玄徳配下により黒騎が壊滅!死者はおらずも、重傷者多数!」
「……やってくれましたわね」
数万の本隊には城外待機を命じ、すぐさま袁紹は一部の精鋭を連れ立って洛陽の門をくぐる。足止めするようには既に伝えてあるので、劉備たちはその場所に董卓たちと居るだろう。
華雄を得たことによって、ここに来て欲が出た、少し前までは劉備達に任せることにしていたのだが、恋姫における黒幕連中を相手に逃げ切るには有能な将は多くいてもらいたからである。上手くいけば彼女ら全てを傘下に加えることができるが、いくつか問題がある。彼女たちに道理が通じるのだろうか?しかも、伏竜鳳雛も両脇に居よう。口先に翻弄され上手いようにあしらわれないだろうか?そんな心配もあるが、まずは兵が足止めできている間、逃げられる前にたどり着かねばなるまい。
ほどなくして目的の場所、洛陽市街の一角へとたどり着いた。そこには黒騎に所属しているものが、どこかしこに伸びている。仰向けになったものや動けなくなったもの、死者はいないようだ。救援として向かった者も粗方のされているらしく、今現在の動ける黒騎は袁紹の隣に立つ二人呂誕、郭援のみである。その他の隊長格は現場指揮をしている際に今ここに転がる者立ちと同様に吹き飛ばされていた。
(舐めている、確実に。この
「さて、これはどう言うことでしょうか?劉玄徳さん?」
「あ、私の名前覚えてくれたんですね!」
「桃花様!このような時に!」
悪びれた様子もない、いい事をしたとそう思っているのだろう。彼女からしたら董卓達を探すためとは言え家探しをしてた黒騎達は賊にも等しいのだろう。強制捜査であるから勿論押し入る形にもなる。パッと見では強盗が金目の物を探しているのと何ら変わり無い。ましてや、弱卒ばかりと侮られることが多い袁紹軍である。此度のことは規律の取れていない者がおこした、指示に背いた略奪と彼女たちが判断しても何らおかしくない。
だがしかし、それが何より袁紹には悔しかった。黒騎達は自らが手塩にかけ育てた精鋭、しかも論理も道徳も持ち合わせ、悪であっても正義であっても必要ならばと割り切れる非常に優れた存在。自らの指示が原因であるとは言え、綺麗な幻想を抱く彼女たちには賊と勘違いされたのだ。それが何より悔しかった。華雄の願いもあった、呂布等を手に入れるため董卓を無傷に押さえておきたかったという思惑があったにせよ、あまりに納得しがたい。さらに言えば常人よりも遥かに格上であったとしても、恋姫には敵わないのが分かってしまった。あれだけ装備にも気を遣い、死傷し難い装備を与えてもコレである。彼女たちが黒騎を斬ろうと思えば甲冑ごと真っ二つにできるのであろう。
「袁紹さん、この黒い人たちは、えと、」
「言い辛いのならば、桃花様代わりに私が話しましょう、袁本初殿にはこの痴れ者たちの処分をお願いしたい」
この時袁紹は思わず猫をかぶることをも忘れて自らの唇を思いっきり噛んだ。それに気づいた呂誕が彼女の裾を小さく引く。呂誕の方を向けば、僅かに首を振る。
(気にしないでください)
彼の目がそう言っていた、思わず隣の郭援を見れば頷く。袁紹もそうだが、彼らの部下が痴れ者と称されたのだ。腸煮えくり返る思いで溢れていても可笑しくはない、それであってもこの忠君。袁紹はここで終わらせてはいけないと、いつもの調子を取り戻す。
「まぁ~、劉玄徳ありがとうございますわ。あとは適当に元皓さんにでも任せますので」
「……それでいいのですか?」
適当に流し、目的の人物を見つけようと劉備たちの後ろを観察していた袁紹に声がかかる。そこにいるのは伏龍、諸葛孔明その人であった。そこにはいつもの気弱そうな彼女の姿はない。
「……何がでしょう?」
「君主としての役目果たさずして、この乱世においてそのような生き方。恥ずべきことと
お考えにならないのですか?上に立つ者には責任があります、民草をよくまとめ帝より授かった君主として君臨するのであれば、自ずとやるべき事は見えてきましょう。ですが、今ここであなたを見る限り何かを成す気概すら伺えない。名門と謳われ、それを誇るのならばなぜ、」
「あまり長くお話されても、聞き取れませんわよ?何か言いたいことがあるなら、後で書面で纏めなさいな。気が向いたら読んで差し上げますわ」
諸葛亮は絶句する、袁紹を見かねての忠告をバッサリ切り捨てられたからである。これはお前の話は聞くに値しない、とそう言われたに等しいモノ。その他の劉備軍の面々の袁紹を見る目も劉備その人と何も理解していない張飛を除いて冷たい。
「……貴方に道理をとこうと思った私が愚かでした」
「そう、ならばいいですわね?ああ、そうですわ。貴女たち動物の群れを見ませんでしたこと?」
突如して変わった話の流れ、心当たりがあるのか袁紹の言葉に過剰に反応する。その剣呑な雰囲気に黒騎の二名は剣の柄に手をかける。
「なぜそんな事を聞くのですか?」
「簡単なことですわよ、ワタクシが洛陽にいた頃にこの辺に動物の群れがいましたの。ふと思い出したので彼らに探させていたのですわ。まぁ、失敗したようですが」
そこらに転がる黒騎を一瞥する。ちなみにこの辺りで動物の群れを見たのは事実である。それ故にこのあたりに呂布たちもいるだろうと辺りをつけて黒騎を送ったのだ。そして、劉備たちの後ろで存在なさげにビクビクと怯える侍女服の少女二人。やはりそこには動物たちはいないことから呂布はいないように思える。ここで袁紹は漸く目的のものを見つけるに至ったが、彼女たちをどうやってこちらに渡してもらうか考える。おそらく彼女たちが董卓だと既に劉備軍は知っているのだろう。それゆえの先の反応。普通に渡せと言って渡すとは思えない。
「劉玄徳さん、ワタクシ今、現在散り散りになって逃げ出した宮の者達を保護していますの。彼女たちを渡してははくれませんこと?御礼はしますわよ?まぁ、渡さなくても痛い目を見てもらうことになるだけですから、それでも良いのですが……」
劉備がすぐさま断ろうとするのを隣の鳳統が声を出す前に慌てて止める。ちなみに既に洛陽外にある彼女たちの1万800人程の陣は呂布が逃げ込まないように包囲してあるし、今の劉備軍の9千は袁紹の持つ軍の中でも中堅程度の強さを持っている。残りの劉備軍を捕縛なり撃破するなりするのは流石に容易い。面倒な恋姫たちはここにいる。そして彼女たちが今袁紹に手を出すことはまず確実にありえない。袁紹が原因とはいえ兵を借りている、名声のために反董卓連合に加わったのだから、本来なら先鋒を命じられても彼女たちは文句を告げる資格はないのだ。戦において弱小勢力から使い潰すのは当然であるし、この戦に参戦することを献策した伏竜鳳雛が理解していないわけがない。城攻めの戦力の殆どをこちらが担っていた事だし、つまり、こちらに借りがある。仁義に反するからだ。
鳳統が劉備の耳元で何かを告げるのが見て取れる。まぁ自ずと内容の予想はできるが。
「お願いがあります、彼女たちの素性は聞かないであげてください。彼女たちはどこぞの落胤であり、あまり人に知られたくないようなのです。それと、図々しいとは思います、兵はお返ししますが、余りの兵糧はそのまま譲っていただきたい。それが可能なら彼女たちをお渡しします」
「……構いませんわよ、呂誕!聞いたな、兵に告げよ。劉備軍へ供与した兵の接収、及び包囲の解除を。それと中軍のよりすぐり500騎をここに送りなさいな。その後路地を固めていた兵は治安維持に当てよ」
「「「……」」」
「懸命な判断ですわ、ワタクシ少々イライラしていましたの。お猿さんたちの処分は終わりましたが、どこぞの誰かさんが御せていなかった将が帝を長安へお攫いしたものですから。良かったですわね?ここで終わらなくて」
少々爆発気味だったのだろう、ここに来て最後の最後で袁紹はかなり猫を被るのをやめていた。
当然、董卓達も劉備達も騙されていたことに気づいたが、袁紹の様子から二人が董卓と賈詡であると気づいていることまでもは察してはいない。つまり、大人しくして嵐が通りすぎるのをやり過ごすしかないと思っているのだ。賈詡の内心としては、今ここで懐に持った短刀を袁紹に突き刺す為に走り出したいものだが、そんな事をすれば確実に董卓は死ぬ事になる。そのために今は抑えていた。
そして、援軍の到着を以て袁紹は実際に先ほどの言葉を本当にするために、宮廷の侍女や文官の生き残りを保護し陣へと連れ立つ。陣に着くなり、すぐさま呂誕に命じ、袁紹が「飽きたから帰りたい」と言っていると、主だった将兵に伝わるように告げる。これでほどなくして陣払いが開始されることであろう。報告をさり気なく聞くに、曹操と一部の者たちは献帝の保護とそれを連れ去った者たちを追撃するために兵を動かし始めているらしい。
歩くうちに華雄が待つ天幕へと訪れる、もちろん縛ってはいないが、ほぼ拘束気味に董卓達は彼女の後ろにいる。
「華雄さん、連れてきましたわよ」
後ろの方で、袁紹に告げられた名に董卓達は驚いていることであろう。華雄もまさか袁紹が董卓達をそのまま連れてくるとは思っていなかったので、何のことだか理解していないらしい。人払いをし、周囲を直属のみで固める。田豊達が訪れた際には一拍置くように出入り口を警護するものには告げる。
「さて、董卓さん、賈詡さん、お入りなさい」
「全部知っていたのね、やられたわ」
「……詠ちゃん」
「大丈夫よ、月。袁本初そうでしょう?華雄を態々生かしているくらいですもの。何の目的かは知らないけどね」
入ってきた人物を見て、大泣きし出す華雄。慌てて董卓は華雄へと近づき慰め始める。それでも華雄は袁紹に礼を告げながら泣き止まない。そしてそれを溜息つきながら苦笑いする賈詡。
「おかしな話ですわ、今回はワタクシが激を飛ばしたことが発端ですのよ?」
「袁本初、その言葉で大体察したわ。アンタに恨みがないと言ったら嘘になるけど、忘れてあげる。そもそも月はあんたを恨むなんてこと、日輪が落ちてもないだろうしこれで一件落着よ、良かったわね」
「言葉の端々に刺がありますわよ」
「当たり前でしょう、仕方ないとは言え涼州も結局流れから言って失う事になるだろうし、アンタのせいで兵も代々の土地も全部失ったのよ。少しぐらいは甘んじて受けなさい」
そうこうするうちに漸く話ができる程度に華雄が治まる。未だに鼻声でグズグズ言っているが、この調子だとふとしたことでまた感涙しそうなので、話を無理やりに進める。
「董卓さん、賈詡さん、貴女たちに選択肢を上げますわ。このまま本当に侍女になるか。華雄さんと同じように名は変えることになるでしょうが、ワタクシが傘下に加わるか……どちらを選んでも何不自由ない暮らしは保証しますわよ。ワタクシとしては将になって欲しいところですが」
「ボクは軍師として使ってくれるというなら、下についてもいいわよ。月は侍女にしてもらえる?荒事は向かない子だから、矢面に立つようなこと今後無いようにしたいの」
「それで董卓さんはいいのですか?」
「はい、詠ちゃんは軍師として働きたいようですし、私は政治にも軍事にもあまり向いていませんから」
「謙遜を、貴女の操る騎馬隊は屈強であることは知っておりますのよ?まぁ、性格が荒事に向いていないのでしょうけど」
「うんうん、良かった良かった!麗羽殿感謝するぞ!」
完全復活を果たした華雄。ここでようやく会話に参加しだした。若干なぜか、喧嘩をした子を見守る親目線な気もするが。といっても話の内容はあらかた終わっているので、後は本拠地に帰ってから詳しい登用内容は決めないといけないだろう。袁紹としては賈詡と華雄は黒騎の将にするつもりである。今回の劉備軍のことで如何に一般と恋姫たちの格差があるか理解できたことは不幸中の幸い、僥倖?である。
その後、負傷した黒騎たちの問題もあるので、天幕に彼女たちと警護を残し後にする。あまり田豊を放っておいても後々面倒くさいことになるからだ。今頃洛陽に袁紹自ら入ったことでオロオロしていることであろう。あの見た目で一応老婆?であるので心臓に悪いことは余りしていないつもりだが、今回のことは田豊卒倒レベルなので実は結構袁紹も慌てていたりする。気づけば大分早足で本陣の天幕へと向かっていった。
予想通りというか、
「あやあやあやあや!麗羽殿、麗羽殿!ご無事でありましょうか!」
「老老~、姫なら大丈夫だって~、何だかんだいって雑兵ぐらいなら斬り捨てる能力持ってんだからさ~」
「ちょ、ちょっと、文ちゃんあんまり適当なこと言っちゃダメだよ。麗羽様に何かあっても困るんだから!」
天幕の中を歩き回る白髪幼女に、足組んで偉そうに座る文醜、それを見かねて諌める顔良。いつもどおり?の光景であった。それを見て少し微笑みため息をつきながら、気分を入れ替える。
「そのっとおりですわよ!文醜さん!ワタクシがそこらの雑兵に倒されることなどありませんわ!」
「麗羽様!?おぉ!よくぞご無事でありました!この老害をあまり心配させないで欲しいであります!」
「おかえり~姫、洛陽土産ありますか~」
「ぶ、文ちゃん!!いい加減にしなって!」
「あるわけ無いでしょう」
感極まったのか、袁紹に飛びつく田豊。それを優しく受け止める袁紹。観光ではない事を分かっているのにボケ始める文醜に、それを叱る顔良。それを見て劉備たちとの会話や洛陽内での出来事によって、イヤに痛んだ心が癒されるような気がした、そんな袁紹であった。
「そろそろですわね、曹孟徳。彼女を上手くいなして
ただいま、改行変更中です。その際に気づいたら誤字訂正とちょいと加筆するかも?