異端なる冒険   作:アカい宇宙

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ねぇ……絶対に死なないでね。約束だよ。

必要だったら逃げなさい。それを誰も責めやしない。

うん、わかった。必ず生きて帰るよ約束する。

これは少年が神殺しに挑む少し前のお話、友人と家族との人としての最後の約束。


序章
始まりの神殺し


 

 

 【二十世紀末、新たに神殺しと確認された日本人の報告書より抜粋】

 

 アステカ神話におけるトラロック、またはナワルピリと呼ばれる神について、かの神は古代メソアメリカにおいて信仰された雨と稲妻の神であり、トラロカンと呼ばれる死後の楽園を治める神でもあります。彼に使える神官はトラマカスキと呼称されていました。

 

 トラロックの姿形は異形のジャガーとして表されセロ・トラロック頂上の洞窟に住んでいるとされました。そのため毎年アステカの支配者がセロ・トラロックの頂上を訪れ子供を生贄に捧げるなどの儀式が執り行われることになります。

 

 またアステカ人はテンプロ・マヨールの双子神殿でトラロックを部族神であるウィツィロポチトリと共に祀り。トラロックに対しての信仰はトラロックに対して捧げられた珊瑚や土器がウィツィロポチトリよりも多いことからアステカ人が最も重要視したものが雨と豊穣だったことは明確です。

 

 その信仰の起源は古くかつて紀元前二世紀から紀元六世紀に隆盛を誇ったテオティワカンでは雨と豊穣を司る主神として信仰されており。また、その信仰はさらに古くオルメカ文明まで遡れると指摘する学者もいます。かの神はマヤ人たちにはチャークとしてサポテカ人たちはコシーホとしてメソアメリカ全土で信仰された偉大なる神です。

 

 かの少年は偉大なる雨の神を弑逆し神殺しへと至ったのです。

 

 

 ▪️

 

 

 風が吹く。雨が降る。雷が鳴る。風雨雷霆が鳴り響く。

 

 地中海性気候に含まれるスペインにおいて、ましてや七月という夏真っ盛りの状況でスコールもかくやというほどの風雨雷霆が訪れることはありえない。普通であればありえない。である以上この現象にはなんらかの超自然的存在がいる。人間には抗えない神という理不尽が存在する。そう、かつてメソアメリカで崇め奉られた風雨雷霆を司る神がいる。まつろわぬトラロックという怪物が降臨した。

 

 そしてこの世にまつろわぬ神がいるのであれば、それに挑む愚者も現れる。人の身で不可能を踏破し、力を持って天に無法を通じさせる神殺しもまた存在する。だが、今回神に挑んだのは神殺しでもないただの旅行者である少年だった。

 

 「愚かだな。神殺しでもない人間風情が、たかだか魔術の基礎を修めた程度の人の身で神を弑逆できるとでも思っていたのか?それともお前がもっている神具にでも可能性を賭けたのか?どちらにせよ愚かだ。お前のような矮小な人間が神具を使えるなどと思い上がるな」

 

 勝ったのは神だった。勝利したのはまつろわぬトラロックだった。手加減をしたのか、あるいは少年を倒すのに全力を出すのは名誉に関わることだからか、少年に大した傷は見られなかった。そして神は寛大であった。自らに抗った愚者を一度は許すほどに。

 

それは、まつろわぬ神としてありえないほどの奇跡であった。

 

 「帰るがいい、異邦人の少年よ。これは慈悲であるとしれ我が名は〈トラロック〉雨と稲妻の神である。この名をこの国を治めるものたちに伝えるのだ。宣戦布告の狼煙としてな」

 

 「そんなのは、ごめんだ!!それにたった一度の敗北で俺が負けを認めるとでも?そんなのはありえない!!あってはならないことさ!!俺が敗北を認めるとしたらただ一つ死んだ時だけだ」

 

 だが、敗北した少年は笑顔を浮かべて立ち上がる。

 敵対者の末裔であるスペインを滅ぼすために神を名乗る存在を打倒するために

 死すべき定めの人であったとしても魔術師の一人として一人でも多くの人が逃げられるように

 天上に座す神々が定めた運命という理不尽に逆らうために

 少年は剣を取る。

 

 「何をする気だ?異邦人の少年よ!!我が報復はこの国の民だけに与えられるもの。我が信者を殺害したものたちへの報復として行われるものだ。それでも立ち上がるのであれば我が敵とみなすぞ?」

 

 「そんなの知らない。友や家族が命をかけて時間を稼いでいるのだから、それに応えられなければ俺は自分のことを信じられなくなる。なに手札は揃っているんだ。あとはお前に勝つだけでいい。とても簡単なことだろう?足りなかったのは覚悟だけなんだから」

 

 そう言って少年は自らの心臓を抉り出した。テスカトリポカの鏡に血が流れる。ただの血ではない、自らの心臓を抉り出したことで流れる愚者の血だ。自らの智慧と狂気をもって己の信念を貫き通そうと未来を掴み取ろうと神に抗う反逆者の血だ。だが、それでも後悔はなく。己がいくら愚かであろうとも、他者から見て命を投げ出したようだと言われても、これが自分のわがままを貫き通した結果であるなら後悔はない。

 

 少年は走り出し鏡を掲げて宣誓する。それは心臓を捧げる呪歌にして天に座す神々への聖句。いっときの未来のために残り全ての寿命を捧げる狂人の叫び、後に考えると謳われるエピメテウスの落とし子に至るための通過儀礼(イニシエーション)!!神の道具を持って神に抗う天上への宣戦布告!!

 

 「さぁ神々よ、ご照覧あれ、煙る鏡(テスカトリポカ)よ!!我が心臓を捧げる!!この血、この命をもって我が道を照らしたまえ。我が望みし未来を授けたまえ!!」

 

 「ハハハハハ!!!笑わせるではないか。人風情が一度敗北を味わった身でありながら私を弑逆すると?ならばお前には天罰を与えよう。今ここで死んでいくといい」

 

 「その程度──どうにかしてやる。たかだか、神様が操る雷や召喚されたジャガーに対処できないで神を弑逆することができるとは思ってない。俺が望む未来はこの先にあるのだから」

 

 トラロックの体から電光が迸る。十二条の白き雷が宙を舞う。天を舞う雨が矢となり音を超える速度で飛んでくる。見えない風が刃となり空を駆ける。それでも見切ることが出来た。

 

 初めの七条は稚拙な体術で回避した。

 三条は直感と霊視を頼りにテスカトリポカの鏡で切り裂き。

 音速を超越する雨の矢は腕に持つ剣で逸らし。

 風は壁を蹴り上がることで回避。

 残り二条は焼き焦げる胸を犠牲に雷へ飛び込みペンダントに吸収させた。

 

 「──ふむ、良いではないかではこれでどうだ」

 虚空から5匹のジャガーが現れる。 

 瞬間、数百キロの速度で飛びかかってくる。初撃はかろうじて剣で凌ぐことができた。青く輝くサファイアの瞳を持つジャガーたちが一斉に攻撃を仕掛けてくる。それを必要最低限のバックステップで躱し。重心を前へ返す剣で二匹にカウンターを決める。

 

 「二匹はどうにかしたぞ?あと三匹だな」

 

 少年は狂気を貌に浮かべながら語る。事実。人が神の使いを打倒するのは難事であり、戦って生き残るだけでもこれからの人生において一生の語り種になるのは間違いない。

 

 だが!!それでも!!神にとっては手遊びの一つでしかない。その証拠にトラロックはジャガーを倒されながらも微笑みを絶やさない。いやそれどころかこの状況に至っても弱者に対する優しさが垣間見える。しかし、それでも倒されたものは神使であり、神がこの世に遣わした使者である。

 

 であるならば報復を!!少年は天罰を受けなくてはならない!!人の身で運命に抗った罰を!!神が真に神たる神威を!!

 

 「ハハハハ──まあこやつらは神獣ではないのでな、ある程度の実力があれば倒すことも可能だろう。だが雨と豊穣をもたらす私が世に遣わしたものを打倒するなど度し難い狂人め」

 

 残りのジャガーたちが一斉にトラロックの元に集い融合し10メートルを超える大きさに変貌していく。

 

 光り輝く蒼き爪牙。偉大なる獣たちの王。恐るべき戦士の象徴。

 

 三匹のジャガーが喰らい合い混ざり合い融合していく。翡翠のジャガーへと変貌していく。それはまるでかつてテスカトリポカに仕えたジャガーの戦士団を彷彿とさせるものであった。

 

 そうして生まれたのは10メートルと神獣にしては小柄なれど神々しい翡翠のジャガー

 

 あゝ、なんて恐ろしい。そして、なんと美しい

 

 どれだけの美辞麗句を捧げても、どれだけの宝飾品を身につけようとも、何もかもが陳腐、かの神獣の偉大さのひとかけらも表現できはしまい。

 

 この世で最も腕の良い彫刻家が人生で最良の作品である!! そう断言するほどの美しさ。芸術品としての美と機能美を両立させた、実在するはずのない翡翠で作られたジャガー。真に神の手によって作り出されたこの世に存在しない獣が現れた

 

 「どれ──今回は人の身で倒すことは困難だぞ!!立ち向かってみよ気狂い」

 

 翡翠のジャガーが口腔から数億ボルトにも達するであろう雷を放つ。少年はそれに対してペンダントを掲げ雷を吸収する。

  

 「ペンダントよ我が力の全てを捧げよう喰らえ!我が前に敗北はなし!!」

 

 少年は無傷だ。ペンダントが迸る稲妻の全てを吸収したおかげで、自らに流れる巫女の血を最大限に引き出した霊視で最善の道を選び出した。しかし状況は予断を許さない。偶発的に顕現した神獣であろうとも、聖騎士の位階にいる戦士が命を賭けて戦わなくては勝ち目がない。神や神殺しが直々に操る神獣ならばその牙は神の命にさえ届く。

 

 「大いなる魔術師(ナワルピリ)の名のもとに命ずる!!ジャガーよ神域の脚を持って愚者へと天罰を下したまえ」

 

 神の意に従いジャガーが飛びかかる。トラロックにより神速と謳われる神域の速さに踏み込んだジャガーの爪が迫る。翡翠のジャガーの稲妻が迫る。

 

 雷撃と爪牙の交響曲(シンフォニー)、それに加えて曲の補助である雨が体力を奪っていく。一度でも喰らえば即死。泥でぬかるみ雨による水溜りができている地面で少年は不様なダンスを踊らされる。

 

 「ハァハァ……まだ死なないさ。心から湧き出る理不尽への反抗心がつかない限り!!死んでなんかやらない。たとえそれが神様の命令でもな!!」

 

 少年は声を張り上げ宣誓する。私は今ここにいると、神に抗う愚者がいると、

 魔術師の家系に生まれたものとして無辜の民が一人でも多く逃げられるように、だが少年の体はズタボロだ。少年が着ている服は泥と血に塗れている。もっと言って仕舞えば少年が語る言葉は自らに言い聞かせるためのものであり、少年の空元気でしかない。それでも少年の闘志は揺るがない。

 

 剣を持てる限り、魔術を持てる限り、その手が他者のために振るえる限り、少年は抗う。

 

 銀閃が舞う。剣を魔力で強化することで生まれた燐光だ。風の斬撃を飛ばす。神獣への挑発として、神獣との差は5メートルもない。十メートルを超える神獣には爪を振るうだけで届く距離、魔術を組み合わせた剣術でも一足一刀の間合い。

 

 つまりジャガーも少年も両者の絶対半径(キリングレンジ)へと踏み込んだ。

 

 雷撃と咆哮と爪

 霊視と剣と魔術

 

 両者の全てが衝突し衝撃波が辺り一帯を破砕する。中世に形作られた伝統ある街並みが破壊されていく。たとえそれがスペインが誇る観光地であり世界遺産であったとしても、両者には関係ない。神にとってはましてやトラロックにとって自らの民を征服したものたちの遺産など興味もなく、少年にとっても生き残り勝利するために必死である以上周りを気にすることなどできやしない。

 

 「武甕雷よ我が剣に宿り神敵を討ち果たせ」

 

 少年が神へと祝詞を捧げ、剣に稲妻を纏わせジャガーの前脚を断ち切り重心が崩れた神獣の背後へと回り込む、背中を足場とし首を刈るために剣を振るう。

 だがジャガーもその程度で首を切られることはない。その場で飛び上がり一回転し少年を振り落とす。

 

 一進一退の攻防、神獣は爪牙の攻撃で圧倒し少年は素早さで圧倒する。どちらにとっても一手のミスで敗北を喫する綱渡り。両者の実力とはまた別の相性差によって千日手が作り出された。だが秒間二十手以上の攻防の繰り返しの果てに、あるいは必然の積み重ねの果てに勝利の女神(ニケ)は少年へと微笑んだ!!

 

 ジャガーは前脚をなくしたことで攻撃の頻度が半分になり、素早さで圧倒する少年の攻撃時間が増えた。結果、ジャガーの心臓はとうとう切り落とされた。しかしその程度で神獣の命は失われない。少年は飛び上がり叫びながら剣を振り下ろす。

 

 「心臓を切り落としてやったのにしぶとすぎるだろう、だが首を落とせば終わりだ。だからその首をよこせぇ!!」

 

 ジャガーは爪がないのなら牙で、牙もないなら雷撃を、神の下僕は神の命令に最後まで忠実にあろうとする。敵対者を打ち砕こうとする。だが首を落とされたことでその機能を停止した。しかし少年にとっての不幸はまだ続く、本来ならば神獣の討伐は物語のラストであるが、神に挑むのであればそれは前座でしかない。それを知りながらも少年は咆哮する。少年は宣告する。

 

 「俺の勝ちだトラロック──お前が神様で人の願いを叶えるのであれば俺に殺されて死ね。この疫病神め」

 

 「神獣を討伐することに成功したか、それは褒めてやろう人間の中でも上澄みの物しかできぬ偉業であるゆえな。しかし言うにこと書いてこの私を疫病神と呼ぶとは不敬者め!!我が慈悲を蹴り飛ばした愚者には私直々に手を下してやる。貴様たち人間風に言えばポイント・オブ・ノーリターンはもう過ぎたのだからな!!」

 

 

 心臓を捧げることで得た霊視と今までの研鑽。

 神々にとっては稚拙であり戦士と認められるには最低限以下のされど積み上げてきた努力の果てに神と渡り合う。

 

 相手が余興であり遊ばれてること、防戦一方であるという理由はあれどまつろわぬ神を相手に戦いというものを演じられる。

 

 そして勝利は未だ遠い。防戦を演じられるから?遊ばれているから?そんなものは理由にならない。慢心があろうと神は神であり人智及ばぬ怪物である。この程度では殺せない。その程度では神などとは謳われない

 

 そもそもの大前提として人と神の差というものは地を這う蟻と人間のような差あるいはそれ以上の大きな壁がある。神と渡り合うことができるのは同じ神かあるいは神殺しの獣のみ。

 

 たとえ世界屈指の天才が努力して血反吐を吐いて地べたを這いずり回るような苦悩と狂気の果てに神々と渡り合える武術や魔術を身につけたとしても神々にとっては、それがスタートラインであり人類には決して乗り越えられない、乗り越えてはいけない運命によって定められた人と神を別つ壁がある。

 それを乗り越えるもの、乗り越えてしまったものたちこそが神殺しの獣

 

 パンドラとエピメテウスによって造られた神を贄とする狂気の通過儀礼(イニシエーション)を通過し魔王として転生せし戦士たちのみが人の身で唯一神々に抗えるのである。だがしかし少年は神殺しではない。ただ魔術を修めた旅行者である。それでも少年は抗う。友と家族との約束を果たすために

 

 「我が名を持って命ずる。軻遇突智よ我が剣にいっとき神殺しの焔を宿したまえ」

 

 少年の口から血が流れる。人と神の差を埋めるために命を捧げる言霊を語ったことによる血だ。だが神は祈りに応えたもうた少年の剣には神殺しの焔が宿っている。

  

 一歩。それだけで魔術で強化された足はトラロックまでの距離を潰す。二歩。零距離から放たれた刺突がトラロックの腕を傷つける。

 

 使っていない片手でトラロックの腕を掴みそこを支点に少年は自らの体を持ち上げる。トラロックの肩に這い上がり、眼球を狙い剣を振るう。

 

 瞬間。トラロックから音速を越える水の槍が放たれ、肩から手を離し地面に飛び降りる。

 

 

 「ふはは…ハハハハハ……アハハハハ…この私が人間の手によって傷を負わされたか、良い良い、人の身でありながら神殺しですらない人間でありながら私に対して啖呵を切るだけある。良いだろう人間、貴様に命ずる。私を楽しませよ!この世を滅ぼす前の余興として哀れな道化として踊り回れ」

 

 「言われなくたって。トラロックお前に勝つ為に全てを賭けてるんだ。ポイント・オブ・ノーリターンはもう過ぎた。もう戻る場所はない。トラロック、メソアメリカで信仰された偉大なる神よ。お前が完璧な神様だったら百回戦っても一回も勝てないが、お前のような不完全なまつろわぬ神だったら百回のうち一回くらいは勝てるさ」

 

 常人であれば、いや魔術を知る人間であるほど神への畏怖は大きくなる。天変地異に喧嘩を売るなど賢い人間であれば考えない。だが、それでも挑むもの、それを人は愚者と呼ぶ

 

 「……貴様正気か?いやすでに狂気に囚われているのか。だが関係ない神に抗う愚者に対しては罰が必要だ。さぁ死ぬがいい」

 

 雷鳴が鳴り響く、嵐が吹く、雨が降る、この世の理への反逆者に罰を下せと天が謳う

 

 「……お前さぁやることがいちいちワンパターンなんだよ。雨と雷と風がいくら脅威であったとしても何度も見れば人の身でも対処できるぞ?それとも、まだ舐めてんのか?いくらお前が武神でないとはいえこの程度の攻撃は回避するなりなんなりできる。なんだったら語ってやろうかトラロック?お前の信者がなぜ死んだのかを、かつて愚かな民たちが敗北した血塗られたコンキスタドールの歴史を」

 

 トラロックそう呼ばれた、異形の神は笑みを消し代わりに憤怒をもって答えた。神の中でも群を抜いた慈悲があろうとも触れてはいけない逆鱗があり、トラロックにとっては、それが逆鱗だった。

 

 「余興はやめだ。貴様は私を怒らせた。私の慈悲に縋らずあまつさえ天に等しい私に剣を向けたことを後悔するがいい。そして誇るがいい私に本気を出させたことを」

 

 恐るべきジャガーを模った異形の神の本気、それはとてもシンプルな雷を纏った突撃だった。神速と呼ばれる領域に踏み込んだ突撃だ。

 だがそれは、先ほどの風雨雷霆を操る程度の技など児戯に思えるような威力を発揮し半径1キロ以上のクレーターを形成した。神速を回避する手段は同じ神速か転移のような方法のみ。どちらの手段も持たない少年にとってそれは回避不能の一撃だった

 

  だがそれはすなわち死を意味するわけではない。少年は雷が暴れ狂う爆心地を血と泥に塗れながらも生存している。死ぬかと思われた。その程度で神殺しは死にはしない。ならば、神を殺すために神に挑んだ愚者が死ぬことはない。死んだのであれば神殺しへと至る資格などない。

 

 「ハハハ──俺はまだ生きている。トラロックお前のおかげでな」

 

 「ふむ、貴様先ほどの攻撃で死ななかったのか?どうやって生き残った?」

 

 神が、まつろわぬトラロックが問いかける。常人ならば死ぬ。神の本気に人は耐えられない。そんな当たり前を覆すあり得ない以上事態であったからだ。それに対し少年はあっけらかんと答えた。

 

 「そんなのシンプルだ。雨で地盤が緩んでいたから咄嗟に地面を抉り抜いた」

 

 「何という生き汚なさ、何という発想力、何という機転、面白いぞ貴様褒めてやる、よかろう貴様を我が敵と認める。さあ我が全力を持ってとくと死ね。神殺しの獣たちが私にたどり着く前に、愚かなこの地の人間がいなくなる前にな」

 

 さあくるぞ

 メソアメリカで信仰された神々の武威が!!

 雨を降らせるために子供達を生贄へと捧げさせた神の力が!!

 神話において世界を滅ぼしたと語られる滅びの雨が!!

 いま一人の人間に向けられる!!

 

 「雨と干魃を司りし我が名をしれ、我が名はトラロック大いなる天の神である!!」

 

 大地が乾燥しひび割れていく赤色の不吉な瘴気が世界を覆う。

 瘴気によりありとあらゆる生物が血を吐き倒れていく。それは少年も例外ではなく。

 

 「……これはなんだ?病?いや違うなこれは干魃か。ワンパターンだって言ったのを気にしてんのか?でもよかった。やっと本気になってくれたんだな。嬉しいぜトラロック、お前の本気が見れる。お前の全力を打ち破り俺は友との約束を果たす」

 

 少年はふらつきながら笑顔でトラロックに語りかける、無理もない、心臓を捧げたことで血が流れ出て雷に打たれ挙句の果てには脱水症状の状態、誰が見ても死相を浮かべてるというだろう。それでも笑うそれは死を覚悟した人間の浮かべる表情ではない。勝って生きて帰ると確信した狂気の笑みである

 

「生命よ、万物よ、我が意に従い天に抗う愚者を裁きたまえ。雷よ我が敵を打倒し討ち果たしたまえ」

 

 大雷球が空に現れた。太陽と誤解してしまうほど眩しく光り輝く雷球が天から堕ちてくる。それはさながらかの堕天使ルシファーが地上に堕ちて来たときのような激しい光、天に逆らう反逆者を討ち果たす雷である

 

 少年はそれを回避することはなかった。いや、回避することは出来なかった。手や足が雷で焼け焦げていく。見るがいい。人類よこれが森羅万象この世の理に抗ったものの末路である。

 

 そんな中で少年は笑みを絶やさない。狂ったのか?いいや違う神殺しに挑むような人間は元から狂っている。ならばなぜ笑うのか?決まっている勝利の方程式が整ったからだ。

 

 「vini vici vidi 紀元前47年のゼラの戦いの勝利でガイウス・ユリウス・カエサルが言ったそうだ。私が来た、私が見た、私が勝った、そういう意味らしい。何で今こんなことを言ったか聡明な神様ならわかるよな?」

 

 少年の右手に掲げられるペンダントが光り輝き真の姿をあらわにする。それは矢だった黄金に光り輝きあらゆる障害を打ち破る、神王の矢であった。

 

 「そもそもな、このペンダント…インドラの矢って言うんだけどな使う条件がすごい厳しかったんだ。条件は二つしかないのにその条件があり得ないほど難しい、一つは世界を滅ぼすような大罪人にしか使えない。そしてもう一つがある一定のラインまで雷や雨といったエネルギーが溜まっていることなんだ。だからね。感謝するよトラロック、ありがとう。お前が世界を滅ぼす大罪人であったことで、お前が雨と雷を司る神だったことでこのペンダントが使えるようになった。一か八かの賭けだったんだけどお前が俺に本気を出してくれたおかげでギリギリラインを越えたんだ」

 

 壮絶な狂笑だった、神々を嘲笑う愚者の笑み。おおよそ人が浮かべるべきではない。ましてや、天に奉じられる神々に向けるものではない狂った笑顔

 

 「だが……そのような神具があったところで人類には使えまい。あまつさえ雷を司る私に対して使ったところで効果は少ないぞ。それに矢とは弓があって初めて使えるものだ。矢だけがあったところで宝の持ち腐れでしかないぞ小僧」

 

 「弓ならあるさ!!お前が雨を降らしまくったおかげで虹がいっぱい出ているだろう?サンスクリット語でな、虹のことをインドラの弓って言うんだ。そして日本では神仏習合の教えのもとにインドラを護法善神の帝釈天として祀っている。である以上破魔矢を打つ方法として雨を集めて虹色に輝く弓を作る程度造作もない。運が無かったなトラロック!!恨むなら自らの不勉強を恨め。そして死ね」

 

 手や足がインドラの弓と矢による雷で焼けこげていく。常人にとっては体内で雷が暴れ回る激痛に耐えられない狂気の沙汰

 だが、そうでもしなければ神を弑逆することなどできはしまい。そうでなければペンダントは…いやインドラの矢は使えない

 

 「はは……自分で自分の心臓を抉り出した時点でもう余命なんて幾許もないんだ。だったら腕の一本や二本焼けこげておしゃかになったってどうも思わない。思うのはただ一つお前に勝つそれだけだよ」

 

 「その意気やよし!!貴様をこの国を滅ぼす前の大敵として覚えておく誇るがいい」

 

 「ハァ…ハァ…ありがとう。トラロック……お礼としてお前を弑逆してやるよ。だから待ってろよ俺はまだ負けていない」

 

  「今ここに宣誓する。始まりの勝利を我に捧げよ、我は天を支配せし神王なり、我は障害を打破する者(ヴリドラハン)なり、この一矢をもって全ての敵を打ち破らん、全ての敵は我を畏れよ」

 

 虹色の弓が光り輝く、それは世界を救うための弓である。矢が雷鳴を響かせ電光がスパークを起こして光っている。世界に仇なす大罪人を討ち果たせと叫び狂っている。もはや少年と神が共に天を頂くことはない。

 

 

 

 

 

 

 少年とトラロックの視線が交錯する。一瞬の膠着

 

 少年は霊視の導きのままに虹色の弓から手を離しその矢は吸い込まれるようにトラロックの心臓を貫いた。

 

 

 そして真なる神が降臨する。その者の名をパンドラという

 

 「あなたがスペインを巡ってトラロック様を弑逆されるまでの旅を私は観ていたわ、大変な冒険だったでしょう!!自分の人生観を変えた旅だったでしょう!!私はあなたの乗り越えた試練を褒め称えるわ!!おめでとう!!」

 

 その声はとても蠱惑的であり、その肢体は未成熟さと完全なる美しさを両立させる異端なる美貌を持つ女であった。ただの女ではない。

 愚かな人が、神を殺害した時に降臨する愚かな女神である。

神を殺した愚者に、神と対等に渡り合う権能を授ける女神である。

 

 

 「おお、女神パンドラよ災厄の箱を開けた、愚かなる女よ!貴様がここに現れるということは始まるのだな、か弱き人の子を私たち神々へと比肩させる暗黒の聖誕祭が!」

 

 女神パンドラは新たなる義息を慈しむように見つめながら語った。

 

 「ええ、もちろんですわ!トラロック様、か弱き人の子が神を殺すという偉業を成し遂げたのであればすぐに駆けつけますわ。たとえそれがどのような場所であっても」

 

 災厄の箱を開けた愚かな女神パンドラが告げる。

 

 「さあ、トラロック様

世紀末に生まれ愚かにも神を殺すことになった。この子に祝福と憎悪を与えて頂戴!」

 

 「よいだろう。雨と稲妻を司るこの私を殺害した愚者よ、私から簒奪した権能を持って世界の王へと至れ、そして強くあれ、多くの者たちから支持し捧げられるようになれ、それさえできるのであれば、汝は常に王者である。貴様の人生が波乱と混沌に満ちたものであることを願っていよう!!」

 

 

 だが神を弑逆した少年の体はもうすでに助からない。

 少年の体は雷による火傷とそして神具に捧げたために失われた心臓、一目見れば、助かることはないことがわかるだろう。

 

 そのような状況にあっても、少年が死ぬことはない。死ぬことはできない。少年は神を殺害することで行われる、神を贄とする暗黒の聖誕祭によって復活を遂げる。

 

 だが、それははじまりに過ぎない、これから少年は世界を巻き込む大騒動に巻き込まれながら神殺しという波瀾万丈の人生を歩むのだから。

 

 

 抗え、人類の代表者であるエピメテウスの落とし子よ!狂った神々を殺害できるのは、神を殺した戦士たちだけである!人類最後の希望として、この世に現れた神々に、自由気ままに世界をさすらう者たちに、裁きの鉄槌を下すのだ!

 

 

 

 




 書きたいことを書けたので満足です。
 舞台設定としては冷戦末期あと少しでベルリンの壁が崩壊する頃のお話。ユニバース235だとアレクとかが神殺しになった頃よりちょっと前かな?

1989年は世界初のノートパソコンが東芝から出たり携帯電話が一キロぐらいあったこと思い出すと時代の流れを感じますねー

 トラロックを調べるとウィキより先にFGOの攻略サイトが出てきた。なんで?英語なら普通に出てきた良かった。

アニー・チャールトンの力(テスカトリポカ)と草薙護堂の力(ウルスラグナ)
ウルスラグナとインドラは同一神格だからこれは実質アニーと護堂の夫婦作業原作でも魔王内戦で内助の功って言ってたし

最後に設定を置いておきます。設定集からの流用なのでみたことある人は見たことあると思う

神具

インドラの矢
少年がトラロックの胸を打ち破るのに使った神具
本来ならば鋼色のペンダントだが、条件を達成した時に異端者を討ち果たす矢となる。
条件とは敵対者が民衆にとっての大罪人であることと一定量の雷と雨を捧げること。
トラロックは運悪く両方の条件に当てはまっていた。

テスカトリポカの照魔鏡
黒曜石のナイフで作られた未来の可能性を見通す神具であり。可能性が万に一つでもあるのであれば使用者の望んだ未来を引き寄せることができる。ただし対価として使用者の心臓を生きたまま抉って捧げなければいけない。

少年は自分の心臓を抉った上で、トラロックを討ち果たす可能性を引き寄せてからインドラの矢を使用することで神殺しをなした。だからどんな無茶をしても死ななかった。因果が先に確定していたから結果がそれについてきた。

少年の始まりの物語においては、これを博物館から盗んだマフィアの仲間と勘違いされながら取り返そうとする典礼団に巻き込まれていく予定のキーアイテム

素朴な疑問なのですが、原作カンピオーネ!読んだことあるよという方は、どのくらいいらっしゃいますか ?

  • 読んだことない 。
  • ちょっと読んだことある 。
  • 全巻読んだことある 。
  • 全巻と神域とレルムズ読んだことある 。
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