ヴィーヤウトゥムノ伯国鉄獄覚書   作:松永闇斎

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Roguelike Advent Calendar 2025 (https://adventar.org/calendars/11418) 5日目として投稿。


じこはおこすさ ~戦慄!ケイオティック・デス・サムライ VS 殺戮人面機関車軍団~(1)

 アングウィルと呼ばれる森中の都市の一角に「ドーチェルの宿」があった。

 森のエルフ族らしい繊細な意匠で整えられた建物の一隅にはダイナーがあり、昼食時を過ぎた今は客もまばらだ。

 この時間に残るのは、都市に根を下ろした市民ではなく、交易商や旅人といった余所者ばかりである。

 そんなテーブルの一つに腰かけた二人の姿もまた、アングウィルの雰囲気からは著しく浮いていた。

 彼らは、この場の誰一人として想像しえぬ「地球」の「日本」からの来訪者だった。

 もっとも、そのひとくくりに収めてよいものかどうか──共通点はこの大まかな出自だけで、装いも内面も、あまりにも違っていた。

 一人は、二メートルを優に超える大男。

 頭頂部を月代に剃り上げているが、今は髷も結わずざんばら髪を垂らしている。

 甲冑は一見、戦国末期の南蛮胴を思わせるが、細部には平安や鎌倉、さらには古の中華風までもが混じり、普段それらを見慣れた者にはちぐはぐに映るだろう。

 男は朱塗りの杯に濁り酒を注ぎ、一気にあおった。酒精の混じった息を吐き、無骨で厳ついが、どこか軽薄さをも漂わせる顔で対面の相手に問いかける。

「いつも以上に震えておるなあ、朱音の嬢よ……まあ、落ち着くまで待ってやるわい」

 その風体に反した、流暢な現代にも十分通じる日本語。

 もう一人の日本人。朱音と呼ばれたのは、現代日本でようやく成人を果たしたばかりの若い女性だった。

 身長は一メートル半ほど。小柄な頭部を両手で覆い、俯いている。艶やかな黒髪が肩から流れ落ち、彼女の線の細さを際立たせていた。

 身にまとうのは二十一世紀日本の街中で違和感なく見られる服装。ファッション誌からそのまま抜け出たような清潔感のある装いである。

 だが一つだけ、彼女の異様さを際立たせる特徴があった。

 肌の色だ。日本人の女性にしてはあまりにも白い──死人のように血の気を欠いた白さ。それは今の「顔面蒼白」の呈とは別に、元からそうであるのだ。

「……北条さん……弾正さん」

 俯いたままの口から、か細い声がこぼれる。

「おう」

 大男──北条弾正は応じた。だが言葉はそれきりで、ふたりの間に再び沈黙が落ちた。

 沈黙は長く続き、北条弾正が朱塗りの杯をあおりきること、三度。

 その間、手持ち無沙汰の中で彼は、無意識にも目の前の朱音の資質を値踏みしていた。

 羽津朱音なる女の〈烙印者〉としての資質──すなわち「@のルーンを宿す者」としての力。

 結論は、これまで何度も試みた通りで変わらない。

 「論外」だ。

 もっとも彼女は元を正せば二十世紀末の日本に生まれた、ごく平凡な女性にすぎない。その無力を責められるいわれはない。

 北条弾正が育ち、多く見知った時代の女たちは、彼女よりも生き汚いほどに逞しく、心底にしたたかだったものだ。それらと比べてその頼りなさを様々な意味に憂いてはいるが──日の本も様々な歴史の変遷により、二十世紀末には朱音のような女が平民にもごくありふれているのだと、彼は理解し、それなりに納得もしていた。

 だがよりによって、そんな女が〈烙印者〉の一員となり、望みもせず「サーペントの隻眼」を求める試練を背負ってしまった。

 そのために魂を無限にすり減らす奇妙な不死に囚われてしまったこと。それはただ、不幸としか言いようがなかった。

 己のように〈烙印者〉となったことを、むしろ嬉々として受け入れた者と、この羽津朱音とは一切がまるで違う。

 その隔絶に対する理解こそが、北条弾正の生来の性格には到底あり得ぬ、彼女に対する憐憫の源となっていた。たとえそれが、愛玩動物に向けるものと性質が一切変わらぬとしても。

 ただ、流石に時も流れて、まどろっこしさも増してきた。

 口にする濁り酒も、少々くどく感じはじめた頃合いで、北条弾正は言葉を促した。

「なあ、朱音の嬢よ……今までも儂や、お前さんの『先輩』に泣きすがって、辛さを吐いたことは何度もあったであろう?それは別に構わん。だが、今回は何だ。どうにも一段と妙で、気になって仕方ないな」

 テーブルに置かれたアングウィル産の木の実──「チコ」をつまみ、北条弾正は続ける。

「鉄獄には、そりゃあおっかないのが湧いてくるよな。坂東武者崩れの儂ですら少々鼻白むような、犬畜生にも劣る蛮族の大群。人畜を奴隷か餌としか見ぬ暴君のごとき竜。見るだけでただ絶望するような巨獣。果ては『宇宙的恐怖』なるものに塗れた異形の化け物──」

 北条弾正は杯を傾け、一息つく。

「今回も、まあそんな手合いにやられて死んで戻ってきた、そう思っていたのだが……」

 そのとき、朱音は俯いたまま、小さく震えだした。

 北条弾正は眉をひそめる。何らかのトラウマを抉るのは承知の上で、話を進めねばならない。

「……どうも、今回はもう一つ違うのか?例えばだ。かの『名状しがたい』としばしば枕詞のつく『宇宙的恐怖』であるがゆえに口にできないというわけではない。ただ、単純にそれを口にするというか表現自体がどうも困難で……だからこうして黙り込んでしまっておる──そういうことか?」

 この直観は当たっていたらしい。

 朱音はようやく顔を上げ、北条弾正を見据えた。そして、彼女がある経緯で得た死人のように白い肌とは別のもう一つの異形──赤く充血した瞳が、訴えるように光る。

「……怖いんです。鉄獄の、確かにこの前のタコみたいな化け物の…そういう怖さももちろん嫌です!でもそれ以上に──そういうものを見過ぎた自分が、本当に………いよいよ救いようもないほど、狂いだしたんじゃないかって!そういう疑いが、怖くて!」

 北条弾正は「なるほど」と低く呟き、ゆっくりと頷いた。

 己は何度も遭遇こそすれどさして間も置かず立ち直ってきた。だが鉄獄には──多元宇宙の亀裂であり結節点でもあるあの場には、まさに常人ならば永遠に壊れたままの精神と認知を抱え込まなければならぬほどの、筆舌に尽くしがたい「何か」が平然と闊歩しているのだ。

「分かった。だが、結局そいつには荒療治しかあるまい。儂にはお前さんの『先輩』のような治療はしてやれんしな」

 杯を置き、弾正は真っ直ぐに朱音を見る。

「それが真実だったとしても、まずは飲み込むしかないのだ。理性を壊されたというならば──儂やお前さんの『先輩』が拾い上げて直してやろう。だからよいか、朱音の嬢よ。何と遭遇したのか……言葉のままに吐き出してみろ」

「……はい……」

 朱音は、ようやく意気を微かに取り戻した様子で、息を一つ飲んで口にした。

「弾正さんは……蒸気機関車をご存じですよね?」

「は?」

 あまりにも長い沈黙を経てからの唐突な問い。北条弾正は構えていた気持ちを少し揺らがされた。

「あ……ん?ああ、無論知っておるとも」

 北条弾正は記憶をたぐる。

 鎌倉時代「の一つ」に生を受け、ある経緯から幾つもの並行世界を放浪してきた彼の歴史の知識は交錯しがちである。それでも大抵の歴史──朱音に近い世界の現代地球において、蒸気機関車は幕末に日の本に舶来したと聞いた。弾正自らは大陸に渡った頃合いで、アヘン戦争を契機に西洋列強に大清国が食い物にされていた只中で、初めて実物を目にし、触れもしている。

「……それがいかにした?」

「私、それっぽい『何か』を……鉄獄の中で見たんです」

「ぬう?」

 弾正は思わず呻いた。

 蛮族の大群、竜、巨獣、宇宙的恐怖──それらよりなお口にしがたいものが、まさか「蒸気機関車」だというのか。

 頭が追いつかず、理解よりもまず困惑が勝っていた。

 だが、その困惑を鎮めるより早く、朱音は打って変わってさらに饒舌になった。

「でも、間違いなくただの蒸気機関車じゃないんです!それが……機関部の真正面に、おっきな人間の顔が張り付いてて……誰も彼も、すっごく表情豊かで……大体にこやかなんですよ!」

「お、おお……?」

「そんなにこやかな顔のまま、まともな線路もないのに鉄獄の床を、いえ、壁までも走り回って!そこにいたあらゆる生き物を、次々に轢き殺していくんです!それも……けたたましい音量で!めちゃくちゃ明るい歌を歌いながら!!」

 朱音の声がより大きく、上ずりだした。

 ドーチェルの宿のダイナーに居合わせた客どころか、その入り口付近にいた諸々達すら何があったのかと覗き込んでくるほどに。

「もう、鉄獄に迷い込んだ普通の人間から、身の毛のよだつような化け物だろうと!全く区別なくぐちゃぐちゃにしていくんです!もうそいつら蒸気機関車っぽい奴らは返り血塗れで、ずっとニコニコしっぱなし!しまいにはそいつらから手足まで生え出して!………」

「分かった!朱音!よく分かった!よくぞ言ってくれた。少し落ち着けい!」

 狐憑きのように立ち上がって絶叫しかけた朱音を、弾正は前のめりになって押さえ込み、席へと戻した。

 我に返った朱音は深呼吸し、半泣きの上ずった声で「ごめんなさい」と洩らすと、再び俯いて両手で顔を覆った。

 北条弾正は低く呻いた──なるほど、これでは言い出せないのも道理だ、と納得するように。

「よく分かったぞ、朱音。いや、実のところまだ微妙に理解できぬが、そんなもんに襲われたんじゃ、そりゃお前さんでは『死に戻り』するのも無理はなかろう。それに──」

 濁り酒をもう一杯あおり、弾正は諭すように言った。

「安心せい。お前さんはまだ狂っちゃおらん。魂が摩耗しきったわけでもない。今の大騒ぎだって……語ろうとしてつい破綻してしもうた正気のそれであって、偏執狂や統合失調の類とは違うな」

「……そのお言葉、本当に、信じていいんでしょうか?」

「ああ、心配いらんよ」

 深紅の瞳で見返してくる朱音に対し、北条弾正は真顔で応じた。

「聞かされて、嚙み砕いて考えれば普通にあり得ると思うのだよ、鉄獄にはな。ありがちな人間的蛮行とも『宇宙的恐怖』ともまた別の……なんというかな。恐るべき力を、恐るべき悪趣味に使う輩がな」

 内心では「柄にもない講釈よ」と思いつつ、弾正は続けた。

「かくなるは、ありふれた『不足』ならず、稀有な『余剰』が生み出す──狂った文明の産物であろうな」

「狂った文明……ですか?」

「ああ。人類が並行宇宙の様々な世界でどう発展しようが勝手であるし『正しい文明』なぞ決められるものでない。だがな、何かの拍子で手にしたテクノロジーが異様に発達して、流石に、と我らそれなりの年長者とて、慄いてしまうほどに歪んだものは往々にしてあるようだ」

 弾正は天井を仰ぎ、思案げに言葉を継いだ。

「遠く異朝をとぶらえば……蒸気機関車と話が出たな。ブリテンの産業革命なんぞ、いい可能性の例じゃ。儂たちの既知世界じゃ『収まるところ』にゆり戻ったらしいが──あれが変な魔法と結びつくと、例えば『スチームパンク』なんぞと呼ばれる世界に至るそうじゃの……まあ、儂の師匠にあたる方々が見てきたものの受け売りなのじゃが」

「スチームパンクな世界とは……どんな世界なんでしょう?」

「そうだな……違いを言えば……儂たちの知ってる地球の文明じゃ、蒸気機関は現代もなお随所で使われちゃいるが、万能というわけではなかろう?機関車だって、電気を扱えるようになりゃすぐに電動に鞍替えしていっただろう?」

 弾正は赤塗りの杯を片手で回しながら続けた。

「だが──スチームパンクに至った社会は違うのだ。そんな移り変わりが起きておらぬ。何でもかんでも蒸気で解決しようとする。歯車とシリンダーで空飛ぶ船も、街を動かす一切の動力を、ぜんぶ蒸気のままでいく。しかも、それが上手く回ってしもうたのだ」

 ぽん、と北条弾正の酒杯の縁から小さな火が灯った。ろうそくほどの、魔術の初歩。

 〈烙印者〉の大半が出来る手慰みであり、朱音も巧拙の程度はともかくできることであるから、驚きはしない。

「先に言った通り、魔術での技術的補強が可能な世界だと特にそうなりやすいらしいの。そいつと蒸気機関の組み合わせ一本で社会的課題が大抵何とかなりだす。いや、あるいは社会の側自体をそっちの都合に合わせてしまう。そうして文明そのものが、およそ儂らには共感しがたい方向へ進んでしまうそうだ」

 朱音は眉をひそめつつ、そんな話にじっと話に聞き入る。緊張はあるが怯えは最早ない。良い兆候と北条弾正は判断した。

「儂のお師匠がた……儂よりもずっと自在に『次元渡り』のできる方々が、実際そうなった並行世界の地球をいくつか見て回ったらしい。酒の席で聞かせてもらった話じゃが──どれ一つ、ユートピアはおろか、まともとすら呼べる世の中はなかったそうじゃ。その我が師の一人、董老師に言わせりゃ、少なくとも儂らの地球が『二度の大戦と冷戦で得た二十一世紀のろくでもない国際秩序が、遥かに上品に思えた』とよ」

 とうとうと語ったのちにしばしの沈黙。朱音は紅い眼を瞑り、少し俯きながら眉間にしわを寄せている。

 やがて、彼女の口から冷静な、想起の言葉が洩れ出た。

「それじゃ、私の見たものは……あの人間の顔が張り付いたけたたましい蒸気機関車らしい何かは……」

「多分今浮かべているその想像で合ってるだろうよ。スチームパンクに陥った世界の中でも、特に狂いきった人間が作り出した『人の産物』じゃ」

 弾正は朱音の様子に安堵を覚えつつ、想像を解きほぐすように続けた。

「生き物を喜んで轢き殺してたというのも、実際に魂がこもっていたのか……せいぜいゴーレムか、殺戮嗜好を持った『強いAI』が入ってる程度であるだろうな。兵器としてはどうにも軍事的合理性に乏しそうだが──そういう歪んだ文明なら、偏りゆえにあり得る話だ」

「……兵器」

「そうだ。所詮は兵器よ。むごたらしいのは確かだが、それがどうしたものか?儂らの見知った地球でも核に、毒ガスに、爆撃機に、戦車。散々やってきていることじゃ。人間が造る地獄に、そう大した違いはない」

 その大したことはない地獄自体が、この二十世紀末生まれのうら若き日本人女には十分に過酷であることまでは、流石に慰められない。

 しかし、そこは〈烙印者〉となったなりの、不死の身で死を繰り返してきたなりの「鍛錬」の成果か。青白い手を膝に置き、紅い瞳を北条弾正に見据えなおして、羽津朱音は言った。

「ありがとうございます、弾正さん。私はまだ狂ってない。やっぱりおかしいのは鉄獄とそこに迷い込んでくる方なんですね……」

「そうだ、お前さんならまずはそう理解すればいい」

 未使用の酒杯を一つ差し出すと、北条弾正は濁り酒を注ぎ、朱音に差し出した。

「〈烙印者〉に何の因果であろうとなった以上、お前さんはよりいっそう変容しなければならん。だが、少なくとも今回のようなどうにも理解しがたいキチガイに影響を受ける必要は断じてない。やはり、お前の最初の庇護者になった『先輩』あたりから一層の薫陶を受けていった方がよかろうて」

「はい」

 朱音は酒杯を受け取ると、ちびりと濁り酒を口にし、それが己に耐えられる程度の強さのものであると把握するとそのままぐいと飲みほした。

「ありがとうございます、弾正さん」

「おう、もうよかろう。また、このアングウィルにまで到達できておるのだ。次はもっとうまくやって見せい」

 もうしばし語らったのち──

 北条弾正は食事代とチップを払い、朱音と共にドーチェルの宿を後にした。入り口で別れの挨拶を交わす。

 朱音はどこか愛嬌のあるお辞儀を残し、背を向けて歩んでゆく。その歩みとともに輪郭が薄れ、やがて彼女の姿は完全に掻き消えた。

 ──〈烙印者〉同士の交わりは、時空の結節点が気まぐれに繋がった時のみ果たされる。それは頻繁ではあるが、常に一時の邂逅にすぎない。

 朱音の姿が見えなくなって、北条弾正もまた宿から背を向けると、それまで脱いでいた星兜を取り出し緒を締めた。『三ツ鱗紋』の内に『混沌の八矢』を施した大きな黄金の前立てがついたそれは、南蛮胴もどきと同様に肉厚に造られている。

 次いで、己の影からずいと引き出したのは、大太刀。弾正の背丈をさらに二回りは超える、常識外れの長物である。

 鞘が現れるや否や、その刀は声なき声を主の内に響かせた。

「随分あなたらしからぬ振る舞いですね、主よ。あの羽津朱音という娘にいかなる思い入れが?」

 責めるでもなく、深く探るでもない。ただ、淡々とした声色にわずかな皮肉がこもっている。

「どうでもない。強いて言うなら奇貨居くべし──あるいは良き囀りを聞かせるツグミを眺めた、ただその程度のことよ」

 加えて言えば、〈烙印者〉同士、その者が稀有な体験をしたことは、相手を問わずある程度聞き知っておくべきである。時空の結節点で出会う機会の多い〈烙印者〉同士ほど、同じ位相の敵と相まみえる可能性が、やはり高いという必然があった。

「……不幸にもなんとも頓狂な輩と遭遇したものらしいがな、これから儂もそれに遭遇する可能性が高いと思うと、何とも馬鹿馬鹿しさに笑えてくるわ。お前も顔のついた蒸気機関車とやらを叩き切る心備えをしておけよ『太郎太刀』」

 やはり気負うでも、厭うでもない、淡々とした声が返る。

「それは主よ、貴殿の業前次第でありますれば。いやしかし」

「どうした?」

「あの朱音という娘、やはり相談する相手を間違えてはおりませぬか?」

「何が言いたい?」

「さながら、野犬共からこうむった害を大虎に訴えるがことき真似をしていると言いたいのですよ」

「ほう、つまりは?」

「みなまで申し上げるべきで?高々蒸気機関車で、生けるものを轢き殺そうという性癖と妄執の程度。さきの話で主が仰った通り兵器の変わり種に過ぎますまい。それが八百年に渡り冥府魔道に魂を売り、数多の蛮行を繰り広げた武辺者を前にして、さていかほどに比肩できるものかどうか」

 北条弾正は口元を歪めただけで、口にも念話にも、一切何も答えなかった。

 その姿は、先の朱音と似たようにまたうっすらと、アングウィルから消えてゆく。朱音に別れの挨拶を告げてから、予め用いていた「帰還の詔の符」が間を置いて、効力を発揮したためだ。

 北条弾正の存在は、音もなく鉄獄の深淵へと沈んだ。

 彼の眼前の光景は、さながら白昼夢を見るかのように移り変わっていく。そして彼自身もまた鉄獄を彷徨する〈烙印者〉としてより相応しい姿へと────

 

───────────────────────

 

 鉄獄なる「悪の要塞」があるという。

 ラゴロナ聖戦会は、その信仰を抱き、故郷の大地の亀裂から通じるその入口へと身を投じた。

 伝承は曖昧であった。ただ、はるか昔、彼らの始祖たる聖ラゴロナが「悪の要塞」の出現を予言し、邪悪なる冥王モルゴスを討てと告げた──その言葉を代々信じ続けてきただけである。

 三十の精鋭なる聖騎士と、百余の従士。彼らは善良なる信徒の歓呼と聖ラゴロナの裔たる領主の祝福を背に、意気揚々と鉄獄に突入した。

 その道中に奇跡はあった。

 聖ラゴロナと遠い昔に盟約を交わしたという天使たち数柱が、鉄獄の暗闇の中から突如現れ彼らと使命を共にするべく合流してきたのだ。彼らこそはまさに聖ラゴロナの言葉が真実であることを告げる証人であった。

 彼らは馥郁に満ちた法悦と燃える闘志と共に「悪の要塞」で邪悪なるものを討つべく、意気揚々と進撃を開始した。

 そして、彼らの故郷の時空の主観的計時にして、鉄獄突入から約半日─────

 ある天然の大洞穴の中で、彼らの半数は、天使含めてすでに無残に息絶えていた。

 ある者は、頭部から股間までを真っ二つに──唐竹割りにされ──己が二人に分裂したかのような感覚を一瞬だけ味わい、そのまま肉塊となって崩れ落ちた。

 またある者たちは横薙ぎの白刃に受けて、背丈に応じて胸や、腹を丸ごと切り落とされ、流血と糞便の匂いをまき散らしながら、下半身だけの滑稽なオブジェと化した。

 針の上にも何重にも重なって舞えると言われるはずの、肉なき神聖なる天使が、なぜに人間と変わらぬ血を流し、また醜い臓物をその内に秘めているのだろう?

「鉄獄によくぞ参られた。勇者気取りの間抜けな毛唐共」

 全ては、眼前の、鎧を着る「大鬼」が持っていた「大包丁」の手による所業だった。

 それは正しくつい先刻まで日本人の娘と、穏やかにも諭すように会話を重ねていた北条弾正その人が、鉄獄に至って変容した姿である。

 元よりアングウィルの姿でも二メートルを超えていた肉体の丈は、さらに異形と言える域の倍近くに膨れ上がっている。着こなしていたまだらな意匠の東洋甲冑もそれにあわせるかのように、さらに肉厚と化し、金属でありながらまるで生きて蠢いているかに見える。

 何よりも、その頭部を囲った大兜──先ほどアングウィルでは多少の豪奢さを除けば、変哲もなかったそれには、今や死神〈チャードロス〉を思わせる恐ろしき闇の面頬が付け足され、その闇は口元に歪んだ笑みを確かに漂わせていた。

 いまだ額部に掲げられた『三ツ鱗紋』の内に『混沌の八矢』を施した大きな黄金の前立て。ただそれが、この大鬼が北条弾正その人であることを確かに物語っている。

「おうおう、いかがした毛唐共?偉大なる使命を果たすと嘯きながら、この鬼めに食らわれるためにこの鉄獄に赴いたのか?」

 かくなる容貌の「大鬼」に、既に同志らの大半を肉塊に替えられたとあっては、そんな嘲笑交じりの口上を、いかに彼らの言語に近しく告げても、届くはずもない。

 ラゴロナ聖戦会───否、最早そう呼べるだけの信仰も、使命も、それに根差した「物語」そのものも、死という実存を前に失った烏合の衆。彼らは各々に個性豊かな醜態を晒してのたうち回り、北条弾正の無頼的嗜虐心を楽しませるばかりとなっていた。

 ただ一人、いやただ一柱、彼らを鉄獄への進撃前に「導いた」天使。唯一二対四翼に三面の顔を持った最も強大な者だけが、その神聖なはずの三つの尊顔に強い皺を寄せ、北条弾正をねめつけていた。

 その体格は北条弾正とほぼ同じ。

 彼の数度の斬撃を全てかわしたか、無傷である。

 唾棄せんばかりの怒りのこもった念の声が弾正の脳裏に響く。

「……悍ましき〈烙印者〉にして〈チャードロス〉の走狗めが」

 暗黒の面頬から、溜息が一つ洩れた。

「それは的外れだな。儂はその罵りだけで済むほど、単純な動機でこの鉄獄に潜っておるわけではない」

 北条弾正は「大包丁」──太郎太刀の刃を籠手でなぞりながら、侮蔑の念を送り返した。

「だが、貴様らの如きはどうだ?『美しい物語』とやらのために、記録に残さぬ血と屍を、飽きもせずどれほど多元宇宙にばら撒けば気が済む?」

 面頬の奥で、心底に嗤う。

「のう『マイア』の小童。唯一神気取りの『イルーヴァタール』に、ふぐりを晒して這い回る駄犬どもめが」

 三顔の天使の三つの口から霊的な咆哮が放たれた。それは神聖かつ純粋なる怒りとも、偏執的な狂人のヒステリックな喚きとも、どちらともいかように取れるが、確かに霊力は籠っていた。

 北条弾正は太郎太刀を八相に構え直す中の合気で、無難にいなした。

 続いて、三顔の天使のその手から閃光が放たれる。

 その光はただの光でなく、神聖──というわけでもなく、生命あるものならば善悪問わず朽ち果てさせる──つまるところ科学的に言えば可視光線からガンマ線までのスペクトルが混じった、純粋な殺傷力であった。北条弾正の甲冑を粒子にして波形として貫通し、損傷を与え得るそれは、しかし彼の冥府魔道に至った生命力を根底から奪うにはまだ足りなかった。

 被爆の痛手は確かにあれど恐れることなく、北条弾正は八相の構えのまま突撃を敢行した。

 三十メートルの間合いを瞬時に詰め、五メートル──己が最も得意とする間合いへ。

 そのまま袈裟懸けに振り下ろした斬撃が、三顔の天使の肩口を裂き、四枚の翼のうち一枚を光の混じった血飛沫と共に傷つける。

 三顔の天使は身躱しをすることなく、ただ霊力でのみ斥力を発して北条弾正の一撃を妨げようとしていた。

 己が主より与えられた神威の前には傷をつけること能わず……となることなく、ある程度跳ねのけられつつも有効打が天使の肩に打ち下ろされたのだ。

 北条弾正の「大包丁」の一撃、ただ魔性で強化した膂力のみで威力を成していたのではなかったことを、見誤ったのである。

(邪の手妻めが!)

 そう念話で罵る三顔の天使に対して、北条弾正は嗤いながら己が刀に念で呼びかけた。

(だとよお。何か言ってやってはどうだ、太郎太刀)

(とは申しましてもな。この手の輩、私めが大社で神体をやっておった経験を語ったところで結局は邪教、としか吐き捨てますまい)

 ひとまずの応酬は北条弾正が優勢、しかし与えた一撃も、三顔の天使に対する致命にはいまだ足りない。

 そのまま勢いに任せ、整えた間合いから返す太郎太刀の斬り上げ。しかし、今度のそれは、先ほどの柔らかな斥力とはうって変わり、鋼に阻まれたかのような音響と共に食い止められた。

 北条弾正は心中に舌を打つ。「流石にそこまで間抜けではないな」と。

 三顔の天使の霊力は、先ほどより一層に強靭な、球状の、まさに目には光の偏向に映るほど確かな形を取って防壁を成していた。

 この手を打たれると、確かに攻めを続かせる術が、しばらくなのだが、ない。

 北条弾正は三顔の天使から何らかの至近の反撃を受ける前に、防壁そのものを強く足裏に蹴ると、一転間合いを取り直して様子を伺った。

 三顔の天使は三つの顔に全く同じような恍惚の笑みを浮かべ、大手を掲げる。その陶酔めいた振る舞いのまま、先ほどの光線を北条弾正に目掛けて浴びせんとする。

 今度の彼はその挙動を読み取り、あらかじめ回避の形を取った。大洞穴の随所にある凹凸の一つに身を隠し、殺傷力を緩衝させる。

(結局馬鹿面の得意満面の様子だな、この手合いには何ともありがちな)

(しかり、主が何故己の一党を襲ったか──それは分かっておらぬ有様で)

 己が刀と心中に応じあった後、北条弾正は、懐から護符の一つを取り出すと、一つ念じて燃やした。その身はぶれるように薄まると立ち消えた。

 転移の術を用いたな、とその様子を把握した三顔の天使は、敵は臆したのだと勝利を確信した。

 だが、確信は、すぐに大洞穴の方々で響き始めた阿鼻叫喚の声で打ち消される。

 敵は、「大鬼」は、怯えて逃げたのではない。ただ、殺戮の順番を変えたに過ぎなかった。

 ラゴロナ聖戦会と名乗っていた生贄たちを、先に一人余さず殺しつくそうという順番に。

 三顔の天使は、知っていたはずの事に今になって思い至った。

 自ら「悍ましき〈烙印者〉」と罵ったこの「大鬼」が、いかなる存在であるのかを。

 奴はただ、捕食するために襲ったのだ。

〈烙印者〉は殺戮をそのものをもってあらゆる被造物の本質を喰らう。そうして無辺に力を高めてゆく。

 それを果たせる存在に、たまたまラゴロナ聖戦会に遭遇したから喰らい襲った。これはただの禽獣と同じ行為である。

 腹を満たす。それさえ果たされるのならば、殺めようとするのは三顔の天使自身でなくてもよい。

 あるいは──処するに面倒な三顔の天使だけを喰い残して、美味しいものだけ食らい尽くしてしまえと考えを改めたとも考えられる。

 そして、それをやられては、三顔の天使にとって全く始末の悪いことになる。

 己が「導いた」ラゴロナ聖戦会はすでに壊滅の水準をゆうに超えている。それだけでも天使の主、イルーヴァタールからの気まぐれな勘気の要因になり得るというのに。

 ましてや己だけ半端な手傷を追いつつ、生き残ったと聞いては、罰が下されるのは必定となるだろう。

 かの主が常に己の好まざる者に「堕落者」の烙印を押し、様々な運命的呪いを浴びせて、真綿で首を絞めるように罰すること好む様を、常に横から見てきた彼は戦慄した。

 駄目だ。この臓物と流血に塗れた惨劇の光景を、どうにか「美しい物語」に、「美談」に落とし込まねば。

 『ラゴロナ聖戦会は、まさに冥王モルゴスのいる悪の要塞、鉄獄に潜り込み、邪悪を断つ大義への一助を成そうとした。だが、なんたること、悍ましい〈チャードロス〉の巨悪なる手先の犠牲になった。されど己こそがその仇を討ち滅ぼし──』云々。

 おおよそそのように、帳尻を合わせなければならない。

 三顔の天使はまず、防壁を解いた。

 元より格上に対しても多くの場合有効であるが、悠長に長く張っていればそれだけ消耗の激しい術だ。

 奴が、ラゴロナ聖戦会の生き残りを、食らい尽くそうと狙っているのなら、悍ましいと同時にそれは好機だ。

 獲物をついばんでいる時こそ、禽獣が最も隙を見せる時なのだから。

 守りこそ成せども、攻め手に欠ける今の三顔の天使にとっても奴の首を狙えるいくつかの隙が、今確かにあるはずである。

「我らが友よ、お助けを!……なぜこうなるのです!?」

 死を待つばかりの同志──己が扇動した定命の者が、己の身にすがろうとする。

 「大鬼」の横薙ぎの一閃の折に両の上腿を切断され、血と糞尿を垂れ流す地虫となりはてた、善良なものに相応しくない。「醜い」「悪しき」有様だ。

 三顔の天使は、無言のまま顧みない。それを押し飛ばしながら傷ついた羽で大洞穴の中を飛んだ。それを、全く「美しい物語」の対極にある有様を記憶にも留めたくはない。

 そう遠くない場所で追撃を繰り返しているであろう「大鬼」を追って討って、「美しく」仕立て上げねば。

 北条弾正が逃げ惑う生き残り達を追って殺し、三顔の天使がそれを追う。

 奇妙な構図が成立していた最中。

 それは各自の耳に、遠くから聞こえてきた。

 ただ、意識を向けられるほどの余裕を持っていたのは、北条弾正と三顔の天使のみ。意味までも解釈できるほどの言語的前提を持っていたのは、北条弾正のみでだった。

「線路のスリルこそ僕らの人生の幸せ、いつだって焦りは破滅をもたらす───」

 それは英語──にしては、北条弾正が己の歴史上で聞きなれたものと比べて、方言のように崩れていた。

 そして何より、機械音の入り混じったような声色がなんとも薄気味悪い「歌」であった。

 余りにも大音響でかつ、ひどい金属の擦れる騒音も交えてかなりの遠くから、大洞穴の随所を経由したエコーを重ねて響いて来る。

 三顔の天使の下にもまた、その音が響く。

 聞いて心底に苛立った。

 意味はまるで理解できないが、なんと醜悪な音か。あの醜い「大鬼」に飽き足らず、この鉄獄には、まだ階層にはさらに悍ましいものが蔓延っているのか?

 懲らさねばならない。矯正せねばならない。

 怒りが、三顔の天使を飛翔を加速させた。まずはあの「大鬼」を滅ぼしてから、この遠くに聞こえる醜悪なものも滅してくれる。

 そう判断した中、彼は気づかなかった。

 ───その新たな醜悪なものが、明白に己に悪意を向けていたことを。

「己が賢明と思っていても、そう思い込んでいるだけ。遅かれ早かれ僕らはそれを思い知るんだ───」

 中空を高速で飛んでいた三顔の天使の側面に、巨大な「顔面」が途方もない質量と共にぶつかってきた。

 それは鉄獄の大空洞を、実に時速二百キロメートルを超える速度で疾駆し、地面の凹凸の大きな一つを巧みに射出台として、飛び跳ねて正確に正面衝突を成したのだ。

「君が一番もよらない時に、事故は起こすんだ。人生がオーライだと思っている時に、運命がやってくる───」

 防壁を張る暇などあろうはずもなかった。ただ三顔の天使の超常をしのいだ奇襲が、彼を叩きのめした。

 定命の者の肉体ならば、とうに血肉の形すら残らなくなる何かになるほどの重量と速度の衝突。だが、皮肉にも三顔の天使の半神秘の肉体は苦痛と共にその原型を留める程度の強度を持っていた。

 彼の肉体は衝突の角度の絶妙な偶然か、まず大空洞の天井にぶつかり、反射してさらに別の側壁にぶつかり、さらに反射してを繰り返して衝突すること五度。

 最後には四翼の羽はほとんど千切り取られ、四肢と首の骨を全てあらぬ方向に曲げた状態で、地面にべたりと叩き落された。

 三顔の天使は全身の痛みに思考を阻まれながら、己の身に何が起きたのかを、理解しようとしていた。

「みんな得意げになっている時に、事故は起こす。君が自分のやることに集中しないからこうなるんだよ───ちょうどこんなふうに、事故は『起こす』」

 

 三顔の天使は理解した。衝突した巨大な「顔面」の正体を。

 そして狂った。

 そのあまりの醜さと、その醜き者に今まさに打ちのめされながら、己が滅ぼされることを確信してしまった、その絶望に。

 機械だ。狂ったような笑顔をした。黒鉄の身を不快な原色の塗料に包み、さらに犠牲者の血肉をこびりつかせている機械。

 それらは一体だけでなかった。少なくとももう二体が、並んで競うように、鎬を削りあって地に付した彼へと突進してくる。

 結末は、轢殺。

 三顔の天使は滅びた。

 それら顔面を持った狂った機械が脚に持つ奇妙な車輪が、彼の鉄獄に今在る肉体だけでなく、霊的本質すらも引き裂いたのだ。

 悲鳴は汽笛に混じり、嘲笑のような金属音に掻き消された。

 

───────────────────────

 

(どう思う、太郎太刀)

(ああ、やはり、と。まずはそういう嘆息の念です)

 北条弾正は、先の一幕から壁をいくつか隔てた、約三百メートル先の穴ぐらの一つに潜り込んでいた。

 そしてそこに逃げ込んだ残り少ない生き残りの首をまた一つ、意にも留めることなく刎ね飛ばし、〈烙印者〉としての小さな糧にしている最中だった。

 そんな彼は、超常の知覚で、様々な要素を感知し、以下のように状況を結論付けた──

 「強大な質量を持った機械」複数が、実に悪意に満ちた挑発的な歌を歌いながら、大空洞とはいえ隘路も顧みないほどの高速な突進を行い、まだ余裕綽綽だったはずの三顔の天使を霊的にも速やかに滅ぼしてしまった、と。

 ここしばらく、近しい位相を共にさ迷っている〈烙印者〉としての同胞、羽津朱音に絶望的死を体験させた存在と、この下手人たちはまるで符号が一致している。

(どうやら、すがすがしいまでの予定調和的遭遇を果たすことになったようだ。本当に笑うしかあるまいて)

(それで、やるのですか?)

(無論、この鉄獄に来たのだ。狩るしかあるまい。今の段階の儂ならば、さて『八分二分』ほどかな?)

(概ねご算用の通りかと)

 軽口で念話しつつも、北条弾正は呪物のいくつか──ロッドや魔法棒の数々で、可能な限り緻密な索敵と地形の把握を念押しにしながら、そう太郎太刀に判断を述べていた。

 「強大な質量を持った機械」───もはや九割九分、朱音の述べていた殺戮人面機関車であろう存在の数は三つ。そしてそれを統べると思われる、控えめに言って奇妙な精神の持ち主らしき感応があと一つ。

 少なくとも全くの別の時空からの「召喚」の手段を持っていない限り、対峙すべき数はそれだけにとどまる。

 そして、今の北条弾正は、既に万の生命を喰らいその戦力となるもの一切を強奪し〈烙印者〉として成長してきた。

 蛮族の大群の素っ首をまとめて撥ね上げて迷宮の通路に並べるほどに。

 人畜を奴隷か餌としか見ぬ暴君のごとき竜を逆に引き裂いて、その牙と角を飾り立てるほどに。

 見るだけでただ絶望するような巨獣の血肉を肴に酒を飲むほどに。

 そして、多元宇宙にはびこる『宇宙的恐怖』にもある程度抗えるほどの術を持つほどに。

 では、此度の敵はいかにすれば殺戮し得るのか。その算段を黙然と立てる中で──────聞こえてきたのは、奇妙な誘いの声だった。

「ヘイ!誰なのかな?僕らの縄張りを荒らしに来たいけない子は?」

 子供番組の司会者めいた明るさを帯びながらも、金属が軋むようなノイズを混ぜ、耳の奥を逆撫でするような、そんな声。

 北条弾正は思念の内で、おのが愛刀、太郎太刀と憮然と顔を見合わせた。

「まあ、この鉄獄じゃありがちなことなんだろうけど、ちょっとお小言も言いたいね!僕らの言葉が理解できるならおいで!ちょっと話でもしようじゃないか!?」

 

 

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