ヴィーヤウトゥムノ伯国鉄獄覚書   作:松永闇斎

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本投稿は Roguelike Advent Calendar 2025 の12日目の記事としてアップしました。

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じこはおこすさ ~戦慄!ケイオティック・デス・サムライ VS 殺戮人面機関車軍団~(2)

 北条弾正は意志ある愛刀に念で問うた。

(のう、太郎太刀。お主の意見を聞きたい)

(はい、なんでしょう我が主)

(あの何とも朗らかで友好的な文句、ひょっとすると儂はこれ以上面倒を被ることなく、今ある収穫だけを持ってこの鉄獄から抜け出せる気がやんわりとしたのだが、これは迷妄だろうかな?)

(逆に、三つ問わせていただきたいと思います)

(何だ?)

(一つ。我々がしかと感知した、彼らの呵責なき奇襲の一部始終の何処からその根拠が見いだせましたか?二つ。我が主のつい先ほどまで行っている所業の何処に、八幡大菩薩や〈チャードロス〉を含めたいかなる神仏悪鬼が許す謂われがございましょうか?三つ。そも、この鉄獄の何処にかくに仰るような救いの余地があるのでしょうか?)

(全く、一挙に三本取られたわ。お主の言う通りよ)

 己が星兜の前立てを指でなぞりながら、弾正は破顔して言った。

「やれ、ここは観念して話に乗ってみるとしようかの」

 少なくとも、あの三顔の天使よりは、遥かに狂っており、それでいてある意味で話の通じる相手であるという確信はあった。

 ならば、疎通を図ることで却って勝利や受益の算段が、あるいは好奇をそそる何かが得られるかも知れない。

 北条弾正は、先ほど取った首を無造作に放り投げ、その首の主が胴に持っていた霊薬──唯一、北条弾正にとって有益になりそうな希少品を剥ぎ取り懐に収めると、ゆるりと呼びかけの声の方角へ──先ほど三顔の天使と相まみえた大空洞へと歩みを進めた。

 道中、ラゴロナ聖戦会の生き残り、最早その数も十を切り、あらゆる体液を垂れ流しながら、ただただ動くことも出来ず怯え竦む二、三名をその体格の重量に任せて踏み殺しつつ。

 太郎太刀は一旦、抜き身のまま懐の「影」に収める。

 再び大空洞の入り口に入ると、はたしてそれらは待っていた。

 〈烙印者〉の同志、羽津朱音が、狂乱しつつ証言したそれ───まさに人面蒸気機関車としか呼びようのない異形にして巨大な絡繰りが三機。そして───

「オー、サムライ?君はひょっとして『ヤプー』のサムライなのかい!?」

 一機の上に、泰然とした態度で立つ「統率者」と思しき人影が、やはり北条弾正の聞き知ったそれを基準に見ると、極めてブロークンな英語で問いかけてくる。

 「ヤプー」がどうにも肯定的な意味に聞こえないものの、まずは礼を取りつつ挨拶くらいはしてやろうと、その姿を見た瞬間。

 北条弾正は、挨拶の声を出すより前に、不意に苦笑を漏らしてしまった。

 大まかに見れば、その服装は、かの大英帝国の黄金期、ヴィクトリア朝時代の中産階級紳士が着こなしていた正装を思わせた。

 特にかさの高いシルクハットが目に付く。

 しかし、それと思って細々とみれば直ちに猛烈な違和感に見舞われる。

 まず黒いコートはまだそこまで外れていないのだが、その内に着こなしているのは繋ぎの作業衣。もっと身分の低い工場作業員が現場で着ているようなそれそのものだ。

 当時の紳士が外出の折に常に持ち歩いていたというステッキは?──代わりに巨大な工具、レンチかバールか何かを思わせるものが代用されている。

 何より、ヴィクトリア朝と仮定するならば、その前時代よりも実直さを旨とするはずの紳士の意匠は、あまりに装飾過多だった。

 もっとも、その装飾は宝石でもなく、歯車や螺子、血錆びた工具の数々である。見る者にまっとうな畏敬をもたらすものでは、やはりない。

(いやあ見ろよ、太郎太刀。なんつうあべこべぶりだ。あれは)

 太郎太刀は、己の主の、平安鎌倉室町戦国、唐代明代までが混じる意匠を確認しながら、答える。

(主よ、あなたも坂東鎌倉武者の生まれを自称するのならば、もう少し鏡を見て繕いなおすべきと思いますが)

「ああ、すまぬなあ。紳士殿。ヤプーとやらは知らんが、儂は確かにサムライよ。仕える都は『東焉京』、その主上より栄典を賜りし殿上人、名を佐村北条太郎弾正大弼平朝臣秀順と申す。以後見知りおかれよ」

「サムラ・ホージョ……タロ、タル……?」

「ああ……そうだな。まずはダンジョーで結構だ。貴殿の名は?」

「オーライ、ダンジョー!」

 人影は笑みを大きく広げ、シルクハットを掲げた。瞬きをしない双眸が、妙に澄みきったガラス玉のように光る。

「僕はスティーブン十世・アルバート・キルデイン・トップハムハット!大英帝国の『七海摂政』トップハムハット公の正しき直系にして『尖兵』さ!どうぞ気軽にスティーブンとだけで呼んでくれたまえよ!」

 スティーブンはひどく誇らしげに出自を語った。その誇りは恐らく、北条弾正が東焉京の殿上人、弾正大弼の職を強調したのと同じように、彼にとってかけがえないのだろう。

「続けて僕の素晴らしい仲間たちを紹介しよう。まずはルイスだ!」

 スティーブンは北条弾正から見て左の殺戮人面機関車に、手をかざした。

 先ほどの感知の限りでは、最初に三顔の天使に側面から衝突を放った個体であった。

 三両の中では最も小さいテンホイラー。しかし、車高は体格四メートルを超える今の北条弾正よりもう一回り大きいか。

 真っ赤な塗装にどす黒い返り血や臓物をこびりつかせて、満面の笑顔を向けて、警笛と共に挨拶をかけてきた。

「よろしくな!サムライ!」

 続けてスティーブンは右側に手をかざす。

「こちらはボリスだ!私が『尖兵』を務めて以来の古参だよ!」

 右側は青を基調にした塗装に、刺々しいラッセルが目を引く。正面の顔は実際に古参のためのなのか、他の三両より確かに老けて、かつこびりつく血錆が濃かった。

 蒸気を噴出しながら「ほっほっほ」とボリスは笑う。

「そしてこれが、ロナウド!僕の今のところの最高傑作さ!」

 真ん中でスティーブンが仁王立ちする個体は、明らかに北条弾正の見知っている鉄道線路の規格を逸脱した幅と全高を持っていた。

 半ば流麗、半ば装飾過多で悪趣味な金装飾を全体にまとい、王者の風格を感じるようなアルカイックスマイルの顔をしたまま、北条弾正を見つめる。

 このロナウドとボリスとやらが、そろって三顔の天使を轢殺で絶命せしめたのだった。

「承知した、どうぞよろしく、スティーブン。ルイス、ボリス、そしてロナウド」

 三両いずれも呪術的なゴーレムに近い性質を持つか、と彼らを値踏みしながら、北条弾正は続けた。

「それでだ。貴公らの呼びかけに応じてこうして姿を現した訳であるが。儂は知らずの内に貴公らの縄張りとやらを荒らしてしまったそうだな」

「うむ、その通りだ。先に述べた通り、それを訴えたくて君へ呼びかけたのさ」

「それについて聞かせてはくれまいか?生憎このサムライには、その貴公らの事情というものが皆目分からぬ。何分この鉄獄は今や多元宇宙広くを見ても有数の無法地帯というものじゃ。強いて地権があるというのならば、時空に歪む以前の主であった彼の冥王、メルコールその者を除いてはおらぬと思っておったのだが?」

 諸手を広げつつ、スティーブンは答えた。

「んー?違う違う。この土地の所有権ではないね。これは狩猟権の問題なんだよ」

 スティーブンの大仰な手ぶりに乗るように、北条弾正は理解したと、手を叩いて言った。

「ああ、成程。つまり、貴公の言う儂が侵害した権利というものとは、この場、鉄獄の大洞穴の一つに立ち入ったことではなく……」

 北条弾正は目線を横に向ける。

「そこなズタズタのぼろ雑巾と、それが率いていた郎党共を狩る権利であったということか」

 目線の先にかつて三顔の天使だったもの──今は神性も破砕された抜け殻。カサカサの塩に塗れ、粉砕骨折したミイラと化しているものが転がっていた。

「その通りだよ。ついでに言うと、これは僕にとって『権利』と同時に『義務』でもあるものなのだ。だから、全く無粋なことをしてくれたね。まあ、肝心の最も大きな獲物は僕らで仕留めたが、これじゃ『得点』は半減だよ」

 率直な疑問を抱き、北条弾正は尋ねた。

 スティーブンの言った『得点』よりも、まず彼が殺戮人面機関車で行った所業そのものに。

「待たれよ、スティーブン。貴公……先ほど大英帝国の栄えある貴族の子弟であると名乗ったな?」

「うむ、偉大なるトップハムハットの直系だぞ!」

 スティーブンは両手の親指を立てながら、改めて誇らしげに出自を名乗り上げる。

「となれば、クリスチャンであるはずよな?……まああれは少々性質が異なるのだが、一応にも広義には天使であったのだぞ。貴公にとっては、それが狩りの対象なのか?イギリス国教会も、カソリック程でないにせよ、天使は畏敬の対象ではなかったのか?」

 北条弾正の問いに一転、スティーブンは真顔で不思議そうに、かつ不審げに首をかしげて言う。

「クリスチャンだとも!だが、イギリス国教会?何百年前の話かな?ましてやカソリック?大昔に根絶やしにしたクソくだらない異端共じゃないか。聞くだに耳障りだね」

 北条弾正も同じく首を傾げつつも、何か察するところがあって、天使だった残骸を指さしながらさらに問うた。

「では、貴殿らにとってあの残骸は何に映った?」

「あんなものを天使と呼ぶのか……君には大昔にスペイン野郎にでも布教された、カソリックの匂いが染みついてるのかい、ヤプー?あんな醜悪な姿が天使であるはずがない。天使とは──」

 スティーブンは胸を張った。同時に三両の人面機関車たちが汽笛で旋律を響かせた。

「より強大な動力を備え、美しい煙と炎をまとって現れるものだ。我らを導くものは、御姿もまた『蒸気』と『機関』であるに決まっている!」

 その自信に溢れる主張は、しかしどうにもスティーブン個人の妄言狂言の類に感じられなかった。これはどうにも彼の背後に確固たる社会性のある信仰であるらしい。

 困惑と好奇心に駆られた北条弾正は、言葉を選びつつ問うた。

「いや、参った。どうにもごもっともらしい。儂は確かに伴天連の信仰にしか詳しくない上に、それにはどうにも昔から理解も共感もわかなくてな。是非貴殿らの真の信仰の名を教えてはくれまいか?」

 その阿りはしっかりと聞いたらしい、再び胸を張って、スティーブンは答えた。

「無論、ワット進新教会だ!かくあれかし!」

 彼は真上に両腕を伸ばした。それと共に三つの殺戮機関車たちが蒸気を振りまき汽笛を鳴らした。

「ワット進新教会……あの、蒸気機関の発明者のワットか?」

「そうとも!聖ワットは仰せになられた──『圧力は多々、益々弁ず!』」

 スティーブンは空に向けて両腕を掲げ、声を張り上げた。

 呼応するように殺戮機関車たちがさらに高めの汽笛を鳴らし、白煙の蒸気を四方に吹き上げる。

「即ち、天の摂理とは蒸気の膨張にして弁の解放!我らはそれに従い、圧力を制し、弁を操る者こそ神の代理人なのだ!」

 陰に隠れた太郎太刀から念の声が届く。

(まだ長々と話をする気満々の様子ですが……どこかで彼らの不意を撃つのですか?)

(いや、どうにも笑えるほど狂った世界について、本人が嬉々として話してくれるんだ。何ならお互いに満足するまで聞いてやろうじゃないか)

 スティーブンはなおも胸を張り、得意げに続けた。 

 多くの修辞や、身振り手振りを交えた、スティーブンの語り口は、簡潔にまとめてようとしても実に長く、北条弾正にとっての未知を既知として語るものも多く、理解にも時間を要した。

 結論を先に言えば、彼が来たりし世界は、北条弾正既知の歴史とは全く異なる道を選んだ二十三世紀の地球であった。

 そして至った道は──まさに「スチームパンク」──

 

────────

 

 具体的に分岐し、道程を異にしたのは十八世紀初頭のイギリス、産業革命期前。

 スティーブンの世界の過去の蒸気機関が何らかの神智学と結びつき、一挙にオーバーテクノロジーと化したのが根源たる原因であった。

 北条弾正の知る限りの各種蒸気機関の発明家たちは、スティーブンの世界では同時にこぞって熱烈な神学オカルティストでもあり、分けても北条弾正の世界でも有名なジェームズ・ワットは先に述べた「進新教会」なる組織を設立。当時栄華を誇った大英帝国内の、一時は紛糾と内乱の原因となったという。

 だが、国家にとっても垂涎のオーバーテクノロジーはほどなくして、国家そのものをねじ伏せた。

 西欧の植民地競争において、圧倒的兵站能力と破壊をもたらした神智学的蒸気機関の担い手たちは、必然として大英帝国内で強大な発言権を得たのだ。

 当時の英王室すらやがて屈服して国教会を捨て、彼らのオカルティズムを正式な国教にせざるを得なくなった。

 大英帝国が「ワット進新教会」の下にまとまってからは、全く早い話であったようだ。

 他の欧米諸国も、その手に伸ばしていた植民地も、大陸も海洋も十九世紀末から二十世紀の前半までの間にことごとく大英帝国の掌中に収まった。

 スティーブンの誇る一族の名を冠した祖先、トップハムハット卿の生み出した「人面機関車」──それが戦車や戦艦をはるかに超える殺戮兵器となって、大英帝国の敵を全て轢き殺したことで。

 

────────

 

「これこそが、我々こそが、人類の至高の発明!神が蒸気の摂理を通じて我らに授けた奇跡なのだ!」

 スティーブンは胸を叩き、三両の人面機関車たちはまたも誇らしげに汽笛を鳴らした。

「なるほど、かくして、貴殿の一族トップハムハットが代々『七海摂政』の名を帯び、数世紀にわたり大英帝国は世界を統一し続けてきたというわけか……」

「その通り!いかがかな、ダンジョー!?偉大なる祖先の業績を誇るべき理由、異界のサムライたる君にもよく分かってもらえたはずだ!」

 北条弾正は最早、驚きと呆れを包み隠さず、乾いた笑みを浮かべて答えた。

「いやあ、よう分かった。分かったとも。そこまで歴史を違えれば、こうもなるわな……」

 首を振りながら、拍手をする。

「しかし、まあなんだ。もう一つ聞かせてはくれまいか」

「うむ、何かね?」

「貴公、ここまでの話の間に、儂のことをサムライやダンジョーと呼ぶだけでなく『ヤプー』とも呼んでおったな。察する語感からして、あまり好ましい、少なくとも敬意をこちらに払ってくれている言葉とは思えぬとみたが、さていかがかな?」

「ああ、それはね、すまないすまない。確かに君の察する通りさ」

 スティーブンは、半ば悪びれず、半ばばつの悪そうに言った。

「僕たちトップハムハット一族は祖父の代で並行世界転移装置たる『MOD』を発明して以来、こうしてこの鉄獄を含めて、様々な世界を見てきたよ」

 大げさながら、いかにも悔しそうに眉間にしわを寄せる。

「観測する限りでは、どうやら僕たちの絶対的栄華は──僕たちたどった大英帝国こそがむしろ並行宇宙の地球の中では異例の事、極めて稀らしいじゃないか」

 実に嘆かわしそうに肩をすくめる。

「大半の地球の歴史においては、我らが大英帝国は多かれ少なかれ世界の盟主としての地位を失い、何とも味気ない衰退を果たしているとか。『MOD』の副産物で、まかり間違って『ヤプー』や『ニグー』に覇権を握られた地球史すら観測した時には、僕らは吐くほどに戦慄したよ」

 今までの高揚とした調子から、随分と冷ややかにスティーブンは問うた。

 その目は鋭く細められ、弾正を射抜く。

「なあ、君の生まれの世界もまた、その一つではないのか?異界のサムライ、ダンジョー。君が威風堂々、神智学的力の数々を振るっていることはその証だろう。君の世界のヤプー……いや日本人は、我々の大英帝国のように栄えているのではないのか?」

 北条弾正は、鼻で笑った。嘲笑うよりは、安心しろと諭す意味合いで。

「吐き気を催す心配はせずともよいぞ」

 星兜の奥の瞳が、ほんの僅かに皮肉げに細められる。

「儂が恐れ多くも官職を賜っている並行世界の日本は──『東焉京』は、少なくとも貴公の思うような『ヤプー』が繁栄はしておらんよ。むしろ悩みの種は尽きることなく崖っぷちと言ったところだ。儂がこうして鉄獄を彷徨っておるのも、その打開になるものはないかと見物し、品定めすることが、まあ一つとしてあるのじゃ」

「ほう、本当にそうなのかい?ダンジョー」

「うむ。むしろ、儂の方がさらにもう一つ聞きたいところよの。貴公の大英帝国はそんな絶対的な繁栄を一つの世界で既に成し遂げておるというのに。貴公らはなぜそれに飽き足らず、こうして出張ってくるのかね?」

 スティーブンは殺戮蒸気機関車の上で、大仰に体を傾け、驚き呆れるような仕草を見せた。今さら何を言っているのだ?そう身振りでそう訴えるように。

「んんん!?分からないのかね、ダンジョー!?自分たちの奉る神と忠を尽くすべき国家の通りでない、あまりにも吐き気を感じるような世界が無数にある。つまりそれは、それだけで破壊と、征服に値するじゃないか!?君たちのようなサムライとて、むしろサムライだからこそ!そう感じたことはないのかね!?」

「いやあ、楽しかったぞ。もう十分じゃな」

 北条弾正は、はっきりと嗤った。

「そいつはどこまでも理解できんよ、スティーブン。儂は『尊皇』ではあるんだが、一方で『八紘為宇』と国家ごと外征にまで出るには首肯しかねる性質でな。身内でそれだから、ましてやアンタら毛唐白人様の『明白なる天命』って高慢には、何なら今から千発は拳でもくれてやりたい所じゃ」

 完全な挑発の一言。しかし北条弾正の意図に反して、スティーブンの様子は怒りよりも、冷ややかな失望に近いものがあるように見えた。

「どうしたのだ?君はさっき自らの属する都のために働いていると言ったはずだが?」

「それも自発としてあるとも。だが、こうして鉄獄を潜るのは、あくまで私事。我が『東焉京』から余禄ももらっていなければ、何か都の利になるものを手に入れたとして、それを自己の善意で奉る意図はあっても、義務はある訳でもないな」

「では主君のためでも国家のためでもないのに、君は鉄獄でなぜ殺す」

「殺しそのもののためじゃ。むしろそれに都の名やら大義やらを振るのは無粋じゃよ」

 スティーブンの操る三つの蒸気機関の放つ排気が、いよいよの失望を表現していた。

「君がたとえ『ヤプー』の血統であろうとも、国家に全身全霊の忠を尽くしているという『人間』なら、私の狩猟の権利にして義務を邪魔したことに何かの情状酌量を与えようと思っていたのだがね」

「そりゃありがたいのう。儂も十分、毛唐の見事なキチガイの論理を楽しませてもらったよ。理由をつけて殺すのがそれほど上等かね?」

 そこで言葉の応酬は唐突に途絶えた。ほぼ同時に互いが、目を大きく見開きねめつけあう。

 いつしか物言わぬ人面殺戮機関車の顔からも、あの異様な笑みが消えて、無表情に六つの瞳で北条弾正を見つめていた。

 一拍、二拍、三拍────沈黙のまま、時は流れた。

 その間、北条弾正とスティーブンは互いに臨戦の度合いを高めていることを察していた。

 北条弾正は、スティーブン自身と人面殺戮機関車三両が、その内部構造を、騒々しい音の中であからさまに急激に置換していることを。

 スティーブンは、神智学的エネルギー──北条弾正自身は「合気」と呼んでいるものをその下腹部──「丹田」にため込み、局地的ワームホール──影の内に大きな刃──『太郎太刀』を抜き身のまま構えつつあることに。

 四拍、そして五拍目。

 先手を取ったのは、スティーブンの率いる人面機関車の側。

 彼らの機関部側面が三両とも一斉にその無数の扉を開き、飛び出したは無数の機関砲、大砲、そしてレーザー砲。

 硝煙と爆音、空気を切り裂く光条、石壁を砕く衝撃波──三両の息の合った移動を伴った、十字砲火による飽和攻撃。

 スティーブンはそれを第一の勝機と読んでいた。

 対する北条弾正は、合気を可能な限り溜め込むことに集中し、後の先を取った。

 大量の砲口が彼に向けられ、火を噴く直前まで、その力をより強力な悪鬼の相を得るために注ぐ。

 チャードロスの言祝ぎを受けた肉体は、先にラゴロナ聖戦会の一同を喰らった時よりも甲冑と共にさらに膨れ上がり、その顔にはさらなる悍ましい死神の相が宿る。

 影から取り出した太郎太刀の白刃を輝かせながら、北条弾正は面制圧の砲火に対し──前のめりした。

 低く、ひたすらに低く──大洞穴の凹凸のいくつかが、砲火に対する壁となり、そもそもその弾幕が最も薄い先へ。

 機関砲の弾のほどんどは、悪鬼の装甲に弾かれ、跳弾するばかり。

 唯一直径五インチの鉛の砲弾二発だけが、北条弾正の低く沈んだ腰部にそれぞれ着実に叩き込まれたが、その動きを一時のみわずかに鈍らせたに留まった。

 北条弾正の極限まで低い横薙ぎの一閃が狙ったのは──人面機関車の一つ、ルイスの車輪部。

 ルイスとロナウドの間を搔い潜った動きは、砲火の同士討ちに陥るためにスティーブンたちは追いきれない。

 ルイスが持つ十の車輪は一挙に両断された。

 機関車正面に浮かんだルイスの顔は、まるで人間と同じように苦痛に歪み、そしてすぐに哄笑に変わった。

「幸運の女神の意図で、時折に君は滑って転ぶだろう───」

 ルイスの口からそのような歌が聞こえた。

 低く這う北条弾正の上に影、そして質量が降り落ちる。

 落ちてきたのは、人間の素足そのままを象った。鋳鉄の脚。

「ははっ」

 スティーブンは笑いの息を吐きながら、北条弾正の姿をロナウドの上から見下ろした。彼の値踏みした第二の勝機がもたらされた。

 間尺としては地を這う大蜥蜴を踏みしだいたかのように、ルイスの足は北条弾正の背を強かに打った。

 事実、彼は叩き伏せられ、形容した通り蜥蜴のように手足を伸ばした状態で地面に張り付けられる。十分に滑稽に見えた。

「これで終わりではないだろうね?ヤプー?」

 北条弾正は、地に叩きつけられたままで応えない。

 その代わりに──急激な熱波が、伏した北条弾正の周辺に荒れ狂い吹き上がった。

 ルイスが、脚部ににわかに感じた高熱に顔を歪ませた。三両の殺戮兵器と感覚を共有しているスティーブンにもその熱さが伝わる。

 北条弾正を中心に大洞穴の地面が赤熱し、やがてぐずぐずと煮えたぎり始めた。溶岩と化しているのだ。

 散開せよ、とスティーブンは内に三両の殺戮兵器に命じた。

 ルイスのみならず、ボリスとロナウドもその車体からそれぞれ独特の脚部を生やすと、熱気と共にぬかるみ始めた地面を跳躍して離れた。

 にわかに吹き上がる溶岩の間欠泉。その中心にいたルイスのみが半ば巻き込まれた。溶解でいくらか小破しつつも、継戦はまだ可能というところか。

「いやあ、中々どうしたものか」

 硫黄の匂いを漂わせながら、間欠泉の中から魔性の声を響かせる。北条弾正は太郎太刀を肩に担ぎつつゆっくりと姿を現した。

(本当に足を生やし出すとはな)

(朱音嬢は全く正気のまま死を遂げていたということですね)

 愛刀と内々に会話を重ねる北条弾正は、星兜の奥底でチャードロスの死の相と共に笑みを浮かべていた。

 スティーブンは内心に苛立った。

 ルイスを通じて確かに得た手ごたえの限りでは、確かに装甲を砕き、頸椎か何かをやった感触を得ていた。

 しかし、どうにもこの文字通りの姿の悪鬼には、大した損害になっていないらしい。砕かれたはずの骨は、肉の中でじわじわと形を戻し、鉄甲冑に馴染むように音を立てて再生している。

「ファイア!スピットファイア!」

 スティーブンの重ねた号令。それは半二脚形態に形を変えた殺戮蒸気機関車への全力機動かつ、全弾発射の指示だった。

 聞くや否や、三両は蒸気と共にハイテンションな笑いを上げ始めた。

「だいたい線路の警告はちゃんと出ているはずじゃないか──」

 三両の口をそろえて放たれる歌。

 無数の腕をもって身に秘めていた重火器の全てを握りしめると、その足で異形の立体機動を行いながら、北条弾正に向けて弾幕を張る。

 その運動は車輪のみによる突撃と比べれば速度こそいくばくか落ちるが、大洞穴の複雑な壁と天井を──あの朱音が錯覚していたかのように──疾駆するかのようである。

 金切り声と火薬の音が鉄獄の大洞穴に響き渡る。

 面制圧を超え球制圧とも形容できるほどに来る熱線と鉛玉の嵐。今度は北条弾正の巨躯が潜り抜ける隙間も、装甲の跳弾で威力を削ぐことも許さぬ密度と角度を編み出した。

 神智学的エネルギーをさらに重点的に注いだそれらは、単純な発射速度を増し、重ねてデーモンに近い性質を得ていた北条弾正にとって食い合わせとなるはずの破魔の力も込められている。

 これで、北条弾正が何重にも持っているであろう呪術的防壁、耐久と再生を超えた損傷を与えられるだけの威力が得られる。スティーブンはそう目算した。

 果たして北条弾正は、一時それらを正面から受けていたが、ほどなくして四肢のいくつかに損傷を確認した。

 左腕の甲冑が裂け、黒ずんだ血が蒸気のように噴き出す。脚も膝から弾かれ、重装の巨体が後ずさった。

 その様相を見てスティーブンは、己の目算が誤っていなかったことを確信する。

 ──だが、まだ足りない。

 あのサムライは先に己の狩るべきだった獲物たち──ラゴロナ聖戦会を狩る間に、何らかの転移の手段を用いていたことを把握している。

 果たして、ダンジョーなるヤプーは攻撃を受ける間に懐から取り出した呪符を一枚燃やすと、その姿は陽炎の内に入るように消え失せた。

 だが、転移先は霊的感覚をもって瞬時に補足できた。手傷も確かに負っている。

 とどめだ。間を置かずとどめを刺すべきだ。

(ルイス!ボリス!転移先を逃すな!可及速やかに索敵、弾幕を浴びせ続けろ!)

 二両への指令を下すと同時に、彼は残るロナウドの機関部に身を沈めた。

 腰から生えた小さなクランクをぐるりと回す。

 瞬間、彼の両脚は膝から逆関節に折れ、幾重にも枝分かれして花開き、歯車と吸盤を兼ねた端子がロナウドの蒸気孔へと食い込んでゆく。

 金属の悲鳴にも似た音と共に、スティーブンとロナウドは合体した。

 これまでの感覚共有を超えた完全なる同化。

 他の二両と同様、類人猿に近い形状をしていたロナウドの機構はさらに複雑に変化し、完全二足歩行型のゴーレムと化す。

 特に目を見張るのはロナウドの長い煙突をそのまま大口径、直径20インチの砲弾を打ち出す形に組み替えた主砲。

 これであのサムライを捉えることができた瞬間が、偉大なるトムハップハットの末裔たる己の勝利となるだろう。

「君は自分自身を起こして 自分でほこりをはらわなくてはならない──」

 ロナウドと口を揃えてスティーヴンは祝詞を口にする。

 先行させたルイスとボリスは、転移先のサムライの姿を捉え、再び突撃と共に掃射を開始した。

 敵の転移は、どうやら緊急の回避には用いることができても、正確な位置までを選ぶことはできないらしい。再び姿を現したその先には、行き止まりの隘路であり、砲火を緩衝させるための岩場も乏しい地形であった。

 勝てる、図らずも第三の勝機が来るとスティーブンは確信した。

 その刹那、念話でサムライは、ダンジョーは投げかけてきた。

(いやあ、至極じゃ。その面白の絡繰りぶり、予想以上に楽しませてもろうたぞ。毛唐)

 一拍目、北条弾正が砕いた霊薬の瓶──先ほどラゴロナ聖戦会の屍から剥いだ一品が神気を噴出すと、それを浴びた悪鬼の肉体は瞬時に癒された。

(経験というもので──)

 二拍目、今までよりもかつてない合気──神智学的エネルギーが北条弾正の肉体に集中した様子を、ルイスとボリスとで共有した知覚が激震のように感じ取った。のみならすその余波は距離を置いていたロナウドの鋼の肉体までも震わせた。

(事故は時折に起こる──)

 三拍目、北条弾正が前面に放った気が、瞬時に弾丸と砲弾の雨霰を反らし、そのまま流れるように悪鬼の肉体はルイスとの距離を詰めた。

(気に病んではいけない──)

 そのまま大太刀の白刃、逆袈裟からの数撃がルイスの鋳鉄の肉体を切断した。

 一太刀目で溶岩の害を被り、機能を低下させていた左足を。そこから二太刀目の横薙ぎでルイスの胴を。三太刀目の真下から逆風で、まだ機能し反射で至近距離から撃ち放たんとしていた、ルイスのガトリング砲を。

 そして真下から切り上げの勢いで、そのまま猿の如き跳ね上がったデーモンサムライは、宙にて反転。天井を蹴り出すと、突きの四太刀目で、ルイスの中枢、蒸気機関の急所を上空からあやまたず貫いた。

(もしあなたが自分のやることに集中しないなら──)

 人間の肉体に換算すれば脳髄から頚髄、心臓までを貫かれた形になった殺戮人面機関車は、そのまま警笛の一つも上げることもなく、機能を停止した。その笑顔は張り付いたまま。

 ルイスがゴーレムとしては完全に再生不可能な破損に至った時点で、二両目のボリスは、全火砲をとどめを刺す最中の北条弾正に向けて撃ち放っていた。

 北条弾正は突き入れた太郎太刀でルイスの鋳鉄を引き裂きながら宙転、ルイスの残骸を盾にしてそれらを凌ぐ。

 数度の斬撃で鋭角を持って切り裂かれたルイスの残骸のいくつかを投げ飛ばし、あるいは蹴り入れ、それらがボリスの射撃と判断を妨げさせる。

 その隙に、再度、ルイスを破壊せしめた程の合気を再度練り直した北条弾正は、今度は太郎太刀に邪悪な念を込めた。

 その念は先ほどに、大洞穴の地面を溶岩に換えた悪鬼の高熱と同等のものであった。

 それを受けた太郎太刀は、その神性と邪念をぶつけ合ったが故か、まばゆいほどに白熱した。その光はボリスのみならず、ロナウドともろとも合体していたスティーブンの視界をも眩ませる。

 その眩ませから、瞬時に放たれた真横の跳躍。倒れ込むことも躊躇わぬ全力の大横薙ぎ。

 一閃が、類人猿のように立ち尽くしていたボリスの顔面を真横に引き裂き、殺戮人面機関車としての機能を完全に停止させた。

(事故は起こる──)

 全力の横薙ぎに倒れ込むかのような姿勢を見せた弾正は再び宙で回転した。朽ち果てるボリスを足蹴にすると、そのまま渾身の大太刀の突きをロナウドへ向けた。

 スティーブンが同化していたために、ルイスやボリスよりも瞬時の反応に勝ったロナウドの完全人型はその突きの軌道から身をかわす。

 だが、いかなる体術を用いたのか。

 いつしか渾身の突き入れを瞬時に、左袈裟懸けに換えた太郎太刀の一撃が、ロナウドの腰部に入った。

 先程の白熱の溜めが半ば抜けていた一撃は、ロナウドを丸ごと切り裂くことはできなかったが、その態勢を崩す程には十分重かった。

 最早、後は一方的であった。

 完全人型に変形したロナウドとスティーブンの体格と目方は、悪鬼と化し肥大化した北条弾正よりなお大きかった。

 だが、あるいはスティーブンが解剖学的一体化を求めて人型を取ったことが、逆に北条弾正の体術においては手慣れた相手となってしまったのか。

 ロナウドの全身の砲火や四肢の死角を取るように、絶妙に身をよじり、太郎太刀の斬撃が最大の効果を発揮する間合いを保ちながら、立体的に動く北条弾正の動きにロナウドとスティーブンはただただ、翻弄されるかのようであった。

 太郎太刀にルイスやボリスを駆逐した程の一気呵成の神智学的エネルギーは込められず、ただ、一撃一撃が確実にロナウドの鋳鉄の手足を削り、胴をえぐる。

 帰結として限界が訪れた。ロナウドの全身機構がついに執拗に切断された果てに一切の攻撃手段を失った瞬間、スティーブンは苦痛に耐えながら、ロナウドとの同化を解除し、脱出を試みる。

 だが、ロナウドの機関部からその身を射出させたスティーブンを、待ちかねたように北条弾正は捕捉していた。

 ロナウドの中枢に太郎太刀を突き入れながら、脱出するスティーブンに渾身の蹴りを一撃。

 スティーブンが洞穴の壁面に叩きつけられ、なおも屈することなく抗おうとしたその瞬間、さらにその肩部に苦痛が走る。

 刺さっていたのは北条弾正が腰部から放っていた小太刀。

 それを抜こうとする間に、北条弾正は接近。スティーブンの顎に一撃。彼の頭部より大きい拳を放った後、開いた首元に太郎太刀をずいと押し当てた。

(事故は起こるものさ──)

 

────────

 

 決着。

 あとは北条弾正が梃子の要領で右腕で押し切るだけでスティーブンはその首を落とされる。

 彼の大英帝国が誇る、蒸気機関と融合したサイボーグ体も、そうなっては死を免れない。死神チャードロスの恩恵なくとも、北条弾正は明白に看破していた。

 いつしか鉄獄には静謐が訪れていた。

 鉄のぶつかり合う音も、蒸気や警笛の音も、肉あるものの嘆く声も一切尽きて、いまだに複雑な大洞穴の地形に微かに響き続けるこだまがわずかに残るのみ。

 勝者たる北条弾正に、勝ち誇りや嘲弄の言葉なく、敗者たるスティーブンに恨みつらみや罵倒の声もない。

 ただ先に、勝者の方が先に静かに問うた。

「おおよそ順当な勝ち負けだ。貴公もそう思えるよな?スティーブン」

 苦痛に表情を歪ませ、声を震わせながらも飄々とした態度をスティーブンは崩さない。

「無論だともダンジョー。こちらが三分、そちらが七分くらいと思っていたが、思った以上にサムライの動きは末恐ろしいものだったよ。ヤプーが猿の同類と思って小馬鹿にしていれば、その猿なんでものじゃない体のこなしに翻弄されるのたのだから、まるで立つ瀬がないね」

「では何故、対峙した?俺の知る毛唐──いや、ジョンブルという奴は退くべき時は退く狡すっからいものだと思っていたんじゃがな?」

 スティーブンは勝敗が決する以前の笑顔を浮かべたまま答えた。

「僕は偉大なる大英帝国の尖兵だからさ。尖兵は、ましてやトップハムハットの末裔たるものは、退いてはならない。そして、必ずや戦果報告を残さねばならない」

 その答えを聞いてしばらくして、北条弾正は気づいた。

 微弱な、しかし確実に機能する高速な霊力の震え。長短二種類を繰り返すそれは信号。北条弾正の地球でも全く馴染み深い、英語のモールス信号であった。

「君と顔を合わせてからの戦闘記録はしっかりと『MOD』による霊力通信を通じて僕の本国に送られた。そして、瞬時に偉大なる大英帝国の尖兵全てに伝わるんだ」

 北条弾正は小さくため息をついた。戦闘の中でついぞ看破に至らなかった不覚に半ば、敵が高慢極まる理想を、現に死を迎える今に及んでも貫いていることへの驚き呆れにもう半ばを込めて。

 ぼやくように尋ねる。

「左様か。貴公が述べた通りの、信仰や国家に忠を尽くすとは、まさにこう言うことか」

「そうだとも。例え私が敗れて死のうとも、我ら『七海摂政』のトップハムハットが、そしてその大英帝国が敗れることは永遠にないのだ。そして君には追って無限の復讐の車輪と砲火が訪れるだろう。我々は主が指し示した『明白なる天命』を多元宇宙の多くに広げることを決して止めはしない!」

 高らかに述べるスティーブンの態度に、北条弾正はいつしか呆れよりも、感嘆、そして羨望の念を感じてもいたことを自覚した。

 そして、素直な感想が口から漏れた。

「ああ、心底うらやましいのう。毛唐。お主が今誇ったものは、儂には遠い昔に望んでも得られなかったものであり、恐らくこれからも儂が儂である限りは永遠に手に入らんものじゃ。それを貫いた貴公には、最後に敬意を払おう」

 首に押し当てた刃に最後の殺意を込めながら、言う。

「一つだけ辞世の言葉を言わせてやる、存分に語れ」

 最初に遭遇した時と変わらない、満面の笑みと共にスティーヴンは咆哮した。

「事故は、事件は、かくに起こるものなり!トムハップハット!かくあれかし!」

 その最後の呼吸が存分に声を放ったことをしかと確認した北条弾正は、太郎太刀でぐいと、スティーブンの首を押し切った。

 シルクハットをかぶったままの頭部が、鉄獄大洞穴の地面に自由落下し、冷ややかな金属音を鳴らした。

 静かに残心を──万一にまだ敵が隠れ潜んでいた場合の対応を込めて、数歩後ずさった後、北条弾正は太郎太刀を影にしまう。

 切り落としてなお、歓喜の高らかな声を放ったままの表情をしたスティーブンの首を拾って小脇に抱えながら、己の戦果──三両の殺戮人面機関車の残骸を静かに見回す。

 そうしている間に太郎太刀が、いつも通りの冷淡な、どこか浮世離れた調子で尋ねた。

(主よ。あなたは烙印者になって久しくとも、東焉京の偽りなき殿上人になろうとも、あなたは永遠に己の生まれにこだわるのですか?)

(おうよ、包み隠さず申した通りじゃ。この毛唐の小僧っ子がどこまで行っても羨ましくてならんよ。最初から誇るべき血を引いて生まれ、誇るべき一族と共にあり、そして討たれる今わの際にまで、己の一族が己を悼み、己のために復讐を成すことを確信しておる。うむ、心底うらやましく……いや)

 一際、邪悪な笑みを浮かんだ。

(さらには、楽しみであるな。こやつの言った『復讐の車輪と砲火』とやらが来るたびに返り討ちにし、やがて根絶やしに出来る機会が遠からず来るのならばな)

 戦いのこだまもついに減衰しきり、全くの静寂に至った鉄獄の中。北条弾正は戦利品を静かに探り楽しみながら、一時は過ぎていった──

 

──────────────────────────

 

 アングウィルと呼ばれる森中の都市の一角にある「ドーチェルの宿」のダイナー。

 〈烙印者〉たちが、そこを再び互いの結節点として、めぐり会っていた。

 北条弾正と席を挟んで相対するのは、前回に会った羽津朱音に加えて、彼女が「先輩」と呼んでいた者。

「弾正。朱音が世話になったようね」

 「後輩」同様、死人を思わせるような真っ白な肌に赤い瞳。流麗な長身を黒衣の男装で着飾る、白髪の東欧系の顔立ちをした女。

「どうにも巡り合わせが悪くて久しく会えない間に、この子の気を持ちなおさせてやってくれたとか。感謝するわ」

 凛とした口調で、しかし確かに感謝の情を込めた念で、北条弾正に礼を言う。

「礼には及ばんよ、酒の肴の話に面白い話を聞かせてもらっただけの事。ましてや、結果として同じ『位相』であったなりに、良い敵情視察をしてくれたことになるからのう」

 北条弾正は、鉄獄の顛末を思い出しながら、吹き出すように笑った。

「なあ、朱音の嬢。お前さんは結局のところ、まことに徹頭徹尾、正気であったぞ」

 それを聞いた朱音は、安堵するような、ぞっとしているような形容しがたい表情で頷いた。

「本当にでくわしおったわ。笑顔で歌いながら、何もかも轢き殺す人面機関車とな。鉄獄の壁面まで疾駆するだの、ましてや手足を生やすまで、全く持ってお前さんの言っておった通りじゃったわ!」

「その……それは、それで」

 朱音はそう言うと、両手を額に添えて俯いた。

 己が狂気の妄想であっても困るが、かといって全く実在の存在だったとも知らされても、喜べる理由は一切ない。

「私も、恐らく同じ絡繰りと一戦だけ交えて叩き切った記憶はあるわ。貴方の言っていたような統率者持ちの複数両ではなく、ボロボロの一両だけで、はぐれ者か何かの手合いだったようなのだけれど」

「ほう」

「怖くなかったんですか?先輩……」

 「先輩」はたしなめる。

「言うまでもないでしょう?貴方の方がいい加減に〈烙印者〉として動じぬ心境であるべきなのよ、朱音。もっと精進なさい」

「はい……」

 赤ワインのグラスに一口つけながら、「先輩」は北条弾正の一通り語った話を思い出し、鼻で笑った。

「それにしても、何なのかしらねえ」

 ふざけた虚構と嘲るような調子を声に乗せている。

「大英帝国?七海摂政の一族?実に滑稽で笑えるわね。ブリテン島のジョンブル共がそんなお偉く気取った世界史なんて、それでも、やはり並行宇宙にはあるものなのね……」

「ん、あ?ああ、左様か」

 北条弾正は、今さらながら思い出し、気づく。今度は髷を結っている頭を搔いた。

 彼の生まれの地球と、朱音とその「先輩」のたどった地球。二つの世界史は実のところ、あのスティーブンの狂気に満ちた大英帝国程も隔たるにはないにせよ、やはり歴史を大きく異にしていた。

 たまたま朱音の生まれた時代、二十世紀末の日本だけは、収斂して似たような極東の先進国となっていたために、そのことを全く失念していたのだ。

「朱音の嬢、今さらだがあの時、お主にブリテンの蒸気機関だの二度の大戦だと言っても、実は腑に落ちておらなんだかな?」

 小さい声で申し訳なさそうに、朱音は答える。

「ごめんなさい。実は本当はちょっと……」

「いやいや、気にするでない。儂の方が当たり前だと勘違いしておったのだ」

 北条弾正の生きて知る世界史では、大英帝国が海洋覇権を握り帝国主義の時代を謳歌していたのに対し、朱音と「先輩」がほぼ同じくしている地球世界史では、欧州の覇権は総じてより東に偏り続けていた。

 大陸側、地中海、さらにもう少し東の黒海を挟む側に。

「こちらからしてみれば、目が点になりそうよ。我が故国、ブルガリアが統べる大トラキア合衆国を差し置いて、あの聞き苦しい言葉をしゃべる生意気な小島のバルバロイ共がね……」

 ブリテン島の住人を田舎者と嘲りながら、己が故郷を「先輩」は誇る。

 その言質に、あのスティーブンと、控えめながらも似た本質にあることに北条弾正は苦笑した。

「そうだな。偉大なる千年吸血鬼の古老にして、かのアンバーの都の準騎士号保持者、そして偉大なる故郷ブルガリアの元勲にして、大トラキア合衆国の陰の立役者、女伯爵イオアンナ・ゾフィ・ラストゥラキスカ閣下様々」

 しかめっ面をしながら「先輩」──イオアンナは言い返した。

「おだてても木に登りはしなくてよ、東焉京の従四位上殿上人、佐村北条弾正大弼様々。大昔に散々地元を火事場泥棒で荒らしたカソリックのド腐れ十字軍共の中でも、あの田舎島の猿共は特に悪辣だったって記憶があるだけよ。今でもハッキリと分かるのだわ」

 イオアンナは手慣れた三つ指で、ギリシャ正教式の十字を切った。

「ああ、カソリック共め。ラテン十字軍と似たようなことは、お主の世界のコンスタンティノープルでもやらかしおったのか?全くもっていつのどこの世も、誰もかれも救えぬものよなあ」

 せせら笑う北条弾正に対して、イオアンナはもう少し身につまされるような、神妙な調子で答えた。

「全くだわ。蒸気と神智の力を持て余して『MOD』……と言ったかしら?それとやらで多元宇宙にまで手を広げて、覇を唱えようとするだなんて。全く駄目みたいね」

 赤ワインを一気に飲み干し、犬歯をわずかに剝きだした艶やかな唇から言い漏らす。

「哀れなこと、まるで蠟燭の灯に飛び込む蛾のようだわ」

「まあ、お主の形容する通りに考えるのが並みの相場よな」

 それは盛者必衰、諸行無常と、情緒に溢れた意味合いよりはずっと論理的な帰結であった。

 白人、それも極めて限定的な信仰の情熱のみで、時空の先のヤプー──黄色人種と、ニグー──恐らくは黒色人種とみなす一切を、犬畜生と見なし根絶を国是とする帝国。

 それを保っていられるのは、幸運にも彼らがいまだ己に劣る敵としか会ったことがないからだ。

 北条弾正は、淡々と詰めて語る。

「いずれ、奴めらの大英帝国が、アンバー、混沌の宮廷、あるいは旧支配者──そういう存在と正面から相まみえる時が来た時、己らの『明白なる天命』がいかに矮小なものに過ぎなかったことを知るときが来るじゃろう」

 イオアンナが嗜虐的な笑みを浮かべながら言った。

「私やあなただったら、そういう引導を渡そうと思えば、できないこともないじゃないの。お互いにアンバーや混沌の宮廷──真の多元宇宙の帝国に頭を垂れつつ、末端で持ちつ持たれつをしている身。告げ口の一つくらいしてやれる立場にはあるでしょう?」

「借りを作る真似を、わざわざ私憤でするには代価が高すぎるだろうがな」

 隣にいる朱音の黒い髪を撫でながら、イオアンナは言う。

「何なら、私はそうしてやろうかしら?可愛い『後輩』を随分と怖がらせてくれた、ブリテンのバルバロイ共に思い知らせてやるのも悪くはない気もするわ」

 心にもないことの証左に、少々おどけたイオアンナの調子に、北条弾正は鼻で笑う。

「儂は、そう思えるほど奴めらを嫌う気にはならんな。少なくとも、スティーブンなる尖兵には、儂は首を上げた敵として好感を持ったよ。後で儂なりに丁重に弔ってやったわい」

「あら?武士道ってやつの琴線に触れるところがあったというの?」

 前回と同様の漆塗りの酒杯を呷り、北条弾正は感慨にふける。

「きゃつめらの、蒸気と神智の大英帝国が、あの男の誇ったトップハムハット一族やらが、なべてあの男と変わらぬ意志と矜持をもっているのならばな。儂には生まれついて得られず、これからも得られることのない、それを貫くならば、あるいはただ滅ぶだけでない未来を見せることも、あるやもしれんぞ」

「随分と敬意を払うのね。その大英帝国に、蔑まれる仇の『ヤプー』として追われる身になったというのに?」

「鉄獄で堂々と斬れる輩が増えるのなら、なお望むところよ。少なくとも、あの折、先に喰らったイルーヴァタールの狗共より、ずっと、ずっと甲斐があろうというものじゃ」

 イオアンナと北条弾正を交互に見やっていた朱音は、そうして心根から楽しそうに言葉を交わす、二人の酷薄な表情にじわじわと背筋の凍る思いを感じた。

 〈烙印者〉という歪な不死と使命を帯びる前から、吸血鬼として、あるいは「アンバーの血族」のはぐれた末裔として超常の生命を持っていた者達。

 それぞれ中世只中の東欧と極東で、朱音の知る二十世紀末先進国の人倫とはまるでかけ離れた道徳と哲学の薫陶を受けた者達。

 ゆえに、殺戮と捕食を、成すことも成されることにも、全くの躊躇と後悔を持たぬ者達。

 ただただ、己が何かが誤って吸血鬼と同時に〈烙印者〉となってしまった絶対的な不幸を、せめて彼らの庇護を受けているわずかな幸運を、ただ噛みしめる他はなかった。

「おお、そういえばそうだ、朱音の嬢よ。お前さんに土産を一つ用意しておったのだ」

「え?」

 先ほどの酷薄なる表情から、まるで一転して、朗らかな笑みを向ける北条弾正に、朱音は困惑しつつも答える。

「あ、ありがとうございます!何でしょう!?」

「お前さんの鉄獄行を少しでも手助けできればと思うてな、奴めらからの戦利品を一つ、お前さんのために用意しておいた」

 北条弾正は背後の影から、あの太郎太刀を引き出すのと同じようにずいと何かを取り出した。その大きな背にも劣らぬ、曲面を持った何か大きな板。

「ん……盾、ですか?」

 朱音が素直に口にした通り。いかにも、それは盾であった。

 裏面に鉄の持ち手が取りつけられた円形の大盾。今の北条弾正の体格ならば半身以上をすっぽりと隠せるような、ましてや朱音のそれならば余裕で全身を庇えるほどの大きさ。

「おう、面白いことに気付いて、素人なりにしつらえてみたら、これが良く出来たものでな」

 北条弾正は心底楽しそうに語る。

「とは言え、儂はかねてより、太郎太刀を諸手に扱うのが流儀。そこなイオアンナも常々大剣を振るい、盾も扱う折には、小盾を好むようであるからな。ならばまだ武を模索する最中の朱音の嬢に、一度試しに使ってもらえばと思うたのだ」

「確かに悪くはなさそうね」

 イオアンナは一目見て、率直に肯定した。

 そして、朱音の目にも感じられた。その盾には確かに強力な霊力がこもっている。

「ほれ、持ってみい」

 ダイナーのテーブルを横に通して、朱音はその大盾を持ち手に受け取る。ずっしりとした重量感。だが、いまだ未熟な細腕とは言え、吸血鬼となってある程度〈烙印者〉としての業を重ねた自分にはどうにか取り扱えそうな気がした。

 持て余すこともありそうだが、とにかく無力な自分を少しでも保護してくれるかもしれない。

「良かったわね、朱音」

「はい、弾正さん!ありがとうございます!」

 奮起しつつ礼を述べ、先ほどから裏面だけを見てきた円形の大盾の表面を見やり───

 そして朱音は瞬時に凍り付き、震え上がった。

「あら、そういうこと。鍛冶の業にそこまで長けていなくとも、確かにこれは仕立て上げられるわね」

 イオアンナが、無難に納得する中、朱音の瞳孔は恐怖に見開き、震えは痙攣に近くなりつつあった。

 円形の大盾の表の意匠は、顔面。

 それも、ただでさえ不気味な笑顔が、千発万発の鉄槌を顔面に受けて叩きのめされてなお、その笑みが無理やり呪いのように張り付いたまま離れない。そんな笑顔であった。

「そうだ。儂が、破壊した人面機関車の顔部を大盾の大きさに合うまで鋳つぶして作ってみたのだ。確かルイスとか名乗っておった個体じゃな」

 濁り酒を一献飲み干しながら、楽し気に北条弾正は語る。

「こいつらという兵器が、一番上等な素材をどこに充てて造られるものかと想像しながら戦利品を漁っておったら、案の定、機関車の真正面、顔面であってな。物性的にも、呪術的にも攻防の要となる部位なのだから、こいつはそのままそっくり利用できると思うたのよ」

 イオアンナは素直に感心する。

「なるほどね。どうせならば私もいつぞや狩った時には、せめてそれ位回収しておくべきだったかもしれないわ。所詮鋳鉄ゴーレムの類、と思考の外にあったことを恥じないと」

 かつての恐怖の記憶、殺戮人面機関車が鉄獄を駆け巡り、手足を生やした光景が、それがあらゆる生き物をその鋳鉄の体と重火器でバラバラにしていった有様の五感の記憶が、朱音の脳裏にフラッシュバックする。

「あ、あ。あー……あー」

 前回北条弾正に吐露した時よりも、より深く絶望が蘇る。赤子のような声にならない声をしばらく放ったかと思うと。

「……やーなの」

「む、いかがした?」

「あかね、やーなのぉ!こわいしゅっぽ、しゅっぽ!もーやなのぉ!」

 解離を引き起こした朱音は無事、幼児退行を表出させた。

 大盾から押し倒すように手を放すと、テーブルをどんどんと叩きながら泣き叫ぶ。

 幸いなことか、今のドーチェルの宿のダイナーは夕暮れ。早くも店に馴染みある大酒飲みの酔客が、騒ぎを起こしている最中でさほどは目立たなかった。

「もう、朱音。我儘を言っちゃいけません!弾正のおじさんがせっかく上等の盾をプレゼントしてくれたでしょう?」

 イオアンナは、まるでいつもの事のように、正しく母が幼い娘を諭すように言う。

「やーなの!やーなのおお!」

「暴れなさんな!暴れなさんな!ほら首を出して!」

 イオアンナはどこか嬉しそうに、朱音の長い髪を払って、首筋を開けた。そこには、もう何度受けたのか分からない噛み痕と思しき傷がある。

「ほら、行くよ~正気に戻りましょうね~」

 まさに王道の吸血鬼たる鋭い犬歯を剥きだしたイオアンナは、噛み痕に寸分違わぬ位置に、かぶりつき、血を吸う。

 それは吸血鬼特有の異常性癖──も満たすものであるがれっきとした治療、確かに効果ある一種の瀉血行為であった。

 イオアンナのような高位の吸血鬼は対象の血に混じる霊性から、心理状態や記憶等の選択的抽出を行い、吸血で引き抜くことができる。この幼児退行もまたしかり。

 このことを知っているから北条弾正は止めない。まるでいつも通り酔った隣人の介抱を見るように、少しだけばつの悪いように見つめつつ、言う。

「まあ、なんだ。イオアンナも奉じているであろうかのギリシャの戦神、アテナイ女神も、醜い化け物の首をその円形の盾に飾ったというではないか。かくあるべく、お前さんも励んでおくれよ」

 影に潜んだ太郎太刀が、主の言い分に対し、念話で呟く。

(あの誰彼も性根の腐った、オリュンポスの神々のごとくなれとは、余りにも酷ではございませんか、主よ)

 イオアンナ・ゾフィに吸血される奇妙な恍惚の中で、羽津朱音に北条弾正の言葉がしかと伝わったかどうかは定かではない。

「やーなのぉ……んほォ」

 〈烙印者〉三名が盃を共にする、アングウィルの夜は更けていった。

 

 

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