世界の端で、特に理由もなく生きている 作:Saogal
朝は静かだ。
うるさいのは換気塔の送風音と、ごみを回収する小型の清掃機くらいだ。
昔の映像で見たような通勤ラッシュは、もうない。
駅前のロータリーも、今はほとんど空き地のように見える。
バス停だけがそのまま残っていて、ときどき誰も乗っていない車両が時間通りに発着する。
居住区から外に出ると、空き家の区画がまた一つ増えていた。
玄関には、自治体の電子封印が貼られている。
簡単なQRコードと、管理番号。
「所有者不在」「用途未定」という表示が、小さなパネルに常時点灯している。
ここを通るたびに、封印の数をなんとなく数えてしまう。
最初は一軒だけだったのに、いつの間にか一列になり、
今ではブロックごとにぽつぽつと空白が混じるようになった。
特別な感想はない。
ただ、そういうものだと受け止めている。
今日は北側のインフラ保全ルートだ。
高架下の配管と、排水路、それから送電設備の目視確認。
ほとんどの異常はシステムが先に検出するから、
人間が現場で見ることは「念のため」の扱いになって久しい。
端末をかざすと、設備の状態が一覧で表示される。
「良好」
「観察継続」
「更新検討」
言葉は並んでいるが、どれも緊急性はない。
人が減り始めてから、負荷そのものが小さくなったからだ。
それでも、設備は止められない。
今も、使っている人がいるから。
何年か先の推計人口グラフが画面の端に出ているが、
誰が見ても、先細りになっている。
昨夜、端末に訃報の通知が来ていた。
「第三区画・男性・八十七歳・死亡確認」
それだけの文面だ。
通知には「弔意送信」のボタンがついている。
押すと定額の香典が送られ、
画面の向こうでAI僧侶が定型の弔詞を読み上げる仕組みになっている。
実際の葬式を見たのがいつだったか、もう思い出せない。
会場に人が集まって、線香の匂いがして、
誰かが泣いていた場面を、子どもの頃に一度だけ見たような気がする。
それが現実だったのか、映像だったのかもはっきりしない。
出生通知も、まれに届く。
「第六区画・女児・出生確認」
文面の形式は、死亡とほとんど変わらない。
画面の下に、育児支援ポイントの付与欄がつく。
祝いの言葉より、事務処理のほうが目立っている。
めでたいことのはずだが、通知を見る側の感情はあまり動かない。
「増えたんだな」と思って、画面を閉じる。
そんな調子だ。
世界全体の人口グラフを見たとき、誕生と死亡の数がどちらも小さくなっていく曲線をしているのを見て、不思議な感じがしたことがある。
減っているのに、荒れてはいない。
静かに、数字だけが小さくなる。
足元の排水路に目を落とす。
水は澄んでいる。
化学汚染も、生活排水も、ほとんど問題にならなくなった。
水質データの推移はきれいなグラフになっている。
環境としては、今が一番ましなのかもしれない。
けれど、人の気配は薄い。
巡視ルートの途中に、小さな公園がある。
ブランコと滑り台、砂場。
遊具は定期的に整備されているが、使われた痕跡は少ない。
砂場には、風で寄せられた枯れ葉だけがたまっている。
ここで子どもの声を聞いたのがいつだったか、
訃報よりさらに思い出せない。
仕事としては、何も問題はない。
インフラも、環境も、管理も。
異常があれば端末が知らせるし、大きな故障が起きる前に更新される。
巡視する人間は、少しずつ減っている。
一人で担当する区画は、気づけば以前より広くなっていた。
大変かといえば、そうでもない。
使う人が減れば、壊れる場所も減る。
盆栽を始めたのは、こういう仕事に就いてからだ。
きっかけになるような出来事はなかった。
ただ、空き家の庭先でそのまま放置された鉢植えを見て、もったいないと思っただけだ。
誰も水をやらなくなった樹は、ある日突然ではなく、いつの間にか色を失っていく。
気づいたときには、もう戻らない。
仕事が終わって居住区に戻ると、小さなベランダに並べた鉢を一つずつ確認する。
土の乾き具合、葉の色、枝の伸び方。
剪定用の小さな鋏で、伸びすぎた枝を少しだけ落とす。
切り口が新しい色をしている。
この世界で、何かを増やしたり減らしたりする作業を、意識的に行うことはあまりない。
盆栽だけは、それがはっきりしている。
切れば減り、育てれば増える。
はっきりしているわりに、大きな意味はない。
ただ、その小さな変化を見ている時間は、他のことをほとんど考えなくて済む。
生かしているのか、たまたままだ死んでいないだけなのか。
考えても答えは出ない。
けれど、手入れをしなければ枯れる、ということだけはわかっている。
世界全体についても、似たようなことを考えることがある。
誰かが積極的に壊しているわけではない。
守ろうとしている人もいる。
それでも、少しずつ数が減っていく。
盆栽の鉢の横に腰を下ろして、少しだけ空を見上げる。
色はきれいだが、特別な感想は湧かない。
明日も、同じように巡視がある。
空き家の区画は、また一つ増えているかもしれない。
訃報の通知も、出生の通知も、
どちらもいくらかは届くだろう。
そのことに、特別な意味はない。
世界の端で、
とくに理由もなく、
明日も同じように仕事に出る。
そういう日が、ただ続いていく。