隠居したわたしが訳あり少女に"幸せ"を教えようと思う 作:けーか
本部を出て、
近づくにつれて空気が少しあたたかくなり、ほんのりと甘い匂いがしてくる。
あんこ……だろうか。
匂いのする方へ視線を向けてみると"たい焼き"と書かれた看板が置かれてある。
「とりあえず、たい焼き買おっか!入口のところにあるから、つい買っちゃうんだよねー」
わたしはあまり食には関心のない方だし、甘いものはあまり食べないのだが。
それでもこの匂いがしてきたら、一人で来ていても買うかもしれない。
お店の前まで行くとメニューボードにつぶあんとカスタード、白あんがあると書かれている。
「おばあちゃん、お久しぶりです」
絵原さんが焼き台の向こうにいる、おばあさんに声をかける。
さっき昔来ていたと言っていたので、顔見知りなんだろう。
「おや、
「あはは、仕事が忙しくって……久しぶりの休日なんです」
「あらまあ、もうそんなに大きくなったのかい」
そう言ったおばあさんと目が合う。
「そっちの子は……妹さん?」
「いえ――「はい、そうなんですよ~!」え?」
わたしが否定しようとしたら、横から声を弾ませた絵原さんにさえぎられる。
その絵原さんがあまりにもニコニコとしているので、否定する気も削がれる。
まあ、一から年齢を説明するのも面倒だと自分に言い聞かせるが。
このままでは私は今日一日、わたしは絵原さんの妹として連れまわされてしまうのではないだろうか。
そんな一日を頭の中で少し思い描いてみて――あれ、なんというか。
別に、悪くないというか。
思考が自分の思っていた方向とは別の方へと飛んでいる気がしたので、それを打ち消す。
「妹さんがいたのねぇ~。妹ちゃん、お名前は?」
「くれ……あ、です」
苗字を言ってしまいそうになる。
別に絵原さんの妹ではないので構わないのだが、治安維持を努めるSEAの職員が嘘をついたということが知られるのは、あまりよくないだろう。
決して。
絵原さんの妹という立場を受け入れたわけでは、ない。
「私はカスタードにするけど、
「……白あんにしようかな」
普段は甘いものを好んで食べないが、白あんの舌ざわりと淡い甘さは嫌いではない。
「はいよ、四百円ね。焼きたてあるよ」
繋がれていた手が離されたため財布を取り出そうとすると、それを制止され絵原さんが払ってしまう。
「わたし払うよ?」
「普段のお礼、ってことで、ね?」
外だと人の目もあるから、と付け足される。
ああ、確かに、今は姉妹として見られているわけだし。
わたしの容姿だとなおのこと、それを言われるとあまり強くは出れない。
「はい、熱いから気を付けるんだよ」
手際よくたい焼きが詰められた紙袋が絵原さんに手渡される。
あちあち、なんていいながら紙袋をわたしが見える位置まで下げる――絵原さんが「えっ」と声を上げる。
つられて紙袋の中を覗いてみると、たい焼きが三つ入っている。
「おばあちゃん、一個多くない?」
「おまけだよ。ちょっと欠けちゃってるやつだから、二人で分けて食べちゃって」
おばあさんが手を振りながらそう言う。
「わぁ!ありがとうございます!」
「……ありがとう、ございます」
「はいよ。お休み、楽しんどいでよ」
「はい、白あん!」
「ありがとう」
私からたい焼きを受け取った澄色ちゃんが、二回くらい息を吹きかけて口をつける。
猫舌……にしては、二回だけというのは少ない気がする。癖なのだろうか。
澄色ちゃんは口が小さいため、一口が大きかったわけではないにも関わらず、気持ち程度に頬を膨らませている姿は小学生ほどにしか見えない。
食事をするにあたって、いつも通り少し野暮ったく見える髪が少し邪魔そうだ。
そんな澄色ちゃんを横目で見つつ、私も食べてみる。
卵と牛乳のとろっとした甘さとその熱。
久しぶりに食べたからなのか、思ったよりも熱かったからなのか。
少し涙が出そうになったので、少し強めに"ぎゅっ"目を閉じておさえる。
「どう? おいしいでしょ?」
澄色ちゃんが小さく口を動かしている様は小動物のように見えて非常にかわいいと思う。
普段は仕事ばかりで、お互いに何に関心を持っているのか、というのを知る機会がないわけだけど。
澄色ちゃんは多分、食に対する関心があまりない。
というのも少しの間や夜の待機室にいるときも、だいたい"ぼっー"としていて、何かを食べているところというのを見たことがない。
もしかすると過剰なまでのエナジーにより、食事すら必要ないのかもしれない。
だとしても何も食べないというのは、あまりに人間的でない生活だ。
そんな澄色ちゃんのたい焼きを食べている表情は、商店街までの移動中よりも柔いように見える。
「うん、皮の部分、すごくいい」
「ね! しっかりしてるよね~」
あのお店のたい焼きは一枚ずつじっくり焼いていて(一丁焼きというらしい)、皮のカリっとしている感じが強いのが最大の魅力だろう。
澄色ちゃんの選んだ白あんも食べたことがあるけど、すっきりとした甘さと、少しだけ入っている塩がアクセントになっていて非常においしい。
「ね、澄色ちゃん」
「……? どうしたの?」
「白あんの方も一口くれないかなー……というか。あっ、もちろん私のも食べていいから!」
――今日の、というか。
澄色ちゃんと一緒にいるときの私は変だ。
自覚はある。
自分よりもずっと小さい子どもがSEAで何年も戦い続けているということに、大人として責任を感じてしまっているという
私は自分の心の穴を、澄色ちゃんという
「………………ん、いいよ」
聞こえてきたのは絞り出したような声。
葛藤というよりは、疑問の間だととらえる方が
それと同時に澄色ちゃんがたい焼きを渡そうとしてくるのを制止して、自分の手にあるカスタードのたい焼きを澄色ちゃんの方へと差し出す。
「あ、あーん……!」
先に私の食べちゃって……!
あれ?
私、今何って言った?
絵原さんが自分のたい焼きをわたしに差し出している。
こう、包まれている紙の部分ではなくて、たい焼きの方を向ける形で。
……これは、このまま食べろということなのだろうか。
それは何というか、少し恥ずかしい。
確かにわたしはまだ子どもに分類される年齢ではあるが。
こういう食べさせてもらうという行為は、もっと小さい子がされるものではないのか。
んー……でもまあ、わざわざ渡してもらうより楽だし、いっか。
頭を近づけて一口食べてみると、とろっとしたカスタードが心地よく口の中に広がる。
皮のほとんどがカリっとしているのに、一部分だけ少しふやけている。
……別に、気にしない。
絵原さんの方を見てみると、すごくニコニコとしている。
何がそんなに楽しいのだろうか。
……………………。
「絵原さんも。食べたかったんだよね」
そう言って絵原さんの方にわたしの分のたい焼きを差し出す。
「え!?あ……そうだった」
"そうだった"とはどういうことだ。
絵原さんが小声でそう言った後、わたしの分のたい焼きに口をつける。
小さく口を動かしているその耳が少し赤く染まっている。
こういうのはされる側が恥ずかしいものなんだ。
「お、美味しいねー……」
……………………………………。
きまずい、というと少し違うのだろうか。
そういった不快感があるわけではないのだが、なんとも言えない雰囲気になる。
それは放っておけば冷めてしまう湯気のような
「……あ、そうだ。おまけの分、二人で分けよっか!」
お互いに同じくらいのタイミングでたい焼きを食べ終わり。
わたしたちの間に漂う微妙な空気を
紙袋の中から取り出した、別に尻尾が欠けているわけでもないたい焼きを絵原さんが器用に割る。
「わぁ、つぶあんだ! はい、澄色ちゃん」
そう言って絵原さんから、割られて頭側を半分のぞかせた紙袋を手渡される。
「ん、ありがと」
絵原さんから渡されたたい焼きに口をつける。
少し冷めたからなのか皮がしんなりとしていて、つぶあんの甘さと粒粒とした感じが押し出されている。
「つぶあんも美味しいね~」
きっと、その甘さが少し物足りなく感じたのは、さっきカスタードを一口食べたからだと。
そう、自分に言い聞かせた。