隠居したわたしが訳あり少女に"幸せ"を教えようと思う 作:けーか
――料理とか、できるようになろうかな。
今わたしの家には冷凍した食パンと二週間十食の冷凍弁当しかない。
これがよくない状態である自覚はある。
とりあえず今日も
「おはよぅございまひゅ……」
「おはよう、みしろ。歯磨きして、顔洗ってきて。朝ごはん食べに行こう」
「ふぁい……」
うーん。
でも料理って、そんなに早くできるようになるものでもないよなぁ。
わたしが
――それだとしても、S級の
たまに
その影響で今も同じような食生活が続いてしまっているが、みしろに悪影響を与えかねないので、しばらく食パンと弁当は封印だ。
「ここが暮澄さんのお知り合いの……」
隣でみしろが喉をゴクリと鳴らす。
そんなに緊張するものでもないと思うが、やはり知らない大人と会うのはハードルが高いだろうか。
「刀坂は……見た目はちょっと怖いけど、優しい人だから。心配しなくても大丈夫だよ」
「ふぇ……? あ、いえっ、怖いとか、そういうわけじゃなくて……!」
本日初のペンギンのようなパタパタとした動き。
「――誰が怖いだって?」
カラン、なんて音を立ててお店の扉が開き、凛としていて鋭い声が聞こえてくる。
わたしと同じような色の長い髪をポニーテールにしてまとめた鋭い目つきの女性が――わたしたちのことを見下ろすように立っている。
もう十年以上前の話。
わたしがSEAに入ったばかりの頃に数日組んでいた人――刀坂ライカだ。
「おはよう、刀坂。朝ごはん、食べに来たよ」
「――ああ、おはよう。そっちの子が、例の?」
刀坂がギロリといった擬音が似合うような。
そんな風にしてみしろに目を向けたため、「ひゅぐっ」なんて声を出して驚いている。
尻尾があればピンッと立っていそうだ。
「すまない、怖がらせてしまったかな。私は刀坂という。SEAに所属している者だ」
「い、いえ! 私の方こそ、つい……」
刀坂がしゃがみ込み、みしろと目を合わせるようにして謝罪をする。
――ふむ。
わたしのことを初めて見たときにも警戒はしていたが、ここまでではなかったはずだ。
刀坂は確かに近寄りがたい雰囲気があるが、
――
大人に対するトラウマだ。
わたしも
なめられている……というわけでなく。
親しみやすさを持たれている、というべきか。
別に。
別に、成長が止まっていることを気にしているわけではない。
それで親しみやすさのようなものを持ってくれているのなら、それは
しかし――みしろの正確な年齢はわからないが、十歳ほどは年下の子どもに、容姿で親しみやすさを持たれるというのは少し複雑だ。
「君は何を唸ってるんだ。……まあ、とりあえず入れ」
わたしがひとりで「うーん」なんて言っていると刀坂が呆れたような声で、店内へ入るよう促す。
みしろが「大丈夫ですか……?」などと本気で心配してくれてしまっているので、あまりみしろの前ではこういう悩み方はしない方がいいかもしれない。
――――――――――――――――――――――――――――――
外観の印象通りで、というと失礼なのかもしれないけど。
お店の中はこぢんまりとしていて、少し甘い匂いと……これは煙草の匂いだろうか。
暮澄さんのものより、少し渋い匂いが薄く漂っている。
お店自体は開店したばかりのはずだから、他のお客さんはいない。
そのため他のお客さんのものでないとしたら、お店の人だろうか。
刀坂さんともう一人、店主さんであるというお爺さん。
見た目で判断するのはよくないかもしれないけど、どちらも煙草のよく似合う雰囲気の人だ。
「ちょっと煙草の匂いするけど、大丈夫?」
どうやら一般的には煙草の匂いはあまりいいものではないと認識されているらしい。
昨日もそうだが煙草の匂いを心配している。
施設にいた頃の大人の吸っていたものの匂いはとても強いものであまり好きではなかった。
しかし暮澄さんやこのお店にある薄い残滓のような匂いは少し好きだ。
「大丈夫です……私、こういうちょっと薄い煙草の匂い、好きです」
そう言うと、暮澄さんの顔が気持ち程度、ほんの少し傾く。
やはり変わっているのだろう。
――と、話している間に暮澄さんが机の上に置かれている紙のようなものを広げる。
それを覗き込むようにして見ると、いくつかの写真と文字。
ああ、ここにあるものを提供してもらえるのか。
文字はひらがなとカタカナが多く使われているから、私でも半分以上読むことができる。
そして食べ物には写真があるため、視覚的に何となくどういう食べ物なのかはわかる。
しかし飲み物には写真がないのでイメージしづらい。
ああ、でも、食べ物と違って、飲み物の写真が貼られていても、それがどんなものなのかというイメージは湧かないかもしれない。
「みしろは――あー、えっとさ。昨日のココアは、美味しいと思った?」
唐突に暮澄さんから問いかけられる。
「……はい、とても温かくて、甘くって。美味しかったです」
おかゆも、ココアも。
私がもらったことのない温かいものだった。
「んー。じゃあ、ココアはないんだけど、近い感じのだとカフェモカとかかな……」
「かふぇもか」
「うん。えーっと、ちょっとココアよりは苦い感じだけど」
"苦い"という味には覚えはある。
美味しいものだという認識はないけど、お店で出されているものである以上は、それを要する人がいるわけだ。
「……それ、お願いします」
少しの好奇心もある。
あえて選ばれる"苦い"ものというのに対する。
それ以上に、暮澄さんが提案してくれたというのが大きいのか。
いやはや、本当に。
私はこんな簡単に人を好きになってしまうような育ち方をしていないと――そう思うのだけど。
「うん。じゃあ飲み物はそれで。写真見て、何か食べてみたいなってものは、ある?」
暮澄さんの言葉につられるようにして三枚の写真に目が行く。
右から順に、フレンチトースト。
黄色味のかかった四角いもの、中央のあたりは少し色が濃くて白い粉がかかっている、それがふたつ。
次にホットサンド。
白い三角形のものの間に、白や黄色のものが挟まれていて、それがふたつ。
合わせれば、右のフレンチトーストというものを半分に切ったくらいの大きさかもしれない。
左端が、ホットケーキ。
丸いものがふたつ。上に四角くて黄色いものが置いてある。
以上のことがわかることだが、やはり食べたことはないため、味のイメージはつかない。
「――って、難しいよね。うーん、そうだなぁ……あ。一番甘いのは、フレンチトーストかも。ココアとはちょっと違う感じだけど」
「あまいの……!」