「離して! 離してください! 私は影なんです! スポットライトは浴びちゃいけない生物なんです!誰か助けてぇ!!」
「諦めろミヤビ。勝利者には義務がある。レースに勝った以上はその責務は全うするしかないんだ.....。関係者には観客席側の照明を少しだけ暗くして、ステージから見えにくいようにしてもらった。それに練習で教えてもらった通り、目の前を見る必要はない。ただ歌と踊ることだけに全ての神経を使うんだ」
「いやいやいやいや!!!!見られているだけでもう駄目なんです!!」
「すみません!そろそろご移動の方をお願いしたいのですが...」
『ウイニングライブ』
それはミヤビにとって、レース以上に過酷な「公開処刑」だった。センターポジション。一番目立つ場所。何故センターのど真ん中で踊らないといけないのか....と何度も思うが流石に声には出さなかった。たとえ自分にとっては辛いだけの場所でも、ここに立ちたいと思い果たすことができなかったウマ娘が幾人もいるのは理解している。このレースだって自分が勝ったことでほか17人は勝ち上がれずバックダンサーとして踊ることになっている。だからこそ他の出走バたちの前ではごねることなく、すごすごとセンターに立つ。それでも怖いものは怖くマイクを両手で握りしめ、長い前髪で顔を完全に隠し、小動物のようにガタガタと震えていた。
(……帰りたい。今すぐ布団の中に帰りたい……)
曲が始まる。周りのウマ娘たちが笑顔で歌い踊る中、主役は蚊の鳴くような声で歌を奏でていてマイクがなければ他の歌声にかき消されそうになる。ダンスは、振り付けというより不審者の挙動に近かった。
しかし、その異様な姿が、逆に観客の度肝を抜いた。
「おい、あの子……震えてるぞ」
「ダークな曲調に合わせた演出か? 憑依型のパフォーマーなのか!?」
「顔が見えない! ミステリアスでクールだ!」
「推せる〜〜〜!!」
ミヤビの極度のコミュ障ムーブは、皮肉にも謎めいたクール系ウマ娘という誤解を生みながら、デビューライブを終えたのだった。
翌朝。トレセン学園の教室。
ミヤビは登校するなり、自分の机に突っ伏して貝になっていた。
「誰か....いっそのこと一思いにやってください....」
クラスメイトたちが持っているスポーツ新聞の見出しが、耳に入ってくる。
『衝撃のデビュー! 新星アヤメミヤビ、戦慄のライブ!』
『ただ速い! 彼女は何者だ!?』
『今日のコラム:ウイニングライブの重要性。アヤメミヤビが問うファンへの感謝の仕方とは』
もはやウマ娘の記事ではない。未確認生物の目撃情報のようだった。デビュー戦が始まって早々に出てきた逸材として、ウイニングライブの様子から自己を出さないミステリアス系ウマ娘など話題を掻っ攫っていた。トレーナーが手を回していなければ、取材陣に包囲されて暫く寝込んでいただろう。
(走りが認められたのは嬉しいけど注目されてるのが辛い....。ただ走りたいだけなのに....ああああああああ!!)
「おやおや、朝から随分と陰気な空気を背負っているじゃないか!」
突然、教室の空気を裂くような朗々とした声が響いた。顔を上げずともわかる。テイエムオペラオーだ。
「ミヤビ君! 昨日のライブ、実に前衛的(アバンギャルド)だったよ! ボクの輝きとは対極にある、深淵なる闇のパフォーマンス……。嫌いじゃない!だが負けていられない!ボクもすぐに君に追いついて見せよう」
オペラオーがバサァッとスカートを翻す。その風圧でミヤビの前髪がめくれそうになり、彼女は必死に押さえた。
「や、やめてください……。私はただ、石ころのように静かにしていたいだけで……」
「石ころ!? ノンノン! 君は原石だ! さあ、顔を上げたまえ! このボクが、君の闇すらも照らしてみせよう!」
オペラオーがミヤビの手を取ろうとした、その時。
「.......あなたたち、ここは教室よ。静かにしてちょうだい」
教室の温度が数度下がるような、低く、冷たい声がした。窓際の一番後ろの席。アドマイヤベガだ。
彼女は気怠げに頬杖をつき、眠たそうな目を少しだけこちらに向けていた。
「朝から大声出さないでくれる? ……頭に響くのよ」
「おお、アヤベさん! 君も祝福したまえ! 我がクラスに新たな強敵(とも)が生まれたことを!」
「……興味ないわ」
アドマイヤベガははぁ...とため息をついた後、視線をミヤビに移した。その瞳は、オペラオーのような熱気はなく、どこか寂しげで、すべてを見透かすような色をしていた。
「……あなたのレース見たわ」
ミヤビがビクッと体を震わせる。
「必死だったわね。まるで、何かに追われているみたいに。でも鋭く誰も良さつけない強い走り...。」
アヤベの言葉は辛辣だったが、そこには不思議と嫌味がなかった。むしろ、同じ「闇」を抱える者同士の共鳴のような響きがあった。
「嫌いじゃないわ、ああいうの。....キラキラしただけの走りよりは、ずっとね」
彼女はそれだけ言うと、再び窓の外へ視線を戻し、自分の世界に閉じこもってしまった。
「あはは......アヤベさんなりの褒め言葉ですね」
苦笑いしながらフォローに入ってくれたのは、ナリタトップロードだった。
「でもミヤビちゃん、凄かったよ! 私も負けてられないなって、気合入っちゃった。これから一緒に頑張ろうね!」
トップロードの眩しい笑顔に、ミヤビは目がくらむ。
(太陽のオペラオーさん、月の光のようなアヤベさん、星のようなトップロードさん。私、本当に場違いだ....トレーナーさんだすげでぇ!!!!)
注目を浴びすぎたミヤビは、その日一日中精魂尽き果ててトレーニングを休み自室へ籠るのだった。
翌日 トレーナー室
ミヤビは魂が抜けたような顔でソファに沈んでいた。
「トレーナーさんもう無理です.....クラスメイトが強キャラすぎて息ができません!お昼の時も他の人に声をかけられたりしてもう心がもたないです!!!!」
「流石にそこはこっちでも関与できない問題だ。そこは諦めてほしい。......そのうち嫌でも注目されてるからな。」
トレーナーはコーヒーを淹れながら、レース映像を見直していた。一通りライバル候補は洗っているが、まだ見ぬ素質バがいるとも限らない。常に網を張り、情報を仕入れるのもトレーナーの役割だった。
「....もしかしてまた突破でレース行かせようとしてます???」
「いやそれは今後ない。二度とない。それは誓う。」
そう力強く断言したトレーナーは、自身の担当バへと振り向き、問いかけた。
「なあミヤビ。ティアラ路線に進む気はないか?」