目を開けると、そこは祭儀を行っていた森の中だった。左右を見れば、由利も、袴田先輩もそこに並んでいた。二人は目を覚ましたかのように、周りを見渡していた。
そこでちょうど儀式が終わり、袴田さんが口上を切り上げる。
「これで満月の祭儀は終了となります」
そうして、森から神社へと戻る道を先導していく。
千尋は、由利に声をかけた。
「戻ってこれたね」
しかし由利は千尋の方を見ようともせず、顔を動かして、周りを見てばかりいる。そして、千尋の横を通り過ぎ、袴田先輩に近寄って声をかけた。
「先輩、ちゃんとわかっていないですけど、なにか、何か変ですよね」
「……あぁ。変な感じだ」
「私、誰かに呼ばれたんです。先輩もですよね」
「あぁ……」
「誰かがいた気がするんです。大切な誰か。……けど、そんなことあるんでしょうか」
千尋は由利に手を伸ばそうとするが、諦めてその手を下ろした。
その後、森にいた面々が神社へと帰る途中、千尋は由利の背中を見ながら歩いていく。その背中にかける言葉は見つからない。
神社に辿り着いた後も、由利は周りをきょろきょろと見て回っている。その目の前に千尋はいるが、彼女の視界には入っていない。
「一緒に遊びに行く約束は、叶えられなさそうだね」
千尋は彼女にそう声をかけるが、もちろん反応はない。千尋は一人で神社の外へと歩いていく。明かりを背に受けながら、進む前の道は暗い。
「あとは、一人か……」
そうつぶやくと胸元の蛇が動いて存在を示した。千尋は頬を緩めた。
「そうだね。二人か」
千尋は時間制限があることをわかっていた。タイムリミットは朝、日が昇るまでだろう。それまでに自分の存在をはっきりさせなくてはならない。夜は長いようで短い、千尋は住宅街を抜けて、電車に乗った。夜の電車には会社帰りのサラリーマンや塾帰りの学生がいるが、誰も千尋の方を見ようとはしない。蛇が興味深そうに顔を出すが、それに反応する人は誰もいなかった。
そうして、しばらくの間電車に乗り続ける。目指す先はずいぶん昔に来たきりの、以前の千尋の家がある駅だ。駅に着くころにはだいぶ遅くなっていた。だが、まだ人がいないわけではない。行くべき方向は、自然と理解できていた。千尋は迷うことなく足を進める。
小さな森を歩いていると、道の端に小さな鳥居が見える。夜の道は暗い。恐怖を感じてもよさそうなものだが、千尋の心は不思議なほどに平静だった。
さらに歩みを進めるとトンネルがある。トンネルは天井に明かりが灯されていて、そこを暗い影が行きかっていたのだが、千尋が近づくと逃げるように彼らは去って行ってしまった。
トンネルを抜けた先にある駅にまで辿り着くと、バタバタと慌ただしく人々が去っていく。駅員の姿の影ですら、そそくさとどこかに隠れようとするのだった。千尋はそのまま先に進んでいくと、駅を出てすぐに海が広がっていた。遠くに、明るい街並みが見える。
その海を超えるための船は今しがた出発したようだ。慌てて出航したせいで、乗り場の近くには人が固まっていて、落ちそうになっている人すらいる。
「どうしようか」
千尋は胸元の白蛇に話しかけると、頷いたように身体をくねらせて千尋の胸元から飛び出ると海の中に飛び込んだ。
慌てて千尋が海をのぞき込むと、そこから大きな白蛇が姿を現す。そして、千尋が乗りやすいようにその体を千尋に近づけた。
「落とさないでね」
千尋が白蛇の頭の方に乗ると、白蛇は頭を揺らさずに身体だけをくねらせるような器用な動きで海の上を進んでいく。
影の人たちが乗る船の横を通り過ぎて進んでいくと、千尋からは船の上の影が驚いた顔をしているのが見えた。
そうして進んでいくと、船も遠くなっていく。暗闇の中を千尋と白蛇だけが進んでいく。周囲には何もなく、静かだった。
千尋は白蛇の上に乗りながら話しかけた。
「私、前にも一度こんな風に載せてもらったことがある。その時はね、空を飛んだの」
白蛇はそれに対してなにも返さない。
「あなたは……」
千尋は質問をしようとした。けれど、その先を口に出来ず、黙ってしまう。
そのまま沈黙の時間が過ぎて、明かりが煌々と照らされている街並みが近づいてきた。
「ねぇ、あなたの名前はシロでどうかしら。安直かもしれないけれど」
千尋がそういうと、白蛇は身体を縦に大きく揺らす。千尋は慌てて蛇の体を強くつかむことになった。海にも大きなしぶきが上がった。
「ふふ、頷いたってこと?」
そう言って千尋が笑い声をあげると、蛇は再び縦の動きをしてみせて、千尋はさらに大きな声をあげることになった。
町の間を千尋は進み、その後ろから大きくなったままの白蛇が続いていく。街の中の人たちは慌てて逃げ出し、店主は扉をしめていく。
千尋は迷わずにまっすぐ奥に進んでいく。少しだけ朝が近づいてくる気配が出てきていた。
一番奥に辿り着くと、そこには大きな建物がある。建物の前には橋がかかり、その入り口には大きく湯の一文字が書かれている。かつて、千尋が暮らした湯屋だ。
その前に立つのは、一人の魔女の姿。
千尋は橋を渡り、魔女の目の前に立つと口を開いた。
「ここで働かせてください」
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