千と千尋の神隠れ   作:鳥野ケイ

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第7話 底なし穴

 休み明けに学校に行くと、クラスメートの中にも神社にまで見に来ていた人が居たらしく。「巫女さん姿似合ってたじゃん」とからかわれたりもした。しかし、逆に言えばその程度の話しかなく変わったことは特になかった。祭儀の時に起こった出来事が嘘だったかのようだ。

「志田は休みか。えーっと、苑原ー」

「はーい」

「先生、私、抜かしてますよ」

「ん? おぉ、すまんすまん。仙石も出席な」

 授業を受けながら、千尋は少し考える。

 新月の祭儀が終わった後は、神社の社務所の方に戻り、宴会が始まった。寿司を中心に豪勢な料理が振舞われ、周囲の大人達がお酒を飲み始める中、千尋たちもジュースを飲んで、いくつか料理をつまんだ。

 その日はそれで帰ることになり、由利の両親が車で迎えに来てくれたので、千尋も一緒に自宅まで届けてもらった。そして、その後は特になにも変わりが無いように思える。

 あの祭儀の時に、何かしらが起こったのは確かだ。しかし、千尋には何があったのかよくわからなかった。祭儀の時に念のため持って行った保険も特に変わりがなかった。

湯屋の“魔女”のように、目に見えておかしな事が起こせるなんてことはないのだ。けれど、袴田さんであればその辺りも知っているかもしれないが、最初から疑って問い詰めるわけにも行かない。

(このまま、なにもなく終われば一番それが良い)

 どちらにしても満月までもう二週間もない。それさえ終われば大丈夫なのだ。千尋はそう無理やり自分を納得させた。

 

 学校が終わった後、由利と一緒に教室を出て、そのまま一緒に帰り道を歩いて行く。学校を出たところで由利が口を開く。

「ねぇ、千尋。満月のお祭りが終わったら、どこかに遊びにいかない? お金も入ることだし」

「あ、うん。いいよ」

「やった。どこにしようか。ちょっと街まで出るとか? よく考えると、あんまり休みの日に一緒に遊ばないもんね」

「そうだね。あんまり遊ぶ余裕もなかったからかな……」

「あー、昔はそうだったね」

 神隠しから帰ってきた後は学校の補習があったし、それからは家族関係のゴタゴタもあって、あまり余裕がなかった。

「そう考えると、もう長い付き合いだね」

「うん。小学校からだもんね」

こちらの世界に戻ってきた千尋が小学校に通い始めると、同級生は皆、千尋が“神隠しにあった家族の一人”であることを知っていて、学校でもどこか遠巻きにされていた。

最初の頃はからかってくる男子もいたのだが、それに対して千尋が抵抗すると、気味悪がって近づいてこなくなった。抵抗と言ってもたいしたことではない。ただ、真っ正面から相手のことを見据えただけだ。あの世界の従業員と一緒に働いていた千尋にとって、同級生のからかいなど大したことがなかった。結局、それだけで千尋は「気味が悪い奴」という評価になってしまった。

引っ越してやって来た千尋は、ただでさえ彼らにとっては異物だ。それに千尋は放課後に補習を受けるために、一緒に遊ぶと言うことも出来ない。ひとりぼっちになるのも仕方ないことだった。

そんな中で唯一千尋に仲良くしてくれたのが、その当時学級委員長をしていた由利だった。

「今考えると、私は由利に凄く助けられているね」

「そんなことないよ。私は私で千尋に興味があったし」

「そうなの?」

「うん。なんか一目見て、大人っぽい子だな、って思って、仲良くしたいなって。あの時からかってきた男子も、たぶん千尋のことが気になってたんだよ」

 そんなことを話しながら歩いていると、前から歩いてきた男性が由利に真っ正面からぶつかった。由利は小さく悲鳴を上げて尻餅をつく。

その人が由利に構わずそのまま去って行こうとするので、千尋は思わず声をかけた。

「ちょっと! ぶつかりましたよ」

「え……? あ、すいません。気がつかなくて。大丈夫ですか?」

 ぶつかってきた男性は、声を掛けた後は本心で心配してくれているように見えた。

千尋と由利は怒りを露わにするが、その人は「本当に気がつかなくて、ごめんなさい」と真面目に謝ってくれる。

気をつけてくださいね、と話を終わらせた後、千尋は今の状況に違和感を覚えて、由利の方を向いて、目を凝らした。

「もうなんなんだろうね?」

「由利……。萱森神社に行こう」

由利の身体は、意識しなければ分からなかったが―――少しだけ透けていた。

 

 

 

 巫女として働くときに渡された電話番号に連絡して、相談したいことがあると伝えると時間は取れると伝えられた。

 千尋たちは電車に乗って萱森神社に向かった。その途中、電車の窓から外の光に照らされると薄ら光を通した。

「えぇ……、どういうこと……?」

 由利は存在が薄れてきているということを未だに理解しきれていないようだった。由利の身体感覚としては何も問題は無いので、まず困惑が来ているようだ。

(あの時みたいだ)

 千尋は神隠しにあった最初の夜に、自分が消えてしまいそうになったことを思い出した。あの時、千尋は現実を受け入れられず、嘘だ、嘘だと思いこむことしか出来なかった。

(ハク……)

 千尋は久しぶりに心の中でハクに助けを求めた。ハクは消えそうだった千尋の元にやって来て、ご飯を食べさせてくれた後に、仕事が必要だと助言をくれた。けれど、今の状況で助けが来ないであろう事も分かっていた。

 この状況をどうにかするために、何を置いても元凶である袴田さんの元を訪ねるのが必要だ。

幸い、交換条件はある。

 千尋は鞄の中にある紙に目をやりながらそう考えた。

 

 神社に着くと、袴田さんが出迎えてくれて、先日も来た座敷に通された。余裕があるのか、彼は落ち着いた様子だ。千尋は内心じれったかった。

 座布団の上に座ると、千尋は早速尋ねた。

「この前の儀式は、なんだったんですか? 私たちに何が起こっているんですか?」

「なにと言われても。普通の儀式ですよ」

「それじゃあ、由利……、仙石さんの様子はどういうことなんですか?」

「様子? 普通にしか見えませんが。少し、あの儀式で少し繊細になっているんじゃないですか。不思議な事を儀式に紐付けてしまう、と言うような」

 千尋が言葉を無くしていると、由利が口を開く。

「そんな、見てくださいよ!」

 由利が自分の手を見せるが、それにも袴田さんは反応しない。

「……どうやらお疲れのようだ。精神的なものでしょう。こちらの方で祈祷などは可能ですが」

 どうやら、話をする気はなさそうで、袴田さんには全く話が通じない。

 ここまでしらを切るようであれば仕方ない。そう考えて、千尋は鞄の中から紙を取りだした。

「関係ないですが、私、間違えてこの紙を持って儀式に参加してしまったんです」

 それから千尋は、袴田先輩からもらった連絡先の紙を見せる。本名である「袴田弘毅」と、その下に連絡先が書かれている。そしてその文字は少し薄くなっていた。

 それを見ると、袴田さんは眉間に皺を寄せて、いらついた表情を見せた。

「……全く、なんてことをするんですかね」

「何のことです?」

 千尋もとぼけると、袴田さんは溜息をついた。

「……仕方ない。説明しますから、代わりにその紙はこちらに渡すように」

「内容次第です」

 千尋がそう言うと、袴田さんは渋々ながらも口を開いた。

 

 この地域がまだ発展する前から萱森は周りよりも一際深い森で、そこには古く力の強い神霊がいるとされていた。

 そのために、この地は神聖とされる一方で入る事を禁止された場所でもあった。

 その儀式がいつから始まったのかは分からない。ある飢饉の際に、古い神に人身御供を捧げることとなった。人身御供となった人は神隠しにあったとされた。その時、神隠しにあった人の名は消されることとなる。

 その儀式はそれからも繰り返し行われ、いつしか儀式は洗練され手順が固まり、いつしか先に名前を捧げ、捧げられた人が神隠しに遭うこととなった。

 

 袴田さんの口から、儀式の経緯が淡々と語られる。

「神隠しに遭うということは縁が切れたということなのでしょう。満月の際には、縁が切れた状態となった純粋な存在となり、その方が捧げる対象となるのです」

「この儀式で消えるのは一人なんですか?」

「えぇ、通常ならそうです」

 千尋は一度目を閉じてから尋ねた。

「……私を儀式に巻き込んだのは、私を神隠しの対象にするためですか?」

 袴田さんは悪びれもせずに答えた。

「えぇ、あなたは親御さんとも離れて暮らしていますし、この地の人ではないですから。人との繋がりが少ない方が先に消えるようなのですが、一体なぜ仙石さんの方が進みがはやいのでしょうね」

 由利が怒りの表情を見せるが、千尋はそれを制した。ここで何をしても変わらないのだ。

「中断する方法ないんですか? 紙を破るとか」

「紙は繋がりの証明なので、破ったり燃やしたりしたらどうなるかわかりません。どうなるかは分かりませんが、オススメはしませんね。あぁ、弘毅の紙は渡してください。無くされても困るので預かります」

「本人には伝えるんですか?」

「えぇ、そうですね。しかし、弘毅はこの神社の跡取りとして色々な場所で顔見せしています。あなた方よりも消えにくいでしょう」

 いくつか話をしたが、有効な話は出てこなかった。そのうち、時間も遅くなってきたので千尋たちはその場は神社を後にした。

「私たち、どうなるんだろう」

 そんな風にいう由利に、大丈夫、しっかり自分を保とう、と言って、千尋は励ました。

「もしまた違和感が出てきたら、私たちで連絡を取ろう」

 そう言って、その日は由利とは別れた。

 

 帰り道、人が多い電車に乗りながら、窓に向かって自分の手を広げてみた。うっすらと薄くなっているようにも感じる。千尋も神隠しの対象にはなっているのだろう。

―――だが、由利の方が進みが早い。

消えるなら千尋の方がよかったのに、由利に言えば怒られるかも知れないが、そう思った。千尋は自分の無力さが悔しかった。

 そして、数日後、嫌な予感はさらに増していくことになる。

「千尋……、おかあさん達が、私のことを無視するの……」

 

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