出会い
むしゃくしゃした気分を抱えながら、濃い金髪の少女――中聖リーザは人気のない道を歩いていた。
「はぁ……」
透き通る青空を眺めたところで、たいして気分は変わらない。むしろ薄暗い路地裏を進めば進むほど、私の機嫌まで引きずられて沈んでいくようだった。
原因は昨日の模擬戦だ。
学園一のチームを決める大事な試合だったのに、またしても敗北に終わった。今度こそトップであるFOX小隊から称号を奪えると思っていたんだけど。
序盤は間違いなくこちらが優勢だったはず。どこから戦況が傾いたんだっけ?……私が陽動につられたところか。
自分以外のチームメイトが制圧されたのに気づいたのも後の祭り、慌てて自陣に戻ったらオトギ先輩の狙撃で銃を撃ち落とされたのだ。
陽動で私を釣ったポイントマン*1――クルミ先輩の盾を無理やり取り上げ、腹パンで沈めて一矢報いたところまでは覚えている。
その後は奪った盾を敵小隊長であるユキノ先輩に投げつけたのだが、あっさり避けられた。その後は集中砲火で私もダウン。
こちらが全滅したのと比べ、向こうはたったの一人しか倒れていない――惨敗だ。
というか、いつもと同じような結果である。毎回、倒せるのはポイントマン一人、状況次第でもう一人いけるかどうかだ。
「決闘形式なら余裕で勝てるはずなんだけど……」
そう思っているからこそ、チーム戦になると敗北を重ねる現状がどうにも納得できない。1VS1形式での戦いならば私はどの先輩にだって勝てる。そのまま連戦しても勝ち続ける自信があるくらいだ。
出身自治区を飛び出し、この学園に入学してすぐ私は頭角を現した。積み重ねてきた戦果も、一つや二つではない。私とチームを組みたいという同級生も、決して少なくなかった。
でも件の先輩たちとチーム戦になると途端に勝てなくなる。あの狐耳たちは抜群の連携でこちらの体力をじわじわと削ってくるのだ。
チームワークという一点において、FOX小隊は他のチームとは一線を画している。噂では小隊長であるユキノ先輩が、部隊員全員の動きを秒単位で統制している*2と聞いたが……。
もしかしてあの耳が連携の秘密だったりするのだろうか?あれは自前のもので、何か特殊な装備ではないはずなんだけど。
そして敗北後はいつもカリカリしている、生意気系狐耳ポイントマンから、やれチームとの連携だの、周囲への観察力がなんだのとお小言をたくさんもらった。
……まあ、自分でも自覚している点も多かったし、納得いかないわけじゃないけど。
でも色々言われてイラっとしたのも事実だったので、「毎回やられている人の言葉は重みがあるわね」と言ったら顔を真っ赤にして怒り出した。クルミ先輩は沸点が低すぎると思う。
気晴らしでもしようと思っていたのだが、学園の生徒は訓練でもないと戦ってくれないのだ。付き合ってくれそうな狐耳先輩たちは任務らしいし。
相手がいないのならば、自分から相手を見つけるしかない。だから寄り道して憂さ晴らし治安維持活動をしているのだが……釣れない。不良に絡まれる『幸運』を期待していたのだが。そういえばチラリと目に入ったテレビの『今日の運勢』ではアンラッキーだったな。
『羽付き』なんて不良からしたら鴨がネギを背負ってくるようなものだ。ヘルメット団やスケバンの集団にでも見つかれば『金が呼吸しながら歩いている』と言わんばかりに入れ食い状態になるはずなんだけど。
「……まあ、こんな日もあるか」
いくら治安が悪い路地裏だって、不良が24時間常駐しているわけでもないか。彼ら彼女らにも生活があって、毎日を生きているのだから。働きに出ることもあるし、どこかに遊びに行っていることもあるだろう。
あと考えられるのは……ああいう集団はうっすらとした繋がりがあるらしく、集会なんかも開催していると聞いたことがあったっけ。
私と出会えなかった不良たちの『幸運』と、スッキリした気分になれなかった私の『不幸』が逆転することを願いながら、そろそろ諦めて帰ることにする。任務で出撃中だった先輩たちも、もう帰ってきているかもしれないし。
「あっあっあ……あとちょっとなのに……」
道の角を曲がると自動販売機の下に必死に手を伸ばしている生徒の姿が目に入った。
小銭でも落としたのだろうか?それとも誰かが落とした小銭をかき集めているのかもしれない。金に困ったヘルメット団とかがよくやっているやつだ。
彼女の小銭ではない場合、もちろん遺失物横領罪にあたるのだが……まあ、ヴァルキューレ警備局だってこの程度のことでいちいち目くじらを立てないだろう。個人的にもどうでもいい些事だ。
珍しくもない光景なので特に意識することなく通り過ぎようとすると、後ろを通りかかったあたりで人の気配を察知したのか少女は急に飛び上がった。
「――ひっ……あ、あの!」
「何?」
「も、もしかして……ここを縄張りとしている方、だったりしますか?」
自動販売機下に忘れられた小銭を回収するのにも縄張りとかあるのか?……まあ限られた資源と言えなくもないので、不良たち同士で取り合いにでもなっているのかもしれない。
しかしそういうのと間違えられたのはとても不名誉だ。公権力に所属している立場なのに不良に間違われるとは嘆かわしい。
思わずため息をつくと、彼女はまた僅かにビクッと震えながら振り向いてきた。媚びたような態度の裏には警戒心と脅えが見て取れる。
「すぐに消えるので、撃たないでくれると……うれしいなーって……」
「私は自動販売機の下には興味が無いし、あなたを撃とうだなんて思っていないわ。ただの通りすがりのSR……一般人よ」
「……良かったです……あれ……でっかい羽根……トリニティ生?……不良以外も出没するんだ、ここ……」
こちらに害意が無いとあからさまな態度で安堵する彼女。いくらなんでも怖がり過ぎじゃないか?
あまりに忌々しいことに私はあまり身長が高くない。もちろん将来的には急成長することが約束されているはずなのだが、それでも現時点では低身長と言われても仕方がない。
そして『獲物』に警戒されないよう、愛銃は一見して分からないように隠してあるし、表情も繕っている。つまり怖そうな人には見えないはずだ。
そもそも初対面の人にここまで恐れられた経験なんてないぞ。この子は対人恐怖症なのか?それにどこか変な感じが……まあ、別にいいか。
「話はこれで終わり?じゃあね」
抱いた違和感を拭い去れたわけではないが、何かしでかしそうな雰囲気でもないし、『仕事』をする必要もないだろう。明日には記憶から消し去っているであろう一期一会だ。
私はその場から去ろうとすると、行く先に彼女は回り込んできた。
「ま、待ってください!……その、手伝ってくれませんか?」
「は?」
手伝うということは、私に自動販売機の下に手を突っ込めという事か?あの狭い隙間に彼女の腕が入らなかったのは察せるし、私なら入るかもしれないけど……普通に嫌だ。
どう考えても清潔な場所ではない。嫌そうな顔をすると彼女の勢いは弱くなったが、言葉は止まらなかった。
「その……昨日から何も食べてなくて……水しか口に入れてないんです……」
まあ、そうだろうな。こんな事しているくらいだ、彼女は間違いなく困窮している。服も恰好もみすぼらしいようには見えないけれど、何か事情があるのかもしれない。
行き倒れでもしたら寝覚めが悪いか。市民の助けになるのも、私たちの『仕事』だ。やることは軽犯罪だけど。
「いいわ、少しだけ手伝ってあげる」
「ありがとうございま――へっ? なんで自販機に抱き着いているんですか?」
「持ち上げるためよ」
ギシ、と金属が軋む音が辺りに響いた。設置場所の関係か、中の飲み物はあまり売れていないらしい。そのせいで思ったよりも少し重い。なんでこんなところに設置しているのやら。
「ヒエッ……キヴォトス人にしてもやばくない?何の神秘?……というかネームド?こんなキャラいたっけ?」
「ほら、眺めてないでさっさと拾って」
「え、あ……はい!」
床に散らばっている何枚かの硬貨を慌てて拾い集める生徒の全身を観察して、やっと自分が何に違和感を覚えたか理解した。
もちろん捲れたスカートから彼女の下着が丸見えに――というか尻すら露出しそうなことにではない。『淑女』として指摘するかは大いに迷うところだが、彼女自身は気づいていないようだし、そこは私が黙っていれば『無かったこと』になるだろう。
それよりも気になるのは彼女は銃を所有していないことだ。それどころかポケットに忍ばせられるようなハンドガンや手榴弾すら持っていない。何一つ武装をしていないなんてあまりにおかしいじゃないか。
『銃を持ち歩かないのは、全裸で街を歩くよりもおかしい』*3とは誰の言葉だったか。口よりも拳よりも先に銃弾が飛び出すことが珍しくないキヴォトスではあまりに無防備だ。
彼女がとんでもない変人ということが判明したが、偶然出会っただけの関係である。事情について尋ねることはしなくていいか。
妙ちきりんな宗教にでもハマって銃を持っていないだけなのかもしれないし、彼女から口にしない限り私が理由を知ることもないだろう。
「こんなに拾えるとは……これで飢えずに済みます!」
数分後、彼女がホクホク顔で拾いあげた硬貨を見せてきた。自動販売機の下を漁ったことが無い私からすると良好な結果かどうか分からないが、彼女からしたら十分喜べる結果だったらしい。
しかし合計78円……「飢えずに済む」と表現するにはあまり心細すぎる金額なのだが。普段は何を食べているんだ?それとも何か勘違いしているのか。
「そう、良かったわね」
「ありがとうございます! このお礼はかなら――かなら、ず……」
自らの状況を思い出したのか、彼女は最後まで言葉を紡げなかった。こんな事しているやつが、他人に気を遣う余裕なんてあるはずがないのは明白だ。
「無理をしなくてもいいわ。どんな状況なのか大体想像つくから」
「いえ、そういうわけには……。ほら、この500円玉があればジュースくらい――」
「それ、500円玉に見えないけど?」
「えっ?……これ、ゲームセンターのコイン!? こっちも!? 噓でしょ……」
「残念だったわね」
「……おのれキヴォトス、なんでこんな上げて落とすような不幸を……転生させるならお金とか武器とか学籍とか用意しとけよ……まずい、このままだと原作始まる前に飢え死ぬ……う〇い棒で生きていける訳ねーだろ……なにが透き通る世界観でおくるだよ……こちとら銃に触ったことない一般人だぞ……まじでどうしよ……もう漁れる自販機ないよ……詰んだ……」
目の前の『変人』はショックを受けている。彼女にとっても78円という成果は満足いくものでは無いみたいだ。
「では今度こそ失礼。あなたに幸運が訪れることを祈っているわ」
「ああああ、待ってください!」
思ってもいない適当な社交辞令を投げかけて去ろうとすると、再び呼び止められた。まだ何かあるのかよ。
「えーと……ふと思いついた、この状況から脱する最終手段……い、いけるか?……初めて見たスケバンやヘルメット団以外の生徒だし……オラついてないし……助けてくれたし……それに見るからにお嬢様っぽい……なんでこんなところにいるか分からないけど……ワンチャン……」
こちらを見ながら、呟いている姿は完全に不審者のソレだ。
一体何を考えているのやら。もしかしたら期待したほどの成果が無かった代わりに、私を『収穫』する気かもしれない。
こちらとしては望むところだし、もちろんそうなったなら喜んで相手に――いや、さっき私の力にもあからさまにビビっていたし、そもそも武器を持っていないんだっけ。じゃあ襲ってくるってのはなさそうだな。
「その羽、天使族ですよね! トリニティ出身ですか?」
「ええ、そうだけど?」
「よし! ……大当たりだ……うまく行けばエデン条約編にも関われるかも?……トリニティなら飢えて野垂れ死ぬこともないはず……覚悟を決めろ私……優雅なトリニティ生活はすぐそこにっ……私の未来をここに賭けるっ!」
何が『よし』かは分からないけど……次に出る言葉は「お金を恵んでくれ」か?
トリニティ自治区の生徒は確かに他校からはお嬢様学校としても知られていて、『金満トリニティ』と揶揄されるくらいには豊かな自治区だ。
所属している生徒も裕福な方が多いのも確かである。だからといって見ず知らずの人にお金をばらまくような奴はそうそういないけれど。
本当に困窮しているのならば、彼女は自身の母校に相談するべきところなんだけど。もしかしたら退学にでもなっているのかもしれない。
これも何かの縁だし、行く当てもないのなら職安*4にでも案内すればいいか。
ヴァルキューレ警察学校もありだな。あそこは万年人手不足だし、前科まみれでもないのなら入学させてくれるだろう。
そこからどの所属になるかは彼女次第だ。生活安全局や交通局ならともかく、公安局は給料も結構いいはず……これまでの様子を見る限り、そこまでの見込みは無さそうだけど。
「あの!……私を――」
覚悟を決めたような顔をした彼女が口を開く。ようやく言うべきことが決まったようだ。まあ、どんな頼み方をされたところで、見ず知らずの他人にお金を恵んでやるほど私は聖人じゃない。
とりあえずお金を貸してくれと言われたら、断ってまっすぐ職安に案内しよう。たしか距離的にもそっちの方が近いし、そろそろ帰ろうと考えていたところだ。それに私はもう十分『仕事』をしたと思う。
「私を――雇ってください」
「お断りします」
なぜか呆然としている彼女を見ると、急に変なジョークを飛ばしたわけではないみたいだけど。本気なら、いくらなんでも唐突過ぎやしないか?
えーと、こいつ名前は……そもそも名乗られてすらもいなかったか。
「ナントカ様のこれからのご活躍を心よりお祈り申し上げます」
こう断ればいいんだっけ。バイト探しとかやったことないけど、たしか不採用のときは、こういうやり取りが発生するはず。
「雑っ!! もうちょっと考えてくれてもいいじゃないですか!」
「初対面の人間に雇用しろと迫って成功するわけないでしょ」
「えーと、まあ……それはそうといいますが……でも、ナントカ様ってのはひどいような……」
「なぜか教えてあげましょうか? あなたが名乗ってないからよ」
「うわっ、すっごくトリニティっぽい嫌味……あ、忘れてました。えへへ……えーと、私の名前はー……名前、は……」
なぜ自分の名前を言うのにも戸惑うのか。
「え、どうしよ……名乗る機会とかなかったし……最後見ていたものからとる?……たしかハーメルンを……ハーメルン、ハーメル……メル……私の名前はメルハです!」
うん、偽名だな。自分の名前を出すだけなのに、ここまで思案する必要なんてあるはずがない。
「えーと、その、お嬢さまのお名前をうかがっても?」
「クルミよ」
「……え、クルミ?……FOX小隊の?……まあ、同名の人くらいいてもおかしくないよね……」
偽ってくる相手に正直に話す必要もないし、とっさに思い浮かべた先輩の名前を出すことにした。
まあ何かあっても大丈夫だろう。先輩の役割であるポイントマンはいつだって小隊の先頭に立つ存在、後輩の身代わりになるぐらいへっちゃらなはず。……バレたらカリカリされるだろうけど。
「別によろしくしなくともいいわ、もう会うことも無さそうだしね。じゃあ、今度こそさよならね」
「はい! 帰りましょう――私たちの『家』に……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……こう、雰囲気出してみたんですけど……やっぱ無理ですか?……」
「当たり前でしょ」
まるであるべき立ち位置の様に、私の横にススっと移動してきた彼女を白眼視する。
最初に会った時の警戒心はどこへいったのやら、かなり図々しい態度だ。少し冷たくしたら離れていくと思ったんだけど、妙に執着してくるな。トリニティ出身って言ったからか?
「えっと、ほら……お互い自己紹介しましたよね?これはもう知己であると言えるんじゃないでしょうか?」
「見ず知らずの他人よ」
お互いの名前も把握してない、全くもって無縁の存在だ。
「小間使いでもメイドでも護衛でも何でもしますよ?私は役に立ちます……昨日、スケバンに絡まれた時も、見事に逃げおおせ――ゴホンゴホン、何事もなく切り抜けましたし!」
「逃げただけじゃない」
それくらいなら、戦闘慣れしていない生徒だってできるだろう。どういった状況での出来事かは知ったことではないが、自慢できるほどのこととは思えない。
「いやいや、超ピンチでしたよ! 自動販売機の下を漁っていたら、ここいらを縄張りとしているスケバンに見つかってしまいまして……なんと20人くらいに追い回されたんですよ!? 転生スペッ……じゃない、この身体能力が無ければ袋叩きにされるところでした!」
そんな経験に遭遇したから、私と会った時にあんな態度だったのか。まあ、偽名を名乗るような奴だし、多少数字を盛っていると考えるべきだろうけど。
……本当は15人くらいか?まあ素人がそれだけの人数に追い掛け回されて、捕まらなかったのなら、この自己評価もおかしくはないか。
「なるほど、つまり身体能力が自慢なのね」
「そうです! ……囲まれても逃げ切れたんだから、キヴォトス人基準でも高いはず……たぶん……このチャンス掴まないと……心苦しいけど多少嘘でも……だから、私を雇って――」
「分かった、職安に案内してあげる」
「何でですかっ!?」