「待たせたわね、メルハ」
「あ、お嬢さま! ちょっと確認してもらいたいことがありまして……」
ずっと温めていた『写真作戦』が失敗に終わったので、次はどんなサプライズを用意しようかと思案しながら、私はメルハと合流した。彼女はなぜか難しい顔で白いタブレットをいじっている。
メルハも私同様、連邦生徒会指定の白を基調とした制服を着ているのだが、こうして見るとあまり似合っていない。馬鹿っぽい印象がそう感じさせるのだろうか。
「どうしたの、何か緊急事態?」
「あー……おそらくそこまでじゃないはずです。そう珍しくない光景かもしれません……たぶん……キヴォトスだとありがちっぽいし……どう考えてもイカれているけど……」
メルハの様子を見る限り、大した案件でもない様だ。連邦生徒会長とリンちゃんとは議論するために大分頭を使ったのだ、面倒事は後回しにしたい。それにモタモタしていると目標人物たちとすれ違ってしまう可能性もある。
「じゃあ後で聞くわ。先にFOX小隊の先輩方を見つけましょう」
「はーい」
「クルミ先輩にもたっぷり『挨拶』をしなくちゃね?」
「お嬢さまが連邦生徒会の役員になっても、二人の関係は変わりませんね……」
そりゃそうだろ。私にとってクルミ先輩は、テルミット反応の如く簡単に炎上する、吸引力の変わらないただ一つのマスコットだ。
「……あら、これは奇遇ね。FOX小隊の先輩方」
「久しぶりだね、リーザちゃん。それにメルハちゃん」
「お、やっほー! リーザは対策室長様って呼んだ方がいいかな?」
さも偶然会いました、という体で声をかけると小隊を代表してニコ先輩とオトギ先輩が応じた。メルハはすでに小隊長であるユキノ先輩の方へ話しかけに行っている。クルミ先輩だけは嫌な奴に遭ったと言わんばかりの苦い顔をしていたが。あんなに仲良く『してやった』というのに、そんな顔を向けられるなんて私は悲しいぞ。
「今まで通りでいいわ、先輩方。所属は変わっても私たちの関係は変化していないつもりよ――」
少し間を置いて、クルミ先輩に微笑みかける。何かを察したのか彼女の嫌そうな顔はますます悪化した。
「――何をしているのクルミ先輩?早く這いつくばって崇めてよ。私、偉いんだけど?」
「誰がするかっ! 一瞬で矛盾してんじゃないわよ!」
「矛盾?何のことだか。私はクルミ先輩にいつもそうされていた記憶があるもの」
「あんた怪物と戦い過ぎて頭おかしくなっているんじゃないの!」
失礼な。毎度毎度苦も無く……っていうわけでもないけど、ほぼ完全勝利を収めてきたんだぞ。おかげで連邦生徒会内における対策室の存在感は日々増しているのだ。
ログインボーナスの如く、早速顔を真っ赤にしたクルミ先輩を見て、オトギ先輩はとりなすように口を開いた。
「まあまあ、落ち着きなってクルミ。リーザも久しぶりだからって、カリカリさせ過ぎだよ」
「ちょっと欠乏気味になってきたから、補充しておこうと思っただけよ」
足りなさ過ぎてメルハに「ちょっとクルミ先輩を買ってきて」と言いかけたこともあるくらいだ。こんなにも先輩のことを『敬愛』している私に、敬う心が足りないとのたまうだなんてクルミ先輩は罪な女だ。もっとカリカリさせてバランスをとる必要があるな。
「最近忙しすぎて、なかなか顔を合わせられなかったもんね、私たち」
「……ええ、そうね。学園最優であるFOX小隊に回ってくる任務は多いでしょう?」
「そっちも設立したばかりのせいですごく忙しいって聞いたよ」
「そうなんです! 私たちも東奔西走するせいであんまり学園に帰れませんし……。ニコ先輩のおいなりさん、もう長い間食べていませんよね。お嬢さま、やっぱり私たちって忙しくし過ぎじゃありませんか?」
「しょうがないでしょ。学校を新しく建てるのがこんなに大変だと思わなかったわ」
対策室傘下の実働部隊を育成する学校は、まだ建設中だ。隊員も今はSRT特殊学園からの引き抜きが中心で、私たちは依然として同じ学園を拠点にしている。
「ねぇ、リーザちゃんたちの学校が出来たら遊びに行ってもいい?」
「もちろんいいわよ、ニコ先輩。顔馴染みもいるし、新入りがいたらSRT特殊学園と『交流』させるのもいい経験になるでしょうしね」
「お、面白そうな話になってきたね!」
「ふん、手加減がへたくそなあんたに代わって私が新入りを教育してあげてもいいけど?」
まるで人が力のコントロールができてないみたいな言い草だな。SRT時代に私が手を抜かないのは相手が同じ特殊部隊員だからであって、誰かれ構わずにやっているわけじゃないのに。
「FOX小隊は特例としていつでも学園に歓迎しましょう。……ただし例外としてクルミ先輩は参観料を払ってね、身体で」
「あんた何させる気よ!」
「…………そんなこと、ここで口に出すのは憚られるわ」
「あんた本当に何させる気よっ!」
もちろんやらせるのなら楽しいことに決まっているじゃないか、私が。悲鳴のような声を上げるクルミ先輩を見て、胸の奥で不足していたものがようやく規定量に戻った気がした。多忙ゆえのストレスもクルミ先輩がいればすんなり回復だ。
「クルミもリーザちゃんも相変わらず仲がいいね」
「そういえばクルミが嘆いていたよ。手塩にかけて育てた可愛い後輩と話せなくて悲しいって」
「あら、それは本当?オトギ先輩」
「そんな事言ってないわよ!」
「張り合いがないとは言ってたかな……」
「ニコ!?」
オトギ先輩どころか、ニコ先輩にまで後ろから撃たれた形になったクルミ先輩は、目に見えて動揺していた。『小隊のお母さん』がこうして暴露するのだから、相当な回数口にしていたに違いない。クルミ先輩も可愛いところがあるじゃないか。
「そんなに私に会いたかったのね、クルミ先輩?久々に会えて感無量でしょ」
「そんなわけないでしょ! あんたなんか!」
「ふふっ、カリカリして可愛い――ん、メルハ?」
ユキノ先輩と話していたはずのメルハが、いつの間にかこちらの輪に紛れ込んでいた。
その顔は秘密を共有できる瞬間を待ち構えていた子どものように、やけに晴れやかである。
「先輩方、お嬢さまも似たような感じですよ!」
「は?」
「怪物退治のとき、柔軟な対応力とか地形の使い方とか……クルミ先輩の教えが、すごく役に立ったって言ってました!」
「……メルハ、本当なの?それはいいこと聞いちゃったわ」
そんなこと言った覚えは…………ないわけじゃないけど何でここで言うんだ、メルハ。
「はい! お嬢さま共々、クルミ先輩のご指導に感謝しています!」
「黙りなさい、メルハ。サンクトゥムタワーの頂上から突き落とされたいの?」
「ひえっ、何でですか!」
一転して、どこか皮肉げな――オトギ先輩に言わせれば『どこかの後輩に似た』表情を浮かべたクルミ先輩が私を見つめてくる。イラっとする顔じゃないか。全く誰に影響されたんだか。
「ふふふ、リーザも殊勝なところがあるじゃない! 今度からはちゃんと目の前で言うのよ!」
「…………まあ、いいわ。今日はそのつもりだったしね。FOX小隊があの『災厄の狐』を逮捕したって聞いたわよ?」
「無差別に破壊行為を振りまく危険な奴だからな、早急に捕縛する必要があった」
任務の話になったからか、ユキノ先輩が会話に入ってくる。……できればもう少しメルハの相手をしておいて欲しかったぞ。おかげで無駄に恥をかいた気がする。
『災厄の狐』――狐坂ワカモ。連邦生徒会にとって、長年の悩みの種だった存在だ。彼女は高い戦闘力と扇動能力を併せ持ち、これまで幾度となくキヴォトスの平和を乱してきた迷惑なテロリストである。動き出せば大規模な破壊や略奪が横行するくせに、いざ捕えようとすればすらりと姿をくらませる。厄介な生徒だったが、矯正局にぶち込まれて市民も安心しただろう。
「よくやったわね。連邦生徒会を代表して褒めてあげるわ」
「なんでそんな超上から目線なのよ……」
「対策室長様だからね。なんだか遠い存在になっちゃったなぁ」
しみじみと語るオトギ先輩。たしかに連邦生徒会長直属とはいえ、特殊部隊員と連邦生徒会の部署トップとでは、立場の差は天と地ほどある。……まあ、私がさっき会長の執務室で議論してきた権限拡大が通れば、その感想は的外れなものになるが。
「これからはそうでもないかもよ?」
「……どういうこと、リーザちゃん?」
私は、先ほど連邦生徒会長とリンちゃんにも見せた資料を、先輩たちにも差し出した。FOX小隊の面々は、興味深そうに肩を寄せ合って覗き込んでいる。四人で固まるとさすがに狭そうだ。少し申し訳ない気分になる。こんなふうに見せるなら、もう二、三部くらいコピーしておくべきだったな。
「ふーん、やっぱり行政委員会だけあって、結構大きい権限持っているのね」
「えっと、『有事におけるヴァルキューレとSRTへの指揮権について』……これのことを言っているの?」
「ええ、それのことよ、ニコ先輩。怪物退治の際に戦場を封鎖したり、企業の干渉を防いだりするための措置よ。対策室だけでは手が回らない場面もあるから、連邦生徒会長に相談したの。例えば以前――」
私は先輩たちに対策室が設立された頃の話をした。
デカグラマトンの預言者との戦闘中、どこからか嗅ぎつけてきたカイザーの部隊が野次馬のように見物しに現れたのだ。じろじろ見られるのは愉快なものではなかったが、そこまではまだ我慢できた。
問題は撃退後である。あろうことかカイザーの部隊は『観客』でいることに飽き足らず、デカグラマトンのパーツを勝手に持ち去ろうとしたのだ。
しかも随分と居丈高な態度で、「これは貰っていく。戦いで疲労しているお前らは黙って見ていろ。これが賢い大人のやり方だ~」などと言い放ったものだから、私はキレた。全員ぼこ……いや、『丁寧すぎるおもてなし』をして差し上げた。多少消耗していようが、あの程度のカスに負けるはずもない。
もちろんその程度で怒りが収まらなかった私は、ぼろ雑巾同然なカイザーの部隊に『私は薄汚い盗人です』と書いた看板を括り付けて、市中引き回しスタイルで連行してカイザー本社前に抗議書とともに放り捨ててきた。
多少溜飲が下がったので、私としてはそこで終わりでよかったのだが……。今度は株価が下がったカイザー本社からは謝罪と賠償を要求する抗議書が届いた。冒頭はお決まりの「我が社の無実な社員を……」から始まる、読む気も失せる寒々しい文言つきの代物だ。
どうやら未知の怪物と戦うのに、私が現場を何も記録していないと思っていたらしい。私は追加で『賢い大人』とやらがイキってた動画とバカ鎮圧費の請求書を送り付けてやったら、今度こそ静かになったが。
「――っていうことがあったのよ」
「……へー、やっばいねぇ」
「そ、そこまでやるんだ……」
「……やりすぎじゃないの?」
「ええ、全くよ。狩りが終わった途端に獲物を搔っ攫おうとするなんて、カイザーコーポレーションというのは信念のない企業のようね」
「えーと、お嬢さま。先輩方が言っているのたぶんそっちじゃないです……私、カイザーは嫌いだけど……さすがにここまでは……」
今ではカイザーの方から、「あれは担当者が勝手にやったこと」「当社は対策室長の実力と仕事への熱意を高く評価している」「業務提携しないか」などと言ってきているが……うん、誰がするか。メルハほどじゃないし、表立って宣言するつもりも無いけど私もアンチカイザーだ。
「まあ、あの時は相手が弱っちい間抜けだったから良かったけど。やり方次第では毎回完全に防げるかは分からないわ」
「たしかに戦闘中にこっそり持っていかれたら、気づきにくいかもしれないねぇ」
「そうですよオトギ先輩! 実力行使が無理ならってそう考えるヤツがいっぱいいるんです! 警戒するのも大変で大変で……大人から生徒まで頭はっちゃっけている奴多すぎだよ……美少女ゲームの皮をかぶったGTAって言われるだけはあるわ……」
デカグラマトンの預言者――未知の存在の残骸が、技術を扱う者にとってどれほど魅力的な代物なのかを私は見落としていたのだ。あのカイザーの部隊のように力ずくで持ち去ろうとする『次の勇者』は現れなかったが……買い取らせてほしい、研究に使わせてほしいといった打診は後を絶たなかった。
もちろん、怪物の素材で商売をする気はないので断っているが。一度でも流通し始めれば、これで稼げると考える馬鹿が大量に現れるはずだ。企業が私設部隊を整え、相応の準備をしたうえで戦うのならまだマシで、少人数で『一発逆転』を夢見て怪物退治の真似事を始められたらたまったものではない。
人とは違って怪物は情けも躊躇も持たないのだ。最悪の場合、失われるのは金や装備ではなく命である。
「リーザちゃんが公開した情報を見る限り、預言者ってとんでもない兵器を装備している個体もいるみたいだね」
「ええ、そうよ。技術的な管理能力を考慮して、怪物が落としたパーツや欠片はミレニアムの調月リオに預けているわ」
一見すると取るに足らない部品に見えても、どんな危険性を孕んでいるか分からない。リオ本人の希望もあって、対策室では怪物の素材を彼女へ『厄介払い』している形だ。私としても手元に置いておいても持て余すだけだし、倉庫に眠らせるくらいなら研究用として活かしてもらった方がいい。
技術力、人柄の信頼性、そのどちらを取っても彼女以上の適任はいないだろう。科学技術狂いのミレニアムの頂点に上り詰めたリオの能力は本物であり、それを裏付ける実績も十分にある。
「リオって――ビッグシスターの異名を持つセミナーのトップだった……よね?」
「……三大校のトップくらいは頭に入れておくべきことでは?」
公的機関の人間として、それはどうかと思うぞクルミ先輩。
「ちょっと確認しただけ! まあミレニアムなら安心かもね。……それよりもあんた、あちこちに譲渡したりしてないでしょうね!」
「……なんでそんなこと疑うのよ?」
「対策室が設立まで早すぎるからよ。行政委員会が増えるなんてただ事じゃないのに」
裏で金ではなく、『価値あるもの』をバラまいて成り上がったとでも言いたいのか。対策室設立の立役者は連邦生徒会長だと何回か説明しているはずなんだけど……クルミ先輩は私への負の信頼が厚すぎる。
「ご心配しなくても、対策室は真っ当に設立された組織よ。妙な事はしていないわ」
「……本当に?」
うーん、ひどい。私なら何かして当然だと思われているのか。
「メルハ、どうなの?先輩命令よ、答えて!」
「も、黙秘権を行使します! 私は何も見ませんでした!」
その言い方だと何かあるみたいじゃないか、メルハ。私は『真っ当に』影響力を集めて成り上がっただけなのに。
「あのね、連邦生徒会長のお膝元で大っぴらに悪事を働けるわけないでしょ」
「……まあ、それもそうね」
「リーザでも『超人』を出し抜くのは無理かぁ」
「オトギ先輩、できるならやってそうみたいに言わないでくれる?……それに取引相手はちゃんと選ぶわよ。私の厳しい基準を超えられるのはミレニアムの生徒会長だけだから、しばらく素材を譲渡するのは彼女だけになりそうね」
……まあ、一度だけ例外があったが。
「くっくっくっく」と笑う、全身黒ずくめの怪しすぎる人物に、やむを得ず売ってしまったのだ。最初はひときわ目を引く買取金額を提示してきただけの存在だったが、私が金では靡かないと悟ると彼は怪物に関する『情報』も支払うと言い出した。
もちろんデタラメを疑い、いくつか質疑応答を重ねたがそれは彼の持つ情報の正確性を認識させる結果にしかならなかった。金なら切り捨てられるが、確かな情報は違う。未知の怪物を相手にする以上、それは喉から手が出るほど貴重なものだ。
取引があったことを口外しないこと、第三者に譲渡しないことなど、いくつかの条件を取り決めたうえで契約を交わし、彼は満足そうに「くっくっくっくっく」と笑いながらパーツを持って去っていった。
研究者だと名乗ってはいたが、あの物腰の柔らかさにはどこかビジネスマンめいた印象もある。あの風貌と特徴的な笑い方のせいで、外見からの信頼なんて得るのは無理だろうけど。
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あと誤字報告もとても助かりました。全然気が付きませんでした……