「連邦生徒会長が失踪したんだって!? じゃあ今サンクトゥムタワーを奪っちまえば、俺たちが次のキヴォトスのトップってことかぁ?」
「そういうことっスよ、番長!」
「キヴォトスのテッペン、とってやりましょーや!」
「俺たちの強さ見せましょう!」
「よし! いくぞてめーらぁ! このまま攻め込んで――ん、お前は?」
「ごきげんよう、羽虫たち。鉄格子付きの宿泊施設への『引っ越し』に興味はないかしら?」
「「「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!?」」」
相手が返答するよりも早く、私は手にしていた愛銃で目の前の不良どもを『鎮圧』してやった。皮肉のキレも煽りもいつもより控えめだが、最近はこんなのが湧きすぎているせいで私の語彙力も尽きてきたな。それに連戦続きで会話する気力も削がれているのだ。どうせこの後も似たようなのを大量に相手にする羽目になるし。
「キサマ、連邦生徒会の……」
「あら、私も有名になったものね」
対策室長になってからというもの、名前と顔が広がりすぎて『無知なトリニティお嬢様』な顔*1をしても、引っかかってくれるやつは殆どいなくなってしまったのだ。これもいわゆる有名税というのだろうか。
地に伏せている『番長』とやらがよろよろと身を起こす。どうやら一番奥にいたせいで部下を盾にする形になり、唯一気絶を免れたらしい。まあ、立ち上がるだけでもやっとの様子だし、数秒後には部下と同じ運命を辿ることになるだろうが。私は彼の頭を踏みつけ、再び地面と熱いキスを交わさせてやった。
「ぐぺっ!!」
「早速案内してあげるわ。心配しなくとも部下も一緒よ?少し狭いかもしれないけど、あなたたちにはお似合いの部屋だと思うの」
狭いというより、そろそろD.U.地区の牢屋がパンクしそうなので全員まとめて同じ部屋に押し込むしかない、というだけなのだが。四人部屋に十人以上詰め込むのはどうかと思っているが、それほどに拘束施設が足りていないのだから仕方がない。
この程度なら長期拘束にはならないだろうし、少しの間は我慢してもらおう。これで自分を見つめなおして、少しは真面目になれば……まあそうなる望みは薄いか。すし詰めにされた程度で更生するような殊勝な犯罪者なら、最初からこんな暴動は起こしていない。
……というか妙に抵抗感が無いな。もしかしてこの状況から脱しようと隙を窺っているのか?下手なことをされる前に、少し突っついてみるか。
「あら、返事が聞こえないわね。さっきまでの威勢がどこにいったのやら……。キヴォトスのトップに立ちたいんでしょう?このままだと、あなたたちの夢が潰えてしまうわよ?」
「あ、あの……お嬢さま?」
「取り込み中よ、メルハ。後にしなさい」
私は声をかけてきたメルハを押し留めて、再びストレス発散尋問を継続した。キヴォトスの転覆を狙っている相手に手を抜く必要など、どこにもありはしないのだ。
「ほら、こういう時は思いっきり言い返すのがあなたたちの流儀なのよね? もしかして仲間に囲まれていないとろくに口も利けない内弁慶なの?それとも引っ越し先が決まったのが嬉しくて、感極まっているのかしら?」
「や、やりすぎですお嬢さま! もうその人、気絶していますよ!?」
「ん?……ああ、そうだったみたいね、メルハ。」
おっと、いつの間に。『ほんのちょっぴり』だけ強く踏みすぎたらしい。別に隙を窺っていたわけじゃなかったか。挑発すれば簡単に乗ってくるタイプだと思って煽ってみたが、言葉が届く前に意識を手放してしまっていたみたいだ。そこらの雑魚とさほど変わらない。
「倒れている暴徒は拘束しておきますね……涼しい顔で人の頭踏めるのやばすぎでしょ……生徒にあるまじき残虐性じゃん……道路に顔めり込んでいるし……やっぱお嬢さまってフ〇ーザなのでは?……」
「ええ、よろしく」
連邦生徒会の転覆を狙う武装勢力に対し、ヴァルキューレの生徒が鎮圧に失敗したから何とかしてくれ――そう聞いて駆けつけたのだが、本当に大したことないやつだった。この程度の相手に負けるだなんて、対応したのは少数の生活安全局の生徒だったのか?
「これで何匹目よ、連邦生徒会を乗っ取ろうと企む馬鹿は」
「集団で数えると今日だけで四つ目ですね。連邦生徒会長が失踪してから、こういう連中が無限に湧いてきているみたいで……。ところで、こいつらはどうします?」
「ヴァルキューレに連絡して引き取ってもらいなさい。鎮圧できなくとも牢屋への『輸送』ぐらいはできるはずよ」
「了解です」
「あと抗議もしておいて。この程度の『些事』は自分たちで解決しろってね」
公安局あたりが動けばどうとなる程度の相手じゃないか。アホみたいに忙しい対策室にぶん投げてくる案件とは思えないぞ。ただでさえ、各地からの救難要請や連邦生徒会の役員からの火消し依頼などがひっきりなしに舞い込んできているせいで、ティータイムを楽しむ余裕すらもないのに。
交通室から依頼された『ハイジャックされた現金輸送車の奪還』は、まだ理解できる。緊急性の高い案件だし、強力な部隊が優先して対処するのは当然のことだ。マスコミに嗅ぎつけられる前に解決しないと連邦生徒会の看板に罅が入る……まあ、これに関しては、もう手遅れかもしれないが。
私が困惑したのは、防衛室からの『占拠された弾薬庫の解放』やら、ヴァルキューレ警備局からの『不良グループに奪われたパトカーの追跡』といった類の依頼だ。自分たちでやれよ、動かせる戦力があるんだから。確かに対策室は強力な部隊を有しているが、それは『怪物狩り』のためであって『便利屋』になったつもりはないぞ。
こんな状況だ、管轄外なんて言ってないで協力するべきなのは分かっているが、いくらなんでも私たちの負担が大きすぎないか?こっちだって人数に限りはあるんだぞ。しかも連邦生徒会長の捜索もやれと主席行政官からの厳命もあって、対策室はもう既にパンク状態なのだ。
連邦生徒会長が失踪してから数日……たった数日で、キヴォトス全体が騒乱状態と呼んで差し支えないほどの悲惨な状況に陥っていた。
私もできる限りの手を尽くそうと直属部隊を率いて暴動を鎮圧し、必死に混乱を抑え込もうと奔走する日々だ。今でこそ多少は落ち着いてきたが、失踪が発覚した当初は本当にひどい状況だったのだ。
まあ、ここまでの騒ぎになった一番の要因は、クロノススクールが大々的に報道したせいなのだけれど。大混乱になるのを防ぐため、連邦生徒会は会長失踪について何とか隠蔽しようとしていたが……まあ、無理だった。なにせ、あれほど目立つサンクトゥムタワーの機能が停止しているのだ。何事もなかったように振る舞えるはずがない。
トップが不在となった連邦生徒会は、指針を失って右往左往するばかりである。その隙を突くように出所不明の武器・兵器が不法に大量流通し、それらを手にした不良たちが都市を蹂躙していた。連邦生徒会長の存在がどれほどの抑止力だったか良く分かるじゃないか。
各地で起きている暴動が偶発的なものなのか、それとも誰かが裏で扇動しているのか調査すらもままならない。なにせ、キヴォトス全土が同じような状況に陥っているのだ。一件一件にかまけている余裕など、どこにもなかった。
「お嬢さま、ヴァルキューレへの連絡終わりました。すぐに連行していくそうですよ」
「そう。じゃあ私たちは離れましょうか。まだまだ働かなきゃいけないみたいだし……そういえば矯正局から脱走した囚人について何か情報はある?」
「いえ、何も……。狐坂ワカモだけはあちこちに出没しているみたいですが、裏付けが取れそうな情報は無さそうです」
まあ、そりゃそうか。こんな状況ではまともな報告を期待するだけ無駄だろう。人伝に情報が回った結果、さっきのチンピラすらもまるで本当に連邦生徒会を転覆できそうな武装勢力だと誤解するような話に膨れ上がったくらいだし。
無限に湧く暴動や、連邦生徒会長を何の手がかりもないまま捜索する状況もそうだが、何より私が頭を抱えたのが元気よく建物の上で跳ねていた『災厄の狐』――狐坂ワカモの存在である。そう、FOX小隊が捕縛し、矯正局に叩き込んでいたはずの危険人物だ。
「ワカモだけでもなんとか見つけ出しなさい。脱走した囚人の中でも彼女は飛びぬけて危険よ」
「すごく強かったですよね。あとあんなに人を扇動するのがうまいなんて……。気づいたらあの辺の暴徒がまとめて私たちに向かってきましたよ!……趣味が破壊と略奪だけはあるわ……ゲームではお世話になったけど、とんでもない危険人物じゃん……」
「ここまで厄介な相手だったとはね。FOX小隊が逮捕に苦労したのも良く分かるわ」
最初に彼女を目にしたときは、変装した熱心なファンが暴れているだけだと思ったが、一戦交えてみるとすぐにその考えは覆された。あの戦闘力に、暴徒を瞬時にまとめ上げる扇動能力――報告書で見たとおりだ。どうやらあの矯正局から本当に脱獄したらしい。
ワカモはこちらが手強いと見るや、引き連れていた不良どもを囮に雲隠れしてしまった。一小隊に追跡を命じたが、あのFOX小隊ですら捕まえるのに苦戦した相手だ。こんな状況のキヴォトスで、しかも逃げに徹しているワカモを捕捉するのは難しい。取り逃す可能性の方が高いだろう。
本来いるはずのない凶悪犯が、元気よく外を走り回っている異常事態。とりあえずメルハに状況を確認させたところ、なんと矯正局からワカモ以外にも何人か脱獄していることが判明した。まったく、どんな管理体制なんだ。自治区ではなく、わざわざ矯正局に収監されているような危険人物が複数人脱獄だなんて、冗談としても笑えない。
さらに報道では脱走した七人の囚人たちを『七囚人』と呼んで恐怖をあおる始末。犯罪者に『箔付』をするなんて本当に余計なことをしてくれたじゃないか。これだといたずらに市民を怖がらせただけだ。
あのレベルの凶悪犯だ、大半のヴァルキューレ生徒では対処できないだろう。こちらも組織のプライドなんて気にせず、SRTと協力してでも早急に捕縛する必要があるな。協力を頼んだときにクルミ先輩あたりが間違いなく自慢気な顔をするのが目に浮かぶが、コラテラルダメージとして受け入れるしかない。
「とりあえずSRT特殊学園にも連絡を送ったわ。向こうからの情報も期待しましょう」
「あーもうすっごい疲れましたよ! 連戦続きでしたし、そろそろ部隊を休ませてもいいんじゃないですか?」
「……消耗しているのは分かるけど、今が正念場よメルハ。連邦生徒会だろうが、ヴァルキューレだろうが、SRTだろうがみんな秩序回復のために頑張っているの。対策室も全力を挙げて取り組むべきよ」
「まあ、そうですよね……あれ、そういえば今日――というか会長失踪からSRTの仲間たちの姿、見かけませんね。お嬢さまはどうですか?」
「ずっと隣にいたんだから、あなたが見てないなら私も同じよ。それにキヴォトスは広いもの。向こうだって駆けずり回っているはずだし、すれ違うことくらいあるでしょ」
「だったらもう少し活躍とか聞こえてきてもいいはずなんですが……えっと……あれ、プロローグの時点のSRTってたしか……その、本当にSRTも動いているか確認したほうがいいんじゃないでしょうか、お嬢さま?」
まったく、この従者は。まさか先輩たちがさぼっているとでも言いたいのだろうか?後輩*2も入学したばかりなのに、そんなみっともない姿を見せるはずがないじゃないか。むしろ人一倍正義感の強いユキノ先輩あたりが、過労死寸前になっていないか心配するべき場面だぞ。
「SRT特殊学園のシステムへのアクセス権は残っているでしょう?誰がどの辺に出撃しているか調べてみなさい。……ああ、ついでにFOX小隊の位置も確認しておいて。『実績』があるんだし狐坂ワカモの追跡と捕縛は先輩たちに任せたいわ」
「あ、そうでしたよね。一度捕まえているんですし、先輩たちなら……えーと、ログインっと――ひえっ……こ、これやっぱり……」
「どうしたのよ、メルハ。まさかSRTのシステムまでおかしくなったんじゃないでしょうね?」
サンクトゥムタワーの機能や行政権については、どうにかして連邦生徒会が取り戻したらしい*3が今度はSRTのシステムがおかしくなったのか?メルハが青い顔で黙り込んだのを訝しみ、私は彼女のタブレットをのぞき込んだ。
そこには、本来なら私たちと同じように各地へ出撃しまくった履歴でびっしり埋まっているはずのリストが、驚くほど綺麗な空欄のまま表示されていた。連邦生徒会長の失踪が発覚した、まさにその日からずっと。
要するにあの日からSRT特殊学園は誰一人出撃していないのだ。キヴォトス全体が大混乱の真っただ中で、管轄外の部署である対策室までもが駆り出されているのに、本業であるSRT特殊学園の生徒は何をしているんだ?こういう時に動くことを期待されて設立された学校だろうに。
「…………なるほど、いいニュースじゃないメルハ。どうやら余力をたっぷり残した戦力があるみたいよ?これなら私たちが休憩しても文句を言われる筋合いはなさそうね」
「いやぁ、その……SRTってこの時点だと動けないんだよね……あれ、何でだっけ?……連邦生徒会長失踪と関係があったような、なかったような……転生するのが分かるなら、もっとカルバノグ編を読み込んでおくべきだった…………何か事情があるはずですよ、きっと、たぶん。」
余力をたっぷり残しているであろう母校の特殊部隊たちを、皮肉たっぷりに揶揄してやるとメルハはあやふやな言葉で擁護し始めた。たとえどんな事情があったところで、キヴォトスの秩序や市民の安全より優先されることなんてSRT特殊学園にとってはないはずだけど。とりあえずあちらの状況を確認するか。
「メルハ、SRT特殊学園に連絡を取って――」
そこまで言うとまた爆発の音が聞こえた。どこかの不良がまた暴動を起こしたにしては随分大きな音だ。この感じだと、二つくらいの大きな集団が抗争でも始めたらしい。次から次へと降って湧いてくる厄介事に私はため息をついた。
「……連絡は私がとるわ。あなたは部隊を率いて『鎮圧』してきなさい。さっきの私みたいにね」
「えっと、さっきみたいにって……人の頭を踏まなきゃいけないってことですかね?ちょっとばかし私には荷が重いような……」
こんな時に無限に湧く煩わしい羽虫はた迷惑な集団に『お優しく』対応する必要も余裕もないと思うけど。必要とあらば恐怖すらも与えるのが特殊部隊のやり方だろうに。
「手早く片付けてきなさいという意味よ。踏みつけるかどうかはあなたに任せるわ。さっさと終わらせて合流しなさい」
「はい、このメルハにお任せを!」
少しだけ不安も感じるが……平時ならともかく、こういう時の彼女は『おふざけ』はしないはずだ。小走りで去っていったメルハを見送りながら、私はスマホに手を伸ばした。