SRTの生徒が転生者を拾う話   作:メリル´

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信頼と疑念

 

「ごきげんよう、主席行政官」

 

 サンクトゥムタワーを訪れた私は、真っ先に連邦生徒会長の執務室へと向かった。廊下で出会ったアユムから、最近のリンちゃんがここに籠りきりだと聞いたからだ。

 

 扉を開けた瞬間、私の視界を塞いだのは目的の人物ではなかった。白い断崖絶壁――そう形容するほかない、書類の山、山、山。無造作でありながら、少しの振動で崩れ落ちそうな危うい均衡を保っている。今のキヴォトスの情勢を思えば、さもありなんという光景だった。

 

 もっと人が押しかけているかと思ったが、執務室は意外なほど静まり返っている。いくらリンちゃんといえども、一人であの書類を処理するのは無謀なんじゃないだろうか。

 

 ちなみにメルハは廊下でアユムと話し込んでいる。調停室長として仕事が山積みの彼女の妨げにならないよう、事前に釘は刺しておいたので、アユムに迷惑をかけることはないだろうが……それでも少し心配だ。今のメルハはちょっとおかしいし。

 

 サンクトゥムタワーへ向かう途中、私はシャーレの情報、そしてその責任者となった人物――『先生』について入手できる限りの情報を洗い直していた。……のだが、なぜかたびたびメルハが口を挟んでくるのだ。

 

 私がシャーレの不審さに触れれば、「連邦生徒会の対応はおかしいかもしれませんけど、先生は招かれただけです!悪い人じゃありません、たぶん!」と庇い立て、その先生がシャーレの建物を占拠しようとしていた狐坂ワカモや地域の不良を、自治区からの有志*1を指揮して撃退したと分かれば「能力は証明されました! キヴォトスはこれでもう安心ですよ、お嬢さま!」と、まるで救世主が現れたかのように大げさに褒め称える。

 

 まるで見えない糸に操られているかのように、シャーレを持ち上げようと不自然で空虚な賛辞を繰り返す従者の姿は、正直に言って少し怖いくらいだった。……やはりメルハは疲れているのかもしれない。

 

 心身ともに限界まできた結果、シャーレや先生という存在を知って、縋っているのだろうか。得体のしれない存在に市民の『安心』を預けるのは、正義の特殊部隊に相応しい態度じゃないぞ、メルハ。

 

 

 

「……随分と散らかっているわね。あなたが書類の山に埋もれて窒息死する前に、間に合ってよかったわ」

 

 第一声に返事が無かったので、軽い『挨拶』を追加するが……相変わらずリンちゃんからの応答はなかった。

 

 連邦生徒会長が使っていた机に近寄ると、いつか私が持ってきたビオラの花がまだ飾られているのが見える。流石に持ってきた時と比べて鮮やかさは失われているが、まだ枯れていないとはね。会長失踪後は世話する人がいなくなったはずだが、誰かが代わりにやっていたのだろうか?

 

 ……というか、リンちゃんはどこにいるんだ?まさか我らが主席行政官様は、本当にこの書類の樹海で『遭難』してしまったんじゃないだろうな。迂闊に触れば崩落しそうな不安定な山々だ。下手に触っていい書類かも分からないし、ここから『救出』するのはヴァルキューレを呼んでも骨が折れそうだ。

 

「ちょっと、出てきなさいよリンちゃん。退治されるのが怖くて隠れているのかしら?こんな状況であなたにまで失踪されると、連邦生徒会の命日が今日になってしまうわ。アユムあたりが葬式の準備を始める前に現れてちょうだい」

 

「ちゃんとここにいますよ、リーザ」

 

 あれほどの図体があっても、この『断崖絶壁』なら隠してしまえるらしい。そのことに妙な感心を覚えていると、資料の陰から、私が訪れた目的の人物がまるで冬眠から覚めた熊のように、のっそりと顔を出した。

 

 いつものように整え……きれていない制服に、冷静沈着な眼鏡姿。その能面のような表情には隠しきれない疲労の色が滲み出ており、目の下のクマは数日前よりも濃く、深く刻まれているように見える。当然、眼力も6割増しで鋭くなっているし、そのせいで全身から放たれる威圧感もいつもよりひどい。

 

 これで部屋の中にリンちゃん以外、誰もいない理由が分かったな。彼女の役職的にこういうときは秘書やら補佐やらが周りでせわしなく動いているはずなのだが、たぶんみんな怖すぎて逃げだしたのだろう。

 

「随分とお疲れのようね、リンちゃん。一目でろくに寝れてないのが分かるわ。今の状況じゃ落ち着くのは難しいかもしれないけど、少し休んだら?」

 

「そういうわけにもいきません。連邦生徒会長がいらっしゃらない今、私までもが手を止めてしまえば全体の動きに支障が出ます」

 

 即答だった。うーん、リンちゃんが倒れた方が大変なことになると思うけどな。

 

 彼女を気遣ってアドバイスを送ってみたが、それを聞き入れるつもりは無いらしい。この責任感の塊ならそう答えるとは思っていたけど。一応受け答えははっきりしているし、まだまだ思考が鈍るほど限界というわけじゃないみたいだ。流石は超人の右腕だけあってリンちゃんも中々タフな人物である。

 

「そういえばセミナーの会計やトリニティの正義実現委員会、ゲヘナの風紀委員が訪れたと聞いたのだけど、問題はなかったのかしら?今、三大校と摩擦を起こすだなんて絶対に御免よ?」

 

問題はありませんでしたよ*2、リーザ。彼女たちはキヴォトス混乱の責任を問うために連邦生徒会を訪れたようですが、しっかりと応待しました」

 

 まあ、ならいいか。いくらなんでもこんな状況の連邦生徒会が、三大校とトラブルを抱えるなんてあってはならないことくらい、リンちゃんにも分かっているはずだ。

 

 風のうわさでセミナーの会計である早瀬ユウカ*3がぷりぷり怒りながらサンクトゥムタワーを歩いていたと聞いたときは、リンちゃんがまたやらかしたかと肝を冷やしたのだが、杞憂だったようだ。

 

「それを聞くために私のところに来たわけではありませんよね、リーザ。……もしかして会長の行方について何か掴めたのですか?」

 

「いいえ、それに関してはさっぱりよ。ある日忽然と消えた人物を何の情報もなく、キヴォトス中から見つけ出せって言われても難しいわ。確認した限り学園都市から出た形跡はないけれど、それだって確定じゃないしね」

 

「……そうですか」

 

 私の回答を聞いて、わずかに期待の色を帯びていたリンちゃんが目に見えて落胆した。そんな顔をされると少し申し訳ない気分になるが、こっちだって遊んでいたわけではない。

 

 手掛かりなしでの人捜しは、砂漠で一粒の宝石を探すようなものだ。しかもキヴォトス中からどれだけ情報をかき集めても、驚くほど足跡が見つからないのだから、お手上げである。

 

「では、あなたがここへ来た目的は?」

 

「あなたが設立させた謎の組織、シャーレについてよ。ぜひ主席行政官様の口からご説明いただきたいわ。どこの誰とも知れない人物に超法規的権限を与えた、合理的な理由もね」

 

 シャーレは私と同格の財務室長のアオイや、防衛室長のカヤですら、設立される瞬間までその存在を知らなかった不審極まりない組織だ。設立させた本人であるリンちゃんしかちゃんと全容を把握していないともいえる。

 

 新参組織に超法規的な権限を与え、連邦生徒会傘下にありながらも確立された独立性をもたせるのはあまりに不自然だ。しかも先生とかいうキヴォトスの外から急に来た大人にその組織を一任させるという。

 

 いくら情報を漁ってもリンちゃんがそうする理由が――私を納得させうるに足る理由は見つからなかった。説明してもらうぞ、リンちゃん。

 

「連邦捜査部『シャーレ』……キヴォトスのどんな学園にも自由に出入りでき、所属に関係なく生徒たちを部員として加入させることができる超法規的機関です」

 

「ええ、そこまでは聞いているわ。新設されたとは思えないほどの権限を持ち、その責任者がキヴォトス外の大人であるということもね。設立経緯が不明すぎて役員たちも困惑しているわ」

 

「……それは」

 

「ちなみにあなたが『シッテムの箱』を先生に渡したという話、本当なの?」

 

 一見すれば、ただの古びたタブレット。だが実態は、製造元も、OSも、システム構造も、動作原理すら不明のオーパーツだ。誰一人起動できず、長らく無用の長物と化していたとはいえ、連邦生徒会長が管理していた重要物品に変わりはない。まさかリンちゃん、勝手に譲ったのか?

 

「ええ、本当です。先生がシッテムの箱を起動させ、サンクトゥムタワーの制御権を取り戻しました。そのおかげで、会長がいた頃と同じように、連邦生徒会は行政管理を続行できています」

 

「……へぇ、それは……」

 

 最終管理者が不在であることによる、サンクトゥムタワーの制御権問題。それを、そうやって解決したわけか。てっきりミレニアムあたりにでも依頼して、承認を無理やり迂回するバックドアでも見つけ出したのかと思ったが。

 

 それにしてもあのオーパーツ、ちゃんと動く代物だったらしい。どうやって起動させたのか不明だし、まさかサンクトゥムタワーの制御権を奪還できるほどのとんでもない力まで秘めているとは思わなかったぞ。

 

 会長が持っていたけれど、一度たりとも動いたのを見たことがなかったせいで、実は壊れたタブレットを後生大事に抱えていただけじゃないかと疑ったりしたこともあったくらいだ。

 

「なるほど、そういう事情があるなら追及しないであげる。例えラッキーパンチであのオーパーツが起動し、連邦生徒会の行政機能を取り戻したのだとしてもね。これならあなたが勝手にしたことでも、会長は納得してくれるでしょう」

 

 結果として、最悪の事態は免れた。今なおサンクトゥムタワーが沈黙し続けていた未来を想像すると、それこそ悪夢のようだ。連邦生徒会は何もできない集団と化し、キヴォトスはもっと目も当てられない状態になっていたかもしれない。それだけの功績があるなら、多少の手続きの不備には目を瞑ろう。

 

「リーザ、あれは私の独断ではありません。連邦生徒会長の指示です。シッテムの箱は先生のもので、先生にしか起動できないと仰っていました。それでサンクトゥムタワーの制御権を回復させろ、とも」

 

「ああ、そうだったの。会長が……会長……は?

 

「……どうしたのですか?」

 

 困惑した様子でこちらを見つめるリンだが、本当に困惑しているのはこっちだ。今、彼女は相当な爆弾を何気なく口にしたが、その自覚がまるでないらしい。

 

「えっと、今……『連邦生徒会長』って言ったかしら、リンちゃん?」

 

「ええ、そうですが?シッテムの箱を先生に渡したのは、連邦生徒会長のご指示によるものです」

 

 その返答を聞いた瞬間、私は顔がひきつるのを止められなかった。

 

「……聞き間違いじゃなくてよかったわ。それで、確認したいのだけど……会長は先生のことをご存じなのかしら?」

 

「当然です。シャーレの責任者に、先生を指名されたのは会長ご自身ですから」

 

「……もしかしてシャーレを設立させたのって」

 

「連邦生徒会長です」

 

「…………そう」

 

 ……言えよ、書けよ、周知させろよ。

 

 今、連邦生徒会内に蔓延しているのは「リンちゃん暴走説」なんだぞ。気真面目過ぎる堅物が、誰にも相談なしに変な事を始めたからみんな困惑しているのだ。

 

 なんでよりにもよって一番重要なその部分を、大々的に公表しないんだ?行政委員会にすら伏せていたのに、聞けばあっさりと答えるところを考えると……別に隠し立てしたかったわけではなく、いつもの政治オンチが発動しただけのようだ。

 

 この魔法の言葉――『連邦生徒会長』さえあれば、私だってリンちゃんが暴走したわけじゃないと考えられるぞ。どれほど突飛な発想であっても、会長の決定なら連邦生徒会の人間は受け入れるしかない。あの超人は、それだけの実績を積み上げてきたのだから。

 

 ……ただ、それでも不可解な点はある。連邦生徒会長がシャーレ設立を本気で推進していたのなら、なぜリンちゃん一人にしか情報を共有しなかったのか。あの超人が、行政委員会の他の面々にうっかり『伝え忘れていた』なんて考えにくいのだけれど。

 

 一瞬、リンちゃんが混乱に乗じて何かを企んでいる可能性が頭をよぎった。だがその考えはすぐに振り払う。彼女がそんな野心を抱く人間ではないことを、私はよく知っているはずだ。

 

 シャーレを取り巻く不自然さと、七神リンという個人への信頼。その二つを天秤にかけた結果、針はぎりぎりで信頼へと傾いた。

 

「そういうことなら、シャーレの妥当性については一旦横に置いておくわ。……それで、『連邦捜査部』シャーレ、だったかしら? 先生も会長捜索を手伝ってくれるの? 捜査部と名付けるくらいなんだから、当然そういう役目があるんでしょ?」

 

「いえ、そういうわけではありません。捜査部と呼んでいますが、その部分に関して連邦生徒会長も特に触れていませんでした」

 

 違うのかよ。じゃあなんだってそんな名前にしたんだ?

 

「では、その先生は何をしにアビドスまで行ったのかしら? それは連邦生徒会の――いいえ、主席行政官であるあなたの指示によるものではないの?」

 

 サンクトゥムタワーへ向かう前に、シャーレの動向は一通り確認している。現在、先生は単身でアビドス自治区へ向かったらしい。……のだが、連邦生徒会長の捜索でもないのなら、なぜあんな砂しかない場所へ? 砂、砂、それからカイザーの基地……あとは、かつて三大校にまで数えられていたというのに、今では廃校同然になった学校があるだけだ。

 

「違います。シャーレは目標の無い組織なので、先生個人の判断によるものです」

 

「………そう」

 

 ()()の回答を聞いた瞬間、天秤が不快な音を立てて反対側に傾く。シャーレにあれほど莫大な権限を与えておきながら、『何をしても自由』だというのか?

 

 財務室の仕事は財務の管理、防衛室の仕事はキヴォトスの治安維持――そして対策室は当然、怪物から市民を守ることである。行政を担う連邦生徒会の傘下にあるならば、相応の義務と責任が伴うのが道理だろうに。

 

 なのに、設立されたばかりのシャーレには、自由気ままな振る舞いを許すという。行政組織の一部門とは思えない無軌道さだ。キヴォトスにおいて、これほどの裁量権を認められてきたのは、たった一人しか存在しなかった。この『特別扱い』……まるでシャーレを――先生を、連邦生徒会長の代わりにするといわんばかりではないか。

 

「……じゃあ、先生がどんな目的で出向いたか、『上司』であるあなたは把握していないのね?」

 

「ええ。連邦生徒会に寄せられてくる苦情に関する書類をシャーレの執務室に置いてきたので、それらを読んでのご判断かもしれません」

 

 ふーん、こんな状況で自由に仕事を選べるだなんて、羨ましい限りじゃないか。さすがは連邦生徒会長肝いり『らしい』超法規的機関だ。……あまりの筋の通らなさに、一度飲み込んだはずのリンへの疑念が再び湧きあがってくる。

 

 会長のやることなすことには、いつだって説得力があった。どれほど強引な決断でも、大胆な改革であっても、最後には誰もが『納得』せざるを得ない鮮やかな結果を出し続けてきたのだ。

 

 だからこそ、シャーレはおかしい。あれだけの権限があるのに、何を成すための組織なのかすら曖昧だなんて。これは本当に、あの連邦生徒会長が推し進めてきたことなのか?

 

「……まあ、シャーレについてはある程度『理解』できたわ。今は単身でアビドスに向かった先生が砂漠で遭難しないことを祈りましょう。まあ、いい大人がろくに準備も下調べもせずに行くとは思えないし、無用の心配かもしれないけどね*4

 

「そうですね」

 

 せっかく招いた人物で、オーパーツまで渡しているのだ。忽然と消えられるのも困る。そんな思いで放った言葉を、私の強まった疑念をまるで感じ取れていないように、主席行政官が私への同意を返した。

 

 そういうところだぞ、リン。『理解』と『納得』には天地ほどの差があり、後者を相手に与えられないようでは信頼なんてされないのだ。もちろん私はシャーレなんて部活に納得なんていってない。

 

 だからこそ、ここでその話題を終わらせるのだ。この件に関してはもはや設立した本人に尋ねるより、直接自分で調べる方向で動くべきだろう。これ以上リンを突っついても有益な情報が得られる気がしないし。

 

 私はシャーレの調査を先送りすることにした。連邦生徒会が関知していない中で、一人でアビドスに向かった大人がなにかを大きく動かせるとも思えないからだ。聞く限り個人で戦う力もないようだし、あんな砂しかない場所で何をやったとしても、キヴォトスの情勢を良くも悪くも変えることはないだろう。

 

 ここからはユキノ先輩に頼まれていた――SRT特殊学園について、話を進めるべきだ。

 

*1
ユウカやハスミ、チナツたちのこと。リンが無理やり協力させた

*2
あった

*3
「暇人」やら「うるさい方」呼ばわりされた挙句、先生への自己紹介を遮られ、シャーレ奪還にも協力させられた

*4
遭難してる。たった今、自転車で通りかかったシロコに助けられたところ




この作品は先生アンチ物ではありません。
ただリーザの立場から見たシャーレの存在が意味不明過ぎるだけです。

シリアス書くのってめっちゃ難しいですね。14、15話はとっっっても難産でした。
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