SRTの生徒が転生者を拾う話   作:メリル´

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 ティータイムまで話を持っていけませんでした。全部ファウスト様の存在感のせいです(次話)


トリニティへ

 

 母校であるSRT特殊学園に別れを告げ、トリニティ総合学園に籍を移してからすでに数日が経っていた。キヴォトスの情勢は依然として混沌の最中にあるが、連邦生徒会長の失踪直後と比べれば表面上の騒乱はいくらか鳴りを潜めている。

 

 とはいえ、それは『ちょっとマシ』になった程度の話だ。民衆からの突き上げは収まる気配を見せず、連邦生徒会という看板に走った亀裂は今この瞬間も確実に広がり続けている。当然、トップである会長代行に向けられる非難も、内外から雪崩れ込むように集まっていた。

 

 今の彼女の状況を一言で表すなら――そう、火だるまだ。しかも、これまで裏にいた『とっても高貴で有能な火消し』が姿を消した結果、火は誰にも消されることなく元気いっぱいに燃え続けている。

 

 主席行政官自身はどう手を打てばいいのか分からないのか、それとも考える余裕すら残っていないのか……いずれにせよ、見事なまでの延焼ぶりだった。

 

 彼女に嫉妬を抱いていたカヤが大喜びで、いろいろ裏で動きだしているのも私は把握している。防衛室は本来なら忙殺されているはずなのだが、会長代行への嫌がらせにだけは妙に熱心であるあたり、相当な量の負の感情を溜め込んでいたらしい。

 

 今はまだ派閥を切り崩しにいっている段階に過ぎないが、あまりにも目に余る動きを見せるようなら、釘を刺しに行く必要が出てくるだろう。もちろん自分自身に『キャンプファイヤーごっこ』をしている主席行政官のためではなく、連邦生徒会の秩序のために、だが。

 

 少しでも事態の悪化を食い止められるよう、主席行政官にあの提案を持ちかけたのだが……『決裂』した以上、もはや私の関知するところではない。

 

 それよりも今は手元にある資料のほうがよほど重要だった。

 

 

 

 

 サンクトゥムタワーから取り寄せた報告書と、別のルートから収集した断片的な情報。それらを突き合わせながら、私はアビドス自治区で起きた一連の騒動を分析していた。

 

 アビドス高等学校、そして対策委員会。――砂漠に孤立した、わずか五名の生徒たち。

 

 そんな彼女たちがシャーレの助力を得て、巨大資本であるカイザーグループの『侵略』を跳ね除けたという。学校を強引に接収しようとしたカイザーPMCは退けられ、誘拐されていた副会長も奪還された。集まった情報を要約すれば、概ねこんなところだ。

 

 キヴォトス全体の情勢を俯瞰すれば、人口も影響力も乏しいアビドス自治区の一件など、取るに足らない事象かもしれない。連邦生徒会の視点に立てば、アビドスは今なお自然災害が収まらない、手の施しようのない土地だ。かつての栄華を語るのもおこがましいほどに荒廃しており、普通の学校規模にまで復興させることすら現実的ではない。

 

 アビドス高校自体、数年前に生徒会長が失踪して以降、生徒会組織がまともに機能しているかも怪しい状態だ。何より、在籍生徒がわずか五名という事実は致命的と言える。キヴォトスにおいて学園が持つ権力は、抱える生徒の数に比例するのが通例だ*1。五人しかいない学校など、連邦生徒会から見れば優先順位を論じる土俵にすら上がらない存在なのだから。

 

 だが、そんな完全に見捨てられていた状態に先生が介入した結果、アビドス高等学校はカイザーグループの魔の手から解放された。その騒動の渦中で、どん底から救い上げられた人間が確かに存在するのは事実だ。

 

 あれほど横暴だったカイザーグループが、公然と引き下がらざるを得なくなった。あの連中を大人しくさせたという一点だけでも、アビドスの一件がもたらした影響は小さくない。

 

 

 

 ……まあ、もっともカイザーグループにダメージを与えられた一番の『功績者』は、カイザー理事かもしれないが。

 

 利益至上主義のカイザーグループが、風前の灯火ともいえる状況の学校しかないアビドス自治区に執着した理由など、今回の騒動には不可解な謎がいくつか残る。だが、最も理解に苦しむのは、カイザー理事の行動原理だろう。

 

 彼はアビドス高等学校に課されていた借金の金利を、唐突に3000%まで引き上げるという正気を疑う暴挙を敢行した。その結果、現在カイザーローンには連邦生徒会の捜査が入っている。理事本人もまた、市街地への無差別攻撃を指示した件や、生徒誘拐未遂の容疑*2で拘禁中だ。

 

 理事という立場にありながら実は救いようのない間抜けだったのか、それとも出世コースから外された私怨を拗らせ、カイザー本社に向けて盛大な自爆攻撃を仕掛けたのか真相は不明だ。本当に何がしたかったのやら。

 

 カイザーグループは理事を解雇処理することで無関係を主張しているが、さすがに無傷とはいかないだろう。まあ、拘束されて何もできやしない『功績者』の内面を推測するよりも、シャーレの先生について考察をするべきか。

 

 

 

「なるほど、お飾りや木偶の坊ではないようね。それどころか――」

 

 組織の妥当性には大いに疑問が残るところだが、実態としてシャーレは連邦生徒会でも大きな権限を持つ組織だ。利益に目ざとい人物なら関係を結ぼうと、責任者であるあの大人に連絡をとった者は多くいるはず。

 

 シャーレの権力はうまく使えばどんな企業や団体にも潤いをもたらすことができるのだ。その流れを利用すれば先生自身がキヴォトスでも有数の一大勢力の中心人物にまでなれたかもしれない。

 

 だがキヴォトスに来て、先生が真っ先に向かったのは廃校同然のアビドス高校だ。五人しかいない学校に手を差し伸べたところで、大した見返りなんて期待できないのは分かり切っている。それでも先生は一通の助けを求める手紙を手にし、アビドス自治区に足を運んだ。

 

 そして学校を襲う地域の不良を撃退し、その背後にいたカイザーPMCとも一戦を交えた。そのためにトリニティとゲヘナから協力を得るという、常識外れな行動までやってのけている。

 

 さすがに仲が険悪な両校が顔を突き合わせて共同戦線を張ったわけではないようだが、それでもトリニティとゲヘナが同じ目的で行動するというだけで、十分に異常なのだ。アビドス高校の戦力だけじゃ足りないからと先生は協力を求めたのかもしれないが、私ならやろうとすら思わないぞ。

 

 

 ――利益に釣られない。

 

 それは大人として、極めて珍しい性質だ。カイザープレジデントのような油断ならない大人でさえ、目先の利益に飛びつかないだけで、頭の中では常に損得を計算している。

 

 それにキヴォトスに来て数日で、ここまで生徒の――それも三大校を動かすだなんて、一体どんなやり取りがあったのやら*3。確認した限り、連邦生徒会経由で圧力をかけた訳ではなさそうだが。

 

 私は先生がアビドス自治区に行ったところで、何も影響がないと考えていたが……見事なまでの大外れだ。まさかここまで状況を動かすとは。主席行政官が言う『連邦生徒会長が選んだ大人』というのもあながち嘘ではないかもしれない。

 

 この一件だけで人となりを理解したつもりはないが、少なくとも善寄りの人間ではあるのだろう。私が信頼を預けるにはまだ情報が足りないが、当面、警戒すべき対象ではなさそうだ。

 

 ところで先生が出発してから、連邦生徒会に物資の支援を要請するまでの間にかなりの時間があったのだが、まさか遭難していたわけじゃないよな?*4いや、そんなわけないか。しっかりと時間をかけてアビドスの状況を見回っていたのかもしれない。

 

 

 

 

「お嬢さまー、おやつ持ってきました! なんと今日はロールケーキです! 糖分を入れた方が頭が働きますよー」

 

 重苦しい思考の海から私を引き戻したのは、遠慮のないノックの音と、返事をするよりも早く開かれた扉の音だった。盆を手に、弾んだ声でメルハが部屋に飛び込んでくる。

 

 トリニティの制服も数日で随分と着慣れたようだが、その能天気さはお淑やかな学び舎に身を置いても一切変わる気配がない。私は思わず溜息を吐いた。もっと淑女らしい振る舞いをしろと言っているのだが、メルハがそれを身に付けるのはまだまだ先みたいだ。

 

「今は間食する時間じゃないと思うのだけれど……?」

 

「いいーじゃないですか! トリニティってこんなにスイーツショップがあるんですね。いつか絶対に制覇してみせますよ!」

 

「できるといいわね。それにしても…盛り過ぎじゃないの?何人前よ、それ。ぶくぶく太るわよ」

 

 メルハが差し出した盆の上には、視覚的な暴力と言って差し支えない量のロールケーキが積み上げられていた。定番のクリームだけでなく、イチゴに抹茶、チョコにナッツ。皿の余白などどこにもなく、少しでも傾ければ甘い地滑りが起きかねない不安定な『山』を彼女は器用に保持している。

 

 いくら羽振りのいい仕事をしているからといって、さすがに買い過ぎではないだろうか。路地裏で空腹をやり過ごし、自動販売機の下に『希望』を探していた頃の切実さは、いったいどこへ置き忘れてきたのか。身を置く環境が人を変えるとはよく言ったものである。

 

「この店おいしいって聞いたから大丈夫です! ほら、前に話したあの四人組*5!」

 

 最近、顔見知りになったという後輩のことか。たまに遊びに行っては、先輩風を吹かせながら彼女たちにスイーツを奢っているらしい。馬が合うのか?

 

「で、それは太らない理由にはならないでしょ?」

 

「私、肥えない体質なので!」

 

「……『プリン独り占めちゃん』が聞いたら、発狂しそうな台詞ね」

 

 たしかにどこかの狙撃手と違って、メルハは太りにくい体質ではあるようだ。だが、決して太らないわけではない。

 

 私には分かる、最近の彼女はじわじわと体重が増しつつあることを。変化が緩やかすぎて本人が気づいていないだけだ。風呂上がりに毎日体重計に乗るような殊勝な性格でもないし。

 

 まあ、手遅れ気味になってから教えてやればいいか。今はまだ幸せそうなのだから、もう少し夢を見させてやろう。そのうちプリン大好き狙撃手と、自分の状態に気づいたメルハでダイエットコンビを組むことになる気がする。

 

「もう忘れてやってくださいよ……。隊員からも責められて反省しているんですから」

 

「あの子最近また太ったらしいわね。一体どんな『事件』があったのやら」

 

「…………もしかしてまたやったんですか?」

 

「さすがはレッドウィンター自治区出身だけあるわね。プリンを前にすると理性が蒸発するんでしょ」

 

「ええ……赤冬ってやっぱり頭が最高にレッドウィンター*6してるよ……お、これいける」

 

「……」

 

 どうやらメルハは『プリン独り占めちゃん』の浅ましさに呆れているようだが、主を差し置いて真っ先にフォークを握る彼女も同類だという自覚はないらしい。

 

 当然の権利のように甘味を堪能し始める従者の姿を前に、私は再び溜息を吐く。そしてこの『おバカちゃん』をどう教育し直すべきか、改めて頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

「こんなに出歩いているのだし、そろそろあなたもトリニティに慣れてきたかしら?」

 

「ええ! やっぱトリニティ自治区は最高ですね! 吸い込む空気まで高級な感じがしますよっ!」

 

「他所と同じでしょ」

 

「……そりゃトリカスみたいなのにも結構絡まれたけど……お嬢さまの関係者って知られたらみんなコロッと態度変わったし……地位とか知名度とかがやっぱトリニティで幅を利かせるんだな……お嬢さまみたいな立場とか最強じゃん……家柄とか武力とかで昔から有名人だったみたいだし……今でも歩くだけで周りが道を譲るんだよね……こんな女王様みたいに振る舞えるのに、なんでお嬢さまはSRTに行ったんだ?……強メンタルのトリカスなんだし、ハナコみたいに環境が合わなかったなんて無いでしょ……幼馴染とも上手くやっているらしいのに……」

 

 メルハは口いっぱいにケーキを頬張りながら、また何事かを熱心に思案しているようだった。その所作は淑女としては不合格もいいところだが、それは私と彼女しかいないからであろう。

 

 トリニティに転入するにあたって付け焼刃で教え込んだのだが、悪目立ちしない程度には形になっている。『本物』の目からすれば上っ面をなぞっただけの稚拙な模倣に過ぎないが、少なくともメルハが自販機の下を漁っていたほど困窮していたなんて想像できる者はいないはずだ。

 

 ……ところで、私の前では気を緩めていいなどと、一言も言った覚えはないのだけど。こういうのは日々繰り返すからこそ、無意識の所作として身に付くものだ。誰も見ていない場所でさえ自分を律することができて初めて、礼儀は品格へと昇華されるのだから。

 

「まあ、うまく適応できているようで安心したわ」

 

「はい!」

 

 うっとりとした表情で語られるのは、この数日間の『お散歩』の思い出――どのケーキ屋に行っただの、どの菓子店がロマン*7だっただの、屋台のクレープがどうだっただの。……食べてばかりじゃないか。

 

 楽しそうなのは何よりだが、ここまで浮かれるとは正直予想外だったな。拾った当初の境遇を考えれば、トリニティ自治区の気質が合わない可能性も想定していたのだが、その心配は杞憂だったようだ。

 

「外を自由に歩くのは構わないけれど、落ち着きなく辺りを見回す癖は直しなさい。あなたにとって新鮮なのは分かるけれど、淑女らしくあることを忘れないで」

 

「あー、別にそんな堅苦しいことを言わなくても……」

 

「駄目よ。従者がその有様では、私の品格まで疑われるわ。トリニティで妙な真似を繰り返すようなら、あなたを『お馬さん』にして校内を徘徊させるわよ?

 

「それやったら、お嬢さまの品格どころか人格が疑われるのでは……?」

 

 

*1
グループストーリー「レッドウィンター事務局」のチェリノの発言より

*2
対策委員会編のエピローグ、アヤネの発言より。全ての罪がカイザー理事に被せられた

*3
一緒に銀行強盗をしたり、足を舐めたり

*4
町のど真ん中で道に迷って、何日も遭難した

*5
放課後スイーツ部

*6
クーデターが日常化している異常な学校。プリンに強く執着する生徒が多い

*7
放課後スイーツ部のロマンチストの影響

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