感想で意見をくれた皆様、ありがとうございます。
「そんな扱いは酷いじゃないですか。私って、ちゃんとお役に立てていますよね……?」
「……まあ、それもそうね」
たまに飛び出す妙な言動が印象的なメルハだが、意外と小器用なのだ。対策室における私の副官としての働きに大きな不満はない。部下からの受けも悪くないようだし。……もっとも、敬われているというよりは愛玩動物枠に近い気もするけれど。
それに彼女が真価を発揮するのは戦場だ。オトギ先輩が見出した通り、彼女の狙撃能力は中々のものである。エリートが集うSRT特殊学園においても平均以上だ。
まだまだ先輩ほど頼りになる狙撃手でこそないし、最近SRTに入った一年生*1のような規格外の射程もない。
だが、素早く動いている標的に弾を通す精度は目を見張るものがある。乱戦において強みを発揮する能力であり、他人よりも高速で動ける私の援護役としても、もっとも有用な能力であると言える。
少なくとも、私の背中を預けるに足るだけの腕はある。……一度それに慣れてしまうと、他の誰かに任せた時、どうにも物足りなさを覚えてしまうのが難点だけれど。
「大体、私ってそんなに変なことやってませんよ!」
私は答えなかった。ただ、言葉の代わりに、部屋の片隅を静かに指差す。
そこには、几帳面に積み上げられた私への下心満載の貢物『贈り物』の山があった。包装紙も袋も統一感はない。だが、共通点だけは嫌でも分かる。
……それら全てがメルハの好きな、例の気色悪いマスコット*2のグッズだということだ。
微塵も好きではないキャラクターを、連日、視界に入れ続けさせられた結果、私はあのマスコットに対して「苦手」という言葉では表現しきれない複雑な感情を抱くようになった*3。キモすぎて法で規制されるべきじゃないか?*4
各方面からあんなものが届けられ始めたとき、私は自らの政治的手腕に対し、かつてない疑念を抱かざるを得なかった。知らぬ間にトリニティ全域を敵に回すような外交的失態を演じたのかと、最悪のシナリオを幾度も脳内でシミュレーションしたほどだ。
私と『仲良く』なろうとして贈り物が届くこと自体は、別に珍しい話ではない。だが、五年間ほど薬漬けにされ、九回ほどダンプカーに轢かれたニワトリを無理やり膨らませたような造形のグッズを押し付けられたところで、私の神経を逆撫でする以外の効果は期待しないでほしい。
「……あはは……えーと……いっぱい、ありますね……」
「誰のせいだと思っているの?」
「……ひえっ」
この『惨状』を招いた元凶は、言うまでもなくメルハである。
登校初日、最初の休み時間。誰から話しかけるか牽制し合っている周囲を眺めていた私の右で、あの従者はいきなり常識を投げ捨てた。
カバンから見覚えのある巨大なぬいぐるみを引きずり出し、私の左隣にいた大人しそうな生徒――阿慈谷ヒフミに話しかけ始めたのだ。
メルハが取り出したものを目にした瞬間、意味不明過ぎて私は混乱した。急いで止めるべきか、それとも今からでも無関係の人間を装えないか思考を巡らせ、迷った分だけ私の反応は致命的に遅れてしまったのだ。
さらに不運だったのは、ヒフミもあのマスコットの『狂信者』だったことだ。筆記用具、カバン、持ち物の端々に至るまで、あの気味の悪い鳥で『完全武装』されていたのだから、その熱意は推して知るべしである。同好の士を見つけ、一瞬にしてテンションが振り切った彼女の姿に、初対面の控えめな印象は跡形もなく消し飛んだ。
当然、興奮した二人の間で会話は加熱し、私の左右から逃げ場のない包囲網が形成されていく。状況の悪化を悟った私は直ちに『戦略的撤退』を試みたのだが、主の窮地を作り出したバカ従者が私に話を振ってきたせいで、その目論見は無残に瓦解した。
主の逃げ道を綺麗に潰した従者を内心で呪いながら、私が「その、アップルフレンズのペペぺ大王には興味が無いので……」とその場を無難に離れようとした途端、ヒフミが妙に強い力で私の肩を掴み、はりつけた仮面のような笑顔で語り始めたのだ。
……そして、そこから先の記憶が曖昧だ。ヒフミの口が開いた途端、私の意識は朦朧としだし――そして、次に我に返った時には休み時間の終わりを告げる鐘が鳴っていた。
『語り』は一切頭に入ってこなかったが、どうやら私はそのまま着席した姿勢で『受刑』し続けていたらしい。興味のない話を聞き流す経験なら腐るほどあるが、時間の流れすら知覚できなくなったのは初めての経験だったぞ。
従者に同じ趣味を語り合える友人ができたのなら、それ自体は喜ぶべきことだろう。……少なくとも、私を巻き込まない限りにおいては。
放心状態で沈黙していた私の姿は、周囲の目にはヒフミの熱弁に感銘を受け、深く共鳴しているように映ったらしい。異変が表れ始めたのは、その日の午後からだ。
噂が駆け巡ったのか、私への贈り物にはあの舌をだらしなく垂らし、正気を疑う目をしたキャラクターグッズが『異物混入』し始めたのである。
「なんであんなもの教室に持って行ったのよ?」
妙に荷物が大きいなと思ったら、まさかあれがカバンに捻じ込んでいたとは。どう考えても持ち歩くべきじゃない呪物だろ、あんなの。
「同好の士を見つけたくて、つい……」
「『奇跡』が起きてよかったわね。まさかあれのファンがあなた以外にもいるなんて……」
「いやいや、ペロロ様って意外と人気のあるキャラクターですよ! 表立って言えないだけで、隠れファンもいっぱいいるんですから!」
……人前で言うのが憚られる趣味って時点で、まともじゃないと言っているようなものじゃないか?
「ところでお嬢さま、何を見ているんですか?難しい顔をしていたみたいですけど、何かの報告書ですかね。アビドスの方で何かあったんですか?」
「よくアビドス自治区で起きた事件の報告書だと分かったわね?」
「あーほら、サンクトゥムタワーの方でも先生は注目の的でしたし……アビドスでのカイザーローンの違法行為もニュースになってましたよ! お嬢さまなら、気になって資料を取り寄せるだろうなーって……ちょっとした推理ですよ、推理!」
理屈だけを抜き出せば、筋は通っている。だが、あの落ち着きのなさが全てを台無しにしていた。どうせ当てずっぽうが、偶然的中しただけだろう。
「まあ、先生の動向を確認しているのは正解よ。難しい顔している原因は、あのマスコットの方だけどね。早く誤解を解かないと、取り返しのつかないことになりそうだわ」
「そんなに嫌わなくても……。あんなにグッズを貰ったんですし、これを機にお嬢さまも愛好家になるのはどうですか?私やヒフミさんと一緒にファンクラブを結成すると楽しいかもしれませんよ?……お嬢さまならペロロジラのぬいぐるみ*5だってゲットできそう……そしたらヒフミとアズサとも……」
「お断りよ」
何が悲しくて、あのブサイクに入れ込まなければならないのか。私はそこまで自分の人生に絶望していない。
積み上がった贈り物の処分方法を検討していたところ、ふと妙案が閃いた。ストレス発散にもなるだろうし、我ながら冴えている。
「……いいこと思いついたわ。あのぬいぐるみに爆弾を仕込むってのはどうかしら?敵に投げつければあの奇怪な見た目に相手は驚くだろうし、意外と有効かもしれないわね」
「それヒフミとアズサ*6が壮絶に曇るやつぅぅぅ!?……や、やめた方がいいと思いますけど」
「なんでよ?」
「ほら、過激なファンが暴れると対策室の評判に関わるじゃないですか……」
「……なるほど」
メルハの言葉に、私の脳内に隣の席の少女の、あの正気とは思えない熱を帯びた瞳がフラッシュバックした。たかがぬいぐるみの処分のために、あのような執念深い人種に粘着されるのは面倒だ。
「こ、この話題はマズい……推しの私への印象まで、地の底まで叩き落される……そんな不吉な計画は忘れて、もっと生産的な話をしましょう! お嬢さまは先生についてどう思いました?」
これ以上、自分が好きなマスコットに対して私が残酷な処置を検討しないようにしたかったのか、メルハが慌てて言葉を被せてきた。あからさまな話題逸らしだが、まあいいか。私とてあの不愉快なマスコットの話を続けたいわけじゃない。
「連邦生徒会にとっても多少は有用な人材のようね。廃校同然な学校の状況をこれほど短期間で劇的に改善させるとは……。どうやら私はあの大人を過小評価していたみたいだわ」
「そうでしょう、そうでしょう! やっぱり私が言った通り、先生ってすごーく有能で、キヴォトスを救っちゃうような人なんですよ!……だから、もうほんのちょっぴりだけでも信用してみてもいいのでは……?……立場的に警戒するのは分かるけど……あんまり拗れたらまずい……先生の敵って基本的に負ける側だし……」
お願いするみたいに手を揉むメルハの姿に、私は冷ややかな視線を向けた。
「資料に一目も通していないあなたが、なぜそこまで確信を持って持ち上げられるのかしら? まだ、そこまでの称賛を向けられるほどの実績ではないでしょうに」
アビドスでの働きは確かに評価に値するものだし、それ以外でも猫探しやら街の掃除、宅配便の配達*7といった『ボランティア』に勤しんでいるようだ。
たしかにシャーレの先生が悪人ではないのだろう。良い人ぶろうと寄付やボランティアをする姿を大々的に宣伝するのは大人の常套手段だが、先生は実態として本当に他人のために時間と労力を捧げている。
だがその善人っぷりをそれをキヴォトス全体の救済にまで飛躍させるのは、いくらなんでも風呂敷を広げすぎだ。
……それにメルハは、私にだっておだててお金を出させようとするとき以外こんな持ち上げ方はしたことないじゃないか。
「えっ……あー、SNSの評判とかで?シャーレの話、ネットでもよく見かけますよ!」
それを根拠にするのはどうなんだ?
あと私とてSNSの反応を確認しているが、シャーレなんてそこまで話題になっていないと思うけど。一般市民からすれば、自分たちの生活に直接的な影響を及ぼさない『ぽっと出』の組織など、意識の外に置かれるのが普通だ。そもそも存在すら認知していない層の方が多い。
「まあ、今のところは様子見にしておくつもりよ。そもそも対策室がシャーレとかかわる機会があるとはあまり思えないし、まだ『仲良く』するかは未定ね」
「そうですかね? 私の勘だときっとすぐに関わることになりますよ! ほら、シャーレって困っている生徒がいればどこにでも現れるって噂ですし、お嬢さまが事件を解決する現場でバッタリ、なんてこともあるかもしれません!」
あのキヴォトスの外から来た、戦えない大人が怪物の前に立っても何もできないと思うけど。指揮能力がすごいとか言う噂も耳にするが、だからと言って私がほぼ見知らぬ他人である先生に指揮権を預けるなんてありえない。
そうなれば先生は怪物対策において何の役割も持たない、ただの一般人だ。仮に現場で遭遇するようなことがあれば、私は即座に安全な場所へ退避させるだけだぞ。
「とりあえず先生に対してはあなたも不用意に接触しない事。別に人柄を疑っているわけじゃないけど、何かあった場合の影響が大きいからね」
「はい、お嬢さまが言うならそれで……あ、先生の生徒の味方なのは私が保証しますから! ……勘ですけど!」
「…………はぁ」
それからもメルハは、先生がいかに生徒想いで、いかに頼りになる存在であるかを、まるで実体験でもあるかのような口ぶりで語り続けた。まるでファンじゃないか。あのマスコットといい、先生といい、どこにそこまで入れ込む要素があるのか、正直理解に苦しむ。
これ以上耳を傾けても有益な情報は得られないと判断し、私は従者の饒舌な声を意味のない環境音として聞き流しながら、再び手元の資料へと視線を戻した。
壁際に置かれた時計へ何気なく視線を向ける。秒針が思っていた以上に進んでいて、予定の時刻がすぐそこまで迫っているのが分かった。
「……あら、もうこんな時間なのね。メルハ、私はそろそろ出かけるわ」
「はーい。……あれ、お嬢さま、一個ぐらいロールケーキを食べないんですか?おいしいですよ?」
口元にクリームをたっぷりつけたまま、メルハが無邪気に首を傾げる。その残り一個は、どう見てもお前の食べかけだが……まさか、それを勧めているわけじゃないだろうな?
「私はやめておくわ。この後も同じようなの出されそうだしね」
ちょっとロールケーキ依存症の気がある『弱い方の』幼馴染を思い出しながら私は言った。どんなお菓子が出てくるか聞いてはいないが、彼女が用意したテーブルにロールケーキが無いなんてありえないことである。
「同じ?……あれ、お嬢さまって何か用事ありましたっけ?」
「幼馴染たちにお茶会に誘われているのよ」
「あ、もしかしてティーパーティーのお二人ですか!?」
「ええ。フィリウス分派とパテル分派のトップ、桐藤ナギサと聖園ミカよ」
「おお!」
なぜか大仰に感心するメルハ。ティーパーティーに興味があるのか?クラスメイトにも所属している子がいたはずだけど。
「……これはもしかしてミカナギと接触するチャンス!?……エデン条約編への影響が怖いけど……何かあっても先生いるなら大丈夫だよね?……じゃあ、せっかくだし……――お嬢さま、私も参加していいですか!」
「無理でしょ」
「即答!? ちょっとは悩んでくださいよこのトリカス! あ、分かりました、礼儀作法ですね!? 確かに私、育ちとかそういうの皆無ですけど! ちょっと後ろに侍るくらい許してくれてもいいじゃないですか!」
「…………あなた今日ヒフミと出かける約束していなかったっけ?昨日教室で言っていたでしょ」
「――あっ」
メルハの表情が、きれいに固まる。「糖分を入れた方が頭が働く」とか抜かしていたくせに、どうやら友達との約束すら忘れてしまっていたらしい。鳩が豆鉄砲を食ったような顔で静止する従者を一瞥し、私は冷めた紅茶を飲み干した。
「ほら、ぺ……なんとかの映画を見に行くのでしょう?そろそろ準備して行かないと遅れるわよ」
「はーい。――ってそろそろキャラ名覚えてくださいよ!」
だって頭に入ってこないのだ、あの名前は。まるで脳が認識するのを拒否しているみたいだ。
「……はいはい、名前はちゃんと思い出したわ。モモから始まるんでしょ」
今まで覚えていた「アップルフレンズのペペぺ大王」は、どうやら勘違いだったらしい。まあ、正しい名前を頭にねじ込まれた教えこまれた以上、もう間違えることもあるまい。
「そうです! ずっと間違えたままだと、ヒフミさんにぶち殺されてしまいますよ!」
「あの子そんな物騒なタイプじゃないでしょ*8」
「自分は平凡で普通」などと言っているが、あの奇怪なマスコットを愛でている時点で、ヒフミも十分に変人の類だ。噂ではナギサの『お気に入り』であるみたいだし、危険は無いはずだ。大人しい性格であることは疑いようがないし、そんな過激なことを口にするはずもない。
最近ブラックマーケットで名を上げた、ファウストとかいう強盗集団のリーダーじゃあるまいし。
しかしモモマフィアのぺっぺっぺっ様なんて名前、わざわざ頭に刻み付けたくはなかったのだが。唾を吐き捨てるような下品な名前なんて、名付けた者のセンスどころか正気を疑うレベルだ。
「映画が面白かったら、今度DVDでも買ってきますね! お嬢さまも一緒に見ましょうよ!」
「そんなもの見るくらいなら、テレビに座ってソファを眺めていた方がマシよ。……ところであなた、さっき私のことをトリカスって――」
「――あ、あー!もうこんな時間だ!すぐに飛んでいきますからねヒフミさんっ!!」
言葉の途中で危険を察知したのか、メルハは過剰なまでの反応速度で動いた。口元のクリームを拭い、椅子を蹴り倒しかねない勢いで走り去る。
まるで十二時の鐘に追い立てられたお姫様だ。逃げ足だけは無駄に洗練されている。気づけば彼女は、部屋から跡形もなく消えていた。訓練の時よりも鬼気迫る勢いだったな。
「あの様子じゃ絶対に忘れものとかしそうね。……ん?」
遠ざかる騒がしい足音を聞きながら、ふと視線を落とす。そこには、わずかにクリームの付着したままのフォークと、載っていた『山』が消えた皿、そして空になった二つのティーカップ。
冷静に状況を整理してみれば……残されたこれらを片付け、寮の戸締りをするのは主である私の役目になっていないだろうか。
「…………」
先ほどの暴言と、目の前の『失態』。
メルハへの『正義実現』には物理的な制裁にするべきか、精神的苦痛を与えるべきか考えながら、私は掃除と出かける準備をするのだった。
メルハ
ミーハーがエデン条約ブームに乗っかってブルアカを始めただけなので、大筋を把握していますがじっくりねっとり原作を読み込んではいません。ブルーアーカイブは先生が生徒と手を取り合って、ハッピーエンドなる物語と認識しています。
対策委員会編をうまくいったようだし、プレ先世界ルートにはいかないんじゃないって楽観的です。リーザの性格や立場的に先生と本気で争う事はなさそうだと油断しています。
メルハの考え≠作者です。
原作にいないキャラが動く分だけ、未来もその通り変わります。
メルハは先生を神聖視している面もありますが、かなり盲目的です。原作での先生は、リオやナギサ、カヤへの対応には賛否がありますよね。
次回こそミカナギとのティータイムです。