トリニティ総合学園、ティーパーティーのテラス。
卓上には一点の曇りもないティーセット。しかしカップはまだ空のままだ。
「――ということで恥ずかしながら、今の連邦生徒会は使いものにならないわ」
「……そうですか」
私の言葉に、ナギサは静かに目を伏せる。彼女もまた、現状に深く憂慮しているようだった。
「皆に頼りにされていた『超人』とはいえ、たった一人が姿を消しただけでこの有様とは……。嘆かわしい限りね」
「……シャーレについてはどうです?」
間を置かず、ナギサが問いを差し込んできた。その声に棘はないが、こちらを探ろうとする意思が透き通るような微笑の裏に見え隠れしている。
幼馴染としてではなく、ティーパーティーのホスト――桐藤ナギサとして私に相対しているのだ。いきなり現れた『先生』という異常な存在に対し、連邦生徒会の幹部である私がどのような見解を持っているかを確認しておきたいのだろう。
三大校のトップとして、あのような存在に無関心ではいられないのは分かるが……ない袖は振れないぞ。
「知る限りのことは既に伝えているわ。これ以上探られても何も出てこないわよ」
「本当でしょうか?連邦生徒会の室長にしては、随分情報が少ないような……?」
「何の前触れもなく突然できた組織だもの。それに、そちらでも調査を進めているのでしょう?先生がいたアビドスに、トリニティから砲兵隊が出撃したと耳に挟んだのだけど?」
私が少しだけ身を乗り出して圧力をかける。
だがナギサは瞬き一つせず、穏やかな微笑を保っていた。
「トリニティからですか?……さあ、わたくしの知る限りでは」
何のことかさっぱりとでも言いたげな様子でナギサが首を傾げる。砲兵隊が、わざわざアビドス砂漠に『ピクニック*1』しに行った事実はない、というつもりらしい。
あれでPMCの基地はだいぶ被害を受けたはずだが……カイザーから抗議の声が上がっていないところを見るに、裏でどんなことがあったか察せられるな。黒を白にするが如き所業、流石の手腕じゃないか。
「おっと失礼、
「何を仰っているか分かりませんが……ええ、きっとそういうことです」
「「ふふふ……」」
「何その回りくどい言い回しに怪しい笑み……二人とも普通に話せばいいじゃん。幼馴染なんだからさ……」
『淑女』の顔で微笑みあう私たちに、ずっと沈黙していたもう一人の茶会の参加者、聖園ミカがついに口を挟んだ。先ほどから眺めているだけだったが、『お好み』じゃない話ばかりで退屈の限界が来たみたいだ。
久々に顔を合わせた直後は輝くばかりの笑顔をしていたが、政治の色が濃くなった途端、露骨に興味を失った顔をしていた。でも、トリニティのトップと連邦生徒会のトップが顔を合わせたら『交流』するのは当然だ。私にもナギサにも立場があるのだから。……それはミカも同じはずなんだけど。
「これぐらいちょっとした淑女のお遊びよ、ミカ。おしゃべり好きなあなた*2風に言えば……アイスブレイク?」
「どのへんがアイスブレイクだったのさ。キヴォトスの情勢~とか、各校の動き~とかお堅い話ばっかりだったじゃん……」
辟易とした顔をしながら話すミカ。一応内容は聞いていたらしい。聞き流していたら、ナギサから『お叱り』されるから当然か。
「どうやらゴリ――ミカが耐えられなくなったみたいだし、普通に話しましょうか」
「まだ伺いたいことはたくさんありますし、もう少し続けたいのですが……ミカさんもトリニティの生徒会長として、パテル派の代表として、もっと政治に慣れてください」
「いやいやナギちゃん、私こういうのあんまり――って、リーザちゃん、今私のことを何て言いかけたの?聞き逃せないじゃんね」
ミカはいかにも「不満です」とでも言いたげな顔を見せてきた。言われ慣れているんだから、そんなに反応しなくていいだろうに。
「空耳でしょ。普通にミカって呼んだわよ?」
「じーーっ」
口で擬音を発しながらジト目で睨みつけてくるミカを無視して、私はナギサに向き直った。この程度、どこかの誰かと比べたら威圧感など無いに等しい。
「ではまずは礼を、ナギサ。私たちの転校のために色々と骨を折ってくれたようね。おかげで対策室の業務と学園生活を両立させる目処が立ったわ」
「いえいえ、友人として当然のことをしたまでです。帰ってきてくれてうれしいですよ、リーザさん。……さあ、どうぞ。今日は特別に、私の秘蔵の茶葉を用意しました」
ナギサはゆったりとポットを持ち上げる。白磁の縁に一切触れぬよう角度を整え、琥珀色の液体を静かに落とした。
細く、途切れず、音さえも上品に。湯気とともに、柔らかな香りがテラスに広がっていく。
「この香りって……ナギちゃんのとっておきのやつ!? ラッキーだねリーザちゃん!」
「ええ、そうみたいね」
紅茶に関しては尋常じゃないほどこだわりの強いナギサ*3の『秘蔵』だなんて。期待せずにはいられないじゃないか。
「ふふふ……お茶請けも特別なものを用意しましたよ」
ナギサが卓上の銀の鈴をひとつ鳴らすと、扉の外で控えていた給仕役が現れた。静かにワゴンを押す所作は、トリニティらしい気品と優雅さを備えている。メルハもこれくらい出来るようになってくれれば……まあ、無理か。
給仕役の滑らかな動きで、皿が次々と卓上に並べられていく。
雪のようなクリームを巻いたシンプルなもの。
果実をふんだんに盛ったもの。
艶やかなチョコレートで縁取られたもの。
――全部ロールケーキだ。
ずいぶんと量が多い。ロールケーキは出てくると思っていたけど、まさか机一面を『制圧』してくるとは思わなかったぞ。それにティーパーティーのテラスに来る前にも、同じような景色を見た気が……。
「リーザさんがいない間にできた店の新作で……」
「こちらは老舗の名店の季節限定の……」
「これは私が試作を重ねて――」
ナギサは実に楽しそうに説明しているし、給仕役は無表情で一礼して下がっていった。これ以上は何も出て来ないらしい。ロールケーキにロールケーキ添えて、さらにロールケーキが添えられたロールケーキまみれのティータイムになるとは。
こういう時こそ出番だぞ、わがままピンク。ナギサに物申してくれ、と期待してミカを見ると、彼女はすでに待ちきれない様子でフォークに指をかけている。
……どうやらこの場で机の上に異常を感じているのは、私だけらしい。
知らぬ間にミカが『調教済み』になっていたことに戦慄しながら、私も観念してフォークに手を伸ばす。こんなんだったら私も何か持って来るべきだったな。クッキーか、マフィンか、マカロンとか……つまり、ロールケーキ『以外』を。
「はい! じゃあおやつも来たし、もう難しい話は無しね!」
宣言と同時に、ミカは一番近くにあったロールケーキへ迷いなくフォークを突き立てた。
……あれは、ナギサが焼いたものだと言っていたな。真っ先に自作へ手を伸ばされたのを見て、ナギサの頬がわずかに緩む。表情こそ上品に保っているが、幼馴染である私には結構喜んでいるのが分かる。
「ふふ、焼き加減には自信がありますよ」
「んー! ふわふわ! ナギちゃん天才! ……ねね、せっかく久々に顔を合わせたんだから、楽しい話をしようよ!」
ミカは「久々に」と言っているが、彼女から毎日モモトークが飛んできているせいで私はそんなに久々という感じはしない。彼女は朝の挨拶から他愛もない噂話まで、事あるごとに送りつけてくるのだ。
それに『楽しい』と言われても、何かあったっけ。ここ最近は愉快じゃない事ばかりだったから、あまり話の種になりそうな話題は提供できそうもない。
……いや、少し前まで遡ると面白そうな話題があったな。この私があまりに信じられなさ過ぎて、幾度となくナギサに確認を取った件だ。
「じゃあ、あなたの話をしましょうか、ミカ」
「……リーザちゃん、何でそんなに悪い顔をしているの?絶対ロクなこと言わないやつだよね?」
失礼な、私はいつだって優雅な淑女の顔だ。
「バトルロワイヤルであなたが大暴れした武勇伝、詳しく聞かせてくれないかしら?一発も銃弾使わなかったんだっけ?何人救護騎士団送りにしたのよ」
「いや、何の話!?」
「拳で候補者をなぎ倒して、あなたがパテル派のトップに立った話よ」
「……あれはトリニティの歴史に残る大変な騒動でしたね……」
ナギサは涼しい顔で紅茶をひとくち。まるで歴史の証人のように遠い目をしているが、口元だけがわずかに楽しそうに緩んでいる。
「ちょっとナギちゃん!? 感慨深そうにしないでよ、そんな事件なかったでしょ!」
「ミカが生徒会長になったと聞いた時は本当に驚いたわ。何せトリニティ総合学園からゴリニティ総合学園に改名するようなものでしょう?」
「リーザちゃんは私のことを何だと思ってるのかなぁ?」
「あら、察しが悪いわね。尋ねられたから答えてあげるけど――ゴリラよ」
トリニティにおいては、わりと有名な話である。最近なんてジュースを作る授業で、ミカだけミキサー無しでリンゴだけ渡されたってナギサに聞いたぞ。
教員が準備を忘れたかと思って、ナギサが使い終わった自分のミキサーを持っていったところ――ミカの前には原形をとどめない、芸術的に歪んだリンゴが鎮座していたとか。「ミカさんに道具は不要でしたね……」とモモトークが送られてきたのを、私はまだ保存している。
周りがきちんと道具を使っているのに、何も疑問を覚えずリンゴを握りつぶしたのが、まさしくゴリラの証拠じゃないか。まさかリンゴと圧力測定器を間違えたわけじゃないだろうし。
「私をゴリラ呼ばわりするならリーザちゃんもゴリラだよ! 力はそんなに変わらないじゃん!」
「は?いつでも自らを律している私と、あなたのようなわがままピンクを一緒にしないで欲しいわ」
「そんなこと言ってリーザちゃんこそ、SRTで同じような呼び方されていたんじゃないの?」
「……そんな訳ないでしょ。*4私は淑女、貴方はゴリラ……それには天と地ほどの差があるのよ」
彼女がやらないであろう、必要以上に美しい所作で紅茶を飲んでやると、ミカはしかめっ面を浮かべた。誰に対しての当てつけか、ちゃんと伝わったみたいだ。
「私も淑女だけど!?」
「ナギサ、判定」
「ミカさんはもう少し頑張りましょう」
「ぐ……っ、ナギちゃんまで……!」
そう告げられてミカの顔が、見事な『ぐぬぬ』に変わった。眉を寄せ、唇を噛み、悔しさを飲み込めていない。こうも分かりやすく、コロコロ表情を変えるところが淑女らしくないと言われる所以だ。……まあ、それこそがミカの魅力でもあるのだけど。
「残念だったわね、ゴリラさん。少しでも人間に近づけるように精進することね?」
「女の子にゴリラって失礼過ぎない!?」
「ですから、そう呼ばれない振る舞いを心がければよろしいのでは?私は普段からずっとミカさんに淑女らしく、と言い聞かせていますよ?」
「あー、もう! なんで二人して私をいじめるのさ!? もっとこう年頃の女子らしいおしゃれの話とかしようよ。リーザちゃんはずっとD.U.の方にいたんでしょ。あっちではどんな服とかアクセサリーが流行っていたの?」
話題転換があまりにも唐突だが、これ以上追撃される前に逃げたいのだろう。このままだとナギサの『淑女講義』が始まりそうだったし。
「服?そうね……特別流行していたわけではないけれど、ミカに似合うのなら『シルバーバック』なんてどうかしら?」
「んー、何かのブランド?シルバーバックなんて聞いたことないよ。ナギちゃんは?」
「私もありませんが……」
「背中から下半身にかけて銀の面積を増やすコーディネートよ。興味があるならあとで調べてみなさい。……あ、ナギサは控えてね?」
「ミカさんは良くて、私は駄目……なぜでしょう?」
言葉の意図を測りかねているようで、ナギサは困惑したように首をかしげている。ちなみに駄目な理由は腕力だ。
「堅苦しい場じゃないんだから、後でじゃなくて今調べればいいじゃん。えっと、検索検索――なんかカバンばっかり出てきたんだけど」
ミカは探していたファッションが見つからなかったらしく、スマホを見ながら首をかしげていた。
「それらは違うわよ。表示されているのは銀色のカバンでしょう?」
「んー後は……えっと、これかな。――成熟した雄のゴリラに見られる現象で、背中から下半身にかけて体毛が銀色になっている――…………ねぇリーザちゃん、これも違うよね?」
「それよ」
横で飲んでいた紅茶を噴き出したナギサを尻目に、私はにこやかにミカに答えた。数秒の沈黙の後、彼女の顔がみるみる赤く染まる。
「もうっ! なんで服の話題からゴリラに戻ってくるの! 私が真に受けてそんな恰好で外に出たらどうするつもり!?」
頬を膨らませたミカが、身を乗り出して私に掴みかかろうとする。テーブルマナーも何もあったものではないが、お目付け役のナギサは笑いすぎて、とても注意できそうにない。
「もちろん撮影するけど――一応人気者のあなたの真似をする生徒が出てきたら大変ね。そうなったらそれこそ本当に『ゴリニティ総合学園』じゃない。安易な発言をしてしまい申し訳ないわ、ナギサ」
プンスカと怒りながら詰め寄ってくるミカを抑え、私はナギサに向かって深々と頭を下げた。
「ふ、ふふ……いえ、大丈夫です」
「私に謝るべきじゃない!?」
「心の底から似合うと思って勧めたのに謝罪を要求されるなんて悲しいわ……ミカ、私に謝ってちょうだい」
わざとらしくため息をつけば、ミカの眉がさらに吊り上がった。ここまでくると、なんかクルミ先輩を彷彿させる怒り方だな。