駄目なのか。動けるのが自慢なら、仕事なんていくらでも見つかりそうなものなのだが。立場上言うのもあれだが、ヘルメット団でもスケバンでもブラック企業でも、動ける生徒はいくらでも拾ってもらえるあてはあるはずだ。
少なくとも路地裏で自動販売機のお釣り漁りするよりは賢い選択肢に思えるけど。
「銃も持ってない『変人』を雇うなんて嫌よ。……宗教上の理由で持たない感じ?」
「あっ、キヴォトスってたしかそんなんだった……いえいえ、最初か……あー、落としてしまいまして……」
「不用心ね」
「銃ならすぐ調達できます……よね?キヴォトスだし……」
「78円で?」
「いえいえ、もうちょっと持ってますよ! ほら!……へ?あ、あれ?たしか……あ、昨日ジュース買ったんだった……たしかのどが渇いてもうダメぽとか言って……あああ、ジュース飲んでんじゃネーヨ、昨日の私のハゲ!」
全身のポケットを探し回って、彼女が追加で見せてきたのは50円玉1枚だけ。さっきのと合わせるとこれで合計128円だ。
この金額で一体どんな銃を購入できるのだろうか?おもちゃの銃だって無理だろう。割りばし鉄砲だってかろうじてといったところか。そんなもの売っているの見たことないけど。
「……えーと、で……その、どうです……?」
「貴女を雇おうと思える魅力が何一つ伝わってこないけど?……もう一度『お祈り申し上げ』た方がいい?」
「いやいや、身体能力!……家もお金も銃も学籍もない私にとっての唯一の財産!!」
学籍が無いって、退学にでもなったのか?しかもホームレスだなんて。ここまで困窮する理由は判明したが、だからって雇おうなんて思えない。
職安がどうしてもいやならヴァルキューレの提案でもするか。身体能力が自慢な生徒にありがちな少しはスリルがある職業を望んでいるのかも。
……いや、その前に心をへし折るべきかもしれない。根拠のない自信は自らの破滅を招くものだし、私もこれ以上纏わりつかれたくない。彼女を大人しくさせて、真っ当な普通の職が得られるよう勧める、これでいこう。
「分かった、どうしてもっていうなら……試してあげる」
「どうしても! 戦闘とかは全然ダメですけど、鍛えたらイケるはずなんで!……ちなみに試すってのは、どういった方法で?」
「私と腕相撲しなさい、ご自慢の身体能力を測ってあげる。もし仮に勝つことができれば即雇用よ」
「問答無用で超好待遇雇用!? 三食昼寝付きっ!?」
そこまで言ってない。図々しいなこいつ。まあ、訂正しなくともいいか。彼女には勝ち目などないのだから。
「……これは大チャンス! こんにちわ優雅なトリニティ生活!さようなら惨めなホームレス生活!……転生二日目でまさかのURを……もう自販機の小銭拾いとは無縁……――ん……?さっき自販機持ち上げてましたよね……?」
「ええ」
「……あ、あれどれくらい重いのですか?」
「ざっと……何キロかな?細かくはよく分からないけど……400㎏は超えてないんじゃない?」
「……」
「……」
青ざめている彼女は一体何を考えているのだろうか。まあ、大体想像はつくけど。
「……その、腕をへし折ったり、とかの可能性は……?」
「そんなつもりはないけれど……『事故』はあり得ないとは限らないわね」
今更力加減を失敗することはないけど、こう言えば脅しにはなる。これで引いてくれるのならいいんだけど。
「……」
「……」
「偽名何だっけ……えっと……メルハ様のこれからのご活躍を心よりお祈り申し上げます」
「待って待って待って! お祈りやめて!……あの、やります……」
今度はちゃんと名前を入れて『お祈り申し上げた』のに不満らしい。もうそろそろ諦めてほしいところだぞ。
どう考えても勝てるわけないのに、彼女は引く気が無い様だ。腕へし折られるのも覚悟をしてまで、私に雇われようとする理由なんてないと思うけど。仕方がないので、そこら辺に落ちていた廃材で適当な台を見繕った。
「じゃあ、始めるよ」
「……あの、他の方法にしませんか?」
「雇用主が私なら、試験方法を決めるの私……そうでしょう?」
「ぐぬぬ……それはそうなんですけど……」
渋々といった様子で彼女は私の前に座り、腕を組んだ。手汗が滲んでいるな。緊張しているらしい。
「準備はいい?いつでも降参は受け付けるからね」
「……はい。いや、待ってください、心の準備が――」
「はいスタート」
軽く力を込めると、彼女の腕はあっさりと傾き始めた。必死に抵抗しているようだが、全然力が強くない。母校の生徒誰一人にも勝てないと確信できる程度だ。やっぱりただの一般人じゃないか。
「うわああああああああっ! やっぱ無理ぃぃぃぃ!!」
「降参は?」
「しないぃぃぃ!……生きている全てのみんな……この私のほんのちょっとずつだけ元気を分けてくれぇぇぇぇ……!! 奇跡が無いと絶対勝てないぃぃぃ!!」
謎の叫びとともに、全身を震わせて抵抗してくるが、結果は大して変わらない。何なら限界を超えたようで、だんだんと腕力落ちてきている。
……そして図々しさも限界突破している。何だよ『生きている全てのみんな』って。何の義理があって生きとし生けるものがこいつに手を貸さねばならないのか。
数秒後、彼女の手の甲は机に抑えつけられて勝負は終わった。
「……はい、終了。不採用」
「ぐふっ……! やっぱり無理でしたか……さようなら優雅なトリニティ生活……ようやく出会えた不良以外の生徒がなんでトリニティピンクゴリラの同族なんだよ……勝てる訳ねーだろ……金ないから銃も買えないし、遠くにも行けないし、ご飯もまともに食えてない……トリニティ行ってみたかった……もう終わりだ、一生このまま路地裏生活になるんだ……」
台に突っ伏し、敗北の余韻に浸っている姿を見て、私は少しだけ笑みを浮かべて彼女の肩に手を置いた。予定通りに事が進められそうだ。
「お疲れさま、よく頑張ったわね」
「え、急に優しい……」
「根性だけは認めてあげる。普通なら最初から逃げていたはずよ」
「あっ……そ、それって、もしかして……?」
「ヴァルキューレ警察学校への推薦状を書いてあげる。あなたならやっていけるはずよ」
「やっぱ雇ってくれないんですね!!」
そもそも私は人を募集してない。
彼女が無駄に大声を上げていたせいか、私が歩いてきた道からぞろぞろとスケバンが歩いてくる。大体一小隊くらいの人数かな。
「やっぱりあいつ、またあたしらの縄張りにきてるぜーッ!」
「いいな、今度こそショバ代払ってもらおうじゃねーか」
「うちらは泣く子も黙る『ダークネスファイブ』だ、この辺でシノギをやるにはうちらの許可をとってもらわねーとなぁ?賠償金払ってもらおーか?」
「――ひぃ、あの時のスケバンたちぃ!時間かけ過ぎて見つかちゃった! また撃たれる!」
昨日彼女を追いまわしていたというスケバンか。彼女が戻ってくると予想して網を張っていたらしい。そして獲物は見事に引っかかったわけだ。
……ところでさっきは20人って言ってなかったっけ?4倍は盛りすぎでは?
「トリニティの生徒までいやがるぞ! ところで出会えるとはなぁ?」
「まじかぁ、絶対たんまり金持ってるよなぁ!」
「お嬢ちゃん、道案内してあげよっかぁ?ガイド料はあたしら全員に1万ずつでいいぜ? 合計20万な」
うーん、ありきたりのチンピラ。特に最後のは算数もできない哀れな存在なのか、わざとなのか判断に困るところだ。
スケバンは今日の『寄り道』の目的ともいえる。数は少ないし、あまり強そうじゃないけど。市民の助けとなるのも仕事だが、私はやっぱりこういう『治安維持』活動とか制圧作戦の方が好きだな。
盛大に数字を騙った、私に雇用しろと迫る不審者がこのまま逃げるのなら放置でいいだろう。去る者追わず、ってね。そこで彼女との関係は終わりだ。私はここでスケバンを片付け、少しスッキリして学園に帰る。そして彼女はまたどこかで同じように過ごすのだろう。
逃げないのなら守ってやるか。終わったら脅迫してきた犯罪者をヴァルキューレにぶち込んで、彼女は……先ほどの二択から自分で選んでもらおう。さすがにそれ以上は面倒見切れないし。
真横にいる『変人』から、目の前の『お客様』に意識を切り替え、『おもてなし』をしようと銃に手を伸ばす。しかしそれよりも早く彼女が急に私の前に飛び出した。
震える肩、恐怖に揺れる瞳――なんで。
「え、えっと……あの……クルミさん?……私が時間稼ぎしますから……逃げてください……!」
「は?……いや、ここは私が――」
自分が片付ける、と宣言する私に彼女は必死に首を横に振った。
「だ、だめです! 5人相手じゃ勝てるか分かりませんし、撃たれたら痛いでしょ……それくらい昨日で分かったし……こんな小さい子じゃ力はあっても…………私の責任です、あなたを引き留めたせいで巻き込みました」
「……銃も持ってないのに?」
「なんとかしてみせます……さすがに殺されるなんてことはないだろうし……こう見えて私は、……その……あの……」
途中で止まったな。何も思いつかなかったらしい。実際彼女には何もない。力も、金も、銃だって。逃げるか縋るかだけの選択肢しかないはずだ。
「別に逃げても構わないわ、痛い思いはしたくないでしょう?……別にそれで恨んだりはしな――」
「今、最高にかっこつけたい気分なんですよ、このまま行かせてください」
「……」
……ふーん。
なるほど、認めようじゃないか。
そして私の目が節穴だっ……いや、これはないか。それまで彼女が晒した姿に評価できるところなんて何一つ無かったし。
スケバンたちを睨んでいる彼女はこちらの様子なんて全く気にしていない。おかげで手を伸ばす私に気づかず……彼女は首筋を叩かれてあっさり気絶した。
「ぎゃははは、近づいただけでこいつ急に気絶したぞ! そんなにアタイらが怖いか?」
「こんな情けねぇやつ初めて見たぜ! 有り金全部貰っていくか」
「お嬢ちゃん、こんなやつよりアタシら遊ぼうぜー?友達料は40万でいいぞ!」
どんどん金額上がっているな。これ放置してたらどこまで上がるか少しだけ興味が出てきた。主に彼女の頭でどこまで数字を数えられるか気になるという意味で。……まあ今は『真面目』に仕事をするか。
メルハの覚悟は素晴らしいものだ。……だけど。
市民の『善意』を唯々諾々と受け入れるのはありえない。戦えない市民の前に立って、戦うのが『私たちの正義』だ。
私は隠してあった校章を露出させた。
「……ん?トリニティってこんな校章だったっけ?」
「あ?こんなんだろ、たぶん」
「これ、どっかで見たよーな……?」
まあ、不良はいちいちニュースなんて見ないし、分からないのも仕方がないか。知名度が無いことは無いはず……なんだけど。
「そ、それ連邦生徒会の……」
お、一番年長っぽいのは知っていたか。正体を察したようで顔を青ざめている。何を勘違いしたのか、周りのやつらは盛り上がっているけど。
「れんぽーせいとかいー?じゃあこいつ役人ってことか?」
「おいおい役人でトリニティ生徒なんて、とんだ金持ちってことか?友達料は80万に引き上げねーとな!」
トリニティに通いながら、連邦生徒会の役員やっている人なんていないのでは?
「ち、ちげぇ! あれは連邦生徒会長直属の特殊部隊の校章だ!」
「はぁ!? ありえねぇーって、なんで特殊部隊がこんなところにいんだよ!」
「え、どういうこと?……友達料10万にしておいたほうがいいってことか?」
「このチビはどうみても強そうに見えないぞ、偽物じゃないか?」
『チビ』……?
「トリニティの金持ちだって偽造が許されるわけないだろ! あれは――」
何も分かっていなさそうな『無知なトリニティお嬢様』な顔から、少し表情を変えてやると――ふふ、彼女たちも獲物を見つけたんじゃなくて、『釣られた』ことをようやく理解したらしい。
市民を怖がらせるからやめなさい、と先輩と怒られた笑み。普段は取り繕っているけど、こいつら相手なら別にいいだろう。
「ええ、遊びましょう……誰が一番最初に耐え切れなくなるか、楽しみね?」
「え?私何かやっちゃいました?」
気絶から覚めて、周囲に転がるスケバンを見まわしてメルハが放った一言。眠っていたのにそんなわけあるか。
「私がやったのよ」
「え、じゃあ、あそこの……壁に頭がめり込んでいる人も?それもクルミさんが?」
「……あれは彼女が自分から突っ込んだのよ、きっと錯乱してたのね」
うん、そういうことにしておこう。私の『地雷』に触れたやつには少しだけ対応が『丁寧』になるのだが……勢いあまって壁を貫通した事故は闇に葬られるべきだ。
「あー……お強かったんですね。てっきり私が未知の力に目覚めたり……覚醒したと思ったのですが……」
「強さは日々の修練で磨いていくもの、そういうのは幻想の中にしか存在しないわよ」
「可能性はゼロではないでしょう?……どうです、私の将来性を信じて――なんて冗談です。ご迷惑をおかけしてしましたし、もう言いませんよ」
少し落ち込んでいる様だ。そういう沈んだ顔は私の
「私の名前は中聖リーザよ、覚えておきなさい」
「はい、リーザさん……え、あの?……クルミは!?」
「偽名よ、あなたの名乗ったメルハと同じでね。本当の名前は?」
「私は…………私はメルハです。ここでそう生きていくと決めました。だからこれからはメルハです、ずっと」
持っていた名前を変えるだなんて簡単なことじゃないはずだけど。熟考の末に、自らそう決めたのならいいか。
「そう、じゃあこれからはメルハって呼ぶわね」
「これからーって言っても、また会う機会ありますかね……結構この辺り来るんですか?」
「偶然通りがかっただけよ。特別な理由が無いならまた訪れることも無いでしょうね」
「じゃあ、もう会うことも無いのでは?……まあどこかで可能性は無きにしも非ず……ですけど」
「いいえ、あなたはこれから毎日私にメルハって呼ばれるのよ」
「えーと……?」
うーん、通じないか。分かりやすく言ったつもりなんだけど。
「あの、仰っている意味が良く分からないんですけど……」
「察しが悪いわね、あなたを雇うと言っているのよ」
「え……ほ、本当に?……まさかのどんでん返し……?」
「『勇敢で純粋な心の持ち主のみ、カルバノグの洞窟で道を見つけられるだろう』……あなたは知らないだろうけど、トリニティの古い小説の一節よ」
そういう『心』の持ち主だったからこそ、彼女は自身が望んだ道を見つけられたのだ。能力は不足もいいところだが、まあそれは追々磨いていけばいいか。
「あ、それ知ってます! たしかRABBIT小隊のやつ……」
意外だな、まさか知っているとは。トリニティ出身の私だって、今の学校に入学してから小説の存在を知ったってのに。
「私はあなたの『正義』を評価したの。何も無いあなたが、あの状況で、私の前に飛び出した時の姿をね」
「えっと、じゃあ護衛として雇ってくれるって……ことですか……?」
「弱い護衛なんてごめんだわ。それに守られるのは嫌いなの。……あなたと私が結ぶのはただの雇用関係ではなく、神聖な主従関係よ」
「は、はい! なんかガチなの来た……貴族っぽい……トリニティだから……?」
「あなたには不足しているものがたくさんあるけど安心して、私があなたを一人前に『加工』してあげる」
「……え、今、「加工」って言った?……加工されるの私……?」
母校に入学するのは楽な道ではない。心技体揃った選ばれしエリートが集う学校なのだ。彼女が『遅れ』を取り戻すためにも、最大効率で訓練をしてあげなくては。
「簡単に泣いたり笑ったりできなくなるくらい辛い訓練もあるけど、あなたなら乗り越えられるはずよ」
「覚悟ならできてま……あの、ちょっと待ってもらってもいいですか?え、トリニティってそんな厳しいところなの?きゃっきゃうふふのお嬢様生活は?」
「それと覚えておきなさい。全ての決定権は私にあり、私の言うことは絶対よ」
主従関係とはそういうことだ。
「……あ、あれ?雲行きが……というかどっかで聞いたような……」
「従者になったからと言って終わりではない――そこから始まりよ。より学び、より強くなり、私の役に立つための始まり……」
「……あああああ、これ無〇様じゃん……完全に〇惨様じゃん……え、もしかして血とか飲まされてパワハラ三昧?……UR確定演出は?……」
「私は一方的な奉仕だけを求めているわけじゃない。従者になるのなら、当然あなたの面倒も全て見る。……金も銃も住む場所も与えてあげる、学校は私と同じところに来なさい」
「で、ですよね!……良かった、ちゃんと大当たりだ……」
「さっきも言ったけど、主従関係とは神聖なもの――しっかりと理解できたのなら、ここで誓いを立てなさい」
「誓います! これで夢のトリニティ生活が……生エ駄死、ハナコにセクハラされたり、アズサやファウスト様と友達になったりできるかも!……マナー訓練?とか厳しそうだけど、頑張ろう!」
うんうん、喜んでいる様だ。……自分の未来を決めるにしては、ものすごく返事が早かった気がするけど。
まだ性急かもしれないが、これも言っていいだろう。ここまでやる気があるのなら、彼女は転入試験も乗り越えられるはず。
「メルハ」
「は、はい! トリニティに入学しましても一生懸命に……」
「SRT特殊学園にようこそ」
「え?」
こうして、私は思いがけず奇妙な出会いから一人の少女を雇うことになった。
やはりテレビの運勢占いなんてのはあてにならないな。