「……あなたは一体、何を言っているの?」
「……リオこそ、一体何を言っているのですか……?」
真逆の結論に至ったリオとヒマリの視線が火花を散らす。まさかこうなるとはね。てっきり二人の考えは一致すると思っていたのだけど……。
それに、どちらの意見も極端に思える。ヒマリの考えは認識が甘すぎるし、リオの結論は発想を飛躍させすぎている。二人とも『名もなき神』や『無名の司祭』については私より詳しいはずなのに、なぜそう判断したのだろう?『仕事』をするかどうか、二人の議論を聞いて決めるつもりだったが……困ったな。
だが、ヒマリが私に対して何を懸念していたのかは理解できた。彼女は私がAL-1Sを『排除』することを警戒していたのだろう。『かわいい後輩』への危害は看過できない、というわけか。
トリニティではありきたりな、険呑な雰囲気での睨み合い。先に視線を逸らしたのはヒマリだった。彼女は私の方へ顔を向け、確認するように問いかける。
「リーザさんはどのようなお考えか聞いても?」
「少なくとも、このまま野放しにはしておけないとは思っているわ。だって何が起こるか分かったものじゃないでしょ?」
「アリスはゲーム開発部の一員として、ミレニアムサイエンススクールで平凡な日常を過ごしています。そんな彼女が危険だというのですか?」
先ほどリオとヒマリが話していた『鏡』を巡る騒動以外にも、AL-1Sが戦闘行動を取った例はいくつか確認されている。しかも、そのどれもが大きな被害を伴っていた。エンジニア部部室の天井を『消滅』させたのを皮切りに、幾度か校舎の廊下や壁に巨大な風穴を開けているらしい。
……いくら何でも被害出し過ぎでは?トリニティだと『お叱り』程度では済ませられないと思うけど。もっとも、実験失敗で大爆発とかが日常茶飯事のミレニアムでは大したことでは無いのかもしれない。
だが、『一般常識』からすれば、AL-1Sは『安全』ではないのである。私は齎された『平凡じゃない被害』を根拠に、自分の見解をヒマリに示した。
「――と、ここまでの事をやっているのよ?とても安全とは言えないわ」
「アリスの『光の剣:スーパーノヴァ』はミレニアムで作られたものです……それをもってアリスが危険だとするのは、少し強引ではありませんか?」
あれ、そんな派手な名前なのか。ミレニアムの校舎に残した『傷跡』をみるに、大げさすぎるという事はないだろうけど。
「たしかにそうね。でもあのレールガンに目を瞑ったところで、AL-1Sにはあまりに懸念点が大きすぎるわ」
あれは『特異現象』だ。リオやヒマリのような天才が揃っているミレニアムであっても解析しきれないほどの、正体不明な技術の塊である。しかも、どうやら人間とそっくりなのは見た目だけらしい。これまで得られたデータから、明らかに戦闘用に調整されていると断定できる。
そこいらの生徒よりも遥かに高い身体能力、更には自己修復用のナノマシンまで搭載されていると資料にはあった。機械が自分で自分を修復する――そんなもの、まるで創作の中の話じゃないか。
「……では、リーザさんはあの子をどうするつもりですか?」
「廃墟の奥に再び封印する……一番無難でしょう?」
「アリスは友達を思いやれる優しい少女です。そんな彼女を仲間たちと引き離すのは、非道なことだと思いませんか?」
彼女が何を考えているのかは、大体想像がつく。『仲良く』なるために、多少の妥協くらいは吝かではないけれど……流石に今回の件は譲るのが難しい。
せいぜいゲーム開発部に面会の機会を設けてあげるのが精一杯だ。少なくとも、『平凡な日常』とやらの中に、AL-1Sをそのまま置いておくわけにはいかない。明らかに冷たくなったヒマリの視線を受け止めながら、私は答えた。
「市民に迫る『不穏分子』に対処する、それが私の仕事よ。心苦しいからって、妥協することはできないの。未知の『戦闘用ロボット』を、人間社会に溶け込ませるなんてありえないわ」
特殊部隊員ならどんな時も最悪の事態を想定して動くもの*1――昔散々教え込まれたことだ。
AL-1Sやそれに用いられた技術について理解の浅い私が『最悪』を具体的に想像するのは難しい。けれど、危険な存在だと断定するには材料が揃い過ぎている。故に私はヒマリの『かわいい後輩』という見方にはどうしても賛同できないのだ。
……まあ、だからといってもう一人の見解に同調する、というわけでもないが。
『世界を終焉に導く兵器』というリオの言葉はあまりに過激だ。彼女は言葉を無駄に誇張する性格ではないと知っているけど、それでもついうっかり誇大表現してしまったと疑いたくなる。
確認されている姿だけで判断するのなら、AL-1Sは所詮、強力な武器を扱える一個人に過ぎない。戦闘経験のなさを感じさせる面もあるし、トリニティの『歩く戦略兵器』やゲヘナの風紀委員長の方がまだ強そうに思える。
何よりあのレールガンを取り上げてしまえば、ただ身体能力が高いだけの生徒に過ぎない。そして、それはリオには決して難しいことではないだろう。それなのになぜあんな評価を?私はここまでのやり取りを黙って見ていたリオに問いかけた。
「私は貴女の意見を聞きたいわね、リオ。ずいぶんと大げさな評価をしていたみたいだけれど――そこまで危険視している貴女は、AL-1Sをどうするつもりなの?」
「ヘイローを破壊するわ」
「「!?」」
リオが口にした言葉に、私とヒマリは大きく目を見張った。
ヘイローを破壊する――つまり
子供から搾取することに何の罪悪感を抱かない邪悪な大人だって、決してやらない禁忌である。まさかリオの口からそんな言葉が飛び出てくるとは。
ヒマリにとっても到底看過できるはずのない発言だったらしく、冷静さすらもかなぐり捨てて怒りのままにリオを糾弾し始めた。
「リオ、あなたのその考えは忌むべきことです! 生徒のヘイローを破壊するなんて、どういうつもりですか!」
「あれは生徒でもなければ、生命体でもないわ。機械よ。……あなたはそう考えていないからこそ、私のやろうとしていることが許容できないのでしょうね。……リーザ、あなたはどうなの?」
「私もそこまでやる必要があるとは思えないわね。てっきり遠くに隔離して研究する、とか言い出すと思っていたのだけど……」
「こうするのが最も適切な対処よ。機械である彼女がヘイローを持っているなんて、狂気に包まれたあのAIと同じ……決して甘く見てはいけないわ」
……ああ、なるほど。それは失念していた。
人型だからと気にしていなかったが、機械がヘイローを持っているだなんて本来はありえないことだ。その例外であるデカグラマトンの預言者――あれらと同じだと考えれば、AL-1Sの潜在的な危険度は一気に増す。
「『名もなき神々の王女』がデカグラマトンに影響されて新たな『預言者』になる可能性はあるかしら?」
「分からないわ。AL-1Sもデカグラマトンも判明していないことが多いもの。すでにヘイローを持っている機械が影響を受けるかは未知数よ」
「…………いいわ、あなたの案に乗ってあげる。どうやらAL-1Sには私が思っていたよりも不安要素が大きいみたいだしね」
元より、ここには専門家の意見を聞きに来ていたのだ。私は『再封印』という意見を貫くに足る根拠を持っているわけではないし、『協力者』がそこまで断言するのなら、その判断に与するのが合理的かもしれない。
私がリオにつくと立場を表明すると、彼女の表情がわずかに緩んだ。……そんな顔もできたのか、リオは。口角をコーティングでもしたのかと疑うくらいに、いつも無表情だったのに。
「リーザなら理解してくれると思っていたわ。…………それでヒマリ、私たちの同盟はここで終わりという事ね」
「そうですね。同盟ではなく、休戦でしたが……」
「……」
「……」
物珍しい笑顔を見せたのも束の間、リオとヒマリの間に張り詰めた空気が流れる。互いに敵意を隠そうともせず、無言のまま睨み合っていた。
リオが指を鳴らす。直後、低く唸るような駆動音が室内に満ちた。彼女謹製のドローン――AMASが姿を現し、ヒマリの周囲を取り囲む。
「ああ、これが噂の……最近あなたが作っているおもちゃですね」
「同盟を解除した以上、貴女をこのまま帰すわけにはいかないわ。抵抗しても無駄よ。あなたは決して逃げられない――リーザ、手を貸してもらえるかしら?」
「ええ」
「……まぁ、そうでしょうね。あなたならそうすると思っていました」
リオの要請に応じる形で、私は静かに立ち上がる。ヒマリにとっては四面楚歌な状況だ。彼女は冷静に周囲のドローンと私を観察している。まだ諦めていないらしい。いくらなんでも、その車椅子だけではこの布陣から脱出するのは難しいと思うけど。
「大人しくしててね、ヒマリ。できれば穏便に済ませたいの。……そうね、ティータイムでもいかが?いい茶葉とロールケーキを出すわよ」
茶葉はナギサ秘蔵のものを分けてもらった品で、ロールケーキも彼女おすすめの店のものだ。長々とした解説は聞き流していたのでよく覚えていないが、あのナギサがあそこまで推すのだから、味は保証されているはず。
伝統のある古き良き交流の誘いをかけるが、ヒマリはそれには応じずに懐から端末を取り出して操作する。
――すると唐突に、視界が闇に塗り潰された。
「ッ……!? 私のオフィスが……ハッキングされた……!?」
「あらあら……ビッグシスターの部屋は無敵だとでも?」
「AMAS、ヒマリを捕らえなさい……!」
視認できなくとも、センサーは誤魔化せない――そう判断したのだろう。リオは即座に命じた。だが、低く唸っていたはずの駆動音が、不意に途切れる。
「あの一瞬でこれだけの規模のハッキングを……?」
「ふふ、病弱美少女に不可能なんてないんですよ」
暗闇の中で、ヒマリの声音が楽しげに響く。リオを出し抜いたことは彼女にとって、相当愉快な出来事らしい。
次に何を仕掛けてくるのか。警戒を強めた、その直後―――閃光。
室内の照明が、一斉に大出力で点灯した。
「うっ……!」
目を焼かれたらしいリオが呻き声を上げる。隙が生まれたと判断したのか、ヒマリは車椅子とは思えない速度で扉へと走り出した。流石はヴェリタスの部長だ。あのリオを手玉に取るとは――やはり、仲良くなっておきたい人物である。
とはいえ、逃がす理由にはならないが。私は一歩踏み出し、その進路へと滑り込む。
「あら、お茶会の招待への返事、まだ聞いていないのだけど。それに、せっかく会えたのにもうお別れだなんて、少し寂しいわね?」
「……やはり無理でしたか」
「絡め手ばかり使ってくる先輩に散々扱かれているのよ。この程度は牽制にもならないわ」
特に、バリスティックシールドにライトを仕込んでいるクルミ先輩*2のせいで、私は閃光による目くらましには慣れている。何度も何度も何度も「はいっ、チーズ!*3」をやられてきたのだ。今さら室内の照明が多少強くなった程度で、目標を見失うはずもない。
どうやら二人ともこういう展開になると予測していたみたいだけど、リオの方が一枚上手だったな。味方になると踏んでいた私の存在を伏せて、この密談そのものをヒマリへの罠に仕立てていた、というわけか。
「悪いけど気絶させるわ、ヒマリ。どうもあなたは油断できないみたいだしね。私の忠告を無視したのだから、少しだけ痛い目にあってもらうわ。首をドカンとするやつでね」
「はぁ、仕方がないです――ん?……あの、リーザさん……ドカンってなんでしょうか?ミレニアムに咲く一輪の花には似つかわしくない爆発音に聞こえますが」
「ドラマとかによく出てくるでしょ?首に手刀を打ち込むの。なぜか私がやったらそんな音になるみたいだけど……不思議ね」
連邦生徒会の七不思議に数えてもいいくらいだ。誰が何を言っても改善されない『不愛想鉄面皮』と並ぶほどの、実に興味深い謎である。
「力加減を間違えているだけでは!? 『少しだけ痛い』で済まないですよね、それ!」
そんなことはないはずだ。何か間違いがあったらいけないので、SRT時代に校友たちでたくさん練習しているので大丈夫だぞ。特にクルミ先輩に無理やり実験に協力させたの献身的な自己犠牲により、私はこれが大得意になっている。
まるで命の危機が迫っていると言わんばかりに、大げさに叫ぶヒマリを安心させるべく、私は微笑んだ。
「心配しないで、ヒマリ。加減が全然分かってなかった昔だって、気絶させること自体は失敗したことがないの。百発百中よ。必ず一撃で貴女の意識を消し飛ばしてみせるわ」
「何一つ安心できませんが!? ちょっ、誰か助け――」
ついには周囲に助けを求めだすヒマリ。ちゃんと説明したのに、何がそんなに不安なんだ?
車椅子の上でジタバタしていた彼女だったが、ふと動きを止める。この部屋にいるもう一人――リオと目線が合った瞬間、苦虫を噛み潰したような顔をしてから、覚悟を決めたようにこちらへ向き直った。
「あら、観念したのかしら?」
「…………この部屋には貴女とリオしかいないことを思い出しました。あの女に助けを求めるくらいなら、私は潔く死を選びます。さあ、遠慮なくどうぞ」
いや、殺すつもりはないのだけど。
ぐったりとして、白目をむいているヒマリを観察する。傷跡も無ければ、首が曲がったりもしていない。つまり成功なのは間違いないな。うん、さすが私。
「助かったわリーザ。ヒマリを捕らえてくれて……できることなら、味方にしておきたかったけれど……本当に残念よ」
「協力する以上、これぐらいは当然よ。礼には及ばないわ。……ところでリオ、AL-1Sが持っているレールガン――光の剣だっけ?あれの破壊力なら砂漠にいる巨大な蛇にだって威力を発揮しそうね。少人数で運用できる量産型が欲しいのだけど、用意できる?」
「ええ、分かったわ。機能性と合理性を追求したものを用意するわね」
隊員の火力不足という問題が、こうもあっさり解決するとは思わなかった。メルハが新装備の導入を提案していたのが、ここで活きるとはね。あれほどの威力があるのなら、財務室長のアオイを説得する手間をかける価値も十分にある。
ちなみに、私は一つ勘違いをしていたらしい。どうもレールガンとは、ビーム砲のことを指すようだ。ずっと、弾体を電磁気力で加速して撃ち出す兵器だと思っていたのだが……どうやら違うらしい。少し腑に落ちないところはあるが、ミレニアムでもトップクラスの実績を持つエンジニア部が言うのなら、そうなのだろう*4。
「ふふ、約束よ?……それで、これからどうするの?」
「名もなき神々の王女を回収するわ」
「手伝いは必要かしら?」
「大丈夫よ、問題ないわ。……リーザ、あなたは先にヒマリを連れてエリドゥに向かってちょうだい」
まあ、それもそうか。ここはミレニアム、リオの領域だ。生徒会長である彼女なら『説得』も容易いだろうし、C&Cという戦力もいる。もしAL-1Sが暴れたとしても、あの美甘ネルなら制圧できるはずだ。
「分かったわ。で……その、AL-1Sの処置だけど……ヘイローの破壊も、エリドゥで行うつもりなの?」
「ええ、そうよ。準備はすでに整っているわ。爆弾は――安全な場所で解体するべきでしょう?」
「……早急にキヴォトスの市民から隔離する点については、賛成よ」
リオの処置は過激だという私の感想は変わっていない。もし仮に、確認されている預言者が全て同時に暴れだしたところで、『世界を終焉に導く』なんてできやしないのだ。小さくない被害は出るだろうが、社会を崩壊させるほどではないだろう。学園都市キヴォトスはそんなに脆くない。
だが、合理性を優先するのなら、取るべき選択は明白だ。小規模な自治区にとって、預言者クラスの存在は一匹だけでも存亡を左右する脅威となる。
現時点で『名もなき神々の王女』とデカグラマトンの直接的な関連は確認されていない。しかし、単なるAIが怪物へと変異した『実例』が存在する以上、楽観視するのは愚かだ。既にヘイローを持っているAL-1Sがデカグラマトンに影響されたらどうなるのか、誰にも想像できないのだから。
……はぁ、気が重くなりそうな仕事だな。実際に手を下さずに済むだけが救いか。この後はエリドゥでリオがAL-1Sを連れてくるのを待ち、その後ヘイローを破壊するのを見届けるだけ……それで今回の件は終わりだ。
アリスに対するそれぞれの見解
ヒマリ:ミレニアムのかわいい後輩
リオ:世界を終焉に導く兵器
リーザ:多く見積って、預言者一体分の脅威?
この時点でのリオって別に他人と協力できない訳じゃないと思うんですよね。ヒマリと考えを違えなければ同盟を続けていたでしょうし、ネルが裏切らなければそのまま戦力として運用していたと思います。
ただヒマリが評したように独善的なのは間違いないです。自分の思考が一番であり、それに逸脱するものには強硬的な手段をとります。
リーザはリオの考えに同調できるタイプですし、お互いのことが見えすぎない距離感を保ってきたのでうまくやれています。自治区のトップと連邦生徒会の幹部という立場もあって、互いに深く踏み込みませんでした。
だからリーザは、リオが世話のやけるビックシスタ―だとまだ知りません。