「清楚な高嶺の花!」
「……」
「眉目秀麗な乙女!」
「……ふふっ」
「万年雪の結晶!」
「……ふふふ!」
「太陽すら嫉妬する超絶美少女!」
「……メルハさんったら……ええ、もっと称賛してもいいんですよ?」
私は何を見せつけられているんだ……?
要塞都市エリドゥ。その中心にあるタワーの最上階に、私たちはいた。ここまで巨大な都市を秘密裏に建設するなんて、よくも発覚しなかったものだ。「至る未来に起こる脅威を防ぎ、迎撃するために建てた要塞」とか、リオは言っていたっけ。まさか本当に都市一つ分もあるとは思いもしなかったぞ。
窓から見下ろせる整然と区画された街並みは、いかにもミレニアムらしいと感じさせるのだが、人影一つもないのがなんとも不思議な気分になる。真新しい都市が完全に無人というのは、それだけで妙な違和感を生むものらしい。
……まあ、視界の端にチラチラ映る腕が四本ある黒い像*1よりはマシなのだが。近づいたら呪われそうなデザインだな。あれは一体なんだ、私の知らない怪物か?
妙に主張の強い上半身に対して、下半身は雑にくっつけたみたいに頼りない。『合体事故』にでもあったようなアンバランスさのせいで、生まれてきたこと自体が間違いみたいな造形に思える。なぜあんなものを飾っているのだろう?
さっさと記憶から消すべく、私は見る価値のないゴミ黒い像を視界に入れないようにする。それよりも妙にうまくいっている『接待』へ目を向けた。
「ふふふ、ここまで正確に私を言語化できるとは……メルハさんは見込みがありますね」
「光栄です、歩く最適解!」
「まあ!……それは気に入りました。今度使いましょう」
「……えへへ、やりました……超重要人物なヒマリの好感度は上げておきたい……最終編でも活躍していたし……優秀過ぎてリオが真っ先に封じ込めに行ったのも分かる……ハッピーエンドのためにもこうするのが一番なはず!……」
あの狂ったAIたちに対処するため、将来的に協力するであろうヒマリと『仲良く』なるのは対策室にとって非常に重要だ。上手く付き合えと命じられたメルハは、褒め殺しをすることを選択したみたいなのだ。……うん、ここまで効果があるとは。
しかし、どうも褒める気にならない。自分の飼い犬が見知らぬ人に全力で尻尾を振っているのを見ている気分だ。なんだか面白くない。なぜメルハはあんなにヒマリに『べったり』なんだ?
思い返せば道中でも妙だった。ヒマリはAL-1Sに対しての処遇について私の迷いを見抜いたのか、何度か揺さぶりをかけてくることがあった。
そしてなぜかメルハは洗脳でもされたみたいな勢いで同調し、彼女の言葉に「いい考えかもしれませんね!」とか「一考の余地ありですよ、お嬢さま」とか言ってきていたのだ。
まさかメルハがここまで入れ込むとは思わなかったぞ。もしかして本当に警戒すべきだったのは、黒髪長身巨乳で真面目なタイプではなく、白髪貧乳で華奢なタイプだったかもしれない。
……どうか早く来てくれ、リオ。変わり映えのしない景色はもう見飽きたし、あの気色悪い像は視界に入れたくないし、従者とヒマリの『乳繰り合い』も見たくない。
そんな私の祈りが通じたのか、待ち望んでいた人物がようやく現れた。
「待たせたわ、リーザ」
「やっと来たのね」
リオの背後には、メイド服姿の少女――飛鳥馬トキが控えていた。こちらの視線に気づくと、彼女は一歩前に出て、淀みのない美しい動きでカーテシーを披露する。
「ご挨拶申し上げます、リーザ様」
「ごきげんよう、トキ。相変わらず満点の所作ね」
「ありがとうございます」
「…………ふむ」
美しく一礼するトキを見てから、ヒマリにデレデレするメルハに目を向ける。そしてもう一度、『メイドの中のメイド』という呼び名すら相応しいトキを見て、浮ついたアホ従者に目を向けた。
「……ねぇリオ、ちょっといいかしら?」
「何かしら? こちらも報告するべきことがあるか――」
「メイドと従者のトレードをしたいのだけど。こっちが出すのがあまりに質が悪いから、多少色を付けるわ」
「え?」
「ちょっと、お嬢さまっ!?」
聞き捨てならないとばかりに、メルハが勢いよく割り込んでくる。どうやら聞き耳を立てていたらしい。というか監視対象から離れるんじゃない。
「引っ込んでなさい、メルハ。取り込み中よ。出荷されるまで大人しくして」
「出来るわけないじゃないですか! 生涯養うって言ってくれたのに、ひどいですよ!」
「そんなこと言った覚えはないけど?」
私の冷たい視線にあわあわしていたメルハだったが、次の瞬間、何かを思いついたように嫌味ったらしくニヤニヤし始めた。こいつがこういう顔をする時は、大抵ろくなことを言わないのだけど……。
「あ、分かりました!嫉妬ですね!」
「は?」
「私がヒマリさんばっかりに構っていたから嫉妬したんですね! 心配しなくとも私はお嬢さま一筋ですよ!」
「…………全然違うけど?それ以上調子に乗るのなら、本当にペットに格下げするわよ。角付きペットにね」
「いやー、お嬢様にも可愛いところがありますね! ……ところで角付きって何かの動物ですか?鹿とか?……それともSRTの校章にあるヤギ?どっちもペットに向かないような……」
「エサは三食ゼリーよ。鉄格子付きの檻から一歩も出られないと思いなさい」
「……ナギサの「三食ロールケーキで構いません」の亜種かな?……それしか食べられないのは飽きますって。大体そんな虫籠みたいな生活……は……嫌で――え、ペットってもしかしてカブトムシ!?」
よく気が付いたじゃないか。にっこりと笑う私に何を思ったのか顔を引きつらせるメルハ。常に主を優先しろと教えたはずなのに……気の多いお前が悪いんだぞ。
「たまにはバナナも出してあげるわよ、メルハ虫」
「あれ、もう始まってます?私の人としての尊厳を消し去るのに躊躇しなさすぎでは?……うわぁ、ヒマリもリオもドン引きしてる……お嬢さま、悪役っぷりに磨きがかかりすぎでしょ……たしかに今回はこっちがやられ役だけど……」
どうか虫だけは勘弁してくれと縋りつくメルハを振り払っていると、リオがトキとやり取りしているのが目に入る。
「任務がありますのでこれで失礼します」
「ええ。お願いね、トキ」
任務?AL-1Sはもう回収したはずだけど。『処置』をするための機械のメンテナンスでもするのか?去っていくトキの背中を見送りながら、ふと思いついた疑問をリオに投げかけた。
「ところで他のC&Cはどうしたの?あれだけ危険視していたAL-1Sの側にいないなんて、何をさせているのかしら?」
「美甘ネルを始め、他のC&Cメンバーはすべて裏切ったわ」
「ふーん、そう。……は!? え、ミレニアムでクーデターでも起きたの?」
「そういうことではないわ。ただ――」
リオの話によれば、AL-1Sを連れてくるまでの間に、どうやら一悶着あったらしい。彼女は私とヒマリに、その経緯を淡々と説明した。
廃墟にいたロボットが、リオの監視網をすり抜けてミレニアムへ侵入。そしてAL-1Sと接触したことで、彼女に変異が起きたのだという。
人格が切り替わったAL-1Sは、その場にいたヴェリタスとゲーム開発部へ突如として襲い掛かった。どれだけ呼びかけても暴走は止まらず、駆け付けたC&Cによって制圧されるまで、校舎を破壊しながら随分と派手に暴れていたようだ。
その結果、ゲーム開発部の生徒が一名、意識不明の重体に陥ったという。
「……なるほど、そんなことが」
「本来、あんな事になる予定ではなかったのだけれど……でも、そのおかげで私の仮説は証明された」
『世界を終焉に導く兵器』が出す被害にしては、思ったよりも矮小だけど……。まあ、これで危険なのは疑いようのない事実にはなったな。同じ部活の仲間にすら容赦がなく傷つけたあたり、これまで見せていた天真爛漫な人格はただの擬態だったのかもしれない。
AL-1Sが連れ出されてから、廃墟から不可解な軍隊*2が出現し始めたことも気になる。
リオは以前から、名もなき神々の王女がロボットの指揮官個体ではないかと推測していたが、どうやら正解のようだ。もしかすると今回の件も、AL-1Sが廃墟から『下僕』を呼び寄せたから起きた事故なのかもしれない。
「……真っ先に共有するべき内容だと思うけど?」
「言おうとはしたのよ。ただ、あなたが変なこと言いだすから……」
「つまりメルハのせいね」
「理不尽過ぎませんか、お嬢さま!?……よし、ここまで原作通りだ……」
私よりも危機感を抱いているリオは、もちろん即座にAL-1Sの確保に向かったらしい。そこで先生と出会い、少し揉めたとか。リオの考えは、先生には受け入れてもらえなかったらしい。
リオは先生への失望を露にしていたが、私としては「意外でもないな」という感想だ。アビドスの時もそうだったが、あの大人は実益や合理性よりも感情を優先するきらいがある。
それでもミレニアムはリオの領域、無事にAL-1Sの回収は済ませたみたいだ。大方、あのAMASとかいうドローンででも制圧したのだろう。
「で、それがどうしてC&Cが裏切ることになるのよ。むしろ積極的に働く理由しか見受けられなかったけど?」
C&Cはセミナーのトップであるリオの命令通りに動くエージェント集団なのだ。ミレニアムに迫る『危機』を排除しようとするのが道理である。
しかしここにきての5人中4人――80%もの人員が離反するなんて、とんでもない事態だ。リーダーである美甘ネルは制御しにくい性格とは聞いていたが、リオは手綱が握れていなかったのか?
「私のやり方が気に入らなかったみたいね」
「……?」
えっと、これで説明終わり?
訝しげな表情を浮かべた私を見て、リオは相変わらずの無表情で続きを述べた。
「問題ないわ、想定通りよ」
「…………ならいいのだけど」
懐刀が居なくなったようなものなのに、全く動じていないリオ。少し疑問を覚えるが、本人がこの調子なら大丈夫なのかもしれない。たぶん。
「先生たちがAL-1Sを回収しに来る確率は99.9999%以上……。迎撃の準備を整えましょう」
それはもう100%では……?
「それにしても、まさか先生と対立することになるとはね。もっと穏便な出会い方をすると思っていたわ」
シャーレという組織そのものに好感は抱いていないが、利用価値は十分にあると思っていたのだ。故にこちらから敵対するつもりはなかった。
先生が本当に聖人君子の類なのか、それとも巧妙な仮面を被っているだけなのかは知らない。だが、その評判の良さは本物だ。連邦生徒会の『ヒビ割れた看板』の『補修』にでも利用してやろうと考えていた。
だけど、今回の件で憎まれる可能性は十分にある。そうなると、その目論見も少々厳しくなりそうだ。
「リーザ、シャーレは連邦生徒会の組織なのでしょう?あなたでは止められないの?」
「残念ながらできないのよ。シャーレには強力な権限が与えられているから、先生の行動には行政委員会だろうが、口を挟むことができないの。せいぜい抗議文を送りつけることくらいね」
「……そう」
リオもシャーレの事は把握しているはずだ。それでも聞いてきたのは、連邦生徒会における私の立場や政治的な搦め手を期待してのものなのだろう。
争い以外の方法で収められることを彼女は望んでいたようだけど、私であっても――というか誰であってもシャーレの動きを止めることは出来ないのだ。
超法規的権限を持ちながら『何をしても自由』。何度思い返してみてもイカれているとしか思えない、シャーレという組織の異常性を改めて思い返しながら、私は口を開いた。
「先生のことは一旦置いておきましょう。それよりも、トキ以外には誰を連れてきたの?一度顔合わせを……」
「?……私がエリドゥに連れてきたのはトキだけよ?」
「ああ、そう――えっ、一人!?」
思わず聞き返してしまった。
学園都市キヴォトスの誇る三大校、その生徒会長が、こんな状況で頼れる戦力がたった一人?
『名もなき神々の王女』が再び暴走する可能性や奪還に来るであろう勢力との衝突も想定して、エリドゥに戦力を集めていたのではなかったのか?
予想外すぎる返答に困惑していると、先ほどから苦々しい顔でリオの『報告』を聞いていたヒマリが、呆れたように口を挟んだ。
「そこの浄化槽に浮かぶ腐った水が如き女は、本当に人望が無いんですよ」
「好かれていなくとも、生徒会長ならばもっと戦力を集められるのでは……?」
「……私が嫌われているのは理解している。でも、この要塞都市エリドゥにある戦力は十分よ。無関係の生徒を巻き込みたくないわ」
リオの返答に、私は小さく眉をひそめた。想像していたより、あまりにも手勢が少ない。エリドゥそのものに何らかの防衛機構が備わっているのかもしれないが、それでも不安は残る。
……まあ、私も念のため部隊を連れてきているのだ。なんとかなるだろう。
そういえば、エリドゥへ部隊を連れてくる件について、なぜかメルハが妙に渋っていたっけ。「嫌な予感がします」とか、「なるべく少人数の方が……いえ、むしろ二人だけで行きましょう!」とか。随分と必死に訳の分からないことを言っていた。
対策室において、最終的に判断を下すのはもちろん室長である私だ。従者の意味不明な『参考意見』は握り潰しておいたが、正解だったな。結果論とはいえ、先を見据えた実に賢明な判断だったと言える。
もっとも、想定していたのはAL-1Sとの戦闘であって、先生と衝突する可能性まで考えていたわけではないのだけど。
「リーザさん、アリスに問題があることは私も否定しません。……ですが、こうも残酷な手段を取ると決めるには早すぎます。せめてもう少し、他の可能性を探るべきではありませんか?」
いよいよ収まりがつかない事態になると感じたのか、ヒマリが再び『説得』を始める。リオよりは私が『狙い目』なのは確かだが、それは先ほどまでの話だ。もう私に迷いはない。
「ヒマリも話を聞いていたでしょう?Divi:Sionを使役できる存在を許容するわけにはいかないの」
AL-1Sは、強力な兵器を扱えるだけの一個人……そんな甘い認識はもう捨てた。それ以上の危険性を見せてきた以上、こちらもそれ相応の対応を取らなくてはならない。
今思えば、『廃墟』に再封印するという私の案は最悪だったと言える。そんなことしたら知らぬ間にキヴォトスの脅威となる『軍勢』を作り上げる恐れがあるのだ。
いくらミレニアムといえども、廃墟から溢れる無尽蔵のロボットの相手なんてやってられないはずだ。そして、その軍勢はいずれ他の自治区へも溢れ出すだろう。……無差別に破壊を撒き散らしながら。
「名もなき神々の王女、AL-1S。――あれは『怪物』よ、私がそう判断した」
ヘイローを破壊するという行為への忌避感は、今でも拭えない。だが、キヴォトスの安全と秩序のためなら、個人の割り切れない感情など些細なものだ。
――私たちは大丈夫だ、リーザ。お前は、お前のやるべきことをするんだ
苦境に陥りながら、ユキノ先輩が私に残した言葉は忘れていない。
怪物を排除する……それが、私の『やるべきこと』だ。
「……そうですか。リーザさんの意思を動かすのは難しいようですね」
「開戦前に不安要素は排除しておきたいの。悪いけどしばらく隔離させてもらうわ、ヒマリ。……それでいいかしら、リオ?」
「ええ。場所を用意するわ」
何かの端末を操作しだしたリオを横目に、私はヒマリに向き直る。彼女らしからぬ苦々しい表情だった。もはや説得材料なんて存在しないことを悟ったのだろう。
「……私はもう少し、ここで歓談に花を咲かせてもよろしいのですが」
「歓談自体は歓迎よ。ティータイムの誘いだって、別に社交辞令じゃないもの。今度機会を設けましょう。――全てが終わった後に、ね」
もっとも、ヒマリにとっての『かわいい後輩』――AL-1Sのヘイローを破壊した後で、どんな空気になるのかは想像したくもない。考えるだけ気が重くなるので、今は頭の片隅へ追いやっておく。
ヒマリには監視と警護を付けるとするか。連れてきた部隊から一個小隊を割くのは中々痛いが、彼女にはそれだけの価値と危険性がある。
先生たちが、ヒマリがエリドゥに囚われていることを把握しているかは分からない。だが、仮に奪還を試みたとしても、そう簡単にはいかないはずだ。
「どうしたの、リオ?」
「……何でもないわ」
横を見ると、連れて行かれるヒマリをじっと見つめているリオの姿があった。
表情の変化に乏しい彼女の感情は、長い付き合いでもない私には読み取りづらい。だが、少なくとも『何でもない』わけではないことくらいは察せられた。
同じ『全知』の学位を持つ学友への対応に罪悪感を覚えている――という感じでもなさそうだ。傍から見ても、この二人の関係はお世辞にも良好とは言えなかったし、結んでいた同盟も決裂したのだから。
「すべてが終わったら……ヒマリ、あなたもきっと……」
きっと意図して零したわけではない呟き。その続きを想像しながら、私はヒマリから視線を外さない協力者を観察するのだった。