タイトル変えました
部屋に警報が鳴り響いた。
『リオ様、エリドゥの監視から報告が』
「……分かったわ。結局データが示した通りになるのね。後はよろしく」
『イエス、マム』
どうやら先生たちがエリドゥに侵入したようだ。
短いやり取りを終えたリオは、既に表情を切り替えている。ミレニアムの生徒会長にして、冷徹な『ビックシスター』――私の知る『協力者』の顔だ。それに頼もしさを感じながら、私は口を開いた。
「さて。AL-1Sの奪還に来るのは先生と裏切ったC&C、そしてゲーム開発部かしら。……まあ、どうとでもなりそうね」
鍛え抜かれたエージェント集団であるC&Cはともかく、ゲーム開発部なんて戦力と呼べるのかすら怪しい。
暴走状態とはいえ、AL-1Sにまとめて蹴散らされていたあたり、あの部活は名前の通り「ゲームを作る部活」なのだろう。いくら先生の指揮能力が優秀でも、『インドア派』の一年生たちがどこまで戦況へ影響を与えられるのやら。
「それと、ヴェリタスとエンジニア部もあちら側についたみたいね」
「……そう」
そういえば『鏡』を巡る一件でも、あの二つの部活は先生たちと共闘していたのだっけ。あの時の縁から協力を頼まれたのなら、こうなるのも不思議ではないのかもしれない。
とはいえ、自校の生徒会長と真正面から敵対してまで、というのは流石に入れ込み過ぎな気もする。学園のトップに睨まれるなんて、普通なら避けたがるものだ。……これも先生のカリスマが為せる業なのだろうか?
もっとも、状況は依然としてこちらが優勢だ。
ヴェリタスはハッカーとしての能力こそ厄介だが、直接戦闘向きではない。エンジニア部は何を持ち込んでくるか分からない不気味さがあるものの、準備時間を考えれば用意できるものにも限度がある。
実質的な脅威は、やはりC&Cだけと言っていい。そして、その対処には『武装』という切り札を持つトキがいる。彼女は既に一度、『武装』を使用した状態で最大の脅威である美甘ネルに勝利しているのだ。C&Cの相手は、トキに任せておけば問題ないだろう。
何より、エリドゥはリオが築き上げた都市なのだ。つまり地の利すらもこちらにある。
『勝ち』を半ば確信しながら、私は話題を変えた。
「それにしても、厳重に秘匿されていたこの都市を短時間で探し当てるなんて、ヴェリタスは大したものね。流石はヒマリの後輩たちと言うべきかしら?」
「警戒されている状況で、ヴェリタスが私の隠蔽を突破できたとは思えないわ。……そうね、おそらくセミナーのシステムに残った私の痕跡を辿ったのでしょう。だとすれば、セミナーの人間が協力している可能性が――」
「は?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
だってありえないだろ、そんなの。そのセミナーのトップはリオなんだぞ。連邦生徒会で言えば、会長の意向を無視して行政委員会が勝手に動くようなものだ。
『世界を終焉に導く』とかリオは散々深刻そうに語っていたのだ。セミナーにも当然共有しているはずである*1。それなのに、先生たちの味方をする?とても合理的な判断とは思えない。
「えっと、リオ。もしかしてセミナーまで敵に回る可能性があるの?」
「立場上、表立ってまで敵対はしないはずよ」
「……だといいんだけど。なんか思ったよりも奪還側に回る勢力が多い気が……。まだ『想定通り』なの?」
「起こりうるすべての変数を考慮し、計算しても……私たちが目標を達成する確率は99%以上。備えは十全、後は実行するだけよ」
「…………そう」
これ、本当に大丈夫か?
そもそも、『厳重に秘匿』されていたはずの要塞都市に敵が侵入してきた時点で、私からすれば十分『想定外』なのだけど。
直属のエージェントは裏切り、組織の部下も離反気味だなんて、私からしたら手足がもげるようなものだが、リオは相変わらず涼しい顔をしている。
私は引きつりそうになる顔を、どうにか抑え込んだ。本人が平然としている以上、まだ問題はないはずである。……たぶん。きっと。おそらく。
仮に自分が来なかったらリオはどんな状況だったのだろうか。「孤立無援」なんて言葉が脳裏をよぎった。
「……よしよし、ここまで原作通りだ……あとはあのクソださロボットとトキを退けたあと、お嬢さまに「彼らの絆の力を信じてみましょう……」みたいなことでも言って退いてもらえばパヴァーヌ編は解決!……アビドス編も無事に済んだし、今回もいけるかも!……これぞ運命の修正力ってやつかな?……原作崩壊とか杞憂だったじゃん(笑)……なんにせよこれでハッピーエンドは間違いなし、勝ったな風呂入ってく――」
「準備しなさい、メルハ。私たちも出撃するわよ」
「――あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!!?」
「「!?」」
まるで大事にしていた宝物が砕け散ったような悲鳴を上げるメルハ。私も驚いたし、リオなんかビックリしすぎて肩を跳ねさせている。メルハの突然の奇行は彼女には刺激が強かったらしい。
ただでさえ、ミレニアムの生徒会長の頼れる戦力が一人という状況を飲み込むので精一杯なのだ。従者まで壊れ始めるのは勘弁してほしいのだが。
「……早速崩壊の兆しが!?……原作でもギリギリの戦いだったのに、ここで特殊部隊の追加とかマズすぎる……先生負けちゃう……それでアリスが破壊されたら、BADENDルート直通じゃん!……どうする、どうする私……ここは身体を張ってお嬢さまを止めるべき?……いや無理無理無理!戦車砲食らっても平然としてるゴリラをどうやって止めろっていうの!?……しかも絶対あとで酷い目に遭うし……最悪クビに……いや待って、クビで済む?済まなくない?……え、これ詰んでない??」
頭を抱えて唸り始めたメルハへ、私は若干引き気味になりながら声を掛けた。
「……あー、メルハ。まだペットの物真似を披露するには早すぎると思うわよ?それにカブトムシはそんな鳴き声じゃないでしょ」
あるいは、別のペットになりたくて鳴き声の練習でも始めたのかもしれない。あの断末魔は『火をつけられたカラス』とか『締め上げられたニワトリ』の類にしか聞こえなかったけれど。
「違いますよ! 虫扱いはやめてください!」
「だったらもう少し従者らしく振る舞いなさい。……で、本当にどうしたのよ?」
「ちょっと考え事をしてまして。……その、お嬢さまって本当に強いなーって」
「……それはどうも?」
今考えることか、それ。
というか私について考えていた結果、あの悲鳴を上げたということか。なんか釈然としないぞ。
「……あああ、そりゃ黙って見ているわけないよね……でも、ここでお嬢さま参戦は本当にまずい……なんとかして止めないと……力ずくは絶対無理、逆立ちしたって無理……ここはやはり説得しか!……あのー、お嬢さま。実は私、このまま出撃するのはどうかなーって思いまして……」
「なんでよ?」
「ほら、もう少し敵の全容を把握してから動いた方がいいと言いますか。慎重に行動するに越したことはないですよ!」
「情報が足りない事なんて私たちにはよくあることでしょ。むしろ今回は相手は人間で、所属も目的も割れている分、かなり楽な部類よ」
少なくとも、未知の怪物へ手探りで挑む状況よりは遥かにマシである。
というかメルハの口から「慎重に」なんて言われると違和感があるな。いつもはノリと勢いで突っ走る、『考えなし』の『おバカちゃん』のくせに、今日は妙に腰が引けているじゃないか。
「わ、私たちってエリドゥの防衛システムに詳しくないじゃないですか! リオさんのドローン部隊とうまく連携できる保証もありません! 連携ミスは事故の元ですよ!」
「それはそうね。だったら私たちだけで片付ければいい話でしょう?」
「油断大敵ですよ! 先生の指揮能力を甘く見たら駄目です!」
「指揮される側はただの素人なのよ?私たちなら問題なく制圧できるわ」
どれだけ優秀な指揮官でも、駒そのものの性能までは変えられない。どんなに完璧な指示を飛ばそうとも、それを受ける側が急に精鋭部隊へ変貌するわけではないのだ。
なんなら指揮が碌に機能しないよう、乱戦にでも持ち込めば簡単に片付きそうですらある。
むしろ『やりすぎ』の方に気を遣うべきだろう。相手は犯罪者ですらない、ただの民間人なのだ。隊員たちにも『お優しく丁寧に』と釘を刺しておくべきかもしれない。
「えっと、じゃあ、あとは――」
なおも何か言い募ろうとしていた従者を、私は手で制した。そして彼女をじっと睨みつける。
「もういいわ、メルハ。先生と戦うことを避けたがっているみたいだけど、……まさか怖気づいているわけじゃないでしょうね?」
「そ、そのようなことがあろうはずがございません!」
なんだその言い回し。
まあ、メルハはどんな怪物相手にも逃げ出したことはないのだ。これは恐怖心というよりも、謎の『先生びいき』からくる言動だろう。私には何がそこまでいいのかさっぱり分からないが、メルハはああいう色々と『甘い』タイプに惹かれるのかもしれない。
たしかに優しいというのは一種の美徳である。だがそれを怪物にまで向けられるのは、こちらとしてはたまったものではないのだ。
「さっさと切り替えなさい、メルハ。もう対策室と先生が衝突するのは決定事項なの。今更あなたが何をのたまおうが、これは変わらないわ。……大体、なんで会ったこともない大人にそこまで執着するのよ。何か理由でもあるの?」
「うっ……ハッピーエンドのため!なんて言えないし…………その……あの先生って、キヴォトス全体に影響力があるじゃないですか。そんな相手と真正面から敵対するのは、対策室にとっても得策じゃないというか……お嬢さまを心配しているんですよ!」
……ふーん。心配されていること自体は悪い気はしないけれど。
しかしこれまで私が誰と衝突しようと、メルハがここまで気を揉むような素振りを見せたことはなかった。それなのに、先生相手となった途端これである。メルハの中で、あの大人はそこまで特別な存在なのか?
「ちょっといいかしら」
「どうしたの、リオ?」
「あなたの従者の意見にも一理あるわ。連邦生徒会役員であるあなたの立場への配慮が、私には欠けていた。先生たちの制圧もこちらに任せてちょうだい」
リオはいつもの調子で淡々と言うが、流石に戦力不足ではないだろうか。
確かに、トキなら先生に率いられた生徒たちを相手取ることも可能だろう。だが彼女には、裏切ったC&Cを抑える役目もある。それ以上の負担を背負わせれば、いくらなんでも手が回らないはずだ。
「AMASだけで先生が指揮する生徒を止められるとでも?それは流石にあの大人を舐め過ぎよ」
「大丈夫、私には作戦があるわ。その布石もすでに打ち込んでいる。それに私の戦力はトキだけではないもの」
「トキ以外?……もしかして特別なロボットでも準備しているのかしら?」
「ええ、私のもつ技術を詰め込んだ傑作よ」
そう言ってリオは、ほんの僅かに口元を緩めた。その表情には、どこか楽しげな気配が滲んでいるように見える。
厳重に秘匿され、存在を知る者すら限られているエリドゥでは、満足な実戦データを収集する機会も少なかったのだろう。だから自ら生み出した『傑作』を実戦投入できることに、技術者として心が躍っているのかもしれない。
私としてもリオの提案は渡りに船だった。
少なくとも先生はキヴォトスに来てから、僅かな時間でゲヘナの風紀委員やトリニティのティーパーティーから協力を取り付けられるくらい影響力のある大人なのだ。メルハの言う通り、敵対しないことに越したことはない。
「……そう。そういうことならお手並み拝見といきましょうか。……あと、分かっているとは思うけど、キヴォトスの外から来た先生は流れ弾一つさえ命に関わる可能性があるわ。できれば後遺症の残るような大きな怪我を負わせたくないのだけど……」
「ええ、なるべく気を付けましょう。私も先生に恨まれる気は無いわ」
リオの返答に私はひとまず安堵した。
連邦生徒会にとって先生は要人なのだ。
シャーレという組織そのものも含め、個人的に好意を抱ける相手ではないが――それでも、仮に先生に何かあったところで、対策室やSRT特殊学園の状況が好転するわけではない。なんなら連邦生徒会の消えない傷が一つ増えるだけだ。
それに先生は、連邦生徒会長が残したオーパーツ――シッテムの箱の所有者でもある。あれはサンクトゥムタワーを制御できるほどの代物であり、それを唯一扱える人物が再起不能になるような事態は、連邦生徒会としても到底看過できない。
「丸投げしてしまって悪いわね」
「気にしないでいいわ。こちらも貴女に助けられたことは多くある。……それに、あなたの従者は少し調子が悪いみたいだし……」
「それについては何も心配しなくてもいいわ。悪いのは調子じゃなくて頭ね。おかしいのもいつも通りよ」
「ちょっとお嬢さま!? ……リオのおかげで軌道修正できた……これで最悪な状況は避けられたはず……うん……でも、トキまでやられたら結局お嬢さまは出撃しちゃうよね……ど、どうする?……いや、落ち着け私……こういう時こそ主人公補正だ……ここからでも先生ならなんとかするはず……たぶん……なんとか、なんとか……頼むぞ、先生!……」
リーザ「ミレニアムのほんの一部が納得できなくて暴発してるだけ……え、セミナー!?」
※リオがミレニアム内部の敵対しうる勢力を『説得』済みだと思っている
「理解されなくとも、この世が私を悪と規定しても構わない――私は、私が正しいと信じる道を進むだけよ」
パヴァーヌ編におけるリオの強引さを示す分かりやすい台詞ですね。実はこれ、リーザ的にはあまり共感できません。彼女は「誰にどう思われてもいい」とは考えないタイプです。
リーザは政治家なので人との関係を重視しており、敵対する相手はまずじわじわと周囲の人間を引きはがしす、トリカストリニティらしい手段を好んでいます。
敵が仲間を失っていくのを嘲笑いながら、一縷の望みにかけて暴力に踏み切った相手に、より大きな暴力をぶつけるのとかも好きですトリカス。実例として1人を集めて自分を虐めようとした生徒を周囲に差し出させて、磔に処していましたね(19話)。
だからこそ今の状況にはわりとついていけていません。敵対する相手がいることくらいは予想していましたが、そいつらが秘匿されていたエリドゥを発見し、仲間を集めて乗り込んでくるとは思っていませんでした。しかもなんかこっちの味方は少ないし……