「リオ、ちょっといい? 貴女に依頼していたレールガンの件について話があるの」
「何かしら?」
ミレニアムで密談した際に話題に上がった件である。AL-1Sが振り回していた武器の火力に惹かれた私は、対策室でも運用できる似たような兵器を用意できないかとリオに相談していた。
そして、その時の彼女の返答はこうだった。
――機能性と合理性を追求したものを用意するわね。
あの時の私はその言葉に何の疑問も抱かなかった。今にして思えば、あまりにもリオという人物への理解が足りていなかったと言わざるを得ない。
あのセンスでデザインされた『前衛芸術』を正式装備として採用した日には、部隊の士気は地に落ち、私の人望も一緒に蒸発してしまうだろう。対策室は奇妙な物体を持ち歩く異常者集団として、キヴォトス中から後ろ指を差される可能性すらある。
そんな未来は必ず避けなければならない。私はリオの表情を慎重に窺いながら、なるべく刺激しないよう言葉を選んだ。
「その……デザインについてはこちらから口を出しても?私の部隊の装備には、ある程度の統一感を持たせたいと考えているの」
「そう……。分かったわ」
「理解してもらえて助かるわ」
「……お嬢さまもリオのセンスは無理なんだ……良かった、部隊の装備がアバンギャルドにならなくて……」
目に見えて残念そうな彼女を見て、私は心の底から安堵した。
ここで「それは譲れないわ」などと言われたら、レールガンの話そのものを無かったことにするしかないだろう。私は怪物と戦う組織を率いているのであって、『呪物』展覧会を運営しているわけではないのだから。
「……でも、もし気が変わったら言ってちょうだい。あなたが望むなら、私の『芸術』を詰め込んだ『傑作』を仕上げてみせるから」
笑顔でそう告げるリオに、私は顔が引きつりそうになるのを悟られないよう表情筋を総動員した。
「ええ、ありがとう。あなたの好意は心に刻んでおくわ」
――絶対に選ばない選択肢としてな!
私が対策室を『芸術』から救っていると、通信機で連絡を取っていたメルハが駆け寄ってくる。難しい顔をしているし、何かトラブルでもあったのか?
「お嬢さま、ヒマリさんを軟禁している部隊からの報告が。先ほど侵入者が現れましたが、制圧に成功したとのことです」
「なら、問題無さそうね。部隊にはよくやったと言っておいて」
「……外部からの襲撃?あり得ないわ。事前に『脅威』になりえる勢力はすべてマーク済み。それなのに、一体誰が……」
リオの声には困惑が混じっている。
確かに妙な話だ。先生たちはヒマリがエリドゥに拘束されていることを知らないはず。少なくとも、アバンギャルド君を投入する前のやり取りでは、そんな話題は一切出ていなかった。
……だとすれば別口か?しかし、AL-1Sの件に首を突っ込んできそうな勢力なんて、もう残っていなかったはずだけど。
「メルハ、侵入者の情報は?」
「接敵した小隊からの報告では……痴女、だとか」
「は?」
「あとは、その……ファスナー付きの変なブラを着けた半裸の生徒という情報しか……口にしてみるとやばい格好だよな、これ……エイミ以外だと、ハナコしか着れないだろこんなの……」
「それ、本当に敵なの?偶然迷い込んだ変質者じゃなくて?」
「分かったわ、彼女ね」
え、今の情報だけで誰か分かったのか?とんでもない格好をしているという情報しかなかったはずだけど。
「相手の正体に心当たりがあるの……?」
「和泉元エイミ*1、特異現象捜査部の部員よ」
「なるほど、ヒマリの後輩だったのね」
大方帰ってこない先輩の救助に来たのだろう。
リオの厳重な監視網をかいくぐり、軟禁場所を突き止めた上で、こちらに気付かれず潜入に成功するとは。結果的には捕縛されたとはいえ、相当な実力者と見て間違いない。ヒマリに小隊を貼り付けていなければ、危なかったかもしれないな。
「正確にはヒマリより先に。エイミは部が設立された当初から所属していたわ」
「……特異現象捜査部を作ったのは、確かあなたよね?」
「ええ」
「初期メンバーとして、その和泉元エイミを配属したのも?」
「もちろん私よ*2。彼女の能力を高く評価していたから」
「…………そう」
つまり、和泉元エイミはリオ自身が見出し、育てた人材ということだ。
それなのに今はヒマリを助けるため、その生徒はリオへ牙を剥いている。あっさりヒマリに『鞍替え』しているところを見るに、リオはいい上司ではなかったらしい。
ヒマリの言葉の「そこの浄化槽に浮かぶ腐った水が如き女は、本当に人望が無いんですよ」が脳裏をよぎり、私は頭が痛くなった。そしていよいよ表情を隠せなくなってきた私を心配してか、リオが声をかけてくる。
「リーザ、貴方の部下が無事に制圧を終えたのに、どうしてそんな難しい顔をしているの?まさか、他にも何か懸念が……?」
「……知らなかった『でかい妹』の一面があまりに衝撃的すぎてね。うまくやっていく自信が無くて、苦悩しているのよ」
部屋の隅に飾られた黒い像へ視線を向けながら、私はそう答えた。
「妹? あなたにいたかしら?」
「そこはまあ、姉でも妹でもいいわよ。一応、一学年上だし、どちらかと言えば後者の方がしっくりくるかもね」
「?……よく分からないわね。そもそも姉妹とは知りあう関係性ではないはずだけど……」
リオは小さく首をかしげる。
どうやらなにも伝わっていないらしい。……別にいいけど。
「気にしないでいいわ、リオ。なんとかなる気はしないけど、たぶん大丈夫よ」
「そう。しかし、貴女をそんなに悩ませるだなんて、随分と手強い相手なようね。なにか協力が必要なことがあるのなら言ってちょうだい」
リオの目は本気だった。私が困っているのなら助けたい――そんな善意を感じる。
彼女の『芸術』を褒めてから、私への好感度がだいぶ上がったようだ。それ自体は良いことなのだが……うん。
「……どうもありがとう。それを聞けて安心したわ」
皮肉をすべてスルーされ、もはや彼女に何も言う気が起きなくなった私は、通信装置を手に取った。これ以上の厄介事を招くことがないよう、ヒマリに釘を刺すためだ。
「脱出は失敗したようね、ヒマリ。監視も厳しくするし、もうチャンスはないわよ?」
『ええ、そのようですね。リオの手勢だけなら難なく脱出できたはずなのですが……』
『ごめん部長、まさか会長に仲間がいるだなんて思わなかった』
『いいんですよエイミ。貴女はよく頑張りました。私もリーザさんの存在は予測できませんでした』
「これ以上暴れないと約束してくれるのなら、こちらも手荒な真似は控えるわ。後輩と一緒に大人しくしていてくれる?」
『約束しましょう。この部屋にいる私たちはもう何もしません。こうも特殊部隊に睨まれては、逃げられそうにありませんしね』
「……この部屋には?引っかかる物言いね」
『エイミがこうやって助けに来てくれたように――私には頼れる後輩がリオとは違ってたーくさんいるんですよ?』
わざとらしく特定の部分を強調するヒマリ。まあ実際、リオはヒマリを含め、C&C、エイミ、そしてセミナー――トキ以外の、周りにいるすべての人間から離反されている状況だ。
だが、それでも主導権を握っているのはこちらである。『武装』をもってC&Cを相手取るトキも、先生たちと相対する鑑賞性以外の性能は高いダサロボットも、戦況そのものはこちらが優勢なのだ。
それに、ヒマリの後輩と言えばヴェリタスが思いつくが、彼女たちは通信網から締め出されている以上、現状では動きようがないはず。
……はったりか?ヒマリは意味もなく虚勢を張るような人物には見えないけど。
『ふふっ、それにリーザさんもだいぶ……』
「……私が、なに?」
『いえいえ……なんでもありませんよ♪』
こちらを見ながら楽しそうに笑うヒマリ。なんだよ、全く。
私がその態度を訝しんでいると、唐突にリオが声を上げた。
「通信網が……掌握されたわ!」
「は?」
「これは、まさか『鏡』……?」
たしかそれはヒマリが開発したハッキングツールだっけ。AL-1Sを見極めるためにリオとヒマリが共謀し、それを景品に校内で暴れ回らせた騒動を覚えている。
『全知』と呼ばれる彼女が、自らの専門分野で力を注いで造り上げた代物だ。そんな脅威になりえるものが放置されているわけもなく、『鏡』は現在、セミナーの差押品保管所で厳重に管理されているはず。
リオは敵対し得る勢力すべてに監視を付けたとも言っていたし、いったいどこの誰が『鏡』を?――え、まさかまたセミナーの誰かが裏切ったのか*3?
この上なく強力なハッキングツールを敵が手にしたことに、嫌な予感がした私は慌てて戦況を確認する。画面には、先ほどまで先生たちを圧倒していた性能以外取り柄のないリオのロボットの姿が映し出されていた。
だが、その様子は明らかにおかしい。巨体はぎこちなく痙攣するように揺れ、動作のたびに関節から火花が散る。明らかに挙動が不安定になっていた。
ヴェリタスによるハッキングと先生たちの猛攻を同時に受けているのだろう。ミレニアム屈指のハッカー集団に内部を掻き回されながら、外からは容赦なく攻撃を叩き込まれる。さしもの『前衛芸術』も耐えきれなかったらしい。
機体のあちこちから黒煙と火花を噴き上げながら、まるで殺虫剤を浴びせられたゴキブリ水中でもがくように徐々に動きを鈍らせていく。
そして追い打ちをかけるように、エンジニア部が持ち込んだミサイルのような謎の物体*4が炸裂し、ついにはクソダサロボットは大爆発を起こした。
「よくやっ――これはまずいことになったわね」
「アバンギャルド君が……」
「……あれ、今、お嬢さま……よくやったって言いかけてなかった?……」
造形を散々こき下ろされた挙句、ボロボロにされて完全に沈黙したロボットを前に、ゲーム開発部の面々が歓声を上げている。
「このまま先生たちがC&Cと合流したら、トキも危ないのでは?」
「ええ、そうね……トキ、一旦引きなさい」
『リオ様、私はまだ……』
「ヴェリタスの干渉のせいでアバンギャルド君が撃破されてしまった。これは私の予測不足による失敗……まずは撤退して、状況を立て直しましょう」
『イエス、マム――現場から離脱します』
『ハァ!? ざけんなコラ! ……おい! 逃げんじゃねえ!』
煙幕を撒いて撤退するトキに向かって、美甘ネルが大声で怒鳴り散らしている。まるでそこら辺の不良と同じ口調だな。C&Cの部長はかつてヤンキーでもやっていたのだろうか。
これから戦う敵の最高戦力について思案しながら、私は自身の銃に手を触れた。
「リオ、私たちも出撃するわ」
あの大人と敵対しないに越したことはないが、それは「何が何でも避けるべき」というわけではない。少なくとも、先生たちがAL-1Sを『廃墟』から連れ帰ったと聞かされた時点で、その可能性は覚悟していた。
そしてAL-1Sを見逃すという選択肢はありえないのだ。あの『前科*5』のある未知のロボットを人間社会に紛れ込ませることは、私の立場上決して許容できないものである。
「いえ、まだ待機しててちょうだい」
「……?」
メルハに指示を出そうとした私は動きを止め、リオへと視線を向ける。
自慢のロボットは撃破され、頼れるのはトキのみ。そして彼女一人でC&Cと先生たちに対処するには厳しいだろう。AMASではせいぜい足止めが関の山だ。
だが、それでもなおリオは焦っていなかった。
「……まだなにか隠しているの?」
「ええ、このエリドゥ最強の切り札よ。本来は『名もなき神々の王女』との戦闘用だったのだけれど……。ここで先生たちを阻止できなければすべてが無に帰してしまう以上、使うしかないわね」
まさかアバンギャルド君以上の性能のロボットでもあるのか?
あの『前衛芸術』と比較すれば、カイザー御自慢のロボットだって良く音の鳴るおもちゃでしかないのに。それ以上のが出てきてしまえば、カイザーの製品は幼稚園児の『夏休みの工作』になってしまうぞ。
「で、その切り札と私の部隊が共闘すれば良いと思うけど。なんで待機なの?」
「他の誰かと一緒に戦う想定をして作ってないからよ。いずれアップグレードする予定だけど、今は単独で運用するしかないわ。……でも安心してちょうだい。この切り札なら今度こそ先生たちを制圧できる」
「……そこまで言うなら、見せてもらおうじゃない。あなたの切り札の性能とやらをね」
エリドゥ中心部にそびえる巨大なタワー前で、トキと先生たちが向かい合っている。エンジニア部はアバンギャルド君との戦闘で脱落しており、あちら側の戦力はC&Cとゲーム開発部だけになったようだ。
『お待ちしておりました、先輩方、先生』
『”やっぱりトキが門番なんだね……”』
『あぁん?んだよ、さっきは尻尾巻いて逃げ出してくせに、一体どのツラ下げてあたしらの前に現れてんだ?』
「作戦を変更したのは、貴方たちだけだと思って?」
『”……リオ”』
「貴女たちが来ることを見越していくつもの計画を準備してきたけれど――まさか、防衛システムをすべて壊して、ここまで到達するなんて……。変数として機能し、私の計算を狂わせたのも、すべては――シャーレの先生、貴方が関わったからかしら?」
……言うほどちゃんと計算できていたか?と横で聞いていた私は思った。
直属のエージェントは離反し、極秘裏に建設されたはずのエリドゥはセミナーの裏切り*6ですぐ発見され、乗り込んできた勢力にはエンジニア部とヴェリタスが加わり、ヒマリの救出のためにリオの部下が強襲。
更にはミレニアムにいる誰かがあちら側のために、差し押さえられた『鏡』の奪還までしている。果たしてその全てが先生の影響だったのだろうか?
エリドゥを一人で築き上げたこと、先生の作戦を事前に読み切ってみせたことを考えれば、リオが極めて優秀な人物であることは明らかである。
だが、エリドゥに来てからのことを振り返ってみると、あまり状況を計算できていたと思えない惨状だ。「私たちが目標を達成する確率は99%以上」とは何だったのかと言いたくなる。
「貴方が規格外の力を見せるのなら、こちらもそれ相応の切り札を出すまで。……トキ、現時刻をもって『アビ・エシュフ*7』の使用を許可するわ」
『イエス、マム。……パワードスーツシステム「アビ・エシュフ」へ移行します』
『”アビ……エシュフ?”』
「……あ、スチルを大量使用して登場するシーンだ……」
『”こんなに攻撃してるのに、傷一つつかないなんて……”』
『特殊金属で耐久力を増加させている……いや、耐えているわけじゃない?……そもそも、全ての攻撃を無力化している……?』
画面の先で、リオ自慢の切り札が先生たちを圧倒していた。
アビ・エシュフはまるで未来を予見しているかのように、銃弾の軌道を正確に回避し、あるいは着弾前に撃ち落としている。その装甲には全く傷がつかず、一方的に生徒たちのダメージだけが蓄積していった。
ついには前線で踏ん張っていたC&Cのメンバーが、ネル以外次々と倒れていく。
『”みんな……!”』
『このデータ量はありえない……。まさか、要塞都市エリドゥ全域の電力と演算機能が、すべてあの機体に集中している……!?』
「あちらはそんな分析をしているみたいだけど……正解なの、リオ?」
「ええ、そうよ。それによりアビ・エシュフの演算能力は未来を予知し、確定させることさえ可能としているわ」
「それはまた……すごい代物ね」
「……さすがはパヴァーヌ編のラスボス……考えてみるとすごすぎるスペックだな……「当たらなければどうということはない」を実現させるとは……」
「あれはこの先訪れるキヴォトスの脅威に備え、要塞都市と共に作ったもの。都市の能力を集結させている――つまり、エリドゥそのものといっても過言ではないわ」
たしかに切り札と呼ぶにふさわしい性能だ。「未来予知」だなんてまるで創作の世界にしか存在しえないような機能を実装させたリオの技術力に私は舌を巻く。
それに「自分の」では無く、「ミレニアムの」でも無く、「キヴォトスの」脅威に備えて――私はリオのそういう視点を好ましいと感じていた。
イカれた造形センスとか霞のような人望とか――思ってもみなかった意外な一面も知る羽目にもなったが、やはりこれからの事を考えるとリオとの関係は大事にするべきだろう。学園都市キヴォトスを守る私からすると、彼女の技術力と思想は非常に頼りがいのあるものだ。
それに一番の懸念点だった造形センスについても希望が見えてきた。今戦っているアビ・エシュフのデザインはまともなのである。少なくとも自分が贈られることになってしまった像と比べると雲泥の差だ。
アバンギャルド君だけは何かの間違いで生まれてきてしまっただけで、実のところリオのセンスはもう少しマシなのかもしれない。であれば、芸術と呼ぶのはおこがましい物体を、再び押し付けられてしまう心配はしなくていいだろう。*8
『”未来を……予知……!?”』
『な、何それ! そんなのラスボスが持ってる能力じゃん!?』
『それって、ただのチートじゃないですか!』
『あ、あうぅ……』
アビ・エシュフの性能について、向こう側も分析して辿り着いたらしい。ゲーム開発部の子たちが、あんなのに勝てるわけが無いとか叫んでいる。
C&Cの他のメンバーは既に倒れ、主に戦っているのはネルだけだ。ゲーム開発部の子達は先生の指揮の元、ネルの援護をしているがあまり役に立っているように見えない。
『まずい。もう戦略とか戦術とか話すような段階じゃない……。』
『”みんな!”』
アビ・エシュフは敵の銃弾を回避し、撃ち落とす。たとえ先生がどんな作戦を立てたところで、攻撃を無力化されるのなら倒すのは不可能だ。向こうには連戦続きで体力も消耗しているだろうし、制圧も時間の問題だろう。
要塞都市エリドゥが誇る『切り札』の逆転を許さない性能に、私は今度こそは勝利を確信した。
「ふふ、これは勝ったわね」
「ええ……唯一の変数である先生――貴方の指揮能力を奪い、終止符を打たせてもらうわ」
「……お嬢さま、それフラグ……いや、むこうに勝ってほしいんだけど……」
水着キサキのEXスキルになんとあの体操が……!