屋上から落下しながら戦うことで、アビ・エシュフの『未来予知』を攻略しようとした先生たちだったが、その試みは物の見事に失敗した。
リオの切り札は空中であっても問題なく行動*1し、美甘ネルは一方的に傷を負わされることになる。高所からの墜落ダメージも重なり、ついに限界を迎えた彼女を連れて、先生たちは一度撤退することになった。
しかし、何か打開策を見出したのか、程なくして先生たちは再びアビ・エシュフの前に戻ってきた。
『リベンジマッチ』を宣言したC&Cの連携攻撃により、建物内部へトキが誘導されていく。そこで先生の編み出した作戦を警戒したリオは、トキに主砲*2の使用を命じ、白い閃光で全てを吹き飛ばした。
それでC&Cは全滅したかに思われたが――
『とらえた』
『……!?』
――レーザーを耐えきった美甘ネルが背後からアビ・エシュフに組み付いた。全身は血まみれだというのに、彼女はそんなことなど意に介した様子もなく獰猛に笑っている。
「主砲を正面から浴びたのに動けるだなんて……!?」
『あいにく、この間も似たようなの食らったばっかでな!』
「……ここのネルパイ、まじかっけぇ……口に出して応援したいくらい……したらお嬢様に締め上げられるから出来ないけど……」
『中央タワーの貨物エレベーターをハッキングしたよ!』
『”ネル!! 今だよ!”』
「エレベーター?まさか『武装』の欠点をそんなやり方で……!?」
……リオはなんでそんなに慌てているんだ?
彼女の声音で、何かまずい事態が起きていることだけは分かる。だが、アビ・エシュフがエレベーターに入ったところで戦況が変わるとは思えないけど。
「トキ! 早くそこから出て!! あの子たちはエレベーターで回避システムを麻痺させるつもりよ!」
『いや、遅せぇ』
『重力加速度を十倍に加速! これで!』
『…………回避システム、麻痺』
……えっ?
どうやら私が呑気に考えている間に、状況は悪化していたらしい。原理はまるで理解できないが、エレベーターの内部ではアビ・エシュフ最大の強みである回避能力が機能しなくなるようだ*3。
先ほどまで余裕を崩さなかったリオも、今では狼狽しながらトキに指示を出している。あの様子だと、ご自慢の『切り札』がやられるのは時間の問題かもしれない。
「……出撃準備をしなさい、メルハ。待機させている部隊にも通達を出して」
「あの、えっと……本当に行くんですか…?」
「何言ってるのよ、当たり前でしょ。それともまさか、先生たちの健闘に免じて手を引けっていうの?」
「……で、できればそうなって欲しかったんだけど…… そういうわけではなくて……ただ……」
なおも言い淀むメルハの顔には、明らかな不安が浮かんでいる。まったく、いつもは従順なのに、なんであの大人と関わるときだけメルハは『おかしく』なるんだか。
「こうなる可能性ぐらいは、あなたにも分かっていたはずでしょ。まだ覚悟を決められないの?」
「それはその……そうなんですけど」
流石に命令違反をするとは思えないけど、強めに釘をさしておくか。作戦行動中にまでうじうじされるのは困る。集中できていない状態では、自慢の狙撃も役に立つか怪しいだろうし。
「あなたが先生のことを『救世主』扱いするぐらい大好きなのは知っているけど、作戦中は私情を捨てなさい。特殊部隊員なんだから、それぐらいできるわよね?」
「は、はい! もちろんです!……お嬢さま睨んできているし……もう口を挟むなんて無理だ……いよいよ先生と敵対ルート……初接触が敵だなんて最悪すぎる……大丈夫だよね……先生は勝つよね?……ハッピーエンドに向かうよね?……」
「ケッ、大したことねぇな」
『これが……ミレニアム最強の……ダブルオー……』
「すぐに先生たちがチビを取り戻しに行くぜ?首を洗って待っていろ、リオ」
『……ええ、ここまで来られたら、そうなるでしょうね』
「……あん?」
無敵かと思われたアビ・エシュフを撃破したネルは先生とゲーム開発部に囲まれていた。
「ネル先輩すごい!」
「ユズちゃんもすごかった! 全部、ユズちゃんの作戦のおかげだからね!」
「わ、わたしは……と、特に何か、したわけじゃ、ないから……」
「クソ、あんま騒ぐな……頭に響く……」
「”ネル、大丈夫?”」
「これくらい問題ねぇよ、先生。ちょっとだけ休んだら良くなる」
意識が朦朧とする中、ネルは倒れそうな身体を根性で支える。 今ここで気を失えば、しばらく起き上がれない。そう直感していた。
「”無理をしないで”」
「そうだよ、後は私たちで――」
「駄目だ。トキがやられたってのに、リオのやつはまだ余裕を失ってねぇ。まだなんかあるはずだ。……つーか、うちの連中は?」
「”みんな無事だよ。しばらく動けないと思うけど”」
「……そうか」
ついてきてくれた後輩たちはよく頑張った。これ以上、無理はさせられない。後は自分がどうにかしてリオの所まで先生たちを連れて行くしかない。
「もう大丈夫だ。そろそろ行くぞ――」
ネルが先生たちに声をかけたその瞬間、上空から、濃い金髪の少女が羽根を広げながら静かに降り立った。
「”……君は?”」
「あ、あの人! 動画で見たことある!」
私が名乗る前に、ゲーム開発部の双子のどっちかが声を上げる。
まあ、私は行政委員会の対策室室長だ。キヴォトスでも有数の立場ではあるし、顔を知られているのは不思議ではない。
「ふふっ、私も名が知られてい――」
「――なんか悪徳企業を市中引き回し*4にしていた人!」
役職じゃなくて、そっちかよ。
私としてはあの件は少し黒歴史になっているのだ。人目を気にせずやったせいで、いつの間にか動画を撮られ、勝手に拡散されるという被害に遭った。あの一件で一般市民がいかに肖像権という概念を軽視しているか、嫌というほど思い知らされたものである。
しかも後日、私はリ――『ノンデリカシー頭でっかちデカ女』に「やりすぎです」と散々お小言を頂戴する羽目になったのだ。
ちょっとばかし、カイザーの部隊に「私は薄汚い盗人です」と書いた看板を括り付けて、本社前に投げ捨て『丁寧に返却』してきただけじゃないか。あとは『バカ鎮圧費』を請求したくらいなのに。
ゲーム開発部の子の発言で印象が著しく歪んだであろう先生に、私は優雅に一礼をした。
「お目にかかれて光栄ね、先生。私は中聖リーザよ」
「”えっと、どうもこちらこそ……”」
「先生のご活躍は連邦生徒会から聞いているわ。会長が失踪し、混乱に陥ったキヴォトスのため奔走しているとか。役員の一人としてお礼を言わせてもらうわ」
「……ええっ!? 連邦生徒会の役員!?」
「じゃあすっごい偉い人ってこと!?」
そっちは知らないのかよ。
……なんだか自分が有名かどうか自信がなくなってきたな。
「”それは私のやるべきことだから。……それで、君はどうしてエリドゥに?”」
「――リオの『協力者』だからよ」
その一言が落ちた瞬間、ゲーム開発部の子たちの表情が一斉に引き締まった。
やはり彼女たちはあまりこういう事態に慣れていないのだろう。美甘ネルなんかはこちらが姿を見せた時点で臨戦態勢だったが。先生も私を敵と認識したのか、厳しい顔でこちらを見ている。
「けっ、まさかリオのやつにお友達がいるなんてな。」
「協力者よ」
ネルの口ぶりでは、リオに友人がいるなどあり得ないと言わんばかりだ。
ずっとリオに毒舌気味だったヒマリはともかく、和泉元エイミも似たようなことを言っていた気がする。もしかしてリオって、周囲からそういう人物だと思われているのか?
……いや、あの立場と優秀さで友人ゼロだなんて考えにくいだろう。
たしかにエリドゥに来てからの『離反祭り』には辟易とさせられたし、社交性も壊滅的だし、あの救いようのない造形センスについては今さら語るまでもないが――あれ、冷静に事実を列挙すると、むしろ疑いが強まっていないか?
……うん、これ以上は考えるのはよそう。
ここが要塞都市なのか横領都市なのか気にする必要がないのと同じだ。掘り出すべきでない事実というのは存在するものである。
それに、協力者としてならリオは極めて優秀な人物なのだ。技術力も思想も申し分ない。これからも私にとって彼女は大事なビジネスパートナーであり続けるだろう。
……まあ、リオとヒマリのどちらかと友人になれと言われれば、私は間違いなくヒマリを選ぶけど。
物悲しくなるリオの『友人事情』を一旦頭の片隅に追いやり、私は改めて先生たちと向かい合った。
普段から運動をしていないらしいゲーム開発部の子たちは、エリドゥを走り回ったせいで疲労困憊な様子だ。傷も少なくないように見えるし、少なくとも万全の状態とは程遠い。
そしてもう一人、美甘ネルの状態は悲惨の一言に尽きる。『武装』を纏ったトキと激戦を繰り広げ、高層ビルの屋上から墜落し、主砲のダメージが残ったままエレベーター内でアビ・エシュフと『決戦』をした彼女はとっくにボロボロだ。
こちらの想定をひっくり返し、ここまで戦い抜いた彼女たちは称賛に値する。だが、流石にこれ以上の『想定外』は起こりようが無いだろう。
私がパチンと指を鳴らすと、隠れていた隊員たちが現れ、先生たちを取り囲んだ。
「ちょっと、なんか急にいっぱい出てきたよっ!?」
「ゲームのキャラみたいにすっごい機敏な動き……!」
「装備も……本格的……」
「”いつの間に……”」
「下手に動くなよ、お前ら。……対策室の人員はSRT出身って噂だが、どうやら本当のようだな」
「SRT? じゃあこれみんな本物の特殊部隊の人なの!?」
私の名は知らなくても、母校の名は知られていたらしい。ゲーム開発部の子は、そんな相手と自分たちが相対していることに驚いている様子だ。
「その通りよ。だからもし戦えば、甘い対応をしてもらえると期待しないでね?……もちろん、これ以上抵抗しないと約束してくれ――」
「おい、そこをどけチビ。あたしらの邪魔をしよってんなら……」
「は?」
降伏を促そうとした矢先、決して聞き捨てならない単語が耳に入った。自身の頬がぴくりと引きつるのが分かる。まさか自分より小さいやつにチビ呼ばわりされる日が来るなんて……とんでもない屈辱だ。
『びっくリーザ』の顔を作って、私はネルを見下ろした。
「あら、誰かと思えばかの名高きC&Cの部長じゃない。噂よりも小さいわね。てっきり迷い込んだ小学生かと思ったわ」
「あぁ?」
「あなたの様なチビがそんなに『天』を仰いだら首を痛めるわよ?……湿布でも持ってこようか?私を『見上げる』のは大変でしょう?」
「……てめぇこそわざわざ瓦礫の上に立つだなんて、自分はチビだと宣言してるようなもんだろうが」
言ってくれるじゃないか、美甘ネル。上からだとお前の小ささがはっきりと分かるぞ。
「ふふっ、そんなに必死にならなくても分かっているわ。どうやら私の身長*5の方が高いようね?」
「……あたしの身長*6に触れた奴がどうなってきたか、教えてやろうか?」
「そんな過敏に反応することはないじゃない。身長は伸びるものだし、まだまだ未来を諦めるには早――ああ、あなた三年生なんだっけ?じゃあもう希望はないわね(笑)」
「どうやらぶっ殺されてぇようだな!」
一生その小さな体躯と付き合っていくしかないだなんて、お笑い草じゃないか。『日課』*7に勤しんでいる私には縁遠い、『下々』の悩みである。
哀れな美甘ネルを見下ろしながらせせら笑ってやると、彼女は簡単に怒髪天をついた。
……が、部隊に繋いでいる通信から『どんぐりの背比べ……』という声が漏れ聞こえると、私は額に青筋を浮かべた。通信機越しだから誰の声か分からないと思って油断したのだろう、必ずあのバカ従者を折檻すると私は決心した。
それにまずは目の前の美甘ネルだ。互いにチビチビ罵りあっても、埒が明かない。私は少し趣向を変えてみることにした。
「それで、美甘ネル。普段はどこで服の購入を?」
「ハァ……?」
「”え、なんで服……?”」
ネルは、というより後ろにいる先生とゲーム開発部も首をかしげている。どう考えてもこの場にそぐわない発言だったからだろう。
「ちなみに私は制服以外、トリニティの最高級オーダーメイド品しか着ないわ」
「……なんだ急に?金持ち自慢か?」
「いえいえ、ただのアイスブレイクよ。そう緊張しないで、美甘ネル。あなたも中々ユニークな恰好をしているわじゃない」
「……あたしのスカジャンに文句でもつけるつもりか?*8」
「そんな真似はしないわ。センスは人それぞれだもの。ただちょっと気になることがあってね」
私は相手の反応を楽しむように口角をわずかに持ち上げた。
「――あなたのそれ、一体どこの子供服売り場で買ったものなの?」
「ぶ……×▯※こ……●▼◆ッッ!」
怒号と共に――赤と金が激突した。