トリカスお嬢様、転生者を拾う   作:メリル´

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大変長らくお待たせしました。
メルハ、動きます……!


チェックメイト

 怒号と共に、二丁のサブマシンガンが火を噴いた。

 

 私は咄嗟に翼を前へ滑らせる。白い羽根へ銃弾が突き刺さり、乾いた火花を散らしながら弾かれていく。

 まともに受けていれば急所へ数発は貰っていただろう。それだけでこの私が倒れるとは思えないが、さすがに無傷とはいかなかったはずだ。

 

 怒りは判断を鈍らせ、照準を狂わせる。だからこそ、さっきはわざわざ『アイスブレイク』で頭に血を上らせてやったというのに――戦闘が始まった途端、もう冷静さを取り戻したらしい。チンピラの真似事をする子供みたいな人物のくせに、こういうところはエージェントらしいな。

 

 私が銃撃を防いだ刹那、彼女の姿は眼前から消えていた。

 

 横。

 

 反対。

 

 背後。

 

 美甘ネルは縦横無尽に駆け回りながら、途切れることなく弾幕を浴びせてくる。

 圧倒的な機動力で敵を翻弄し、二丁のサブマシンガンによる猛烈な制圧射撃で押し潰す。エリドゥへ来てから何度も目にした、彼女の戦い方だ。

 

 ……もっとも、そのミレニアム最強と呼ばれた戦闘力は既に見る影もない。

 

 美甘ネル最大の持ち味である攻撃の苛烈さすらも、私が見てきたものとは比べ物にならないほど鈍っている。その原因は単純だ。自慢のスピードが出せなくなったためである。

 

 アビ・エシュフと共に高層ビルから落下した時、彼女は明らかに足を負傷していた。あの高度から墜落したのだ、靭帯まで傷めていても不思議ではない。走るどころか、立っているだけでも激痛が走っているはずだ。

 

 そのせいで普段なら決して晒さない弱点も生じていた。方向転換するたびに、美甘ネルは一瞬だけ立ち止まるのだ。『同格』を相手にするには、あまりに致命的な隙である。

 

 私はその瞬間を狙い、一発だけ牽制を放つ。

 ネルは反射的に身体を捻り、弾丸を紙一重で躱した。

 

 だが──そこまでだった。

 着地した右足が、がくりと沈む。踏ん張りは利かず、小柄な身体はそのまま地面へ転がった。

  

「ちっ、何て様だ……クソッ……」

 

 悪態を吐きながら、立ち上がろうともがく美甘ネル。限界を超えて戦い続けた代償は、容赦なく彼女の身体を蝕んでいた。

 

 それでも彼女は立ち上がろうとしている。その執念と根性には、皮肉屋の私ですら内心で舌を巻いた。

 

「よく頑張ったけど、とうとう終わりの時が来たようね」

 

「あぁ? もう勝った気でいやがるのか?」

 

 私の発言を勝利宣言と捉えたのか、不機嫌そうにこちらを睨みつける美甘ネル。腕へ力を込めて身体を起こそうとするが、思うように動かないらしい。

 

「立ち上がることすらできないくせに、良く言えたものね。それ以上無理をすれば、後遺症が残るかもしれないわよ?」

 

「下らねぇこと言ってんじゃねーよ。こんくらい大したこと……っ」

 

「強がりもそこまでいけば大したものね。……降参は?」

 

「するわけねぇだろ」

 

「でしょうね」

 

 美甘ネルへ、私はゆっくり銃口を向ける。照準は、眉間。

 

 もう終わらせてやるべきだ。彼女のためにも。

 

「こんな決着じゃ、私も胸を張って勝ったとは言えないわ。結果が気に入らないのなら、今度『リベンジマッチ』に付き合ってあげてもいいわよ?……今日はもう、眠ってもらうけれど」

 

「冗談じゃねぇぞ、私はまだ――」

 

 言い終えるより早く、私は引き金を引く。赤い閃光が、美甘ネルの額を撃ち抜いた。

 

 

 

 敵の最大戦力が沈黙したところで、リオから通信が入った。

 

『助かったわ、リーザ』

 

「私はとどめを刺しただけよ。大したことはしてないわ」

 

 銃を下ろしながら、私は肩をすくめる。これほどあっさり終わったのも、リオの采配とトキの奮闘があってこそだ。

 

『先生という変数を見誤っていた。貴女がいなかったら、私は負けていたかもしれない』

 

「ここまで追い込んだトキの頑張りのおかげね。今日一番の功労者は彼女に間違いないわ。……ちゃんと褒めてあげなさいよ?」

 

 さもないと、唯一離反しなかった部下までもを失うことになりかねない。

 

 どうもリオは人心掌握をおざなりにしているようだし、『人望無し女』と呼ばれるだけの成果を見せてきた。もしトキすら離れてしまえば、リオの話し相手はいよいよ自作の『前衛芸術』だけになってしまう。

 

 他人と関わらない人間は、どんどん常識からズレていくものだ。これ以上協力者がおかしい方向に進化するのだけは勘弁してほしい。そう考えた私は真っ当なアドバイスを彼女に送った。

 

『ええ。でも言葉より物を送った方が喜ばれそうね』

 

「あら、いい考えじゃない。感謝を形に表すのも――ちなみに何を贈るつもり?」

 

 私はとてつもなく嫌な予感がしたのでリオに尋ねた。もちろん、彼女の芸術センスを思い出したからだ。

 

『あなたに贈る予定のと同じ像よ』

 

 ああ、やっぱり……。

 

 もしかしなくとも、私が『理解』を示したふりをしたせいだろう。どうやらあれが贈り物になると分かってリオは味を占めたらしい。この様子だと本格的にあれを量産し始める可能性すらあるな。

 

 ……なんということだ。私は自らの手で、とんでもない怪物を生み出してしまったのかもしれない。

 ミレニアムの生徒会長が怪人『呪物配り女』に変貌するなんて冗談じゃないぞ。老婆に化けて、白雪姫に毒リンゴを渡していた魔女の方がまだ可愛げがあるじゃないか。

 

「……ほら、世の中には他にも贈り物なんて色々あるでしょう?一応、別の物も検討してみてもいいんじゃないかしら?」

 

「いいえ、アバンギャルド君以上のものはないわ。だって私が褒められた唯一の作品だもの」

 

 あのクソダサロボットを褒めた異常者?まさか私のことじゃないよな?

 

「……その、やっぱり言葉だけでも十分――」

 

「この上なく合理的な贈り物を選べたわね。トキもきっと喜んでくれる。リーザもそう思うでしょう?」

 

「…………そうね」

 

 うん、リオの考えを翻すのは無理だ。

 

 私はトキに対し、心の底から申し訳なく思った。彼女が上司の贈り物を断れず、いやいや受け取る羽目になるのなら、その時は責任を持って私が引き取ろう。

 

 もちろん置き場はメルハの部屋である。二体も設置できるほどのスペースがあるかという問題は……まあ、ベッドを撤去すれば解決するはずだ。

 

 

 

「さて……」

 

 先ほどまでの戦闘を見守っていた四人――とりわけ、倒れた美甘ネルへ駆け寄ろうとして隊員たちに制止された先生へ視線を向ける。

 

 指揮能力は極めて優れているとよく耳にしたが、今回の一件でそれが誇張ではないと実感した。

 

 アバンギャルド君の襲撃を受けた時、もし先生がいなければ、戦闘を専門としないゲーム開発部やエンジニア部は、とっくに壊滅していただろう。まさか『素人』をあんなにもうまく戦わせられるとは。

 

 私も戦術指揮には自信がある。けれど、先生とはチェスを何度指しても一勝すらできない――それほどまでに駒を動かす能力に差があるように感じた。

 

 だが、ゲームと現実は違う。握っている駒が同等とは限らないのだ。

 

 こちらには優秀な駒と最強のクイーン自分……それに対し、囲まれている向こうの駒は戦う力のないキング先生に弱々しいポーンゲーム開発部三人、それと――狙いを察知されていると気づいていない、気絶したふりで体力を回復しながら、虎視眈々と私を狙っているドチビメイドか。

 

 いくら先生でも、この盤面をひっくり返すことは不可能だろう。私は微笑みながら、先生とゲーム開発部に視線で圧力をかけた。

 

「お優しい先生は、まさかそこの一年生たちを特殊部隊と戦わせたりしないわよね?……今度こそチェックメイトよ」

 

「”……リーザ”」

 

「頼りにしてた小さなメイドはこの有様よ。矮小な体躯なりに根性を見せていたことは認めるけど……。ええ、あのチビはなかなか頑張っていたわね」

 

「い、言い過ぎじゃない?」

「あの人の地雷、どこにあるか分かっちゃったね……」

「あまり、そういうことは、言わない方が……」

 

 ……ふーん。

 

 私は片手を上げて合図を送る。

 

 次の瞬間、音すら置き去りにする速度で数発の弾丸が飛来し、三人の足元へ次々と撃ち込まれた。

 

「うわあああっ! か、かすったよ!?」

「あっちこっちから飛んできてる……!」

 

「”狙撃……?”」

 

「……四箇所から、狙われている、みたい……」

 

 赤髪の子の呟きに、それ以外のゲーム開発部と先生が硬直する。

 

「あら、動体視力がいい子がいるわね。ゲーム開発部の部長だっけ?……ええ、いつでもあなた達を昏倒できるように狙撃手を配置しているわ。下手な真似はしないことね」

 

「ええええっ……う、うそでしょ!? こ、こわ……っ」

「カリン先輩に狙われた時よりやばい……これじゃあ、動けない……」

 

 震え上がる一年生たち。そして、打開策を探るように周囲へ視線を巡らせる先生。

 

 その様子を眺めながら、私は違和感を覚えていた。

 

 確かに赤髪の子の言う通り、今の狙撃は四方向から飛んできていた。しかし、それがおかしい。私が配置した狙撃手は五人だ。当然なら、射線も五方向から伸びるはずである。

 

 方角から考えると……撃っていないのはメルハか。何やっているんだ、あいつ。こんな時に弾詰まりでも起こしたのか? 後で叱り付けておかないと。

 

 まあ、今は目の前の問題をさっさと片付けるか。

 

 一緒に戦ってきたエンジニア部とC&Cは既に戦闘不能。ヴェリタスも物理的な距離が離れすぎていて、こちらへ手の出しようがない。言うまでもなく、あちら側は『詰み』だ。

 

「私はゲームをあまり嗜まないけど、こういう時はなんていうか知っているわ。『負けイベント』、でしょう?……もう諦めなさい」

 

「やだ!絶対にアリスを取り戻すもん!」

「このままアリスと別れるなんて、嫌!」

「わ、私も……あきらめたく、ない」

 

 震えながらもゲーム開発部の子たちは果敢に言い放った。

 

 彼女たちの日常からかけ離れた非日常を、今日は嫌と言うほど味わっただろう。幾度となく痛い思いをしたはずだ。それでも彼女たちの心は全く折れていない。

 

 感情を優先する子供を説得するのは難しい。ならば、話す相手を『引率者』へ変えるだけだ。ここまで彼女達を率いてきた先生さえ引いてくれれば、ゲーム開発部も従わざるをえないだろう。

 

「先生、ここで降参してくれるというのなら、シャーレまで丁寧に送ってあげるわ。もちろん後ろの三人も一緒にね。……これ以上大切な生徒が傷つく姿は見たくないでしょ?賢明な判断を期待しているわ」

 

「”アリスを助けるまで、私は帰らないよ”」

 

 返事は一瞬だった。

 

 迷いも逡巡もない。まるで最初から答えが決まっていたかのような即答に、私は思わず目を細める。後ろの三人はともかく、大人である先生まで随分と強情だ。

 

「あまり聞き分けのない姿を、大人が見せるべきじゃないと思うのだけど。今の状況を理解できていないわけじゃないでしょう?」

 

「”それでも、私は諦めたくない”」

 

「……では聞くけれど、どうやってリオのところまで辿り着くつもり? さっきの狙撃は警告に過ぎないわ。次は外させない。しかも、あなたたちは私の部隊に包囲されたままなのよ?……『それでも』、かしら?」

 

 私が片手を上げると、隊員たちが一斉にゲーム開発部へ銃口を向ける。鍛え抜かれた特殊部隊が放つ圧力に、一年生たちは小さく悲鳴を漏らした。

 

「”……それでも、だよ”」

 

「一般市民を傷つけるのは本意じゃないわ。でも必要なら、私たちは躊躇しない。あなたたちに残された道は二つ――何事もなく送り返されるか、少し痛い思いをして送り返されるかだけよ。……それとも先生、この盤面をひっくり返せるような『魔法』でもあるのかしら?」

 

 先生は静かに一歩前へ出る。

 武器を持たず、身を守る術すらないまま、私と向かい合った。

 

「”君に、お願いするしかないかな”」

 

「は?」

 

「”アリスの命を……、どうか奪わないでほしい”」

 

 先生はそう言って、深々と頭を下げた。

 

 その姿を見たゲーム開発部の三人も、先生に倣うように頭を下げる。

 

「……お願いします!」

「アリスを、返してください……!」

「……一緒にゲーム、まだ途中なんです……」

 

 先生とゲーム開発部の真摯な姿に、周囲を取り囲む隊員たちの空気がわずかに揺らいだ。銃口こそ下ろさないものの、何人かは照準が微かにぶれている。

 

 犯罪者や怪物へ引き金を引くことはできても、頭を下げる相手へ冷徹であり続けることは簡単ではない。私だって、心が全く動かなかったと言えば嘘になる。

 

 ……だが、それでも。私は連邦生徒会の最高幹部だ。情に流され、不合理な選択をすることはあってはならない。

 

「これはキヴォトスの秩序と治安に関わる問題よ。たとえシャーレの先生の『お願い』でも聞くわけにはいかないわ。……そもそも先生は生徒を導くのが役目のはず。()()()()にまで責任を負う必要はないと思うけど?」

 

「”アリスは私の()()だよ”」

 

「あなたはAL-1Sがヴェリタスやゲーム開発部を襲っている現場に居合わせたのよね。あれが他の生徒に容赦なく攻撃した姿も目撃しているはず。それでも助けに行くと?」

 

「”もちろん。苦しんでいる()()に背を向ける先生なんて、どこにもいないよ”」

 

 ……ふーん。

 

 そういえば以前、メルハが「先生は誰よりも生徒思いで頼りになります!」と熱弁していたことがあった*1。根拠を尋ねると「あー、勘です……」などと適当なことを抜かしていたが……。

 

 あれは間違いではなかったのだと、私は今になってようやく理解した。

 

 もっとも、その対象が『名もなき神々の王女』まで含まれるとは思わなかったけど。ああまで言い切った以上、「あれは生物ではない」だの、「危険なオーパーツだ」と論じても無駄なのだろう。

 

 ――苦しむ者を見捨てない。

 

 それは子供へ博愛や思いやりを教える教育者として、立派な姿勢なのかもしれない。

 

 けれど同時に、危険なものを危険だと教え、越えてはならない一線を示すこともまた、大人の責任ではないだろうか。

 

「どうやら先生は、本当に素晴らしい人格者なようね。あなたのような『生徒の味方』を迎えられたことは、多くの学園にとって幸運だったのでしょう。……ところで先生。私も生徒なのだけれど。キヴォトスを守りたいという私の意志、少しは汲んでもらえないかしら?」

 

「"君とリオの言い分を否定したいわけじゃない。ただ、私たちはまだ、アリスの命を奪うしかないという結論に納得できていないんだ。……だから少しだけ時間をもらえないだろうか?君たちと私たちで話し合える場を作らせてほしい"」

 

 ……話し合い、ね。

 

 私は先生の顔を見つめ返した。

 

 この大人は時間を稼ごうとしているわけでも、その場しのぎの方便を口にしているわけでもない。本気で、まだ誰も犠牲にならない道が残されていると信じている。

 

 ……私には、そんな方法なんてあるとは思えないけど。

 

「残念だけれど、その提案は受けられないわ。先生は引くつもりがない、私も説得される気なんて無い――だったら、話し合いなんて時間の無駄でしょう?」

 

 あちら側はAL-1Sを自分たちの日常に連れ戻したい。そして私はあれが人間社会に紛れ込むのを許容なんてできない。結局、お互いに譲れないと再確認することになるだけだ。

 

「どこまでいっても私たちの主張は平行線なのよ。『おしゃべり』を楽しみたいのなら、今度また誘ってちょうだい」

 

「”……リーザ”」

 

 まあ、今回の騒動が終わった後にそんな誘いが来るとは思えないけど。

 

 できればシャーレのような強大な権限を持つ組織とは揉めたくなかったが……。こればかりは巡り合わせが悪かったと諦めるしかない。

 

 私は小さく息を吐き、周囲を囲む隊員たちへ命令を下す。

 

「拘束しなさい。抵抗するようなら多少強引にでも――うん?」

 

 そこまで口にしたところで、部隊と繋いでいた通信機が、急にざわつき始める。隊員たちが小声で何か言い合っているようだ。

 

 こんな時にトラブルか? はぁ、全く……。

 

 ……で、今度はどの部下にリオは裏切られたんだ?

 

 私の知らないミレニアムのエージェント組織か?それともセミナーが部隊でも率いて殴り込みにでもきたか?

 

 まさか破壊された『前衛芸術』が起き上がって復讐にきたわけじゃないよな。あんなにアバンギャルドにデザインされるって、創造主に造反する理由には十分すぎるくらいだ。

 

 私は自分が想像したトラブルの内容に半ば呆れながら通信へ意識を向ける。

 

「――お嬢さま!」

 

「はいはい、叫ばなくても聞こえているわよ。それで何が――」

 

 そこまで言って、私は眉をひそめた。

 

 ……おかしい。今の声は明らかに通信機越しのものではない。

 

 私はゆっくりと声のした方向へ顔を向けた。隊員たちの間を縫うように、一人の少女がこちらへ駆けてくるのが見える。

 

 この場にいるはずのない存在。

 それでも一瞬で理解できてしまう、見慣れた姿。

 

「待ってください、お嬢さま!」

 

 狙撃銃を抱えたまま、今にも転びそうな勢いで必死に走ってくるのは――

 

「……メルハ?」

 

*1
17話『不愉快な誤解』より




初めて透明文字使いました
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