「……はぁ、はぁ……まさか先生の得意技……『時間が欲しい』『話し合おう』が通じないなんて……しかも捕まりそうになってるし……大人のカードは?……いや、生徒相手には使わないか……でも、このままじゃ本当にバッドエンドだよ……主人公なら、こういう状況でも何とか逆転できるもんじゃなかったの?……」
私は駆け寄ってきた従者へ視線を向けた。肩で荒く息をつき、足取りもふらついている。なりふり構わず全力で走ってきたのだろう。
作戦行動中に持ち場を離れるなんて、一体何を考えているんだか。狙撃命令も無視していたみたいだし、特殊部隊員としては失格もいいところである。いくら『おバカちゃん』とはいえ、ここまでの失態は初めてだぞ。
「――メルハ」
「ひ、ひえっ……めっちゃ怒っている……当たり前だけど……」
私の声に彼女はびくりと肩を震わせ、恐る恐るこちらを見上げてくる。叱責される前から半泣きになっているあたり、やらかしている自覚はあるらしい。
「どういうつもり? まさか先生のサインでもねだりに来たの?」
「……で、でも……もうお嬢さまを止められるのは……私だけ……やるしかない……覚悟を決めろ私!……あ、あの! お嬢さまに、どうしてもお話があって……!」
「こんな時に? よほど重要な話なんでしょうね」
私が冷ややかに続きを促すと、メルハは先生たちにちらりと視線を向け、それから覚悟を決めたように私を見つめ返した。
「その……アリスへの対応について、考え直していただけませんか……?」
AL-1Sではなく、
その呼び方だけで、何を言い出そうとしているのかは察しがついた。あれを生徒と呼んだ先生の考えが『伝染』したのだろう。こうならないように、あらかじめ釘を刺しておいたはずなんだけど。
「アリスって、人間そっくりじゃないですか。やっぱり、殺してしまうのは……」
「いつから怪物を始末するかどうかは、見た目で決まるようになったのよ? 例えばあなたの大好きなぺ……ペ……ペル――マスコットそっくりの怪物が現れて街を蹂躙しても、かわいそうだからと見逃すつもり?」
もっとも、あんな気色悪いマスコットがそのまま巨大化したような怪物なんて、この世に存在するとは思えないけど*1。
「アリスは人と笑い合って、一緒にゲームを遊んで、友達のことを本気で大事に思える子なんです。そんな彼女を怪物扱いするのは、その……ダメなんじゃないでしょうか?」
「その『友達思いの子』が友達を襲っているのを忘れたの? その事実があるからこそ、私はあれを怪物と判断したのよ」
そもそもAL-1Sがミレニアムでどう過ごしてきたかなんて、メルハはそんなに知らないはずだけど。ヒマリから何か聞いたのか? 監視をさせていたのに、唆されて彼女の手駒になるとは……とんだ『浮気者』じゃないか。
「暴れたのにも何か原因があるのかもしれません。例えば――乗っ取られた、とか!」
「興味深い『妄想』ね。……で、それが合っていたとして、誰がそれを解決できるっていうの? AL-1Sはミレニアムが誇る『全知』ですら、調べ尽くせないオーパーツなんだけど?」
「えっと、それは……ここで精神にダイブしてKEYを~……なんて通じるわけないか……お嬢さまってアリスに情とかないし……説得難易度リオより高いんじゃ……わ、私の用意できる手札じゃ意見を翻させるのは無理……どうすれば……あっ、そうだ!!……アリスを封印したのって、連邦生徒会長ですよね*2! だったら、破壊してしまうのは連邦生徒会長の意に反するのでは?」
「……!」
ふーん、やるじゃないか。
無意味な妄言を延々と聞かされるものだと思っていたが、今の言葉は私の判断を揺さぶるだけの重みがあった。
「”彼女は……?”」
「もしかして、あの狙撃手の人……味方なの?」
「……なんかいけそうみたいじゃない?」
「これなら、アリスも……」
私がわずかに黙り込むと、メルハの表情がぱっと明るくなる。期待を滲ませた視線が、一斉に私へ向けられた。
「……お嬢さま、表情変わってる……もしかしてクリティカル引いた?……その、考え直していただけましたか……?」
「いいえ。意見を変えるつもりはないわ」
「えっ」
「AL-1Sが封印されたままなら、私も『勝手に』どうこうしようとは思わなかったわ。でも、実際に人的被害が出た以上、悠長に見守ってなどいられないの」
「で、でも連邦生徒会長は……!」
「失踪しているでしょう? だから連邦生徒会長の考えを確かめることはできないの。そして私は会長がいないからと、何も決められずに右往左往する間抜けどもとは違うわ。目の前の『危険』に対し、きちんと責任を果たすつもりよ」
それに、なにか重要な意図があるのなら、あの超人が連邦生徒会へ情報を残していないわけがない。
シャーレ設立に際して十分な説明も根回しもしなかったせいで、周囲から余計な不信を買っているどこぞの主席行政官とは違うのだ。
「……う、うそでしょ……渾身の思い付きが……やばいやばい……アリスはこの先の未来に必要です!なんて言って納得してもらえるわけないし……早く何か思いつけ私の頭!……このままじゃバッドエンドだ……」
メルハが懸命に次の言葉を探しているのが分かる。ここまで先生やAL-1Sへ肩入れするとは思わなかったぞ。
「もういいわ、メルハ。初めて会った日に教えたでしょ? 全ての決定権は私にあり、私の言うことは絶対、と。それは従者だろうと副官だろうと同じことなの」
「お嬢さま……」
「『余興』はこれで終わりで良いわね? 仕事に戻りなさい。処分は後で伝えるわ」
命令違反を犯した部下の言い分には、もう十分すぎるほど耳を貸してやっただろう。そう思った私は話を打ち切ろうとした。しかし――
「待ってください! まだ……」
まだ食い下がるのか。
まさかこの私が、飼い犬に手をしつこく噛まれるなんて思いもしなかったぞ。これではリオの『離反され祭り』を笑えないじゃないか。
「いい加減にしなさい。今のあなたは特殊部隊員としても、従者としても失格よ。これ以上私を煩わせないで」
「そこは……本当に申し訳ありません、お嬢さま。でも、全てが終わった後に、あの時もっと……って後悔するような結果にはしたくないんです!」
「……つまり、私の判断が間違っていると? 面白いことを言うわね、メルハ。そう考えた理由を聞かせてもらおうじゃない」
私は今まで向けたことのないほど冷え切った視線をメルハへ突き刺した。
対策室で私が室長を任されているのは、一番強いからではない。最も合理的に物事を判断し、組織を運営できる人材だからだ。
それなのに、同情だけで動いているメルハは私よりも正しいと?『おバカちゃん』すら飛び越えて、錯乱でもし始めているのかと思えてくるな。
「ええっと、それは……原作知識とか言えないし……また勘って言うか?……この状況じゃ厳しそうだけど……よし……一か八か……」
「もちろん、きちんとした根拠を提示してくれるんでしょうね? 言っておくけど、いつものように勘なんて下らないことを言い出したら容赦しないわよ」
「ひ、ひえっ……見透かされている……どうしよう……もう頭すっからかんだよ……えーと、その……せ、先生には……多くの生徒が味方についているというか……」
「確かに、それには驚かされたわ。ここまで仲間を集めてくるとは思わなかったもの。先生は大した人気者ね」
もしくは、リオの人望が壊滅的すぎただけかもしれないが。
和泉元エイミなんかは明らかに先生たちとは連携をとってなかったし、最後までリオに付き従ったのはトキ一人だけという『カリスマ』を考えると……うん、リオの問題だ。
「……でも、それが何だって言うの? AL-1Sを見逃す理由にちっともなってないじゃない」
「それは、そうなんですけど、でも……こ、このままじゃバッドエンドに……お嬢さまの意見を翻すなんて無理ぽ……どうすりゃいいんだ……」
「”ちょっと、いいかな?”」
一人であがく生徒を見かねたのか、先生が横から口を挟んでくる。もう手詰まりになったメルハを援護するつもりらしい。
「何かしら、先生?」
「”みんなはアリスのために、自分の意志でここに来たんだ。私に頼まれたからじゃないよ”」
「生徒たちがシャーレに『徴兵』されたわけじゃないのは知っているわ。あなた達とリオの会話を聞いていたもの。……でも先生、あなたの存在がなければ、彼女たちは果たしてここまで来たのかしら?」
「”もちろん。みんな、アリスを大事に思っているからね”」
「それはAL-1Sの危険性を、あなた達はしっかり理解していないだけよ」
……まあ、私もリオと考えを完全に共有しているかは怪しいけど。
やはりあれがトリニティの戦略兵器、ゲヘナの風紀委員長――そしてミレニアムのC&C部長より強いなんて、私には思えなかった。
しかし、名もなき神々の王女がキヴォトスにとって脅威であることは間違いない。このまま人間社会へ紛れ込ませるわけにはいかないという点については、私とリオの認識は一致していた。
「”たしかにアリスに懸念はある。……それでも私たちはアリスを諦めたくないんだ。だから、もう一度お願いするね。君たちと私たちで話し合える場を作らせてほしい" 」
「……それはお断わりしたはずだけれど?」
「”『それでも』だよ、リーザ。君が了承するまで、何度でもお願いする”」
まるで意固地になった子供かのような言葉に私の頬は引きつった。この大人の強情ぶりを考えると、本当に何度でも言いそうだな。
「……あ、そうだった……パヴァーヌ編は……リオのしていることが間違いだと先生が突きつける話じゃなかったよね……みんなの意志を無視したのを批判したんだ……確かあの時に、先生はリオにトロッコ問題の答えを……なら、私も……」
あまりに真っすぐ見つめてくる先生に、居心地の悪さを感じて私は従者に視線を逸らした。
「そろそろ聞かせてもらおうじゃない、メルハ。私の判断が間違えていて、あなたがやっていることが正しいといえる根拠をね」
「……ごめんなさい。精一杯頭をひねっても、お嬢さまを考え直させうるに足る根拠は出てきませんでした」
「そう。なら、あなたに割いた時間は無駄だったというわけね。ちゃんとその分は――」
「――でも!」
「メルハ?」
「アリスと関わったみんなが、彼女のためにここまで必死になっている――その事実を軽んじてはいけないと思います」
「……大事に思っている人がたくさんいるから、その『怪物』は排除しちゃいけないって言いたいの?」
「そうではありません。ただ、当事者たちを蔑ろにし、性急に事を運んでは、見落としてしまうものもあるんじゃないでしょうか?」
「……」
私はすぐには答えなかった。
ここで「そんなものはない」と話を打ち切り、先生たちを拘束し、メルハに謹慎を言い渡すのは簡単だ。それだけで今回の『騒動』は解決するだろう。その際のデメリットは事前に覚悟をしていた通り、シャーレとの関係悪化のみである――
思い返すのは、AL-1Sを取り返しに来た生徒たち。
リオ謹製の『前衛芸術』へミサイルを撃ち込んだエンジニア部。
アビ・エシュフを纏ったトキと死闘を繰り広げたC&C。
そして廃墟で『名もなき神々の王女』を見つけ出し、アリスという名前を与え、友達になったゲーム開発部。
視線を横に向けると、うつ伏せで倒れているネルの姿を捉えた。
魂すらも削るような凄まじい執念だ。たとえ後にどんな反動が来ようとも、AL-1Sを助けるまでは、何度でも何度でも起き上がってくると思わせるほどの。
強引に事を進めればそんな面々と取り返しのつかないほど、『歪』が出来てしまう人物がいる。
AL-1Sをエリドゥに『隔離』した以上、私にとっての最優先目標は達成されているのだ。今は大人しくしているらしい、そこまで切羽詰まって破壊する必要も無いかもしれない。……少なくとも、ある面では心細すぎる『協力者』のフォローをする余裕くらいなら、あるはずだ。
「リオ、今からそちらに向かうわ。『お客さん』を連れてね」
『まさか……。リーザ、あなたまでも先生につくというの?』
通信機越しのリオの声音には、隠しきれない動揺が滲んでいた。
どこぞの主席行政官以上の『無表情女』だと思っていたが、今回の騒動で彼女が取り乱す姿もすっかり見慣れてしまった気がする。
「いいえ。私はAL-1Sが危険だという認識を改めたわけではないわ」
『……なら、なぜ?』
「私はこれでも民主的な組織の人間なのよ。誰もが私たちに否を突き付けるのなら、それを無視するわけにはいかない。……だからリオ、先生たちと話し合いをするのはどうかしら? 心配しなくても、武装解除には応じてもらうわ」
『だ、だけど……』
『全知』を納得させるのは容易ではないかもしれないが……。まあ、メルハが私を説得するよりは難しくないだろう。それに、彼女を刺激する言葉には心当たりはあるし。
「リオ、あなたは――」
思い返せば、その兆候はいくつもあった。
先生がエリドゥへ潜り込んできた時もそうだ。リオは奇襲という最も合理的な手段を選ばず、『トロッコ問題』を持ち出して、わざわざ自分の考えを先生たちへ説明していた。
私が彼女の作品に『おべっか』を使った時も、普段の無機質さが嘘のように興奮していたことを覚えている。
そして何より、彼女が零したあの一言。
――すべてが終わったら……ヒマリ、あなたもきっと……
言葉の続きを、リオは最後まで口にしなかった。
けれど、今なら分かる。リオはずっと――
「――自分の考えを理解して欲しいと、願っているのでしょう?」
『……!』
ならば、ここが分水嶺だ。
C&Cやセミナー、そして特異現象捜査部。今回、AL-1Sを奪還しに来た生徒の多くはリオの周りにいた人ばかりだ。名もなき神々の王女を壊……いや、殺してしまったら彼女とその周囲の関係性は取り返しのつかないものになる。
それにリオは他人に思われているほど冷酷な人物ではない。AL-1Sを殺したことによる罪悪感を抱えたまま、周囲からさらに孤立していけば、彼女自身が壊れてしまうかもしれない。
「少し遅いけれど、ティータイムでもどうかしら? 流石に全員分の茶菓子は無いけれど、紅茶なら用意できるわよ。あなたも先生たちに言いたいことはまだまだあるでしょう?」
『……それはそう、だけど。でも……』
「『でも』? この私が直々にお茶会に誘ったんだから、まさか断ったりしないわよね? あなたはいいビジネスパートナーだと信じているわ、リオ」
『……その……分かったわ。タワーの最上階で待っているわね』
強引に誘った結果、ようやく返ってきた声は短く、けれど確かな了解を含んでいた。
「あ、あの……お嬢さま……」
リオとの通信を終えると、メルハがおずおずと話しかけてくる。言葉に表せないほど挙動不審な様子は、まるで処刑台へ向かう罪人のようだ。私を思いとどまらせたことに浮かれ、自分がやらかしたのを忘却するほど愚かではないらしい。
「……その、処分と言いますか……えっと……私はどうなるんでしょうか?」
「さあ、どうかしら。幾つもの命令違反に、作戦中の上官への抗議――対策室始まって以来の『おバカちゃん』っぷりね。どうしてやるのが正解だと思う?」
「こ、降格とかですかね?……その、クビだけは本当に勘弁してください! 対策室を追い出されたら私、生きていけません!」
「安心しなさい。命までは取らないわ」
「よ、良かっ――え? お嬢さま?」
私の言葉に青ざめるメルハ。本気でやりかねないとでも思っているようだ。
「冗談よ。減給で許してあげる」
「え、たったそれだけ……? 本当にそれでいいんですか?」
「もう一度SRT特殊学園に入り直して、一から心構えを学んできてもらいたいところだけど……学校は閉鎖されているからね。それだけでいいわ」
……それに、私にも『見落としていたもの』はあったみたいだし。
キヴォトスの情勢はまだ荒れている。会長は痕跡すらも見つからない状況だし、連邦生徒会もまとまっているとは言い難い状況だ。
それなのにたった一つのオーパーツのせいで、ミレニアムの生徒会長という『協力者』を失う――そんなのは『非合理的』だ。
だからメルハの働きも加味し、それだけで許してやるとしよう。
「……よ、よかった……最悪自販機漁りの日々に逆戻りも覚悟していたけど……なんとかなった……それにハッピーエンドルートに軌道修正できたし……頑張ったぞ、私……お嬢さまからの信頼は、だいぶ下がったかもしれないけど……」
「………それに、今更あなたがいなくなったら、周りが静かすぎてしまうもの」
「へ?……お嬢さまが……デレた?……一生ついていきます、お嬢さ――ブヘッ!?」
飛び込んできたメルハへ、私は躊躇なく拳を叩き込んだ。
「涙まみれの顔で抱き着いてこないで」
「……い、いってぇ……照れ隠しが痛すぎる……お嬢さまの愛って重いな……」
地面で虫みたいにのたうち回るメルハ虫を無視して、私は唯一の大人に目を向けた。
「これで満足かしら、先生?」
「”うん。ありがとう、リーザ”」
「話し合いで解決するのなら、それに越したことはないわ。……ああ、そういえばもう一人、話を聞いておくべき相手がいたわね」
「”え?”」
「そうでしょう? ――気絶したフリして隙を狙ってたド・チ・ビ?」
その一言でピクリと動く背中。とっくにバレているぞ、美甘ネル。起き上がるタイミングを逃したせいで、『死んだふり』をやめられなくなったらしい。
私はうつ伏せで倒れている、他のC&Cのメンバーに比べて何もかもが小さいチビメイドの傍に歩み寄った。
「ああ、それとも全身でエリドゥへ愛を表現している最中だったかしら? なら『求愛』を邪魔してしまって悪いわね。そのまま続けててちょうだい」
「誰がするかっ!……っち、気づいていたのかよ」
悪態をつきながら、ネルがゆっくりと頭を上げる。その動作一つとっても、傷の深さが見て取れた。それでもこちらを睨み返してくるあたり、本当に根性だけは大したものだ。
「私が何のために狙撃手の存在を明かしたと思っているの? あなたを牽制するためよ」
「……ってことはてめぇ、あたしが聞いていると分かって、小さい小さいって連呼しやがったってことか」
「事実でしょ。もっと言ってあげましょうか、美甘ネル?」
余裕の笑みを浮かべながら、私は手を差し出す。彼女は眉をしかめながらも、しぶしぶその手を取った。
「……お……ヤンキー漫画で喧嘩した相手と仲良くなるノリだ……共通点も多いし……意外と馬が合う二人かも?……もしかして、友達に……」
美甘ネルが立ち上がった瞬間、私はさらにもう一歩だけ間を詰めた。そしてわずかに見上げてくるネルを見下ろしながら、ほんのり皮肉を滲ませて言ってやる。
「ああ、近づくとこんなにも差が*3……。格差って、物悲しいわね?」
「あ? 殺すぞチビ」
「は? 冗談はその身長だけにしておきなさいよ、チビ」
「「…………」」
「……すごいメンチを切りあってる……ダメだこれ……お互いに火をつけ合って永遠に燃えるやつ……」
「上等だ! ぶっころし――」
言葉は最後まで続かなかった。張り詰めていた糸が切れたように、美甘ネルの身体から一気に力が抜け、そのまま前のめりに崩れ落ちる。
「「「ネル先輩!?」」」
「”ネル……! 大丈夫!?”」
慌てて駆け寄ってきた先生たちを尻目に、私は美甘ネルの状態を確認する。限界を超えた身体が、ようやく本人の意思を無視して休息を選んだらしい。
「寝ているだけみたいね。先生たちは疲弊しているでしょうし、美甘ネルは私たちが連れて行くわ」
「”お願いね、リーザ”」
「ええ。――いつまで寝転がっているの、メルハ? サッカー選手の真似をしてないで早く立ちなさい。あなたがこのチビを背負っていくのよ」
「痛くて立ち上がれないのは、お嬢さまの拳のせいなんですけど!?……あ、あれ……本当に愛があるのかな……考えたら怖くなってきた……よいしょっと。すっごく軽いですね。まるで子供みたい……なんでこんなに軽いのに、あんなに戦闘力あるんだ……やっぱり、一部の生徒ってサイヤ人の血とか柱間細胞とか入っているんじゃ……」
それ、本人に聞かれたら顔を真っ赤にして怒鳴られそうなものだけど。
そういえば今、美甘ネルは完全に意識を手放している。つまり、この私に隙を晒していることでもあるのか。……ふーん。
「メルハ、もう少しこっちに寄りなさい」
「お嬢さま! えへへ、やっぱり私は愛されてい――あれ? なんでペンを取り出しているんですか?」
「美甘ネルの額に極小って書くためよ。今のままだと遠いから、もう少しこっちに寄りなさいって言ってるの」
「ああ、そういう……って、さっき話し合いで解決するのに越したことはないって言ってたのに、なんで揉め事を起こそうとするんですか!?」
タワーへと戻る途中、ヒマリと合流することになった。こちらの姿を視界に入れても彼女は何も口にせず、ただニコニコと微笑みを浮かべてこちらに視線を向けてくる。
「……随分と嬉しそうね、ヒマリ」
「フフッ、想像通りになったからですよ。リーザさんもあの下水女に愛想を尽かせたみたいですね」
「流石にそこまでじゃないわ。……誰もが先生たちに味方するのに、思うところもあったけど」
「だからあの『人望無し女』からは手を引けと忠告したのですよ?」
和泉元エイミが救出に失敗しても、彼女が見せていた余裕はこれだったのだろう。ヒマリは私が内心、揺らぎだしていた事を見抜いていたのかもしれない。
「『話し合い』ではヒマリは先生たち側に立つのね?」
「当然です。リーザさんは?」
「もちろん、リオにつくわ。このままAL-1Sを生徒として学園に通わせるには不安要素が多すぎるもの。……それ以外については、もう少し考慮の余地があってもいいかもしれないけど」
議論がどう転がるかはまだ分からない。だが、最終的に殺さないという選択肢を選ぶのなら、せめてこのままエリドゥに隔離したままにするよう、私は主張するつもりだった。
……まあ、ヒマリがそれを許容するかは怪しいところだけど。
「議論相手が『全知』だなんて頭が痛いわね。お手柔らかにお願いするわ」
「お断りします。『かわいい後輩』のためにも全力で貴女たちを叩き潰して見せましょう」
社交辞令をにべもなく断り、またニコニコ笑うヒマリを見て私は嘆息した。