『緊急状況発生。Divi:Sionはプロトコル実行者を保護するため、エリドゥ中央タワーに集結……』
「待ってちょうだい、ちゃんと説明できるわ。だから…」
『大体、会長は――』
「そこまでです、ユウカ」
『……ヒマリ先輩?』
止まらないユウカにたじたじになっているリオを救ったのは、意外な人物だった。
まさかあのヒマリが助け舟を出すとは。厳しく当たっているように見えて、実のところ彼女はそこまでリオを悪く思っていないのかもしれない。
「まだ事態は収まっていません。リオを追及するのは後でお願いします。私も参加しますので」
……と思ったが、違ったらしい。助けたわけではなく、あとでたっぷり文句を言う権利を『予約』したかっただけのようだ。
何か言いたげにヒマリを見つめるリオ。けれど、監禁までしてしまった手前、さすがに何も言えないらしい。そんなリオの視線も、ヒマリはどこ吹く風とばかりに受け流していた。
「さて、状況を整理しましょう。すでに、無名の司祭は動き出しており、このままKeyを放っておけば――アリスの人格は置き換えられ、『名もなき神々の王女』として覚醒することになります」
「そ、それじゃあ……!」
「!! ヒマリ先輩……それって……」
「アリスちゃんは、このまま……」
Keyが自らのことを「彼女が戴冠する玉座を継ぐ鍵」と言っていたが、それは人格を乗っ取るという意味だったらしい。主と仰ぐ存在の肉体――ではなく機体を奪おうとするなんて、まったく大した従者っぷりじゃないか。
絶望的な顔をし始めたゲーム開発部と厳しい顔をする先生たちを見て、ヒマリは安心させるように口を開いた。
「もちろん、それを防ぐ方法もあります」
「”……一体、何をすればいいの?”」
「無名の司祭が到着する前に、まず私たちの手でアリスを――Keyの起動でデータベースの深部に隔離されてしまったアリスを起こすのです。そうすれば、この事態を止めることができるでしょう」
なるほ――えっと、それはどうやるんだ?
「そんなこと、本当にできるの?」
「アリスを連れ戻せるって事ですか!?」
同じ疑問を抱いたゲーム開発部の双子にヒマリは答えを返す。私も横で話を聞いていたが、「アリスの精神世界に侵入して~」のあたりから、自分にはどうにもできない分野であるということがわかった。助手役もヒマリの後輩である和泉元エイミで事足りるし、ここにいても置物になるしかなさそうだ。
ならばこの場はヒマリに任せて、私も自分の『専門』にとりかかるべきだろう。
先ほどKeyは「追従者はプロトコル実行者を保護するため、エリドゥ中央タワーに集結」と口にしていた。おそらく廃墟のロボットをこのエリドゥに呼び寄せたのだろう。……ならば私のやるべきことは、これを迎え撃つことだ。
まずは外の状況を確認するため、メルハに連絡を入れる。彼女は先ほど、不測の事態に備えて外で待機したいと申し出ていた。先生たちと話がついた以上、まだトラブルがあるとは思えなかったが……まあ、私に次ぐ指揮権を持つ彼女なら部隊の統率役として適任なので、それを許可したのだ。
しかし、少し待ってみてもメルハからの返事は無い。通信はとっくに回復しているのだが、それに気づいていないのか……もしくは返事する余裕がないのか。もしかしたら、すでに防衛戦は始まっているのかもしれない。私もさっさと下へ向かった方がよさそうだ。
「ヒマリ、私は下で無断侵入してくる客を『お出迎え』してくるわ。こっちはお任せしても?」
「ええ、分かりました。……リーザさん、追従者の排除は徹底的にお願いします」
ヒマリは、きっぱりとした口調でそう告げた。あれに触れただけで、AL-1Sは一度暴走している。再び接触させるのは避けたいのだろう。
私としても、これ以上状況を悪化させるのは御免だ。それにAL-1Sだけでなく、弾丸一つで命に関わる先生にも、あれらを近づけるわけにはいかない。
「任せてちょうだい。一匹残らずスクラップに変えてやるわ」
そこまで言って、私はこの部屋にいるもう一人の全知――リオに視線を向けた。
沈んだ顔、動かない手。後輩に詰められた精神ダメージだけで、ここまで打ちひしがれているわけではないのだろう。「私のせいで」とか「もっとうまくやれたはず」と小声で繰り返していたのを見る限り、彼女はずっと自分自身を責めているらしい。
……見てられないな、全く。
「ねぇ、ヒマリ。一つ頼みたいことがあるんだけど」
「……なんでしょうか?」
――あの存在の本質は、世界を終焉に導く兵器
名もなき神々の王女に対し、リオが下した評価だ。
AL-1Sの『実績』ゆえに、私は真剣に受け取らなかった。けれど、今なら分かる。リオは決して誇張なんてしていなかったのだ。
流石に要塞都市そのものを『箱舟』とやらに変異させる機能までは想定していなかったみたいだが、それでもリオはキヴォトスで最も『名もなき神々の王女』の危険性を理解していた人物だ。彼女が色々なことを強行したのも、理解できなくはない。
それにもしリオが行動を起こしていなかったら――そう考えると、本当にゾッとする。廃墟から連れ出されたAL-1Sの中の「鍵」が人知れず目覚め、ミレニアムのど真ん中で唐突に『アトラ・ハシース』を始めていたかもしれないのだ。
人口密集地で市民を避難させながら防衛戦をすることになっていたら、ミレニアムのお財布事情なんて、どうでもよくなるほど悲惨な状況に陥っていただろう。それに比べれば、無人都市で中央タワーだけを守ればいい今の状況は、遥かに『マシ』である。
リオがあのとき動いたからこそ、被害をこの程度に抑えられた――そう評価するべきだろう。少なくともキヴォトスにおいて、今回の事態にリオ以上に適切に対処できた人材がいたとは、私には思えない。
「――彼女の力も必要よね。尻を叩く役目も任せても?」
「……」
ヒマリは、すぐには返事をしなかった。リオに少し視線を向け、わずかに眉を寄せている。
……なるほど、これは既視感があるな。上手く取り繕っているが、彼女はリオに対して相当な怒り*1を抱いている。ヒマリがリオに向ける感情は、私がリンに向けているのと近いのだろう。
そんな彼女に頼むのは心苦しいが、今は一刻を争う事態だ。置物みたいに硬直しているリオには『荒療治』が必要である。協力者からの軟らかい励ましよりも、彼女と真正面から語り合ってきたライバルの方が言葉を響かせられるだろう。
「…………ええ、分かりました」
少し逡巡した後、やがてヒマリは小さく息を吐き、渋々といった様子で頷く。それを確認した私は部屋の外へ足を踏み出した。
「あ、お嬢――むぎゅっ!?」
部屋を出た途端、なにかが飛び込んできたので反射的に手を伸ばす。てっきりもう敵がここまで侵入してきたのかと思ったが――顔を掴まれてジタバタしていたのはメルハだった。
手を放してやると、彼女は何かを確かめるように自分の顔にペタペタ手を当て始める。そこまで強く掴んだ覚えは無いんだけど。
「……え、頭の形変わって無いよね?……さっき顔面に飛んできた弾より痛いんだけど……レジギ〇スに「にぎりつぶす」されているかと思った……いや、同じようなものか……」
「遅いわよ、メルハ」
「これでも急いできたんですよ! エレベーターが止まっているせいで、最上階まで階段を必死に上ってきたんですから! ……原作ではエリドゥ各地に追従者が出現して、エンジニア部とC&Cがそれぞれ相手をしていた場面……今回はどっちもタワーで休んでるから、備えるために下に残ってたんだけど……電力が止められているの、完全に忘れてた……おのれユウカ……じゃなくて、おのれケイちゃんめ……」
「私が通信をいれているのに気づいたら、そんな苦労はしなくて済んだのにね」
「いや、通信は遮断されているみたいで……」
「もう復旧しているわよ。先生のおかげでね」
「え?……あっ、いつの間に……」
しょんぼりと肩を落とすメルハ。まあ、そうもなるか。エリドゥで最も高いタワーを最上階まで階段で駆け上がってきて、無駄骨だと言われたのだから。
「それで、下の状況は?」
「都市各地に追従者が多数出現し、このタワーになだれ込んできていますが……今のところ私たちの部隊だけで問題なく殲滅できています……原作では緊迫した雰囲気だったけど……よく考えれば先生の指揮無しで、ボロボロの生徒たちだけで防衛できているんだよね……意外と数少なかったのかな?……もうちょっと数がいたような感覚だったけど……あ、そういえばケセドって元はDivi:Sionの兵器工廠だったよね……じゃあこの時点でデカグラマトンに乗っ取られている可能性があるのか……原作でもケイちゃんは結構ギリギリで頑張ってたのかな……」
追従者のスペックは頭に入れている。単体では強くないし、群れたところで『ちゃんとした戦力』なら簡単に対応できる程度の存在だ。あれしか出現していないのであれば、メルハの言う通り、順調にスクラップを積み上げているのだろう。
「なるほど。……なら負傷者もいないでしょうね?あの程度の相手に後れを取る間抜けを連れきた覚えはないもの」
「えっ? あ、はい。もちろんその通りでございます……不意打ち食らって、ちょっと気絶*2したの黙っておこ……あんな急に湧いてくるなんてズルだろ……」
急に声が上ずり、言葉遣いが変になるメルハ。そういえば彼女の額、少し赤いような……。
じっと見つめていると、メルハは慌てて額を手で覆った。その反応がすでに答えだと思うけど。
「もしかして、あなた……」
「!? ああああ、さっき階段で転んだところが痛くなってきたなー! 三百段くらい転がり落ちた上にお嬢さまのゴリラパワーで掴まれたから、ちょっと赤くなっていそうだなー!」
「だったらその程度の怪我で済んでいないでしょ。……ところで今、ゴリラって聞こえたのだけれど」
「……あ、やっべ……空耳ですね! 今日は空が青いんで!そんなことより早く行きましょう、お嬢さま! 追従者たちが合体して巨大ロボになったりするかもしれません! お嬢さまの力が必要です!」
……そんなわけないだろ、とも言いきれないか。相手は人知を超えた異能を持つ存在である。それにあのKeyのことだ、切り札として預言者みたいな戦力を隠し持っていても不思議ではない。
「まあ、ここでのんびりしている場合じゃないのは確かね。さっさと降りるわよ、メルハ」
「はい! ……ふぅ……なんとか、ごまかせた……」
話を流せたと勘違いしていそうなメルハを尻目に、私は脳内の『罪状リスト』に「主をゴリラ呼ばわりした」を追記した。その一個上には私と美甘ネルのマウント合戦を「どんぐりの背比べ」と言い放ったことも記録してある。私は従者の失言を都合よく忘れてやったりしないのだ。
「あー、また階段を降りなきゃいけないのか……。なんかやるせないですね」
苦行をもう一度やらされることにぶつくさ文句を言っているメルハを尻目に、私は自分の装備を軽く確認する。
準備を終えると、ガラス張りの壁まで歩み寄って地上を見下ろした。視力はいい方なのだが、流石にこの高さからはよく見えない。せいぜいタワーに押し寄せる波が少しずつ数を減らしていっているのが分かるくらいだ。
まあ、遠くから次々と減った分だけ追従者が『補充』されているみたいだが。まさか、Keyは廃墟に潜んでいたロボットを片っ端からエリドゥへ送り込んでいるんじゃないだろうな。
「あれ、戦況確認でもしているんですか? いくらお嬢さまだってこの距離は無理ですよ。私の狙撃銃のスコープでも使います?」
「結構よ。敵味方の位置関係を把握したかっただけだから。……うん、ここなら多少派手にやっても問題なさそうね」
「え、なにを――なんで足を振りかぶっているんです?」
私は目の前のガラスを蹴り壊した。破片がパラパラと地上へ落ちていく。蹴った感触が妙に硬かったので、どうやら防弾仕様だったらしい。
……もしかして、このタワーの窓は全部そうなのか?
そういえば、エリドゥの他の建物もガラス張りなのが多かったがまさか……あれも全部? 要塞都市と名付けるだけあって、相当大盤振る舞いしてそうだ。
内心でエリドゥにかかった予想金額をさらに上方修正していると、驚いた様子のメルハが私に壁際から遠ざけようと掴みかかってくる。
「何しているんですかお嬢さま!? 危ないですよ!?」
「ああ、ちょっと足が滑ったみたいね」
「思いっきり狙ってましたよね!? でっかい穴が空いてますけど!? リオさん泣きますよ!」
「もうエリドゥのガラスが何枚割れたと思っているのよ。今更一枚ぐらい誤差よ、誤差」
特に美甘ネルとトキが落下しながら戦ったときなんて、お互い遠慮なく武器をぶっ放していたせいで、破片の雨が降り注いでいたのだ。この程度の被害なんて、無いも同然だろう。
メルハは恐る恐る私が作った風穴を覗き込むが、すぐさま顔を引っ込める。どうやら高さを実感したらしい。そして何かに思い至ったのかだんだんと顔が青ざめていく。
「……ひえっ……これ、ガラスがあるのとないのとで、怖さが全然違う……落ちたら間違いなく地面の染みになるやつだ……なんでお嬢さまこんなことを……ストレスでって感じはしないけど……え、まさか……あの、すごく嫌な予感がするのですが。まさか、ここから飛び降りるだなんて言いだしたりしませんよね……?」
「察しがいいじゃない。『ショートカット』するわよ、メルハ」
「ですよね! いくらなんでも……えっ?」
メルハは、見る見るうちに顔を青ざめさせ、慌てて首を横に振り始めた。
「いや、無理無理無理! 気でも触れたんですか、お嬢さま!? ここネルさんが飛び降りたビルより高いんですけど!? 足の怪我じゃ済みませんよ!?」
「失礼ね。あなたがまた階段を下りるのを嫌そうにしていたから、気を遣ってあげたのよ。私ってなんて優しい主なのかしら」
「紐なしバンジージャンプするくらいなら、階段の方がマシですけど!?」
メルハの顔はどんどん引きつっていく。どうやら私の『真心』が、彼女にはまったく伝わっていないらしい。実に嘆かわしいことである。主の心従者知らずとはまさにこのことだな。
しかもさっきまであんなに嫌がっていたくせに、今のどうにかして階段に駆け込もうと隙を伺っている始末だ。そんなささやかな希望は、肩を掴めば簡単に潰せるのだけれど。
「さあ、行くわよメルハ。覚悟を決めなさい」
「……あ、終わった……絶対逃げられないやつだ……これは何とか口八丁手八丁で……あの! 実は私、高所恐怖症で……!」
「大丈夫よ。馬鹿と煙は高いところが好きって言うでしょ」
「じゃあそれ、私には関係ないですね! 階段で行きましょう! 私、階段大好き!」
「残念ながら、その愛は一方通行よ。何度も踏みつけたせいで、階段はあなたのことが嫌いですってね」
「いや、階段ってそういうものじゃ――サディスト全開な笑顔で引っ張らないでください! 怖いんですけど!? いやぁぁぁー!? まだ心の準備がー!」
無駄な抵抗をし始めた諦めの悪い従者をずるずると引きずりながら、私はそのまま彼女ごと穴の外へ身を躍らせた。