私の言葉に驚いて振り返るメルハ。もちろん冗談だが、彼女は本気にした様だ。そんな彼女の肩に手を置いて慰めるように私は語りかけた。
「残念だったわねメルハ。クルミ先輩が言うんじゃ仕方ないわ、恨むなら先輩を恨んでね?」
「いやいや! あんなにドラマチックでロマンチックな出会いをしたのに!? 主従の誓いもたてたのにここで放り出すんですかっ!?」
大きな身振り手振りで必死にアピールをするメルハ。見ていて面白いとは思うのだが……ロマンチックの方は記憶にないんだけど。
「ドラマチックな出会い?さあ、そんなことあったかしら……?」
わざとらしく首を傾げてみせると、メルハはほらほらと言わんばかりにさらに身を乗り出してくる。
「ほら、スケバンに囲まれた時のやつ! 私がピンチだったお嬢さまを助け出した時の! 私の背中にお嬢さまがメロメロになったあの瞬間を思い出してください!! ドラマチックだったでしょう?」
私に気絶させられて横で転がっていただけなのに、『助け出した』?そして背中にメロメロ?何が「ドラマチックだったでしょう?」だ。得意げに語られたって同意なんてできないぞ。
「随分と私の記憶とは違うみたいね。気絶していたあなたを尻目に、五人の不良を捻った覚えならあるけど……全然ドラマチックじゃないわね」
「やめてくださいよそんなこと言うのは! ちゃんと二人の出会いの記憶は大事にしてください! 一生心に残るあの劇的な瞬間を!」
嘘まみれの記憶でよく言えたものだ。やっぱり初対面相手に人見知りしただけで、図々しさはまだ十分持っているじゃないか。
「お嬢さまって……リーザちゃんってこの子とどんな関係なの?」
「主従関係よ。彼女を認めて雇ってあげたの」
「あ、はい。雇っていただきました……トリニティに通えるかと思って……見た目詐欺に引っかかって……」
「あんた正気!? リーザに仕えるなんて崖から身投げしたも同然じゃない!」
「は?」
クルミ先輩のあまりにも失礼過ぎる例えに思わず青筋を浮かべる。私はこれでも面倒見がいいんだぞ。忠誠を誓わせた以上、必要なものはすべて与えるつもりでいるのだ。
「たしかにこの子には不足している部分がありすぎるのは事実。多すぎるのは自己肯定感くらいね。つい最近まで「ここからは私が天に立つ」とか「私はショットガンエースのメルハ」とか突飛なことを口にしていたけど、ちゃんと従者として日々自分を磨いているのよ?ちゃんと転入試験にも合格したし、このメルハは私の従者として十分やっていけるわ」
「ひどいですよお嬢さま! 自己紹介にかこつけて私の恥ずかしい過去をばらすなんて! こうなったら死ぬまでしがみ付いて寄生してみせますからね!」
『過去』といえるほど昔のことじゃないのだが。せいぜい『ちょっと前』だろ。
「……メ、メルハっていうんだね」
オトギ先輩はメルハの『恥部』と最後の発言をスルーすることにしたようだ。こういうところが先輩の人気者な秘訣かもしれない。
クルミ先輩はまだ少し警戒しているようだが。私の従者であるという部分が彼女を刺激したのかもな。
「それじゃあ先輩方を紹介するわね」
「あ、はいお願いします……知ってるけど……」
「さっきから何回か名前を聞いているわよね。学園一位のチーム、FOX小隊の先輩方よ。こっちはオトギ先輩、陽キャで狙撃手ね。忘れないで」
「もっと言うことないの、リーザ?」
「……原作のFOX小隊で一番影が薄かった人……よろしくねお願いします、オトギ先輩!」
「うん、よろしくねメルハ!」
私の紹介した通り、人好きのする笑顔でメルハと握手するオトギ先輩。この二人の相性は悪くなさそうに見える。よく話題の中心にいるオトギ先輩がいればメルハがSRTの輪の中に入るのもそう苦労しないだろう。
クルミ先輩の方はこちらをじーと睨みつけている。まともな紹介をしろと圧力でもかけているつもりらしい。そんな視線を向けられたって、私はまともに紹介する気は微塵もないけれど。
「こっちはFOX小隊のポイントマン、クルミ先輩よ。いつもカリカリしているから裏で皆からカリカリマンとも呼ばれているわ。訓練でいつも私にやられているかわいそうな人よ。前回なんか腹パンで一発で戦闘不能になっていたわね。彼女に関しては何もかも覚えなくていいわ」
「おいこらリーザ! 何よカリカリマンって! あんたが広めたんじゃないでしょうね!?」
私じゃないぞ。正解は私が『カリカリマン』って口にした瞬間に目を逸らしたあなたの相方だ。発案者は別だったはずだけど、面白がって広めたのはオトギ先輩なのだ。それに私だったらカリカリマンなんてあだ名はつけない。もっとクルミ先輩のカリカリ具合を表すためにカリカリカリカリマンにするからな。もしくは瞬間湯沸かし狐とかでも良いけど。
「落ち着いて、クルミ。……メルハ、私のチームメイトはすごく優秀なポイントマンなんだよ。私たちの小隊がリーザに勝てるのはクルミの働きが一番大きいからね。この学園で一番長くリーザの相手ができるのはクルミなんだよ?」
「オ、オトギ……そうよね、リーザの相手をするのはとっても大変なのよ! 私はすごく頑張っている!」
適当な紹介をされた戦友を哀れんだのか、それとも変なあだ名を広めたお詫びかオトギ先輩が少々の補足をする。たしかにFOX小隊の中で私が一番厄介に感じているのはクルミ先輩だ。柔軟な対応力や地形を利用するのがうまいせいで、何度も私の敗因を作った。
彼女一人で戦うならば私は難なく撃破できるが、チームの盾となって私の前に立ちはだかるときは驚異的な粘りを見せるのだ。そういうところは私も評価している。……絶対本人には言わないけど。
「でもクルミ先輩がお腹や胸に防弾板を仕込んたらもっと耐えられるのに、とかオトギ先輩は思ったりしない?どうせ大したことないんだから別に圧迫したりしないでしょ、とか頭をよぎることは?」
「…………まあ」
「……オトギ?」
何よりも強固なはずのFOX小隊の絆に罅が入る音が聞こえたが、気のせいだろう。私の軽い『修正』程度で揺らぐはずないのだから。そして何を考えているのか大体想像できるクルミ先輩が今度は私に指を指す。
「こっちだって紹介してやるわよ! こいつはリーザ、トリニティから来た温室育ちの心優しいお嬢様とか自称していたけど、いまじゃ校内で信じてる奴なんて一人もいないわ*1。妙に強いけど、それ以上に性格は最悪よ! 先輩を敬う心が足りないし、いつも裏で怪しいことをやっているのよ!」
「素敵な紹介をどうも、クルミ先輩。でも今更メルハに私の説明はいらないなんて分かるはずだけど……脳みそをどっかに忘れてきたあなたには難しかったかしら?」
「ほら陰湿なセリフ! あんたのせいで、私のトリニティへのイメージが歪んできたんだけど!? トリニティの生徒って裏でこそこそするのが本業なの!?」
別に間違っていないぞ、そこは。少なくとも上層部は派閥の内外問わず足を引っ張り合うし、陰謀策謀渦巻くドロドロした人間関係もありふれたものだ。あとは家の格とか本人の実力とか誰のお気に入りなのかも結構影響してくる。
「私はSRT特殊学園を守るための『政治』をやっているのよ。歴史の浅い組織の立場がどれほど不安定か分かって……ごめんなさい、クルミ先輩には早すぎる話ね」
「なんですってぇ! あん――」
「はいストップ、クルミもリーザもね。新人ちゃんが困っているからさ」
「私理解できました……じゃあ、クルミ先輩もお嬢さまの被害者ってことですね! 先達として色々教えてください、お嬢さまの制御方法とか!」
「……メルハ?」
こっちの主従関係にも罅が入る音がしたんだが……気のせいだと信じたい。
「!……ふーん、分かっているじゃない。メルハって言ったっけ?あなたは見どころあるみたいね」
「よろしくお願いします腹パ……クルミ先輩!」
なぜか急速に仲が深まっていく『自称被害者達』に釈然としない思いをする。まあ、クルミ先輩にはメルハの訓練をやってもらおうと考えていたので別にいいけど。先輩はメイン武器でこそないけれどショットガンの扱いもそれなり以上だったはずだ。
「そういやリーザ、一つ気になることがあるんだけどいいかな?」
「何かしら、オトギ先輩?」
メルハとの本当の出会いや入学前はどんな訓練をしていたとか、私がSRTで先輩や同級生たちとどう過ごしてきたとか――そんな話で盛り上がっていたところ、ふと何か思いついたように、オトギ先輩がこちらに質問を投げかけてきた。
「メルハの事だけど、この時期に転入って変じゃない?何かしたの?」
「え、そうなんですか?……お嬢さま、お金で何とかしたんですか?」
メルハは私のことを何だと思っているんだ、一度じっくり聞いておいたほうがいいかもしれない。それにいくらなんでも連邦生徒会長認可のもと設立された『正義のSRT特殊学園』が金で入学がどうにかなる場所だなんてまずいだろ。
「連邦生徒会の役員に『お願い』しただけよ」
「あんたがペコペコお願いしに行ったってこと?ちょっと見てみたいわね、それ」
「それは三流のやり方よ。一流は向こうから頭を下げる関係を作るの」
以前補給品関係で不正をしていた役員がいたので、私は彼女と『仲良く』なっただけだ。いくつかの不自然な点を彼女の政敵にリークし、困った状況になった彼女の不手際を『不幸な行き違いによる些細なミス』ということになるように工作し、そしてこれからもキヴォトスのために『一緒に頑張ろう』と『約束』しただけである。あとは彼女の出世も少し手伝ったか。おかげで彼女は熱烈な協力者になったのだ、私の。
どうせ補給品関係で多少の不正があったところで、大した処罰にはならない。連邦生徒会の役員はそんなに簡単に替えがきかないし、正面から指摘しただけでは恨まれるだけだ。真面目になるように『矯正』する方が連邦生徒会にとっても、SRT特殊学園にとっても、そして何より私にとっても都合がいいに決まっている。
今では私がサンクトゥムタワーに顔を出すだけで彼女はすっ飛んでくるし、部屋に寄るだけで用意できる限りの一番高いお茶とお菓子でもてなしてくれるのだ。帰るときは生まれついてのドアマンとばかりに丁寧に見送りまでしてくれる、かわいい『ゴマすりちゃん』だ。
ただそんな『協力者』の存在がいるとはいえ、思った以上に話が通りやすかったのは私も少し驚いた。いくつか条件が偶然かみ合って、連邦生徒会のさらに
こういう裏話が『お好み』では無いだろうクルミ先輩向けに細部をごっそりぼかした話をして切り上げた。クルミ先輩だけでなく大抵のSRT生はその傾向があるのだが。おかげでSRT特殊学園において連邦生徒会や対外的との交渉とやり取りも担っているはほぼ私だ。
――正義とは、理にかなった正しい道理の事。SRTの正義は、いかなる状況でも揺らぎはしません
FOX小隊がカイザーインダストリーの第二工場で保管されている条例違反の大量破壊兵器を無力化し、さらにカイザーグループの幹部と防衛室の関係者が何人も摘発された大事件。報道でSRT特殊学園が初めて世に知れ渡った時、ユキノ先輩が口にしたことだ。
その姿に憧れてこの学園に集った生徒は多い。だからこその傾向だろうけど。まあ、そもそも『政治』がお好みならSRTじゃなくて連邦生徒会の役員を目指すか。
「……そろそろ私は行くわ。先輩方、メルハをお願いできる?」
「え、お嬢さまは?」
「あなたを訓練するために、何回か他の人に任務を代わって貰ったのよ。その分の『負債』を消化しないと」
交換条件として面倒な長期任務や調査やらが回ってきたが……仕方がない、必要経費だ。それに私一人で面倒を見るより、色々な人から色んな特技を学んだ方がメルハのためにもなる。
「天に立つショットガンエース・メルハ様の成長を楽しみにしているわね?」
「あああ、それはもう忘れてくださいよ!……これずっといじられ続けるヤツだ……調子に乗らなきゃよかった!……」
「任せてよリーザ、新人君にはたっぷり特技上達の訓練を受けてもらおっか!」
「ふん、その前にSRT慣例の歓迎会が先よ! 新入りと『遊んで』あげるわ!」
「は、はい! よろしくお願いしま……え、私一人であれを!?……」
早速盛り上がっているメルハと先輩たちを背に、私は歩き出す。あの集団にはあとから残りのFOX小隊のメンバーも合流するだろうし、メルハの精神的な部分も教育してくれればいいのだが。
『おバカちゃん』の部分をユキノ先輩は見逃しはしないだろう。それに訓練で疲れればニコ先輩のいなり寿司でも口に突っ込んでもらえるはずだ。ふむ、メルハにとっては最適な環境かもしれない。
――それから数日後。
積み上がっていた『負債』をある程度処理し、学園への帰還中に着信音が鳴る。相手はオトギ先輩か。……メルハの事で何かあったのか?
『リーザ、今大丈夫?』
「ええ、問題ないわ」
『じゃあビデオモードにしてね!』
急な話に疑問を覚えながら、言われたとおりに切り替える。画面には狙撃銃を抱えたオトギ先輩が映った。まあ狙撃手が狙撃銃を持っていること自体は不思議でもなんでもない。
『コホン……やっほーリーザちゃん、FOX4オトギだよ! 今、私の横には狙撃銃を持った君の可愛い従者がいるんだ。結構筋ががよくてねー、これから楽しい楽しい訓練しちゃうよ~』
『ごめんなさいお嬢さま、私スナイパーになります……』
「……???」
なんだこれ。
嚙み砕くとショットガンエース・メルハ様はもう見られないらしい。オトギ先輩に才能を見出されて狙撃手を目指すそうだ。自らの適性に合った道を見つけたのは良いことだが……それにしても随分と斬新な転科*2報告だ。
モモトークで「普通に言えば?」と送ったら、「これはメルハの強い意向だよ!」というオトギ先輩のメッセージ。何がしたいんだ、あいつ。