「いやあ……ケテr――ゴホンゴホン、あの謎の巨大機械は強敵でしたね」
「そこまで言うほどじゃないでしょ。……でも一体何なのよあいつ」
ある日の事、作戦を終わらせ廃墟*1の水没地区を通りがかった際に、謎の巨大機械に強襲されたのだ。私は職務上、暴走した自律兵器や企業が独自開発した大型ロボットを多く見てきた。しかし、あんな四足歩行の巨大な戦車のような機体は類似品すら思い当たらない。
「急に現れてビックリしましたね……まだ原作始まってないのに、せっかちすぎるよデカグラマトン*2……お嬢さまがいなかったらどうなっていたことやら」
「私がいなくとも何とかなる程度ではあったでしょ。作戦帰りとはいえ、弾薬も十分あったし。SRTとして情けないことは言うもんじゃないわよ」
「お嬢さま抜きじゃ絶対大苦戦してましたよ! あんなの相手にする装備なんて持っていませんでしたし!……まあいたら楽勝過ぎたけど。ざまあみろケテル、土台に風穴を開けられたら修理に時間かかるだろ……先生来るまで二度と面みせるんじゃないぞ……」
「……まあ、そうかもね。あまりにも異質なエネミーだったわ」
二基の機関砲に加えてミサイルまで装備し、装甲もこれまで見たどんな機体より頑強だった。私はどんな機械も一撃でスクラップにして犯罪者の心をへし折ってきたのだが、あの謎のエネミーを破壊するには七発も必要だったのだ。
そして何よりも異質なのは
小隊の集中砲火で沈黙させた後は、有人兵器であることを考慮して投降を呼びかけたのだが……唐突に脚部からワイヤーを射出し、空中にいたドローンに引っかけて撤退していった。あまりの早業に呆気にとられてしまったぞ。あんな『逃げ足』を隠し持っているなんて予想もしていなかった。
断言できる、あれは間違いなくどこかの企業によって作られた存在ではない。SRTを恨む者による犯行も考えたのだが、あの巨大機械に使われている技術はキヴォトスのどの組織のものからも逸脱しすぎている。あの完成度ならカイザー御自慢の最新兵器、ゴリアテだって比較にならないほどだ。
「メルハ、ああいった存在がいるなんてあなたは聞いたことある?」
「え?……あーいえ、全くないです。ヘイローを持っている機械なんて初耳ですよ!」
「まあ、そうよね……」
アビドス砂漠や極地の火山地帯でああいう異質な自律兵器を見たという『噂』自体はあったのだが……まさか実在するなんて考えもしなかった。あやふやな目撃証言しかなく、所詮はどこかの企業の誇大広告に尾ひれがついたものだと思っていたのだが。
「もちろん記録は取れているんでしょうね?」
「は、はい! 写真から攻撃方法のレポートまでバッチリです!」
どんな目的で誰を目標にして運用されているか知ったことではないが、あの機械は危険すぎる。今回襲撃されたのがSRT特殊学園の私たちで良かったと思えるほどに。あんなもん企業の私兵やそこら辺の武装集団程度だったら容易に蹴散らされていたぞ。もちろん一般市民に遭遇させるなんて以ての外だ。
「帰ったら連邦生徒会に報告書を提出しましょう。専門の調査チームないし組織を立ち上げるべきよ」
「ええっと……SRTがやるんじゃだめなんですか?」
「管轄外でしょ。私たちは犯罪者専門よ」
SRT特殊学園は連邦生徒会長の権限を以てあらゆる自治区への介入を可能としているが……あくまで対象は人だ。間違っても『未知の怪物』の相手なんて想定していない。ああいう存在に対処するに必要な作戦や装備が違いすぎる。
新組織は分類としては防衛室の傘下にでも作られるのだろうか。まあ、そこらへんは現場の考えることではないか。自ら予算を取り合うことになる『商売敵』を作ることになるのは気が進まないが、市民の安全とキヴォトスの秩序にはかえられない。
連邦生徒会に報告書を提出して何週間が経った頃、ニコ先輩とクルミ先輩が私のもとを訪ねてきた。たしかFOX小隊は常習犯の違法行為摘発の任務があったはずだが、どうやらサクッと片付けてきたらしい。
小さい事件だったしニュースにも流れるだろうが、大した騒ぎにはならないだろう。私としても「ああ、またか」である。メルハは「これでカイザーに大ダメージを!」とか妙に騒いでいたけど、まあこれもいつものか。
「リーザちゃん、手紙が届いているよ」
「あら、ニコ先輩……とまな板の――」
「そういうのいいから! リーザ、早く中を見なさい!」
「……まだ何も言ってないのに、カリカリしないでほしいわ」
やりがいがないぞ。クルミ先輩をカリカリさせるのが私の人生における楽しみの一つだってのに。
渡された手紙を見ると、連邦生徒会からのものだった。たしかに私はレポートを提出し、新組織設立の提言もしたが……だからといって私個人に連邦生徒会から『経過報告』が来るとは思えない。
そういえば、『協力者』の話では、あの件はあれよあれよという間に上層部まで流れていったらしい。腰の重い連邦生徒会らしくはないが……まあ、役員の誰かが重く受け止めたのだろう。キヴォトスの平和にも大きく関わることだし、放置されなくて何よりだ。
「だから早く開けなさいったら!」
そんなことを考えていると、再びクルミ先輩が私を急かしてきた。ニコ先輩まで同調するように頷いている。そんなに慌てるようなことか? SRTに連邦生徒会から資料が届くなんて日常茶飯事だろうに。
釈然としない思いで開封しようと、手紙を裏返したその瞬間──私の視線はいつもは気にも留めない差出人欄の一点に釘付けになった。そこに付け足された一文字のせいでこの手紙の重要度は大きく変わる。
「連邦生徒会『長』?……は?」
『超人』と称される連邦生徒会の頂点――すなわちキヴォトスのトップである人物だ。SRT特殊学園の創設者でもあるが、そんな最上位の権力者から直接連絡が来ることはまずない。しかも学園宛ではなく私の名を指定してだ。もちろん個人的知り合いでもないし、一体何が……
「……なるほど、こうきたか」
中の手紙に目を通し、内容を把握した私は深く息を吐いてから、両手で顔を覆った。肩をわずかに落とし、まるで人生最大の不幸に見舞われたかのように。ニコ先輩が恐る恐る声をかけてくる。
「リーザちゃん?……何が書いてあったの?」
「……私の連邦生徒会でやった『政治的』な工作が露見したみたいね」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた何やらかしたの!? いや聞かなくて大体想像つくけど!」
「色々よ……これは大変なことになる……かもしれないわね……」
「……で、あんた……は、その……大丈夫なの?」
指と指の隙間から覗いてみると、クルミ先輩はらしくなく不安そうに私のことを心配している。その横でニコ先輩は……苦笑いで私を見ていた。うん、この人はもう気づいてるな。さすがは『小隊のお母さん』か。
「わ、私……その……私……」
「え、リーザ?まさか――一緒に抗議しに行くわよ! あんただってSRTで頑張ってきたじゃない! こんなことで――」
「……いいわクルミ先輩。だってこのままじゃ私――出世するみたいなの!」
「そんな!……えっ、は?……出世?」
「ええ、そうよ。新組織を立ち上げるらしく、そこのトップに私を据えようと連邦生徒会長はお考えのようね」
まるで何事も無かったようにケロリとした表情で言ってやると、クルミ先輩はすぐに怒髪天を衝いた。大体クルミ先輩の想像通りの事が起きたとして、連邦生徒会長がわざわざ私に手紙を送ってくるわけもない。SRT特殊学園宛に令状を出して、所属生徒に私を逮捕させるはずだ。
「何しょうもない演技してるのよ!? あんなに深刻そうな顔をしていたから思わず心配しちゃったじゃない! ニコも気づいていたなら止めなさいよ!?」
「仲良しの二人を邪魔しちゃ悪いかなーって……」
「ありがとうニコ先輩。これでさっきカリカリさせ損ねた分は補えたわね」
さすがは気遣いのできるニコ先輩だ。野戦前の小隊に手作りのおいなりさんを差し入れたり、学園の生徒の相談を受けたり、後輩と先輩の『スキンシップ』を温かく見守ったりと、SRT特殊学園には必要不可欠の人物である。
「それでリーザちゃん、本当は何が書いてあったの?」
「あら、私は別に嘘は言ってないわよ?私のやった『政治的』な工作がつらつらと並べられているのは事実ね」
「え、そうなの?」
「じゃああんたが矯正局送りになってないとおかしいじゃない!」
この先輩は私が一体何をしていると思っているのだ。私腹を肥やすためじゃなくて、学園や市民のことを思って私は『お手入れ』をしているだけだというのに。
まあ正直、ここまで見抜かれているとは思っていなかった。私の仕事は完璧だったはずだが。『超人』なんて権力者が箔付のために自分で流した噂だと考えていたのだけど……どうやら噂『以上』の人物らしい。
「手紙には連邦生徒会長から感謝の気持ちが記されていたわ。私のやったことを高く評価してくれるそうよ」
「そうなんだ。すごいねリーザちゃん、私も先輩として鼻が高いよ!」
「……本当かしら?」
ニコ先輩からは素直に褒められ、カリカリザウルスからは疑いの目……後輩を信じられないなんて、全くどんな生き方をすればこんなに器も胸も小さく育つのか。
「なんでそこで疑うのよ。私ほど清廉潔白で誠実な人間が評価されるのは不思議なことじゃないでしょ?」
「よくそんな事言えたわねリーザ! あんたがこの前みんなの秘密でやらかしたことを忘れたのっ!?」
「さて、覚えが無いわね。それにねクルミ先輩、人の秘密をほじくり返して羞恥心を煽ったり、尊厳を破壊するのは最低なことなのよ?……やるわけないでしょ、私が」
私がやったのは『躾』とか、『正義実現』とかだ。間違っても悪行なんかじゃない。あの件を通して学園のみんながより相互理解を深めたと考えると……善行だったとすら言えるかもな。
「このっ――」
「まあまあクルミ。リーザちゃん、私たちもこの手紙読んでも大丈夫?」
「ええ、いいわよ。ほら、ニコ先輩」
私から渡された手紙を受け取った先輩たち読み進めると――二人の顔が青くなっていった。なんでだ?後輩の努力が評価され、現場からの大抜擢を喜ぶべきところだと思うけど。クルミ先輩が私の『功績』一覧を指しながら、話しかけてきた。
「これ……全部、あなたが裏でやってたの?」
「ええ、そうよ?ここまでやらないと新組織は舐められるの。不正を働くためどころか役員個人の些細な感情で、SRTへの補給や命令に滞りがでたら大変でしょう?SRT特殊学園はぞんざいに扱ってはいけないと知らしめないと」
「……ちょっとビックリしちゃったけど、リーザちゃんは私たちみんなのために頑張ってくれていたんだね」
「そうよニコ先輩。私のこと、見直したかしら?」
「ふふ、私はずっとリーザちゃんはすごい子だと思っていたよ」
先輩の穏やかな言葉に、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。あまり大っぴらに言う事でもないから黙ってはいたけど、こうして褒められるのならもう少し開示してても良かったかもな。ニコ先輩から少し遅れて、クルミ先輩からも言葉が飛んできた。
「あんたがよくやっていることは分かったわ。先輩として褒めてあげる」
「教導した後輩への賛辞が足りないのでは?もっとうまくやってほしいわね」
「……これ以上どうしろっていうのよ、リーザ」
クルミ先輩は先輩らしく振る舞おうとしているが、感情が態度に滲み出ている。認めたくないのに認めざるを得ない……そんなところだろう。本当に分かりやすい人だな。
「今度の外出日は一緒に外に行きましょう。クルミ先輩にはプレゼントを贈ってもらうわ」
「……いいわ、先輩として奮発してあげる。でもあんた、いつも自分のものは一人で買うって言ってなかったけ?」
「金銭感覚が周りと合ってないことくらいは理解しているからよ。じゃあクルミ先輩、今度の外出日はトリニティに行きましょうね。私『本当にいいところ』知っているから」
「ちょちょちょちょっと、あんた何買わせるつもりよ!? 私今月厳しいんだけど!」
知っているよ、新しいブラを新調したんだろ。何やら『豊胸効果』が謳われているうさんくさいやつを。こそこそ隠れて買ったようだが、私に知られているのはまだ気づいていないらしい。今度どんなふうに突っついてカリカリさせてやろうか実に楽しみだ。
「……まあ、プレゼント云々は冗談よ。しばらくこれで忙しくなりそうだし、休みなんて取れなさそうね」
そう言って私は手に持っている手紙をひらひらさせた。連邦生徒会長直々の案件だ。他の何よりも優先して対処する必要がある。
「全くなんであんたみたいのがトップに抜擢されるのよっ!」
「撃退した『実績』があるからでしょ。あんな手紙を出すくらいだし、あとは政治的手腕も期待されているのかもね」
「リーザちゃんが連邦生徒会に提出したレポートのコピー、クルミも見たよね?」
「ちゃんと目を通したわ。……たしかにあんなのは放置できないわね」
採取できたデータを連邦生徒会経由でミレニアムに分析を依頼したところ、あのエネミーは無人兵器である可能性が高いそうだ。人の意思が一切介在しないまま、あれほどの兵器をAIのみで運用しているというのは信じがたいが……専門家が言うのなら、信じるしかない。やはり、あれの技術体系はキヴォトスのどの組織からも逸脱している。
手紙にはどういう組織にするか私からの意見も述べて欲しいとあった。どうやら、ただ命令を受けて動くだけでは済まされないらしい。自分が率いることになる組織の姿をきちんと形にしろ、そう言われている。さて、これは少し腰を据えて組織図を練る必要がありそうだな。
「じゃあニコ先輩、私午後の訓練は休みで。ちょっと考え事が多そうなのよね」
「分かった、ユキノに伝えておく。それに何かあったら私たちにも相談してね」
「そうよ、裏でこそこそしないで報告する事! 黙っているなら部屋にカチコミに行くわよ!」
「……ありがとう先輩方。困ったら相談するわね」
小さく手を振り、私は先輩方に背を向けて部屋を出る。そういえばデータを分析してもらってからしばらく経った頃、ミレニアムから匿名での情報提供があった。この件は随分オカルトじみた話になってきたと思っていたのだが、まさか科学技術に力を入れている三大校から情報が出てくるとは。
なんでも、あの存在はデカグラマトンの『預言者』と呼ばれるものらしい。私たちが遭遇した個体は、その中でも小型で弱い存在で、他にもより大型の個体が活動しているという。
……らしいのだが、急に聞き覚えのない単語を羅列されて私は少し頭が痛くなった。まるで興味のないファンタジーの設定を詰め込まれているみたいだ。その後も長ったらしい考察やデータが続いていたが、私はそれに辟易して途中で読むのをやめた。
連邦生徒会長が新組織のトップに私を据える以上、内容はしっかり精査しなければならないだろう。しかし、匿名で送られてきた通信を逆探知しても、SRTの設備ではミレニアムからということ以上は分からなかった。どうやら相手はキヴォトス有数の技術力を持つ人物らしい。
できれば直接会って、口頭で解説してほしいところだが……。まあ、こうなった以上は相手から再び接触してくるのを待つしかないか。