「お嬢さま、銃の整備終わりましたー……あれ、何を見ているんですか?」
夜、自室で草案作成をしているとメルハが部屋を訪れた。手には私の愛用の銃。私はメンテナンスをメルハに丸投げしている。最終チェックくらいはするけど、『従者』なんだからそれくらいやるべきだ。
「連邦生徒会長からの手紙よ」
「!?」
「何よ、その哀れむような顔は?」
「お嬢さま……矯正局に入ってたら、コンビニのいなりずしを差し入れに持っていきますからね……」
「…………メルハ、鏡に向き合って「お前は誰だ」と言い続けなさい。私がいいと言うまで続けること」
「それ精神が崩壊する奴じゃないですかっ! なんでそんなひどいこと言うんですか!」
ひどいことを言ったのはお前だ。クルミ先輩の時みたいに『演技』をしたわけでもないのに、どうしてそんな発想になるのか。私は矯正局に犯罪者を送り込む側の人間だぞ。そもそも、なぜ差し入れがコンビニの安物なんだ。どうせならニコ先輩のいなりずしにしてほしい。
「ほら、以前遭遇した機械。ああいう存在をデカグラマトンの預言者って呼ぶらしいんだけど、それ関連のことよ」
「え、名前知って―――ゴホンゴホン、連邦生徒会が名前決めたんですか?」
「ミレニアムから匿名で情報提供があったの。私たちが把握していた情報より、ずっと詳しい内容だったわ。あの機械を『デカグラマトンの預言者』と呼んでいたから、そのまま流用しているだけよ」
「ミレニアムですか……もしかしなくともリオ会長だよね……」
「まあ、あれの名前なんてどうでもいいけどね。重要なのはあれが放置できない脅威であって、連邦生徒会長直々に対処するための組織を立ち上げるつもりらしいってことよ。そしてそのトップに私が抜擢されたわ」
「おおー、おめでとうございますお嬢さま……ああああれっ? 原作にそんな組織ないよね……え、大丈夫なのこれ? ……」
「それで今、私はその組織の草案を考えているのよ」
「はぁ、そうなんですか……」
なんでそんなに反応が薄いんだメルハ。お前も無関係じゃないだろうに。まるで別の事に意識を持っていかれているようなメルハを注意する。これより大事なことはないだろ。
「他人事みたいな顔してないでメルハ。従者なんだからあなたも当事者よ」
「あ、はい、そうですよね。……あの、私たちSRT特殊学園をやめるんですか?」
「そんなつもりはないけど?SRTの中に対処する専門チームでも作ればいいじゃない」
「あーそうですよね……これなら原作通りに……あれ、本当にそうか?……」
ミレニアムの情報提供者からは、完全に別の組織を立ち上げ、そこに専念するべきだという『助言』も添えられていた。
けれど色々と検討した結果、SRTの内部に特別対策チームを設けるのが最も都合がいいという結論に落ち着いたのだ。デカグラマトンの預言者は確かに放置できない脅威ではあるが、既存の組織体系から切り離さなければならないほどだとは、私は考えていない。
この形なら手続きも比較的簡単だし、私たちもSRT特殊学園を離れずに済む。今の環境に不満はないし、FOX小隊を完全に倒す前にここを去るのもどうにも後味が悪い。連邦生徒会としても新しい学校を建てずに済むのだから歓迎するはずだ。
それに、いつ現れるかも分からない怪物を相手に常時待機し続けるよりも、有事の際だけ対処に動き、平時はSRTとして治安維持活動と訓練に専念する方がよほど合理的である。
「……未来でSRT閉鎖したらお嬢さまキレるよね……それでカルバノグの兎後編あたりでカヤと組んでクーデターしたり……そ、それやばくない?武力も政治力あるキャラがカヤ側に立ったらマズくない!?……なんか裏で色々やっているみたいだし……カヤより危険人物なんじゃ……原作よりえげつない手段を使って先生を追い詰めたりして……こ、これは覚悟を決めるしかっ……」
「あなただってSRTを離れたいわけじゃないでしょう?……メルハ、聞いているの?」
「は、はい! 聞いてます! お嬢様ってとっても危険ですよね!……えっ、あっ違います、つい心の中の声――じゃなくて言い間違えただけで!」
「は?…………粉微塵にされたいの、メルハ?」
脈絡なくいきなりなんだよ。今までの会話で何をどう間違えたら、主を危険人物扱いとのたまうことになるのか。『間違えて』小隊一か月分のプリンを自分一人で食べるより質が悪いぞ。睨む私の視線に怯えながら、メルハは何かを決心したように口を開いた。
「あの、お嬢様……私の意見を言っても?」
「かまわないわ、当事者なんだし。でもおふざけはごめんよ?これは大事なことなんだから」
「分かってます。……やっぱりSRTとは分けた組織にするべきじゃないでしょうか?」
ふーん、まさかメルハがそう考えるとは。普段の奇行ならともかく、こうして仕事の話をしている時にメルハが主張してくるのは珍しい。それに彼女が私と意見を違えるとは思わなかった。
「なぜそう思ったの?詳しく説明しなさい」
「ほら、組織が一緒だとSRT特殊学園に何かあった時、一緒に機能不全になるじゃないですか!」
「それは杞憂よ。たとえ連邦生徒会の室長が何人か行方不明になる大事件が起きたところで、SRTはちゃんと動けるわ。命令権を有する連邦生徒会長がどうにかならない限りね」
あの『超人』がどうにかなるとは思えないが。仮にそんな事態になったらサンクトゥムタワーの最終管理者がいないことにより、連邦生徒会は行政管理ができなくなる。そうなったらSRTどうのこうの程度の騒ぎじゃない。キヴォトス全土が混乱するはずだ。
「……なるんだよぉ……そうなるんだよぉ…………あ、あの……その懸念があるから組織を分けるってのは?……連邦生徒会長が急に行方不明になったりするかも……」
「懸念じゃなくてただの妄想じゃない。まさしく天が崩れ落ちることを心配するようなものね。そんな話じゃ私を説得するのは無理よ」
大体、私が組織の草案を提出するのはその連邦生徒会長なんだぞ。あなたが失踪するかもしれないので、SRTとは組織を分けました、なんて連邦生徒会長に説明できるはずがないだろうが。良くて再提出を命じられるのがオチで、ひどけりゃサンクトゥムタワーまで『呼び出し』をされることになる。
「……ですよね。……未来で連邦生徒会長がいなくなる、なんて言っても信じてもらえるわけないし……そうだ、預言者って複数いるんですよね! 対処が遅れると大変ですよ、しっかりと専門的な組織にした方がいいのでは?」
「全部で何体いるか不明だけど、複数いても滅多に目撃証言すらないじゃない。放置はできないけど、SRTとして活動しながらの『片手間』対処で十分でしょ。いつどこに現れるか分からない存在を、一日千秋の思いで待ち続けるつもり?」
「あー……おっしゃる通りです……」
そんなの『税金泥棒』みたいな生活はごめんだ。高い武器買って、訓練をしながらひたすら暇な待機時間を消化するなんて最悪じゃないか。
「……何を言っても正論で返される……このままじゃバッドエンドスチルまっしぐらの可能性が……お嬢さまがカヤと組むのだけは本当にマズい……おのれケテルめ、ここまで状況を引っ掻き回すとは……デカグラマトンの預言者なんて全部バグって壊れちまえ……いくらやってもチナトロ*1とれないから総力戦みたいなボスイベントはあんまり好みじゃ…………あ、あれボスってデカグラマトン以外もいるよね?……ふと思いついた、この状況から脱する最終手段……い、いけるか?」
大体メルハはなんでそんなに組織を分けたがるのだ?学園で浮いている印象は……無くはないけど、まあ偶に変なことをするちょっと変わった子くらいの扱いだ。ハブられているわけでも、トリニティでよくある陰湿ないじめを受けているわけでもない。ちゃんと毎日充実して過ごしているように見えていたんだけど。
「……あ、あの! お嬢さま、大事なお話があります」
「何かしら、メルハ」
「行く当てもなく、そのうち行き倒れていたであろう私を拾って頂いたことに感謝しています。怪しさまみれで、名前も変えた私の過去について何も聞かないことも、お嬢さまの優しさですよね?」
「私はあの時のあなたの行動を認め、『メルハ』を雇うと決めたのよ。それよりも前のことは気にしないわ」
出会った時の事はもちろん覚えている。感謝はしっかり受け取るけれど……新組織の話に何一つ関わりがあるようには思えないが。
「……そんなお嬢さまに大嘘をつくのは心苦しいけど……これも全てはハッピーエンドのため!……はい、それで実は私……怪物に襲われたからあんなことになっていたんですよ!」
「!?……そうだったのね」
自分から言うまであえて聞くまいとしていたが……まさかメルハにそんな過去があるとは。通っていた学園の自治区から放逐されて、D.U.を彷徨っていただけの浮浪者だと思っていたが。
怪物に襲われたなんて言っても信じてもらえないから、これまで誰にも言えなかったのだろう。デカグラマトンの預言者に会った時、メルハの様子が少し妙だったのもそういう過去があったからかもしれない。
「気がついたら、金も銃も無くしている状態で路地裏に転がってました……あとちょっと常識が無かったのも記憶を少し失っているからかもしれません……ということにしておこう……これで転生者故の違和感も消せるといいけど……通っていた学校も名前も思い出せず、お嬢さまに出会うまでは、ずっと自販機のお釣りを漁る毎日で……」
「………そう、大変だったわね」
メルハが私の強力な一撃を受けたがるのも、過去のトラウマによる自傷癖からかもしれない*2。『ちょっと変』なのもそんな理由があるなら納得だ。記憶を失うなんて、心の傷によるものか怪物の特異能力によるものか……
「……あなたが遭遇したのもデカグラマトンの預言者だったの?」
「あーいえ、機械では無かったような……それが……あんまりよく覚えていなくて……だって嘘だし……嘘に嘘を重ね過ぎて居心地悪くなってきた……これ、虚偽だとバレたらお嬢さまに殺されるんじゃ……」
「……無理して思い出さなくてもいいわ、随分心苦しそうな顔しているじゃない」
「……心配そうな顔で接されると余計に胸が痛む……な、なんか適当なボス出すか……機械系以外で……そ、そうだ、クロカゲでいこう……あー、なんか思い出してきました。たしか……一帯を闇に染める、猫の化け物だったような。すっごく邪悪そうな本性を持ってそうな感じの……」
「……なるほど、そんなやつが」
記憶を欠落させるほどの経験をしたのだ、今の『証言』を完全に信じるのは難しい。だがメルハが遭遇したという『怪物』はたしかに存在したのだろう。
一帯を闇に染めると言われていまいちピンとこないが、周囲が真っ暗にでもなるのか?だとしたら脅威だな。銃撃戦は目視によるものが基本で、暗視装備なんて普通は持ち歩かないのだから。夜目が利く人じゃないと、一方的に襲われるだけだ。
「それにデカグラマトンの預言者や私が遭った猫の化け物以外の怪物もいるはずですよ。そんな感じの噂を聞いたことがあります。……常に最悪を想像しろとユキノ先輩はよく言っているじゃないですか! 怪物退治は専門の組織がしっかり専念してやらないと、取り返しのつかない事態になるかもしれません!」
「……確かにメルハの言う通り『片手間』の対処では不足かもしれないわね」
どうやらキヴォトスには私が思っているよりも多くの怪物が潜んでいる様だ。トリニティにいた頃も、SRTに入学した後もそんな話を聞いたことが無いのだが。
私たちが撃退したデカグラマトンの預言者は強力な機械でこそあったが、それだけだ。メルハを襲った猫の化け物みたいに闇を扱ったりする特別な能力なんて無い。様々な怪物がいるのなら、より多くの対抗手段を構築する必要もあるか。
ここまでくると確かにSRT特殊学園という枠組みの中だけでやるのは無理だな。『専門範囲』が違い過ぎる。私は数時間かけて練った『成果』を破り捨てた。甘い認識で作った組織図の草案を提出するのはありえない。もうこれは無用の長物だ。
「えっ、お嬢さま……それ破いていいんですか?」
「いいわ、もう意味のない紙きれだもの。……よく過去を明かしてくれたわ、メルハ。あなたの情報が無ければ、おざなりな組織になるところだったわね」
「聞いてもらえて良かったです……お嬢さま納得したっぽい……これでカヤと心中ルートやバッドエンドは避けられたかな?……私今キヴォトスを救った気がするぞ……」
「素晴らしい『説得』だったわ。新組織はSRT特殊学園とは分けることにするつもりよ。……誇りなさい、メルハ。あなたは今、私の従者になってから最も有用な働きをしたのよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
私の意見を変えるなんてやるじゃないか。SRTに入ってから微妙に下降気味だったメルハへの評価がここにきて急上昇した。
最初に連邦生徒会長が失踪するかもしれないから、と空想を語られたときは、やはりメルハはこういう面では頼りにならないと思っていたのだけど。辛い過去を打ち明け、母校を離れてでもキヴォトスの平和を追求する姿勢は称賛に値するものだ。
私の数時間の努力が消し飛んだが、全く嫌な気持ちはしない。モモトークを起動させ、明日も追加の休みを貰うため私はニコ先輩にメッセージを送った。
「……メルハ、怪物に襲われたことはあなたのトラウマになっているかしら?」
「え?いやー……あんまりなってないですけど……嘘だし……」
……嘘だな。言及した途端にちょっと心苦しそうにした顔を私は見逃さなかった。裸同然で放り出されるような目に遭って、気にしていないわけが無いか。
「心配しなくともあなたの仇討ちは、主として私が代わりに…………いえ、あなたもSRTで力をつけたでしょう?一緒に討伐するわよ」
「は、はい! 頑張ります!……なんか急に因縁があることになっちゃったけど……まあいいか……軌道修正できたし……」
ゼロから組織を発足させるのは大変だ。必要なのはキヴォトス全土から情報を集められるようにするのと……あとは有事の際は市民の避難をさせられるだけの権威が必要か。トップといっても、せいぜい専門チームの隊長ぐらいだと考えていたのだが……ここまでの組織を動かすとなると、役職が低すぎる。
ふむ、どうせならできるだけ拡大させてみようか。連邦生徒会の有する『対怪物部隊』に留まらず、どこかの部署の分科まで狙ってみてもいいかもしれない。私の影響力を使えば、行政委員会の一部署にまで持っていけるかも――いや、それはさすがに捕らぬ狸の皮算用か。
政治とはじっくり下準備を要するものだ。邪魔になりそうな小物は静かに動けなくして、簡単に排除できない不都合な相手は政敵同士が自然に潰し合うよう仕向ける……逆に有用な人物の声だけが通るよう、水面下で流れを整える。そうすれば影響力は私に集まるのだ。
今まではSRT特殊学園の動きが阻害されない様にしか、『政治的』には動いてこなかったが……トリニティで受けた教育と経験はまだまだ私の中で生きている。ナギサほどじゃないが、私もこういうことが得意なのだ。それにお優しい彼女では取れない手段も、私ならとれる。
「……ふふっ、これから楽しくなりそうね?」
「あ、あのお嬢さま……その笑み怖いんですけど……」
未来が忙しくて充実した日々になりそうなのを想像しながら、私は微笑むのだった。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!評価とお気に入りと感想とここすき、とてもうれしいです!
SRT特殊学園というどちらかというとマイナーよりの題材で、ここまで読んでもらえると思いませんでした。やっぱ定番は三大校とかですよね。
次話から新章に入ります。やっと原作の背中が見えてきましたね。結構時間飛びますが、ご容赦を……