清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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第九話 移動虐殺部隊

 ベレリアント戦争後、オルクセン王国によるレーラズの森事件の調査によれば、この地で犠牲になった黒エルフは約一万にも登るとされている。

 これは最終的解決の実行を統括した、秘密警察警備部部長ハスラーディア・ダリエラリルが残した資料とも合致した。

 

 オルクセンは虐殺の具体的な手法も調査した。

 虐殺は主に銃殺で行われた。その実行役は、当初は秘密警察が担ったが、ある時期からは国境警備隊もそれに取って代わった。

 

 虐殺は体系的に行われた。

 銃殺隊は当時、ヘイズルーンの第一収容所を警備していた国境警備隊の、三つの警備隊がそのまま担当した。

 収容所警備と監視を行った隊が、翌日になると収容された黒エルフを移送。レーラズに掘られた大穴の前で、射殺した。

 銃殺を終えると丸一日休みが与えられ、次の日にはまた収容所の監視へ移る。

 

 ハスラーディアの資料によれば、銃殺隊の心的外傷────この時代にはその様な概念はなかったが────軽減の為に、管理者側が工夫をしていた事も記録されていた。彼女達の表現を借りるのであれば「任務効率低下の防止策」である。

 銃殺にあたって、対象者よりやや多い射撃手が用意された。また一部の銃には空砲を支給したとある。これは、射撃手にも伝えられていた。

 これにより、射撃手は自分が撃ったのは空砲だったかもしれない、当たらなかったかもしれないという、言い訳を持つことができた。

 

 銃殺任務後は、特別に飲酒も許可された。秘密警察が大量の酒類を購入した記録も残っている。

 

 銃殺に国境警備隊が加わってからは、一日辺りの平均殺害数は一気に増加している。記録によれば、一日平均約三〇〇から八〇〇であった。

 

 同時にこの銃殺は、国境警備隊内の粛清にも利用された。

 戦前の国境警備隊には、黒エルフが所属して期間もあり、彼女達と交流のあった将兵は、「潜在的反乱分子」として秘密警察の監視対象であった。そういった「潜在的反乱分子」をあぶり出すのにも利用された。

 

 オルクセン側の調査によると、約一〇〇名程の白エルフが、この粛清で命を落としたとされる。

 

 ハスラーディアの記録によると、殺害された黒エルフのうち、銃殺によって死亡したのは、意外にも約六〇〇〇強だとされている。残りは数多くの同胞の死によって引き起こされた失輝死が死因であった。

 

 収容所発足当初から警備に当たっていた国境警備隊の約三個中隊が一通り銃殺任務を終えると、彼女らは収容所を去った。入れ替わるように別の中隊が収容所警備と銃殺任務を担当した。

 警備の入れ替えは最終的解決終了まで数回に渡って行われたと記録されている。

 

 これらの銃殺任務に関わった元国境警備隊の将兵の日記によれば、この任務に関わった者の様子が一部うかがえる。

 

 ヴェルネラ・オルノネメア大尉率いる第二警備隊は、最初の銃殺任務を実行した中隊である。

 レーラズの森に計七カ所掘られた大穴の前に、黒エルフを並べると一斉に射殺した。

 殺害後、護符すら回収せず、まだ息のある者ごと埋める様子に、多くの兵が拒否感から顔を青くし、嘔吐する者もいたと記されている。

 日記には、あの日の光景を夢にみて飛び起きたり、酒を浴びるように飲んで誤魔化したなどといった記述が散見され、白エルフ達が心的外傷に苦しんだ様子が見て取れた。

 その一方で、一部の兵は嬉々として参加してたとされている。

 

 レーラズでは現在も遺骨の回収が続けられている。

 

 

 

 

 

 星暦八七五年も終わりを迎えようとしている。

 ヴェルネラは指揮下の中隊ともども原隊へ復帰していた。

 

 レニア・マッコールセン大佐率いる連隊は、へレイム山脈の裾にあった黒エルフの集落跡に駐屯していた。

 かつて暖かな灯りが揺れていた村の入口には、いま、吊り下げられた黒エルフの亡骸が冷たい風に煽られ、ゆっくりときしみながら揺れていた。

 

 ヴェルネラは無感情な目でそれを見ながら、懐からスキットルを取り出し、火酒を一口煽った。

 ヘイズルーンから戻って以来、彼女の飲酒量は格段に増えていた。勤務中でも火酒入りのスキットルを持ち歩くほどである。

 スキットルの蓋を閉めると、連隊指揮所が設置された村役場へと足を進めた。

 周囲に立つ兵士達は、死臭に慣れ切ったせいか、吊られた死体の下で談笑すらしている。

 

 マッコールセン大佐は少し疲れた様子でヴェルネラを出迎えた。

 

「ああ、来たか……。まぁ、かけてくれ」

 

 マッコールセン大佐が副官に命じて火酒のグラスを用意させた。

 

「早速だが、仕事の話だ」

 

 マッコールセン大佐は安物の火酒で唇を湿らせると、作戦地図を開いた。

 

 この頃には、平野部の黒エルフの居住地はほとんどが襲撃を受けて焼かれた後であった。

 残された集落や、生き残りが逃げ込んだへレイム山脈を囲むように国境警備隊や、増派されたファルマリアに駐屯する常備軍第二二、第三〇歩兵旅団が展開していた。

 

「ここから八キロほど行ったところに、黒エルフの集団が確認された。連隊はこれの掃討を命じられている」

 

 マッコールセン連隊は、全六個中隊で編成されているが、この時はその殆どが別の地区の掃討に駆り出されていた。

 

「……今手元にいる二個中隊だけでやるということですか?」

「そういうことになるな」

 

 マッコールセン大佐は地図上に形の良い指先を這わせる。

 

「司令部では、最近黒エルフ共が南に移動しているのを相次いで確認しているそうだ。どういう意図かは、わからんが事実だ。よって、この集団も南へ行くことが予測される。そこを叩く」

 

 マッコールセン大佐は木でできた駒を二つ地図に乗せた。

 一つは山道に沿って進み、黒エルフの集団を北東から圧迫する。もう一つの駒は、途中で山道を逸れて山へ入ると黒エルフ集団の南に展開する。

 

「君の中隊は、この南側を担当して欲しい。山に慣れた君ならできるだろう?」

「…………了解です」

 

 ヴェルネラは絞り出すように答えた。

 命令は命令。しかし胸の底では、冷えた泥のような嫌悪が渦巻いていた。

 

「よろしい。明日の早朝にはここを発つ。…………それまでに酒を抜いておけよ」

 

 ヴェルネラは無言で敬礼すると、何も言わずに立ち去った。

 

 

 

 南……、とヴェルネラは村役場を出ると独りごちた。

 へレイム山脈の南にはシルヴァン川が行く手を阻むように流れている。

 南に逃げ場などない。なのにどうして……。

 いや、一つだけある。シルヴァン川の向こう側、オークの国だ。

 ベレリアント半島に黒エルフ達が逃げ込める場所がないのは周知の事実だ。そして彼女達はいまへレイム山脈で種族としての最期を迎えようとしている。

 だが、オークの国ならば……。とそこまで考えてヴェルネラはやはりないと思った。

 同族すら食し、淫欲にまみれたオーク共の領域に入ればどうなることか分かったものではない。

 

 それでも、胸の奥に微かに沈むざわりは消えなかった。

 もしも自分が黒エルフなら、どんな地獄であれ、生き延びられる可能性があるなら、そこを目指すのだろうか。

 

 ヴェルネラは、中隊長用にと割り当てられた住居に、各小隊長と最先任下士官ベアトリクス・セレンヴェン曹長を呼び寄せ、マッコールセン大佐からの命令を伝えた。

 

 反応は淡々と……いや、義務的、という言葉が最も近かった。

 

 ただ一人を除いては。

 フェドーラ・パルティス少尉だけは、目の奥を輝かせ、唇の端を吊り上げた。

 

「また(デック)共を撃てるんですね!」

 

 その口調には喜悦すらあった。

 ある意味、あの収容所で一番変わったのは彼女かもしれない。

 かつて差別意識こそあれ、まだ「普通の白エルフ」だった彼女の面影はなく、今はただ殺戮に魅入られた娘だった。

 

 彼女の笑みを見て、ヴェルネラは無意識に腰の山刀に触れた。山刀の柄に固く巻き付けた護符を親指でなぞる。

 収容所傍の森から回収した、親友の形見。正気を保つかの様に何度も撫でた。

 

 

 

 

 

 生まれ育ち、住み慣れた故郷を焼かれ、見知った同胞達を失い、すべてを奪われた黒エルフたちは、それでも必死に生きていた。

 山の上では、冬は平野より一足も二足も早く到来する。

 その自然の猛威は、追われる者にとっては敵軍より容赦がなかった。

 

 吹きすさぶ風は、ただ冷たいだけではない。汗も涙も、血の温度さえも奪い取り、じわじわと体力を蝕んでいく。

 森の木々はまだ葉を落とさない針葉樹が多いが、足元の灌木は枯れ、動物たちはすでに冬眠の準備を終えている。獲物など影も形もなかった。

 保存食を家に残したまま逃げ出すしかなかった黒エルフたちは、木の皮や残った干し肉の細片を分け合いながら、その日の命をつないでいた。

 

 火を焚けば煙が立ち上がる。自分たちの故郷を奪った憎悪の相手に位置を伝えるようなものだった。

 だから、夜の冷え込みがどれほど骨身を削ろうとも、彼女たちはほとんど火を使えなかった。

 

 そんな中で、国境警備隊による執拗な追跡を振り切るために、絶えず移動しなければならなかった。

 

 黒エルフの集団が、猟師達が使う山小屋の周辺に身を寄せ合っている。最初は四〇名ほどの小さな集団であったが、一人、また一人と増えていき今では二〇〇名ほどの集団に膨れ上がっていた。 彼女達は互いに励まし合い、いつ去るかもわからないこの嵐を乗り切ろうとしていた。

 

 そんな彼女達に一報が届けられた。

 南へ行けば助かる。シルヴァン川の向こうオークの国、オルクセンが我々を迎え入れると。

 

 その知らせを持ってきたのは、オルクセンへの脱出行を陣頭指揮するスコルの氏族長ディネルース・アンダリエル、そんな彼女からの伝令を携えた黒エルフだった。

 

 オークと聞き、多くの黒エルフ達は拒否感を示した。

 だが、山に留まれば凍えて死ぬ。白エルフに見つかれば、もはやどんな運命が待つか分かっている。

 

「私は、行く。オルクセンに」

 

 静寂の中、最初に声を上げたのは、赤毛を無造作に結わえた、勝ち気な黒エルフ。

 クヴィンデア村の生き残りウルフェン・マレグディスだった。

 

 その短くも力強い声が引き金となって、次々と「私も」という声が上がる。

 最終的にこの集団は、オルクセンへの脱出を決断する。

 

 しかし、その決断はいささか遅かった。

 マッコールセン連隊が既に二キロの距離にまで迫っていたのだ。

 

 マッコールセン大佐は二個中隊のうち、山狩りで中隊長を失った中隊を自ら率いて山道を進む。

 隊形は接敵行軍のまま、魔術探知を四方へ散らす。

 

 我の存在を隠す気などさらさらない。見つけてくれと言わんばかりの行動は、当然黒エルフ達に察知された。

 

「白共が! 白エルフの虐殺部隊が直ぐそこまで来ている!」

 

 マッコールセン連隊を察知した黒エルフが山小屋へと駆け込んできて告げる。

 黒エルフ達は即座に脱出へと動き出した。目指すは南、シルヴァン川だ。

 

 

 

 へレイム山脈の森は針葉樹が多く、冬でも枝葉が落ちて視界が完全に開けることはない。

 それでも、冷気が樹間の空気を澄ませ、普段より森の奥まで見通せる季節だ。

 ヴェルネラ中隊はそんな森の中を進んでいた。

 

「止まれ」

 

 ヴェルネラが合図をだすと木の陰を示した。

 それを見て近くの兵が慎重に進み出て、確認する。

 

 仕掛け弓、罠だ。

 黒エルフの狩人達が狩りに使う罠が森の中には幾つも隠されていた。

 

 かつて、コンコーディア・アグレスと共にへレイム山脈を駆け回ったヴェルネラは、その様な罠を見抜くことができた。

 中隊は、時間をかけながらも薄く広く横隊に展開する。

 

 マッコールセン大佐の中隊が北から接近しているのはヴェルネラ達からも観測できた。

 

「(あれは、勢子よ。そしてわたし達が待ち手)」

 

 狩猟の戦術。

 一方が獲物を追い立て、もう一方が待ち伏せて仕留める。

 

 マッコールセン大佐の作戦通り、黒エルフ達はヴェルネラ達が待ち受ける方角へと向かってきた。

 森の奥、稜線の向こうに人影が見える。

 

「……撃て」

 

 ヴェルネラの命令は、低く、冷たい息のように吐き出された。

 そばに控えるセレンヴェン曹長は距離が遠すぎると感じたが、口に出すことはしなかった。

 

 中隊一斉射撃が黒エルフ達を襲う。

 先頭を進んでいた者達は、視界の端から端までで光る発砲炎を見た。

 

「待ち伏せだ!!」

 

 誰かが叫んだ。

 セレンヴェン曹長の懸念通り、距離が離れていたことで致命的な被害を与えることは無かったが、それでも黒エルフ達が銃弾に倒れる姿が見て取れた。

 

 突然の銃撃に黒エルフ達は恐慌状態に陥った。

 あるのもは近くの脅威から逃げようと来た道を戻り、またある者はその場にうずくまって動けなくなる。

 

「くそ! 北の連中は囮、いや勢子かッ!」

 

 狩人だった黒エルフ達は、自分達が使ってきた戦術にまんまと嵌められた事を悟った。

 

 抵抗する者もいた。ウルフェンは愛銃を構えると、残り少なくなってきた弾丸を込めちらりと見えた白エルフ兵の頭を撃ち抜く。

 

「行くぞ! (デック)共を皆殺しにしろ!」

 

 パルティス少尉が拳銃を掲げ、怒号をあげて前へ躍り出た。

 それを見て近くの分隊が動き、小隊、さらに中隊全体が殺到するように突撃を開始した。

 

「…………」

 

 ヴェルネラはそれを止めなかった。

 逃げ惑う黒エルフに白エルフ兵が追いつき、その場で射殺したり、拘束して勝手に後送する者がでる。

 森の中は、泣き声、銃声、悲鳴、怒号が入り交じり、誰が敵で誰が味方かすら分からない地獄と化していた。

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