清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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第十話 嵐の終わり

 ヴェルネラ・オルノネメア大尉は混乱する現場の中で、ベアトリクス・セレンヴェン曹長から離れて一人森の中を歩いた。

 黒エルフと白エルフが互いに殺し合おうとも、彼女はもうどうでも良くなっていた。

 

 この混乱を察して、北からはレニア・マッコールセン大佐直率の中隊が一気に距離を詰めてきているのを感じ取った。

 

 ヴェルネラが、喧騒が響く森の中を一人でいると、がさりと目の前の藪が揺れた。

 中から三人の武装した黒エルフが飛び出してくる。

 

 一人は腹を撃たれ、血の黒い染みが腰布をぐっしょりと濡らし、仲間の肩に縋るようにして立っている。

 

「ッ!? 白豚!」

 

 ヴェルネラと鉢合わせしたことで、そのうちの一人が手に持っていた小銃を構えようとし、ヴェルネラは反射的に拳銃でその黒エルフの肩を撃ち抜いた。

 

「うぐっ!」

「動くな……ッ!」

 

 黒エルフが銃を落としたのを視界の端に捉えながら、ヴェルネラは、拳銃を残る一人に向けた。

 肩に吊った銃を構えようとしていた彼女は、そこで動きを止め歯ぎしりしながらヴェルネラを睨むように見る。

 

「…………ヴェラ姉?」

 

 その一言が、冬の森の冷気以上にヴェルネラの心臓を凍らせた。

 顔は汚れ、長期の逃亡生活でやつれてはいるものの、よく見知った黒エルフ、ウルフェン・マレグディスがそこにいた。

 コンコーディア・アグレスを喪った今となっては、ヴェルネラが唯一「失いたくない」と思える存在だった。

 

「ウル、フェン?」

 

 予期せぬ再会にヴェルネラの声は震えた。

 

「やっぱりヴェラ姉だ」

 

 こんな状況なのに、ウルフェンの表情は明るくなる。

 ウルフェンの仲間は状況がまだ飲み込めていなかった。

 

 ヴェルネラはゆっくりと拳銃をおろすと同時に思考を働かせる。

 このままでは、ウルフェンが危ない。親友のコンコーディアに続いて妹分まで失うことなど堪えられなかった。

 

 拳銃をしまうと、肩から下げた雑嚢からエリクシエル剤を初めとした医薬品を取り出すと、ウルフェンに投げ渡した。

 ウルフェンが仲間の傷にエリクシエル剤を使うのを見ながら、ヴェルネラは自分が肩を撃った黒エルフに近づく。

 

「来るな、白豚!」

「やめろ! その人は大丈夫だ」

「ウルフェン! あんた気でも狂ったの!?」

 

 黒エルフの言い分は、最もだ。国境警備隊の制服を着た白エルフなど信用できるわけがない。しかも今まさに国境警備隊に襲われている最中にだ。

 

「信用しなくていいわ。でもこれは使いなさい」

 

 その黒エルフの足元にエリクシエル剤のアンプルを投げ渡した。

 黒エルフは警戒しながらもそれを取り、肩の傷口に使う。

 

「ウルフェン、いいからよく聞きなさい。ここから真っ直ぐ西へ逃げて。黒エルフ達が南に向かっているのは、把握されてるわ」

 

 ヴェルネラは、ウルフェンに図嚢から出した作戦地図を渡しながら言う。

 地図には直近の部隊配置が記されていた。

 

「わかった。それより、ヴェラ姉。コーディ姉が連れて行かれたんだ。何処にいるのかも……」

 

 コンコーディアの名前が出たと同時にヴェルネラの顔が引き攣り、地図を持つ手が震え出したことにウルフェンは気がつく。

 悪い予感が、ウルフェンの脳裏をよぎった。

 

「ヴェラ姉、何か知ってるのか?」

「コーディは…………、コーディは、もう……」

 

 ヴェルネラが最後まで言葉を紡ぐことはなかった、いや、できなかった。

 乱入者が現れたからだ。

 

「そこにいたか(デック)!」

 

 兵も連れず、唐突に現れたフェドーラ・パルティス少尉は、肩の手当てをしていた黒エルフを拳銃で撃ち殺した。

 

「ハハッ! …………あれ? 中隊長?」

 

 パルティス少尉は、ヴェルネラとウルフェンが顔を突き合わせている現場を目撃した。

 

「え? どういうことですか?」

 

 パルティス少尉が周囲を見れば、負傷した黒エルフのそばに空のエリクシエル剤の容器が落ちていた。

 エルフィンド軍で支給されるそれを黒エルフが持っている筈がない。

 その顔に浮かんだのは、怒りでも悲しみでもなく、裏切りを前にした、子どものような絶望だった。

 

「嘘、ですよね? 中隊長が(デック)を助けてるなんて……」

 

 よく部下を統率し、自費まで使って部下の慰労に努めていたヴェルネラ。彼女の様にいつか成りたいと思っていた。

 敵の罠を見破り、剣術も達人級。

 パルティス少尉にとってヴェルネラは、目指すべき憧れであった。

 

「まさか、あの脱走騒ぎも、中隊長が……?」

「パルティス少尉」

 

 ヴェルネラの言葉にパルティス少尉は耳を貸さない。

 そして、彼女は天啓の様に一つの事を思いついた。

 

「中隊長、そいつを撃ち殺してください。中隊長が裏切って無いって、証明してください!」

 

 パルティス少尉はウルフェンを指差しながら叫んだ。

 ヴェルネラはちらりとウルフェンを見た。ウルフェンもヴェルネラを見る。

 その瞳には、ほんの少し、ほんの少しだけ恐怖が見て取れた。

 

 ヴェルネラの覚悟は決まった。

 

「ほら、早く! 早く撃てよ、オルノネメ────」

 

 白刃がきらめく。

 研ぎ澄まされた感覚は、ウルフェンが息を呑む音すら聞こえた。

 腰のサーベルを抜いたヴェルネラは、居合で持ってパルティス少尉の喉を切り裂いた。

 鮮血が噴き出し、パルティス少尉は両手で喉を押さえながら倒れた。

 ひゅー、ひゅーと空気が漏れる音がパルティス少尉から聞こえる。

 

「…………ウルフェン、行きなさい」

 

 涙を流して藻掻き苦しむパルティス少尉を見ながら、ヴェルネラは底冷えするような感情のない声で言った。

 

「ヴェラ姉、ヴェラ姉も一緒に行こう!」

「わたしは残るわ」

 

 拒絶してもなお食い下がろうとするウルフェンに、ヴェルネラは怒鳴るように言い放った。

 

「早く行きなさい!」

「ッ!」

 

 ウルフェンは、落ちていた地図を掴むと回復し始めていた仲間を担いで森の奥へと消えた。

 

 ヴェルネラはその背中を一瞥すると、サーベルをしまい倒れるパルティス少尉に寄り添った。

 

 パルティス少尉は何かを言おうと口を開いたが、出てくるのは血ばかりで言葉にならなかった。

 

「ごめんなさい」

 

 ヴェルネラは、パルティス少尉の瞳から光が消えるまで彼女に寄り添った。

 

「中隊長!」

 

 セレンヴェン曹長が肩で息をしながら現れたのは、パルティス少尉が息を引き取ってからだ。

 

 セレンヴェン曹長は、パルティス少尉の亡骸をみてから近くで射殺された黒エルフの姿を見つける。

 

「中隊長、これは……」

 

 ヴェルネラは何も言わずにパルティス少尉の護符を回収した。

 

 

 

 

 

 国境警備隊による最終的解決は、ゆっくりと、しかし確実に終末へ向けて収束しつつあった。

 へレイム山脈を囲う包囲環は、締め上げられる縄のように、日に日に細く、暗く、逃げ道を奪ってゆく。

 

 黒エルフ達がシルヴァン川へと移動している様子を察知したミカエラ・ハルファン二等少将は、この動きを利用しようとした。

 険峻な断崖と深く広い大河シルヴァン。ここへ黒エルフ達を追い落とそうとしたのだ。

 

 シルヴァン川で渡河可能と見積もられる浅瀬には定期的に騎兵を差し向ける。

 同じく主要な街道に哨所を設け、南へ逃げる黒エルフをへレイム山脈へと追い込んでいく。

 

 南へ行くにつれ黒エルフ達の抵抗も激しくなった。

 山中を駆け回り、国境警備隊の部隊を何処からともなく襲い、混乱を誘う。

 彼女達はよく戦ったと言えるだろう。

 しかし、一日づつに国境警備隊はその包囲を狭めた。

 

 包囲環も十分狭まったところで、ハルファン少将は冷たいシルヴァン川へ黒エルフを追い落とすべく総攻撃の下知を下した。

 

 

 

 マッコールセン連隊は、総攻撃の先陣を担った。

 黒エルフ達が集結しているシルヴァン川沿いの崖を攻撃目標として前進を開始する。

 直ぐに、黒エルフ達の猛烈な抵抗にであった。

 

 マッコールセン連隊の前衛を務めるヴェルネラの中隊は、交互躍進にて黒エルフ達へと攻め寄った。

 交互躍進とは、一隊が射撃にて援護している間にもう一隊が距離を詰める。それを繰り返すことで敵のとの距離を詰める戦術行動である。

 

 黒エルフ達の放つ銃弾が、木の幹を削り、木片と樹皮が破片のように飛び散る。

 ヴェルネラは木片を浴びながら黒エルフ達を見た。大木に張り付くように射撃している数名の黒エルフ達の姿が見える。

 泥と煤にまみれ、髪はほつれ、眼光だけが異様に鋭い。

 

「(まったく、何処にあれだけの弾薬があったのかしら)」

 

 ヴェルネラは、周囲を伺う。本来隣を進んでいるはずの中隊は、ずいぶんと撃たれて及び腰になっている。彼女達は二〇〇メートルほど後方にいた。

 

 マッコールセン大佐が、くだんの中隊へ前進するように、魔術通信にて何度も命令しているのが聞こえてきた。

 

「(もうすぐ勝てるのに、危険な真似なんてしたくないわよね)」

 

 部下達が反撃する音を聞きながら、ヴェルネラはこの場で射撃戦に集中するように命令する。

 斉射はせず、各個に射撃をやらせた。

 

 ここで進めば崩せるだろうが、そんなことに意味はない。適度にやっている「ふり」をすれば十分だろう。

 

 だが、マッコールセン大佐はそれを許さなかった。

 隣の中隊が前進しないとわかるや、ヴェルネラの中隊に陣地を強襲するように命じたのだ。

 

『敵は少数だ! できないとは言わせないぞ!』

 

 仕方なく、ヴェルネラは二個小隊に時間差で斉射をやらせた。

 黒エルフ達は、一斉射目は危なげなく回避してみせたが反撃の為に身を晒したところへ二斉射目が放たれた。

 

 黒エルフが仰け反って倒れるのが見えた。

 

「前進!」

 

 一個小隊と共にヴェルネラ自身も走り出す。

 三〇メートルほど走ると木々の後ろや倒木の後ろに身を隠した。

 

 同じ方法で、もう一個小隊を前進させる。

 距離を詰められたことで黒エルフ達が後退を初めたのが見えた。

 

「(少し時間をおいてから行けば、いい塩梅かしら)」

 

 その間にもう一個小隊を前にだそう。そう思って魔術通信にて命令しようとした時、腹部を灼熱が通り過ぎた。

 

「ッあ!」

 

 撃たれたのだ。じわりと軍服に赤い染みが広がる。

 

「中隊長!」

 

 尻もちをつくように崩れたヴェルネラにセレンヴェン曹長が駆け寄った。

 

 傷口が焼けるように熱い。痛みで脂汗が噴き出る。

 

「(これが報いなのかしら)」

 

 地面に寝かせられながらヴェルネラはそんな事を思った。

 セレンヴェン曹長がエリクシエル剤のアンプルを半ば強引に飲ませてきた。

 

 

 

 この総攻撃は、途中で中止される。

 総攻撃が始まって直ぐ、シルヴァン川の対岸、オルクセン王国側で斥候と思われる軍部隊の存在を探知した。

 

 オルクセン王国と事を構えるわけにはいかないと判断した、ハルファン少将が攻撃の中止を命じ、合わせてシルヴァン川沿いから部隊を引き上げさせている。

 

 この隙に黒エルフ達の最期の一団はシルヴァン川を渡り、オルクセン王国へと亡命していった。

 

 星暦八七五年の末までに、最終的解決の軍事作戦は終了している。

 

 エルフィンド国内で生き残った黒エルフは、ティリオン郊外の政治犯収容所に送られた者────最も彼女達はこのあと拷問や衰弱によって命を落としていく────或いは第三収容所で強制労働を行なっていた者だけであった。

 

 第三収容所の黒エルフ達はレーラズでの強制労働を終えると、農奴として各地の大地主へと売られていく。

 

 最終的解決で犠牲となった黒エルフは、述べ五万八〇〇〇名にのぼるとされている。




最終的解決は終わりましたがお話もう少しだけ続きます。
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