清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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第十一話 ベレリアント戦争 

 星暦八七七年。

 ベレリアント半島の厳しい冬がさり、春が訪れていた。

 この年、ヴェルネラ・オルノネメア大尉はベレリアント半島のほぼ中央、首都ティリオンから東へ行ったところにあるネニング平原にいた。

 

 ネニング平原には、エルフィンド第三の都市ディアネン市があり、山がちな北部や首都などを支える巨大な穀倉地帯であった。

 そこで、エルフィンド王国軍はオルクセン王国軍と対峙していた。

 一月末頃からの出来事である。

 

 星暦八七六年。

 あの「闇エルフ問題への最終的解決」から一年が過ぎた頃、オルクセン王国はエルフィンド王国に対して宣戦を布告した。一〇月二六日のことである。

 

 エルフィンドは不意を突かれたと言っていい。

 事実彼女達は何の準備もしていないまま────一部は開戦したことすら知らなかった! ────オルクセン軍の猛攻にあった。

 ファルマリア、モーリア、ノグロストに駐屯していた国境警備隊は大した抵抗をすることなく壊滅。各司令官も死亡するか俘虜となった。同都市も失陥する。

 エルフィンドはそこからも連戦連敗、敗走を続けた。

 

 一二月二四日には要塞都市アルトリアが陥落。

 ロザリンド会戦の英雄ダリエンド・マルリアン大将を初めとした将兵約一四万、アルトリア市民約五七万がオルクセンの手に落ちた。

 

 その間に、エルフィンド側は半島全土から常備兵、国民義勇兵、果ては警察官まで動員して兵力を掻き集め、それをネニング平原に集結させていた。

 集まったのは約二四万。これがネニング方面軍となった。

 ヴェルネラもこの内の一人である。

 

 

 

 最終的解決における軍事作戦の最後、へレイム山脈への攻勢で腹部に銃創を負ったヴェルネラだったが、素早く適切な応急処置のおかげで大事に至ることはなかった。

 

 負傷したヴェルネラは、まずファルマリア海軍病院へ送られた。ファルマリアにある軍病院がそこしかなかったからだ。

 ある程度容体が安定すると、今度はディアネン市の陸軍病院へと送られ療養生活をおくる。

 銃弾が一部の臓器を傷つけていたこともあり、ヴェルネラの入院生活は長引いた。これはヴェルネラが、精神的に衰弱していたことも要因だと医師は説明している。

 

 ようやく完治したのが、一一月四日。

 この頃には、既にオルクセンと開戦しており、一一月二日にはファルマリアが陥落している。ヴェルネラは、病院のベッドでその報を知った。

 既にエルフィンド全土で動員が始まっており、将兵を、特に士官を遊ばせておく余裕などなかったエルフィンド軍が、“完治したことにした”のではないかとヴェルネラは疑っていた。

 

 しかし、軍務に復帰したとはいえ、ヴェルネラは行く当てがなかった。

 原隊であるレニア・マッコールセン大佐の連隊は、オルクセン軍の黒エルフ戦闘集団、アンファウグリア旅団によって壊滅させられており、連隊長も戦死している。

 更にその上級部隊、ファルマリア国境警備隊も同様に壊滅していた。

 もちろん、彼女が率いていた中隊も同様である。

 

 こうして行く宛の無かったヴェルネラは、ネニング方面軍直轄の予備兵力に編入される。

 

 

 

 予備兵力としてヴェルネラは中隊を預かった。ディアネン西区第一三中隊。

 ディアネン市西区から集まった国民義勇兵を中心に、ヴェルネラ同様行く宛を無くした国境警備隊の数少ない残余や陸軍将兵でもって編成された中隊だ。

 兵員は二一八名。正規の編制では三五〇と定められる定数を大きく下回っていた。

 

 装備も良くない。中隊がもつ小銃は、メイフィールド・マルティニ小銃もあれば、それ以前に使われていたメイフィールドP六三もある。

 国民義勇兵は、軍服すら支給されなかった。各々が着ている平服に、国民義勇兵を示す円章と階級章を縫い付けただけである。

 

 方面軍直轄といえば聞こえはいいが、明らかな二線級部隊である。

 ネニング方面軍の予備兵力にも当然、人員装備共に一線級の部隊はあった。しかし、そういった部隊は、四月九日から始まったクーランディア攻勢や、その後の追撃戦などに真っ先に投入されていった。

 

 予備兵力として、前線より後方、ディアネン市郊外に配置されたヴェルネラは持てる時間の全てを費やして訓練に明け暮れた。

 射撃の精度よりも、号令に従うことや隊形を維持することを重視した。

 

 銃など生まれて初めて持った者も多い。簡単な隊形を維持するだけで一苦労。とても生き残れるとは思えない。

 この哀れな国民義勇兵達を見て、ヴェルネラは一人でも多く生きて返してあげたいと思うようになっていた。

 その想いから国民義勇兵達に厳しい訓練を課す。

 

 一方で、小隊の編成は冷徹に行った。

 数少ない正規兵を中核に、訓練でものになると見込まれた兵だけで一個小隊を編成する。この小隊には、優先的にメイフィールド・マルティニ小銃を配備した。

 残りの者達は繋がりのある面々で固めて、三個ほど小隊を編成した。

 

 ヴェルネラ率いるディアネン西区第一三中隊が前線に投入されたのは、幸運にもネニング平原会戦後半であった。

 その頃には、ネニング方面軍はディアネン市にて、オルクセン軍の全周包囲の中にあった。

 

 第一三中隊は、ディアネン市第二国民義勇兵連隊へ補充として、配属された。

 第二から第五国民義勇兵連隊で編成されたディアネン親衛旅団と共に、ディアネン市西方、首都ティリオンとの連絡を遮断するように展開していたオルクセン軍第七軍団と対峙している。

 

 ディアネン市の包囲網に対する解囲行動が始まったのが四月二四日である。

 その数日前から、ディアネン親衛旅団は、オルクセン第七軍団を牽制する動きを見せた。

 

 ディアネン親衛旅団は、少数の斥候を多数放った。これには地元の地理に明るい国民義勇兵が当てられる。彼女らは、オルクセン軍の配置を探った。

 当然この動きはオルクセン軍側にも察知されていたが、それこそが狙いである。攻撃の兆候を見せ、その動きを拘束しようとしたのだ。

 

 解囲行動に際して、東に展開するエルドイン軍やアシリアンド軍が陽動攻撃をしたのに対してディアネン親衛旅団は動かなかった。

 いや動けなかったが正しい。

 旅団は、練度の低い国民義勇兵が中心であり保有する砲も少なければ砲弾も心ともない。砲弾の絶対数の不足は、他のエルフィンド軍も同じであったが、ディアネン親衛旅団のそれはとりわけ酷かった。

 また対峙するオルクセン軍第七軍団は、彼女らよりも圧倒的に優勢である。

 とても、陽動とはいえ攻撃に出る事など出来たものではない。

 

 当然これを見逃すオルクセン軍ではない。

 第三軍司令官アロイジウス・シュヴェーリン元帥の命令のもとオルクセン第七軍団が、張り子の虎といえるディアネン親衛旅団へと襲いかかった。

 

 

 

 大地が揺れる。

 比喩でもなんでもなく、オルクセン軍の痛烈な砲撃によって地面そのものが脈打つように震えていた。

 塹壕の壁からはぱらぱらと細砂が降り注ぐ。

 ヴェルネラは部下たちとともに、震え続ける大地の中で息を殺して堪えていた。

 

 ディアネン西区第一三中隊は、第二国民義勇兵連隊が構築した防御線の、左第一線中隊として展開した。

 ネニング平原にて農業を営む者達が暮らす一〇戸ばかりの小さな村落を防御拠点とした。村落の住民は既に何処かへ逃げたかディアネン市に避難しており、その姿はなかった。

 

 開戦以来、エルフィンド軍はオルクセン軍の火力の恐ろしさを嫌というほど思い知らされてきた。その中で彼女達は、深い塹壕は身を守ると同時に強力な陣地になると学び、これを全軍に共有している。

 

 前線で猛威を振るうオルクセン砲兵の様子を聞き及んでいたヴェルネラは、村落に着くなり部下達に休みを与えることなく直ちに陣地構築をやらせた。

 

「土のひと掻き、命の一秒よ」

 

 そう言って自らも土工具を手に、兵達に混じって陣地構築に加わった。

 

 この村にもネニング平原の多くの村落と同様に、村の西側には防風林がある。ヴェルネラ達はこの防風林内にも陣地を作り、相互が支援できるようにした。

 こうして陣地が一通り概成したころ、オルクセン軍の砲撃が中隊を襲った。

 

 轟音が大気ごと叩き割った。

 ロザリンドの頃とは比べものにならない強烈な音と衝撃がヴェルネラ達を襲う。

 榴弾の着弾と共に土砂が舞い上がり、地面をえぐり取る。家屋の屋根が崩れ火の手が上がった。

 

 砲撃による死傷の主な原因は、爆発や衝撃波では無い。炸裂して飛散した砲弾の破片である。

 頭まで隠れられる塹壕は、彼女達の身をよく守った。

 

 砲撃による振動は、身体の芯を揺り動かす様に腹に響く。とりわけ至近弾の振動は口述しがたい凄まじさがある。

 

 大地が痙攣するたびに塹壕の壁が唸り、腹の奥から揺さぶられる。

 それは塹壕の中にいる白エルフたちは口を閉ざし、肩を寄せ合い、ただ「当たりませんように」と無声の祈りを繰り返した。

 

 そんな中、ヴェルネラは砲撃の最中にも塹壕内を歩き、兵たちを一人一人見て回る。

 

「中隊長は恐ろしくないのですか……?」

 

 恐怖から顔を青くして震えていた、まだ若い国民義勇兵が平静を保っているヴェルネラをみて尋ねた。

 

「これは、音楽よ。音楽を聴いていると思いなさい。かなり、前衛的だけれどね」

 

 そう言ってウィンクまでしてみせ、余裕を見せている。

 ヴェルネラが、あのロザリンド会戦に参加していたことも広まり、彼女の存在が中隊に安心感を与えていた。

 

 ヴェルネラとて恐怖を感じなかった訳ではない。だが、それを部下に見せなかった。

 一人になると無意識に震え手を抑えるように残り僅かになった火酒を煽り、煙草を吸って心を落ち着かせた。

 

 砲撃が止むと、陣地の補強を続ける。

 陣地構築に完成などない。

 崩れた家屋の廃材などを使って、塹壕に屋根をつけて砲撃から身を守る壕────野戦築城の概念が発達した後年においては、掩壕と呼ばれる────も作った。

 ある分隊などは、地上に出るのは恐ろしいと言って掩壕内に机や椅子、ベッドまで持ち込んで居住空間まで作り出した。

 

 オルクセン軍の砲撃は、不定期に規模も密度もばらばらに陣地を襲った。

 二時間に渡って緩慢に砲撃されたり、猛烈な射撃を一〇分間やったりと掴みどころがなく、ヴェルネラ達を精神的に苦しめた。

 不運にもその瞬間に地上へ出ていた者が破片に当たって斃れる。

 

 オルクセン軍の砲撃同じように、或いはそれ以上にヴェルネラ達を苦しめたのが補給不足である。

 ネニング方面軍は、包囲下にあって、元々欠乏気味の物資が更に不足するようになっており、とりわけ食糧の不足が深刻化しつつあった。

 

 届けられる食糧は少なく、その上で遅配や届かぬ日まであった。

 古来から空腹は兵の士気を大きく下げる要因である。

 空腹と激しい砲撃に耐えかねて、遂に脱走する者まで現れた。

 ヴェルネラの中隊はまだ規律を保っていた部類である。それでも脱走は出た。

 

 ディアネン親衛旅団は、五月六日まで続いたこの一連の砲戦で多くの隷下部隊が潰乱しており、旅団司令部ですら旅団正面における我の現状を把握できていなかった。

 個人単位での脱走や逃亡は数知れず、中隊単位で逃げ出す部隊すら現れた。

 組織的抵抗などできる状態になく、あと一突き受ければ崩壊は必須である。

 

 ヴェルネラはそのことを理解していた。

 理解した上で、それでも塹壕の泥の中で銃を握り、空腹をごまかし、砲撃に怯え、崩れかけた仲間を必死に叱咤し、自分自身に嘘をつきながら――今日もまた、夜が来るのを待った。

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