清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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第十二話 五月七日

 五月六日のオルクセン軍の砲撃は特に苛烈を極めた。それは「攻撃の前触れ」という生易しい表現を通り越し、あたかも大地そのものを砕こうとするかのようであった。

 そんな砲撃が数時間にも渡ってディアネン親衛旅団を襲った。

 地面が震え、風が震え、空気が震えた。

 

 その日、ヴェルネラ・オルノネメア大尉は震える塹壕の中で妙な気配を感じていた。

 砲弾の雨が過ぎ去ると塹壕から頭を出して周囲を確認する。

 

 目の前に広がる風景は、今日までの嵐のような砲撃で、ここに来た時とはまるで違っている。

 ヴェルネラは目を皿にして違和感を探ったが見当たらない。

 だが、妙な胸騒ぎが消えなかった。言うなれば、戦いの匂いとでも言うべきものをヴェルネラは嗅ぎ取っていた。

 ヴェルネラは、各小隊に対して特に警戒するよう命令をだす。が、異常は見受けられなかった。

 

 砲撃は日が沈んでからも行われた。

 砲弾の着弾は足から伝わってくる。ここ数日の砲撃でその感覚にヴェルネラは慣れてしまった。

 

 砲声が聞こえるとまず身体が反射的に身をかがめさせる。

 次いで伝わってくる着弾の振動と音でおおよその着弾点が掴めた。

 

「今のは遠いわね」

 

 塹壕内を巡回しながらヴェルネラが呟く。

 国民義勇兵の多くはここ数日の砲撃ですっかり参ってしまったようで、誰も彼もが憔悴した表情を見せていた。砲声を聞くだけでビクッと反応する者もいる。

 それでも彼女達が陣地に留まるのはヴェルネラがいたからだ。

 この胆力溢れる中隊長の下でなら、生き残れるかもしれないという希望だけが崩壊寸前の彼女達を繋ぎ止めていた。

 

「やっぱり中隊長はすごいなぁ」

 

 ヴェルネラが通り過ぎると、ある兵が安堵の吐息とともに呟いた。

 

「でも、あの制服は国境警備隊だぜ? なんでこんなところにいるだろうな?」

「きっと、シルヴァンからここまで戦い抜いてきたんだよ」

「国境警備隊と言えば、黒エルフ共を虐殺したって噂聞いたか? そのせいで黒エルフがオーク共と結託して戦争になったって」

「あくまで、噂でしょ? あの中隊長がそんな事するような人に見える?」

「でもよぉ、中隊長が腰に下げてる山刀。ありゃ黒エルフのだぜ?」

 

 娯楽のない国民義勇兵達はよく噂話に花を咲かせた。

 国境警備隊のヴェルネラがなぜここにいるのか? 何故、黒エルフの山刀を持っているのか? 

 ヴェルネラが黒エルフの山刀を持っている理由を当てることは、彼女達の賭けの対象にもなっていた。最も有力なのは、「殺して奪った」である。

 

 

 

 オルクセン軍の砲撃は、深夜になっても散発的に行われる。

 砲撃の音と振動を聞きながら白エルフ達は塹壕の中で互いに寄りかかりながら眠った。

 

 妙な胸騒ぎが未だに拭えないヴェルネラは、深夜にも関わらず歩哨壕を回った。

 

「様子はどうかしら?」

「あっ、中隊長! 異常ありません!」

 

 歩哨壕の一つを尋ねると若い国民義勇兵が敬礼して報告する。あの砲撃に怯えていた兵卒だ。

 ヴェルネラは彼女の横に立つと闇夜に包まれた平原を見た。

 

「あの、中隊長」

「ん? どうかした?」

 

 隣の兵卒が自信なさげに声をかけてきた。

 

「その、腰の山刀って黒エルフのですよね? どうして中隊長が……」

 

 ヴェルネラは、亡き親友の山刀にそっと触れた。あの日以来肌見放さず持ち歩いている。

 それと同時に部下達が、この山刀を手に入れた経緯を当てる賭けをしているのを思い出した。

 

「賭け金はいま幾らかしら?」

 

 ヴェルネラは悪戯っぽい笑みを浮かべて問いかけた。

 

「えっ!? あ、今は確か、六〇〇〇ティアーラだったと思います」

「ならそれが八〇〇〇ティアーラになったらこっそり教えてあげるわ。賭け金は二人で山分けね」

 

 若い国民義勇兵はきょとんとした顔をしたあと、困った様に小さく笑う。

 ヴェルネラは、この兵の名前を知らないことを思い出した。

 

「そう言えば、あなた名前は────」

 

 その瞬間、空が輝いた。

 反射的に身を屈めながら空を見上げると、空中に煌々と光る照明弾が幾つも上がっている。

 余りの多さに周囲一帯が昼間のように明るくなった。

 

 ただ事ではない。

 ヴェルネラは魔術通信を使って各小隊に配置につくように命じた。

 それと同時に魔術的に夜目を強化する。ヴェルネラの赤く輝く瞳が平原を睨む。

 

「……ッ!?」

 

 オークが、オークの軍勢が闇夜に紛れて突撃を開始していた。

 まるでかつてのオークの津波(オルクス・ラヴィーネ)を彷彿とさせる光景にヴェルネラは、息を呑む。

 配置についた兵たちも赤く光る瞳でオークの突撃を視認する。

 

 第七軍団を構成する三個師団から各一個旅団づつ、三個旅団約一万二〇〇〇のオーク兵が野を埋め尽くしながら咆哮をあげ、白刃を煌めさせながら突っ込んでくる。

 

 咆哮と彼らが駆ける音が混ざり合った地響きの如き衝撃が、兵士たちの恐怖を引き立てる。

 

「小隊斉射! 引きつけて撃て!」

 

 ヴェルネラは、魔術通信と怒声を上げて命令をだした。復唱した各小隊長がそれぞれ部下達に準備をやらせた。

 小銃を構え、狙いをつける国民義勇兵達。その視線の先にはオークの軍勢が見える。

 

 恐怖から、一人が引き金を引いた。

 

「馬鹿! まだ早い!!」

 

 直ぐ様小隊長が叱責したが、銃声を聞いた兵達が連鎖的に引き金を引いた。ばらばらとまとまりのない射撃が行われる。

 練度の低い国民義勇兵で纏められた二個小隊でそれが起こった。

 

「第二、第三、第四小隊は各個射撃始め!」

 

 それを見ていたヴェルネラは命令を変更する。

 兵は銃を撃っている間は安心するものだ。逃亡者が出て連鎖的に崩壊するくらいなら、遠くても撃たせて留まらせようと考えた。

 

 村落の陣地から三個小隊が絶え間なく射撃を始める。それを見たオルクセン側も将校の号令により、それまで控えてきた射撃を始めた。

 

 意外にもこの射撃戦はヴェルネラ達が優位にたった。

 オルクセン側が打ち上げた大量の照明弾は、銃撃戦で発生した褐色火薬の白煙を強く照らし出してしまい、巨大な壁の様に両者の視界を遮ってしまったのだ。

 こうなると、魔術探知がやれるエルフィンド将兵が有利になる。目標が見えないオーク兵に対して、白エルフ兵達は視界不良を魔術探知で補って射撃をやった。

 

 村落の陣地が先に射撃を始めた事も有利に働いた。

 視界を遮られたオーク兵達は、先に見えていた発砲炎に向かって射撃する。その側面を防風林内に隠されていた小隊陣地が射撃した。

 この小隊陣地には数少ない正規兵や射撃精度が優秀な者が多く配属されており、それがエルフィンド将兵得意の狙撃をやった。

 

 十字砲火を浴び、白煙のせいで一方は位置すらわからない。

 これは不味いと、オルクセン軍突撃第一波は、第一三中隊正面からの突破を早々に諦めて迂回した。

 

 オルクセン軍の突撃を払い除けた第一三中隊であったが、その周辺部隊はそうではなかった。

 彼女達はオルクセン軍の夜襲にまともに抵抗することもできず、多くのものが捕らえられ俘虜になった。

 逃げ延びた者たちも、後方へと進撃していくオルクセン軍を避けるように、抵抗を続けていた第一三中隊の陣地へと逃げ込んでくる。

 

 ヴェルネラは、第二国民義勇兵連隊本部と連絡を取ろうとしたが、できなかった。戦局が全くわからない。

 そうしている間に陣地はオルクセン軍によって包囲され、突撃に追従してき五七ミリ山砲の集中射撃を受けた。

 

 正確な砲撃が中隊陣地を襲う。

 僅かばかりに残っていた家屋が、直撃を受けて内部に隠れていた兵ごと崩れ落ちた。

 砲弾が塹壕内に飛び込んで炸裂し、破片と衝撃で多数の負傷者が発生する。

 防風林内の陣地は特に激しく砲撃され、木が弾けて倒れるのが見えた。

 

 この集中射撃で遂に将兵達は限界に達した。

 ある者は耳を抑えて発狂したように叫んだ。またある者は砲撃の最中にも関わらずふらふらと壕内から出て吹き飛ばされた。

 

 ヴェルネラの目の前でも一人の兵が塹壕を出ようとしたので、その襟首を掴んで引きずり戻した。

 

「しっかりしなさい!」

 

 あの若い国民義勇兵だった。虚ろな彼女の頬を張って正気に戻す。

 

 砲撃が止むとその隙を突いて塹壕内から兵達が逃げ出した。

 これは周辺から逃げ込んできた者に多く、それに誘発されて第一三中隊の兵も逃げ出し始めた。

 何とか踏みとどまった者もいたが少数である。まともな抵抗などできない。

 そこへオルクセン軍は再度突撃してきた。

 

「着剣!!」

 

 ヴェルネラは、そう叫ぶと自身もサーベルと拳銃を抜いた。

 肩部の崩れた塹壕から戦い易い平地へ出る。

 

 オルクセン軍は直ぐ目の前まで迫っていた。

 銃剣をこちらに向けて遮二無二に突っ込んでくる。不運な数名が銃弾を浴びて倒れるが、止まらない。

 

「まるでロザリンドみたいだな。ヴェラ」

 

 耳の奥で懐かしい声がした。

 ヴェルネラは隣を勢いよく見たが、当然誰もいなかった。

 

「(コーディは、わたしが撃ったじゃない……)」

 

 ヴェルネラは自虐したように小さく笑ってから、目の前のオーク達に集中した。

 

 ヴェルネラは向かってくるオーク兵の頭に拳銃を撃つ。

 興奮状態にあるオーク兵は数発の拳銃弾では止まらないが、頭に命中すれば別だ。

 二発目で頭部に命中。つんのめる様にオーク兵が斃れた。

 

「うぉおおおおお!」

 

 咆哮をあげながら突き出してくる銃剣を身をひねりながら躱すとそのままサーベルを振るって、頸を切り裂いた。

 動脈から血が噴き出し、堪らず手で押さえながらオーク兵は泥に沈んだ。

 戦友を殺られて怒り心頭な別のオーク兵が銃剣を突き出す。

 膝をつくように身を屈めて、それを躱すと横をすり抜けながらオーク兵の太股を深く切り裂いた。立ち上がりながら、痛みによろめくオーク兵の背中を切り裂く。

 

 中隊陣地の各所で血で血を洗う白兵が始まっていた。

 白兵戦となれば体格に優れたオーク兵が圧倒的に有利であり、殆ど一方的に白エルフ兵が斃されていた。

 銃剣で串刺しにされ、掩壕に隠れていた者は即席の手榴弾で噴き飛ばされる。

 それ以上に多くの兵が戦意を喪失し武器を捨てて降伏していく。

 

 ヴェルネラは、隣で今にも国民義勇兵を串刺しにしようとしているオーク兵に残った拳銃弾を全て叩き込む。

 正面を向くと左肩に衝撃が走った。

 肩が焼きごてを当てられた様に熱を持つ。以前、へレイム山脈でも同じような痛みを感じたので覚えていた。撃たれたのだ。

 

 たたらを踏んで倒れることなく踏みとどまる。

 ヴェルネラを撃ったオークの士官がサーベルを振り上げて迫った。

 上段からの一撃。膂力に優れるオークの一撃を正面から受け止めたら死ぬ。

 ヴェルネラは、サーベルを使って剣筋を反らしつつオーク士官の横へと跳ねるように回り込むと、返す刀でその腕を切り裂いた。

 オーク士官がサーベルを取り落とすのが見える。

 

 右脇腹に衝撃が走った。火かき棒で内臓を搔き回しているような激しい痛み。

 オーク兵の銃剣がヴェルネラの身体を深々と貫いていた。

 

「ぅぐっ、あああアア゛ア゛ッ!!」

 

 身体を捻って渾身の力でサーベルを振るう。

 銃剣を突き立てたオーク兵の頸を強引に刎ねた。

 

 頭を喪ったオーク兵がぐらりと倒れた。

 ヴェルネラも身体の力が抜け、膝をつく。銃剣が内臓を傷つけたようで口から血が溢れてくる。

 中隊陣地は殆どが蹂躙され、抵抗しているのはヴェルネラくらいであった。既に勝敗は決している。

 

 それでもヴェルネラは、刺さったままの銃剣を自ら引き抜くと立ち上がった。サーベルは、先ほど無理な使い方をして骨太なオークの首を断ったことでひん曲がっており、使い物になりそうにない。

 サーベルを捨てると、腰に帯びた親友の山刀を抜いた。

 

 まとめていた髪はほどけ、返り血と出血で軍服は血だらけ。それでも立ち上がる、まるで悪鬼の様な風貌のヴェルネラに、流石のオークもたじろいだ。

 それでもオーク兵達は突っ込んできた。

 満身創痍のヴェルネラは山刀を振り上げたが、そこまでだった。

 いくつもの銃剣がヴェルネラの身体を貫く。銃剣を刺したうえで射撃した者までいる。

 

 身体に力が入らず振り上げた腕が下がる。前を向いていることすらできない。

 銃剣が引き抜かれると、膝から崩れ落ちる。そのまま横に倒れ、泥の中に横たわった。

 視界が霞む。

 

「(ああ、これが終わり……)」

 

 既に身体中を貫かれた痛みも感じない。身体から熱が抜けていく妙な感じがする。

 視界の端で、あの若い国民義勇兵が銃を捨てて降伏するのが見えた。

 ふっと、笑みが溢れた。

 

「ったく、何やってんのさ」

 

 急に、ヴェルネラははっきりとした声を聞いた。声の方に目を向けると一人の黒エルフがこちらに手を差し出している。

 

「あんた、また血塗れじゃないか。ほら、起きな」

 

 懐かしい声、懐かしい姿。自然と涙が溢れた。

 ヴェルネラは、黒エルフの手を、コンコーディア・アグレスの手を掴んだ。

 

 

 

『私、エルフィンド女王エレンミア・アグラレスは、ベレリアント半島全てに平和を齎さんがため、ここにオルクセン王国に対し、その無条件降伏勧告を受諾せんことを通告せしめんと欲し──―』

 

 星暦八七七年。五月七日、正午。

 エルフィンド王国は、オルクセン王国からの無条件降伏を受け入れる。

 ベレリアント戦争は、終結した。

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