清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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第十三話 戦火の後に

 エルフィンド、無条件降伏。

 その一報は直ぐに首都ティリオンにも届いた。

 

 秘密警察警備部部長ハスラーディア・ダリエラリルは、秘密警察本部の事務室で書類を捲っている最中に、その報せを知った。

 

「そうですか」

 

 ハスラーディアは、大きな反応は示さず小さくそれだけ言うとしばらく考え込んだ後に仕事を続けた。

 

 ティリオンに残留していた“前”政権幹部達は突然の事態に混乱状態にあった。

 いつの間にか新政権がクーデターによって成立した上に、女王の名で降伏までしてしまったのだ。

 

「新政権だと……!? そんなもの認められるか!」

 

 最も憤慨したのは秘密警察長官リュドミラ・ブレンウェルであった。彼女は陸軍省に乗り込むと徹底抗戦を主張した。

 ディアネンの新政権は不当に女王を拘束し、国家を滅亡させようとしている。ティリオンの我々こそが正当なるエルフィンド政権であり、ディアネンの簒奪者達に従う必要はないと訴えた。

 ブレンウェルは各省庁を巡って、説得と脅迫までやったが反応は芳しく無かった。

 

「ダリエラリル部長、どちらへ?」

「自宅です」

 

 秘密警察本部は、オルクセン軍のティリオン砲撃から今日まで、武装した警備部の職員が土嚢まで積んで警備をしていた。

 そんな彼女達を尻目に、ハスラーディアは平時における終業時間になると軽い足取りで帰っていく。

 それを見送った秘密警察職員達はぽかんとした表情で互いに顔を見合わせた。

 

 ハスラーディアはディアネン市が包囲されて以来帰れていなかった自宅へと帰った。

 官庁街から徒歩で二〇分ほど離れたところにあるアパルトメントがハスラーディアの自宅である。

 首都ティリオンのアパルトメントなだけあって外観は伝統的で美しかったが、部屋は一人暮らし用の簡素なものであった。とても秘密警察の警備部長が住んでいるとは思えない所である。

 小さな部屋である、当然家令や使用人などおらず長らく留守にしていたことで少し埃っぽかった。

 

 帰宅したハスラーディアは、鞄を置くと何よりも先に浴室へと向かった。

 ここにはハスラーディアが金に糸目を付けずに取り付けさせた個人用のサウナがあった。唯一と言っていいハスラーディアの趣味がサウナである。

 いそいそと準備を整えると、生まれたままの姿になって久々のサウナを楽しんだ。

 

 サウナから出ると換気も兼ねて窓を空け放ち、夜気が入り込んでくる。火照った身体にあたる夜風が心地いい。

 しっとりと湿った金髪の水分をタオルで拭き取っていると、玄関の扉が激しく叩かれた。

 

「…………」

 

 ハスラーディアは、少しだけ不満そうな顔をして扉を見た後立ち上がった。

 この時期にここへくる人物は二通りしか考えられない。さて、どちらか……。そう思いながら解錠し、扉を開ける。

 

「ディア! 何故本部にいないんだ!」

 

 そこに居たのは秘密警察長官のブレンウェル。ハスラーディアが予想した内の一人だ。

 ブレンウェルは、慌てた様子で室内へと入ってくる。その背後には武装した秘密警察職員が周囲を鋭い目で警戒していた。

 

「とにかく、荷物をまとめろ。直ぐにここを離れるぞ」

「…………何処へ行こうというのです?」

「北部の山中に身を隠して再起を図るんだ。降伏に反対する将兵を集めて────」

「お断りします」

 

 ブレンウェルの計画を遮る様に、ハスラーディアはぴしゃりと言い放った。

 

「は?」

 

 まさか断られるとは思っていなかったブレンウェルは、鳩が豆鉄砲でも食らった様な顔をしていた。

 

「仕事の引き継ぎをしなければなりません」

「……いったい、何を言っているんだ?」

 

 ハスラーディアは無表情のままブレンウェルの瞳をしっかりと見つめる。

 

「戦争は、終わったんです。しかし、我々の職務は今後も必ず必要になります」

「だが、そこに我々の居場所はない!」

「ええ、当然です。我々は負けたのだから。それでも、今後そういった役割を担う者達に前任者からの引き継ぎは必要でしょう?」

「もういい! 話にならん! 死にたいなら勝手に残って死ね!」

 

 ブレンウェルは、顔を真っ赤にして怒鳴り散らすと乱暴に扉を閉めて出ていった。

 彼女が二〇〇名ほどの部下を連れてエレントリ館に立て籠もる数時間前の出来事である。

 

 

 

 翌日、ハスラーディアは何時もの様に出勤した。

 昨日は立っていた立哨の姿はない。秘密警察本部は、がらんと静まり返っていた。

 革靴が床を叩く硬質な音が響く。

 警備部の事務室へ入ると、当然誰もいなかった。積み重ねられた書類も、飲みかけの代用コーヒーが淹れられたマグカップもそのままになっている。

 

 秘密警察職員達の多くは終戦の報せと共に身を隠した。地方局も同様である。

 彼女達はこれまで自分達がやってきたことへの報復を恐れたのだ。

 

 ハスラーディアは、自分の執務机に着くと鞄から手帳と万年筆を取り出して綴り始める。

 万年筆が奏でる音だけが静かに響く。

 

「貴女は、てっきり長官についていくと思ってました」

 

 静寂を破るように声が響いた。

 ハスラーディアが顔をあげると、警備課長を務めるマルディネータ・フロックセン中佐が事務室の出入り口に佇んでいた。

 少しばかりやつれているようで、普段はきっちりと閉じられた軍服のボタンが二つほど開けられたままになっている。

 

「わたしにはまだやるべき仕事があるので」

「仕事……ですか?」

 

 フロックセン中佐は、手近なところにあった椅子に腰掛けた。

 

「戦争は終わりました。次は復興です。この国にはやるべき事が山程ある」

「我々の仕事は無さそうですが?」

「ありますよ。この国の暗部を担った者として、必要な情報を遺す必要があります。誰が、何処で、どうなったのか……。いつまでも行方不明じゃあ寝覚めが悪いでしょう?」

 

 それに、とハスラーディアは続けた。

 

「責任を取るのも管理職の仕事です。その方があなたも助かるのでは?」

 

 フロックセン中佐は、小さく笑った。

 そして、立ち上がるとはだけていた軍服のボタンを締める。

 

「……自分の記録を処分したらさっさと高飛びするつもりでしたが、もうしばらく貴女に付き合いますよ。人手は幾らでも欲しいでしょう?」

「では、資料保管室から職員名簿を持ってきてください」

 

 フロックセン中佐は小さく敬礼すると事務室を出ていった。

 

 ハスラーディアは、逃げ隠れすることなく出勤してきた稀有な職員達をまとめると、各種資料の保全と整理を行わせる。

 他の省庁、特に陸軍省が資料の焼却を図ったのとは真逆であった。

 

 五月一二日にはオルクセン軍第二九師団がティリオンに進駐する。

 同師団はエルフィンド中央省庁を一気に掌握下に置いた。

 

 その日もハスラーディアは、秘密警察本部で書類の整理を行なっていた。

 僅かな職員が忙しなく働く中へ、オルクセン軍憲兵達がエルフィンド警察を従えて踏み込んできた。

 突入には、オーク族の憲兵が選ばれた。秘密警察側の抵抗も想定して武装している。

 

 抵抗は無かった。

 突入してきたオーク憲兵の姿を認めると、秘密警察職員達は直ぐに投降してその指示に従った。

 

 警備部の事務室にもオーク憲兵が踏み込んだ。

 

「ハスラーディア・ダリエラリル。貴女を逮捕拘禁します」

 

 辿々しいアールヴ語で告げた。

 ハスラーディアは、待っていましたと言わんばかりの表情でペンを置くと、微笑する。

 

「どうぞ」

 

 それだけ言って両手を差し出した。

 

 

 

 ハスラーディアらが遺した資料は、戦前、戦中におけるエルフィンドの戦争犯罪を捜査するオルクセン占領軍特別参謀本部を大いに助けたとされる。

 特に、ハスラーディアが個人的にしたためていた日記には、黒エルフ族の虐殺、いわゆる「最終的解決」の内容や手法が克明に記されていた。

 黒エルフ族の虐殺に関する資料は、秘密警察においても自殺した秘密警察長官ブレンウェルの命によって、破棄されており多くが消失している。

 そういった消失資料を日記は補完した。

 この日記、余りにも報告書じみていたことから、最終的解決関連の資料の消失を知ったハスラーディアが急遽したためたのではないかとされている。

 

 ハスラーディア自身も非常に協力的であった。

 尋問を担当した特別参謀本部の要員は、隠すことなく堂々と虐殺の詳細を語って見せる姿は、逆に不気味ですらあったと語っている。

 余りに協力的な態度に、恩赦減刑を企んでいるのでは? と特別参謀本部側が疑ったほどであった。

 

 ハスラーディア・ダリエラリルは、戦後のエルフィンド政権がオルクセン側の要求で発足させた「戦争及び他種族迫害に関する責任を調査する一五名委員会」によって、第一次指定戦犯として特別裁判にかけられた。

 

「わたしは、わたし自身に死刑を求刑する」

 

 初公判にて、口述の機会を得たハスラーディアはこう語ったと記録される。

 黒エルフ族の虐殺を統括した事に関しても彼女は弁明などしなかった。

 

「それが、わたしの仕事でしたので」

 

 一切悪びれる仕草もなく言い切ったその姿は、秘密警察の異常性を示す一端として広く喧伝された。

 ハスラーディアは、特別裁判によって死刑判決を受け、刑場の露と消えた。

 

 戦犯として特別裁判にかけられたハスラーディアとは異なり、マルディネータ・フロックセン中佐はオルクセンやエルフィンド新政権の手を逃れた。

 オルクセン軍がティリオンに乗り込んだ際には、既に彼女は姿を消していたとされる。その後を知るものはいない。

 最終的解決の実行に関わった重犯罪者として、何年にも及んで捜査が続けられたがその影すら掴めなかった。

 ずっと後年、星欧で二度目の大戦が起きる前夜のアスカニアにて、その姿をアスカニア総統の傍で見たとされている。

 特別参謀本部の解散後も、一部の有志が現在もフロックセン中佐の後を追い続けている。

 

 

 

 

 

 黒エルフ戦闘集団アンファウグリア旅団は、エルフィンド各地への進駐に備えてディアネン市郊外の荒れた平原に駐屯していた。

 ここまで、連戦続きだった旅団の将兵達は、ようやくゆっくりと休む事ができていた。

 猟兵連隊に所属するウルフェン・マレグディスもその一人だ。

 

 規則正しく並べられた天幕。その一つでウルフェンは、愛銃の手入れをしていた。エアハルトGew七四を分解して、土汚れや火薬の煤を取り除く。

 銃というのは撃てば汚れる。そしてこの汚れが溜まると動作に影響を及ぼし、故障の原因にもなる。

 

「マレグディス! マレグディスはいるか!」

 

 分解した小銃を組み立て終えた頃、天幕の中に分隊長の軍曹が入ってきた。ウルフェンはその場で立ち上がり敬礼をする。

 

「マレグディス、中隊長がお呼びだ」

 

 付いてこいと言われ、ウルフェンは身嗜みを正して軍帽を被るとその後を追った。

 

「(中隊長がいったい、何の用だ?)」

 

 ウルフェンに心当たりはない。首を傾げながら中隊長の天幕へとたどりついた。

 

「ウルフェン・マレグディス二等兵、入ります」

 

 ウルフェンが天幕に入ると、中隊長の大尉とオークの少佐が並んで立っていた。オークの少佐は、野戦憲兵を示す金属板────ゴルゲットを下げている。

 何故憲兵がここに? ウルフェンは、憲兵の世話になるようなことをした覚えは無かった。

 

「マレグディス。貴様、クヴィンデア村の出身だったな?」

「はい。そうです」

 

 中隊長の問いにウルフェンが答えると、憲兵少佐が机の上に置かれた布の包を開く。

 現れたのは一振りの山刀。

 黒エルフ伝統のモリム鋼でできた山刀。その意匠は、シルヴァン川中央分水嶺地域の氏族によく見られる形状である。

 

「これ……は……」

 

 ウルフェンの喉が、言葉の続きごと凍った。

 黒エルフの山刀は、一振りずつ個性があり、同じ氏族なら誰のものかすぐに分かる。

 この山刀は、ウルフェンにとって姉とでも言うべき黒エルフ、コンコーディア・アグレスのものであった。

 

「戦場清掃中に見つかったそうだ」

 

 ディアネン市西方。オルクセン軍第七軍団は、制圧したディアネン親衛旅団の陣地の戦場清掃を行なっていた。

 その過程で山刀を回収したオーク兵が、たまたまこれが黒エルフ伝統の山刀だと気付き、憲兵を通じてアンファウグリア旅団へ届けてくれたのだ。

 

 受け取ったアンファウグリア旅団側はこれの持ち主を探した。

 当初は戦死した黒エルフの持ち物を鹵獲されていたのでは? と戦死者を当たったが該当する様な者は見つからなかった。

 山刀の形状や意匠からクヴィンデア村の氏族のものと判明する。そこで旅団に所属するクヴィンデア村出身者であるウルフェンが呼ばれたのだ。

 

「心当たりはあるか?」

「…………私の知り合いのものです。その人は、白エルフに連れ去られて……」

「……そうか」

 

 その一言で中隊長も憲兵少佐も察した。

 憲兵少佐は目を伏せながら、すっと山刀をウルフェンへ差し出す。

 

「その……これを持っていたのは……」

 

 山刀を受け取りながらウルフェンが尋ねる。

 

「戦死した白エルフの士官が持っていたそうだ」

「戦……死……」

 

 憲兵少佐の返答にウルフェンは衝撃を受けた。

 

「その、士官の名前は……わかりますか?」

「すまない。そこまではわからないが、国境警備隊の制服を来ていたとだけ報告を受けている」

 

 ウルフェンの胸が締め付けられる。

 コンコーディアの山刀には、黒エルフの護符が巻き付けあった。これを持った国境警備隊の士官ともなれば心当たりしかない。

 

「ともかく、持ち主がわかってよかった。小官はこれにて」

 

 憲兵少佐は、敬礼するとウルフェンの横をすり抜けて天幕を出ていく。

 顔を曇らせたウルフェンの肩を中隊長が軽く叩いた。

 

「心中は察する。……戻ってきただけでもよかったではないか、弔ってやれ」

「……はい」

 

 絞り出すように答えると敬礼をして天幕をでた。

 

「(あの時、無理やりにでも連れていけば……ヴェラ姉はまだ……)」

 

 視界が滲む。

 ウルフェンは山刀を抱きかかえたまま膝から崩れ落ちて涙を流す。

 その日、彼女は二人の姉を亡くしたことを知った。

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