清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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ここで最終話にする予定でしたが、長くなったので分割します。
次が最終話です。


第十四話 タチアナ・グリセルダの旅路

 シルヴァン川からファルマリア方面へ街道を進んでいくと、ヘイズルーンという村が姿を現す。

 今は四〇戸ほどの家々が山裾に寄り添うように建ち並び、遠くにはへレイム山脈の白い稜線が薄く浮かんでいた。

 

 かつては黒エルフが住む村落だったが、黒エルフ族への民族浄化の後に白エルフが入植。ベレリアント戦争後には、オルクセン王国のメルトメア州に編入されている。

 戦後、入植者のほとんどが逃げるように去り、農奴から解放された者や、オルクセンの黒エルフ居留地ヴァルダーベルグから帰郷した者など、民族浄化を生き延びた者たちが、再び故郷に集まり始めたのだ。

 

 黒エルフ、タチアナ・グリセルダがこの土地を訪れたのはこれで三度目だ。

 二度目は、アンファウグリア旅団第三騎兵連隊の一員として立ち寄った時。

 一度目は、あの忌まわしい民族浄化のただ中、捕られて連行されて来た時である。

 どちらも忘れようとして忘れられるものではない。目を瞑れば、昨日のことの様に思い出せた。

 

 ヘイズルーン村とその周辺に広がる荒れた畑。ここにはかつて黒エルフの収容所があった。

 畑に自分達で建てた簡素な収容棟。収容区画を囲むように建てられた外柵。

 それらの跡は既に綺麗さっぱりなくなっている。

 それでも、寒空の下、氏族の仲間達と身を寄せ合って小さな体温を分け合った感覚は今でも消えない。

 

 ヘイズルーン近郊に目を向けた。

 遠くに見える森、レーラズの森。

 騎兵連隊の仲間と土を掘り返し、ゴミのように埋められた同胞の亡骸から護符を回収した記憶が蘇る。あの時の無念、怒り、そして恐怖は今でも思い出せた。

 

「(脱走しなければ私もあそこで朽ちていたに違いないわ)」

 

 タチアナはヘイズルーン収容所から脱走して、あの民族浄化を生き延びた数少ない黒エルフである。

 あの夜、黒エルフに同情的で食糧をこっそりと渡していた白エルフを探しに行かなければ、タチアナの命運は尽きていたことは間違いない。

 

 タチアナは、第三騎兵連隊がヴァルダーベルグに戻ってすぐに退役し、命の恩人とでも言えるその白エルフの消息をたどっていた。

 別れ際に名を尋ねた時の脱力した笑顔はしっかりと思い出せる。

 イブリン・モーフェン。その白エルフはそう名乗っていた。

 

 同時に、あの日、あの脱走計画の事も気になる。

 直接脱走を手助けしていたように見えるイブリンは、ただの下士官だった。

 にもかかわらず、逃走中の保存食や、脱走用の道具、逃げ込んだ森には武器となる数本の山刀まで隠されている。到底、彼女一人でやれるとは思えなかった。

 

 

 

 タチアナがまず行ったのは、共に脱走した黒エルフへの聞き込みだった。

 自身の記憶では、シルヴァン川中央分水嶺地域のクヴィンデア村の黒エルフ達が中心になって動いていた。共に脱走した黒エルフへの聞き込みでこの記憶の裏付けを取れる。

 タチアナはヴァルダーベルグに残るクヴィンデア村出身者に話を聞いた。

 

「わたしは言われるがままだったからよく知らないんだ。確かあの計画は…………コンコーディア・アグレスっていう人が、まとめてたよ」

「その人は今何処に?」

 

 話を聞いた山岳猟兵連隊所属の年若い猟兵は悲しそうな顔で首を横に振った。

 それだけで何があったのかは察しはつく。タチアナは「ごめんなさい」と小さく謝った。

 

「あ、でも山岳猟兵連隊にいたウルフェン・マレグディスってのが、確かその人と姉妹みたく仲がよかったよ!」

 

 思い出した様に口を開いた猟兵からウルフェン・マレグディスに付いて聞き取る。

 彼女もタチアナと同じく退役し、今は故郷のクヴィンデア村へ戻ったと聞かされた。

 最後に猟兵は「でも」と言ってから付け足す。

 

「マレグディスは収容所には行ってないから、聞きたいことは知らないかも……」

「そう……。ありがとう、助かるわ」

 

 少し申し訳なさそうな猟兵に礼を言うとタチアナは荷物を引っ掴んでヴァルダーベルグを飛び出した。

 向かうはクヴィンデア村である。

 

 

 

 へレイム山脈の麓にクヴィンデア村はある。

 多くの黒エルフ村落と同じく、一度滅びた村は、戦後に帰還した黒エルフたちによって再建され、三〇軒ほどの家々から灯りが漏れるようになっていた。

 タチアナは、クヴィンディア村につくや否や顔見知りの黒エルフを尋ねた。彼女も収容所から脱走した一人だ。

 タチアナは、彼女にウルフェンへの取り次ぎを頼んだ。

 

「ウルフェンなら今、狩りに出ているわよ」

 

 再建したクヴィンデア村で、副氏族長の立場になっていたウルフェンだったが、昔と変わらず狩猟にて生計をたてている。

 タチアナがクヴィンデア村を訪れる前日に、仲間達と山に入ったとの事だった。

 

「必要なら連絡をとるけど……」

「いや、そこまでしなくていいよ」

 

 代わりに、タチアナはコンコーディアのことを尋ねて回った。

 コンコーディアは、かつてのクヴィンデア村では古株の者で、氏族長、副氏族長に続いて慕われていたと言う。

 気さくな性格で、面倒見のいい姉御肌な人だったと口を揃えて言う。

 村民達は笑い話を交えながらコンコーディアの事を語ってくれた。

 

「あの時、コーディの忠告を聞いていれば……」

 

 タチアナが手土産にと持ち込んだキャメロット産のウィスキーを飲み交わしながら、民族浄化の時から代わらず氏族長を務める彼女が悔恨の様に口に出す。

 国境警備隊が迫った日、彼女達はその襲撃より先に接近に気がついていた。あの時、脇目も振らずに逃げていれば、多くの氏族の者が助かっただろうと氏族長は今でも後悔している。

 

「ヴェルネラさんを見ていたんだもの、いくら白エルフでもあそこまでやるとは思わなかったわ」

 

 静かに涙を流す氏族長の肩を擦りながら、寄り添う黒エルフが囁く様に慰めた。

 

「ヴェルネラさん?」

 

 タチアナは、その名前に引っかかるものを覚える。

 コンコーディアの話題の中でも村人達が何やら言い淀む時があった。

 結局、「ヴェルネラさん」が何者なのかは誰も語らなかった。

 

 クヴィンデア村について既に数日が経つ。

 タチアナは村を見下ろせる山の斜面に腰を降ろすと、樹木に背を預けてこれまでの聞き込みを日記にまとめていた。

 

「あんたが、コーディ姉の事を嗅ぎ回ってる余所者かい?」

 

 うねるような赤毛と勝ち気な表情をした黒エルフが、振り返ったタチアナを見下ろす様に立っていた。

 

「貴女が……ウルフェン・マレグディス?」

 

 名を呼ぶと、彼女は短く首肯し、無造作にタチアナの隣へ腰を降ろした。狩りから帰ったばかりのようで彼女は少し埃っぽかった。

 

「それで、私に何を聞きたいんだ?」

 

 タチアナは、自身の事を語った。

 ヘイズルーンの収容所に収監されたこと。

 イブリンに助けられてそこから脱走したこと。

 彼女の行方を探していること。

 あの脱走計画のことを解明しようとしていること。

 タチアナが語る間、ウルフェンは一度も口を挟まず黙って聞いた。全てを聴き終えると、ウルフェンが口を開く。

 

「……コーディ姉には、白エルフの親友がいたんだ。ヴェルネラ・オルノネメア。国境警備隊で中隊長をやっていた」

 

 タチアナは、ウルフェンの言葉に衝撃を受けた。

 黒エルフと白エルフが親友だった!? しかも一方は国境警備隊、あの民族浄化を実行した部隊だ。

 

「イブリンと言う白エルフに心当たりはないが、ヴェラ姉、ヴェルネラならきっと、コーディ姉達を助けようとしたと思う」

 

 中隊長ともなればエルフィンド軍の士官だったことは間違いない。下士官よりも士官であればやれることも多いのは確かだ。

 

「それに…………シルヴァン川を越える前、私は一度ヴェラ姉に会っている。コーディ姉のことを聞いたら酷く動揺したのを憶えているよ。きっと何かを知っていた筈だ」

「つまり彼女は、収容所にいた……?」

「おそらく」

 

 ようやく糸が見えてきたとタチアナは思った。

 国境警備隊で中隊長だったヴェルネラ。恐らくは、三つあった収容所警備隊、何れかの指揮官だろう。イブリンとの繋がりはまだ見えないが、何かしらの手がかりになることは間違いない。

 

「その人は今何処にいるの!」

 

 身を乗り出す様に聞いたタチアナに、ウルフェンは目を伏せた。

 

「死んだよ」

 

 斜面を吹き抜ける風が、急に冷たく感じられた。

 タチアナは浮きかけた腰をゆっくりと下ろし、ウルフェンの横顔を見つめる。

 

「ネニングで戦死したそうだ」

 

 彼女の目尻には、ひとしずくの涙が光っていた。

 

「……辛いわね。貴女も慕っていたんでしょう?」

 

 問いかけに、ウルフェンは答えなかった。

 代わりに、わずかに震えた息を吐いた。

 

「……ヴェラ姉の昔の部下を調べてみたらどうだ? 何か知っているかも知れない」

 

 風が吹き、斜面の草がざわめいた。

 ウルフェンは涙を拭おうともせず、ただ遠くの村を見下ろしていた。

 

 

 

 クヴィンデア村を離れると、タチアナはその足で旧エルフィンド王国首都ティリオンへと赴いた。

 モーリアで鉄道に乗り、アルトリアで乗り換えて、ティリオン中央駅へ、そこから徒歩で中央官庁街まで。

 向かった先は、ベレリアント半島占領軍司令部────に接収されていた旧陸軍省の隣に建つエルフィンド復員庁であった。

 

 内務省の外局として設置された復員庁は、ベレリアント戦争後、解体された陸海軍の将兵の復員を一手に担う省庁であった。

 主要な業務はいくつかあるが、その一つに死傷病者、行方不明者の記録管理がある。陸海軍両省から引き継いだ人員名簿も有していた。

 

 復員庁に出入りするのは、当然ではあるが白エルフである。

 占領軍との調整の為に、オルクセン軍所属のオークやコボルトが出入りすることもあるが、例外的で稀であった。

 そんな中に、黒エルフが一人で乗り込んだのだ。当然ながら周囲の注目を大変集めた。殆どは困惑した表情を浮かべていたが、中には敵意を隠さない肝の座った者もいた。

 

 タチアナの対応を担当した白エルフは、ハンカチで汗を拭きながら当たり障りない様に低い腰で応対する。

 この日は、数日前に現れたタチアナの依頼の結果を伝達する日であった。

 

「えー、ご依頼は安否確認と身元照会で宜しかったでしょうか?」

「ええ、そうよ」

 

 事前に聞いてはいたが、まさか本当に黒エルフから白エルフの安否確認を依頼されるとは思っていなかったので、職員は困惑した表情を浮べた。

 

「あの、失礼ですが……ご関係は……?」

「知り合いなの」

「な、なるほど……」

 

 職員はそれ以上踏み込ん尋ねることはなく、照会結果が記された資料に目を通した。

 

「まず、イブリン・モーフェン伍長の安否確認ですが、わかりませんでした」

 

 その調査結果にタチアナは顔を顰めた。

 

「わからない?」

「ええ、はい。ファルマリア国境警備隊に所属していた記録は見つかったのですが、その後の記録は消失していまして……。死傷記録もあたったのですが名前はありませんでした……。こちらとしては、生きているとも死んでいるともお伝えし難く……」

 

 タチアナは、落胆したように溜息を吐いた。

 もしかすると何か情報が有るかもしれないと、イブリンの安否確認もしたのだがこちらは空振りに終わった。

 

「…………そう。それで、身元照会の方は?」

「あっ、はい。ファルマリア国境警備隊のヴェルネラ・オルノネメア大尉ですね。アルトカレ出身、ファルマリア国境警備隊第一連隊第二中隊中隊長。こちらの方で間違いなかったでしょうか?」

「ええ」

「それでは、こちらの方は……ネニングで戦死していますね。遺体はディアネン市共同墓地に埋葬されているそうです。ご愁傷さまです」

 

 ウルフェンの情報と合致する。この人物で間違い無いだろう。

 タチアナは資料を受け取りながら目を通した。

 

「オルノネメア大尉の昔の部下にお話を聞きたいのだけれど、どちらにいらっしゃるかわかりますか?」

 

 タチアナが職員を正面から見つめると、彼女は気不味そうに視線を逸らした。

 

「あー、お教えできかねます……」

「あら、どうして?」

「えー、あー、こう言っては何ですが、あなた様は……黒エルフじゃあないですか。元将兵、特に国境警備隊の皆様は復讐を大変恐れていまして……。あっ! あなた様がそういう事をする様に見えるとかではなくてですね! 安全と保全の観点からお教えすることは差し控えておりましてぇ……」

 

 これは困った、さてどうするか……。タチアナが思案顔で黙り込むと職員は汗を拭きながら代案を出す。

 

「こちらから戦友会の方に連絡はしてみますが、期待はしないでくださいよ」

「そうね。お願いするわ」

 

 復員庁は、ファルマリア国境警備隊戦友会に翌日には電報を送った。

 しかし、結果は予想通りというか、誰からも良い返事は返って来なかった。

 

 タチアナの調査は、ここで行き詰まる。

 個人的に調査を進めて何とか見つけ出した元国境警備隊の隊員に手紙を送ったりもしたが、これも返事がなかった。

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