清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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レーラズの森で、「もしもヴェルネラが違う選択をしていたらどうなったていたのか」のifの章になります。
本編第八話「レーラズの森」からの分岐になります。


もう一つの物語
もう一つの物語① レーラズの森 前編


 ヴェルネラ・オルノネメア大尉率いる第二警備隊は、薄明の空の下、約三〇〇名の黒エルフを引き連れてヘイズルーンの第一収容所を出発した。これはヘイズルーンに現在収容されている黒エルフの半数に近かった。

 黒エルフ達は逃走防止の為に十人単位で荒縄に繋がれている。つい昨日には、黒エルフの集団脱走があったこともあって荒縄は固く結びつけられていた。

 

 到着したレーラズの森の外縁には簡素な柵と天幕が並んでおり、秘密警察職員達が滞在している。

 ヴェルネラは、秘密警察側から指示された場所に黒エルフ達を座らせると部下達で周囲を囲った。

 

「この名簿の人員を集めてもらえますか?」

 

 ヴェルネラが移送完了を秘密警察側の責任者に伝えると、彼女から一枚の紙を手渡される。

 紙には人の名前が綴られていた。

 ベアトリクス・セレンヴェン曹長や複数の部下達の名前だ。その中にヴェルネラの名前も合った。

 爾後の指揮をフェドーラ・パルティス少尉に預けると、自身も秘密警察の案内に従って森の奥へと入っていった。

 

 

 

 数分ほど歩いた先に、開墾された小さな広場が合った。

 冬の空気に濡れた土がむき出しになり、切り倒されたトウヒの幹が、白い樹皮ごと乱雑に積み上げられ、小さな灰色の山を作っている。

 

 ヴェルネラ達が到着するよりも前に、別の一団がそこにはいた。彼女達は第一、第三警備隊に属する将兵だった。

 ヴェルネラはその中にイブリン・モーフェン伍長の姿を見つけた。

 集められたのは二〇名程。階級も点でばらばらで共通点も見当たらない。

 

「中隊長、これは……」

「わからないわ。……何が起こっても動けるようにしておいて」

 

 セレンヴェン曹長はこくりと頷いた。彼女とヴェルネラは既に拳銃嚢の留め具を外している。

 

 困惑する集団の前に、収容所警備主任を務めるマルディネータ・フロックセン中佐が姿を現した。

 

「担当直入に言う。諸君らは内通を疑われている」

 

 ぼかすことも無く、何の前振りも無く、フロックセン中佐は集団に言い放った。

 彼女の背後や周辺には武装した秘密警察職員の姿が見られる。

 動揺する国境警備隊員の反応を無視して彼女は淡々と口を開いた。

 

「だが、同胞を処理するのは我々としても心苦しい。そこで、ダリエラリル部長は諸君に教義と政府への忠誠を示す場を設けてくれた」

 

 碌でもないことをさせられるのは直ぐに察しがついた。

 

「ヴェルネラ・オルノネメア大尉」

 

 まず、ヴェルネラの名前が呼ばれ、秘密警察職員が示した広場の中央付近に進み出た。

 フロックセン中佐が小さく合図を出すと、森の奥から一人の黒エルフが連行されてくる。

 腕を掴まれ、半ば突き出されるようにして歩かされるその姿を見た瞬間、ヴェルネラの思考は凍りついた。

 

「(コーディッ!?)」

 

 喉の奥で悲鳴が潰れる。

 ヴェルネラの親友とも言える黒エルフ、コンコーディア・アグレスが積み上げられた倒木の前に立たされる。広場の中央に立たされたヴェルネラと目が合った。

 

「……悪いね、ヴェラ……」

 

 その声には、恐怖よりも悔恨が滲んでいた。

 コンコーディアは、こちらを見るヴェルネラの視線に耐えきれないように、申し訳なさそうに目を伏せる。

 ヴェルネラの胸が締めつけられた。

 ヴェルネラの計画では、彼女は既に収容所から逃げている途中の筈であった。収容所に残る同胞を見捨てられなかったコンコーディアが、計画を無視して多数の同胞を逃がしたが故に、彼女は逃げ遅れていた。

 

「では、大尉。わかりますね?」

 

 フロックセン中佐の無機質な瞳が、ヴェルネラを正面から捉える。そこには、試すような色すらなかった。ただ結果だけを求める目だった。

 何をもって忠誠を示すのかは、言われずとも解った。

 

「(わたしが…………コーディを、撃つ……? そんなこと、できるわけないじゃない!!)」

 

 思考が拒絶する。

 ヴェルネラは、フロックセン中佐を睨んだ。

 数いる黒エルフの中からコンコーディアが選ばれるなど、流石に出来すぎている。明らかに意図的に、ヴェルネラにコンコーディアを撃たせようとしている。

 

『……ヴェラ、撃て』

 

 コンコーディアの魔術通信が、静かに脳内へ届く。

 

『あたしの不始末に、あんたまで付き合わせたくない』

 

 その声色は、不思議なほど穏やかだった。すでに覚悟を決め切った者の、それだった。

 親友(コンコーディア)を撃って自分が生き残る。そうなったら自分は生きていけるだろうか? 

 ヴェルネラは、コンコーディアの顔を見る。彼女は、優しく微笑んだ。

 ヴェルネラは、覚悟を決めた。

 

 乾いた銃声が木々の間にこだました。

 

「ぐッ……!」

 

 フロックセン中佐がうめき声を上げて肩口を押さえた。その手の隙間から鮮血が溢れ出る。

 コンコーディアに背を向けたヴェルネラが、拳銃を構えていた。銃口から立ち昇る硝煙が、冷たい空気に溶けていく。

 一瞬の沈黙。

 その場の全員が呆気に取られていた。秘密警察職員もである。

 反抗の可能性は考えていたが、まさか本当にやるとは思わなかったのだ。

 

「……このッ!!」

 

 それでも頭の片隅に反抗の可能性があった分、反応は速かった。秘密警察職員が小銃を構える。

 その瞬間、銃声が鳴った。

 小銃を構えた秘密警察職員がもんどり打って斃れた。

 撃ったのは、セレンヴェン曹長。そのまま立て続けに秘密警察職員へ発砲する。

 広場は瞬く間に混乱が支配した。

 

 唐突な銃撃戦と秘密警察への反抗を目にした国境警備隊側の反応は様々だった。

 ある者は銃を構えて秘密警察へと発砲し、ある者は反抗する者へと銃を向ける。一番多かったのは、何もせずに身を隠した者達だった。

 混乱の中で立ち尽くしていたイブリン・モーフェン伍長は、隣の兵が小銃をヴェルネラへ向けたのを視認した。

 

「ダメッ!」

 

 反射的に飛びつき、小銃を掴む。

 唐突に掴まれたことで狙いが逸れて弾丸が明後日の方向へと発射された。

 

「この……ッ!? 邪魔するな! あいつを止めなきゃ、私ら全員反逆罪で即死刑だ!」

「……こんなの間違ってる! 黒エルフを殺すなんて、間違ってる!」

 

 イブリンと白エルフ兵が揉み合っている隙に、ヴェルネラはコンコーディアの傍へ駆け寄った。

 サーベルが閃き、荒縄が断ち切られる。

 

「馬鹿っ! 何で撃たなかったのさ!」

「できるわけないでしょ!!」

 

 コンコーディアは、近くに斃れていた秘密警察職員の亡骸から武器を奪い取ると、森の中に隠れて反逆した国境警備隊員を撃っていた射撃手を撃ち倒す。

 

「コーディ!」

「あいよ!」

 

 倒木の裏に隠れて射撃していた秘密警察職員へとヴェルネラが肉薄する。それをコンコーディアの正確な射撃が援護し、頭を出させない。

 懐に飛び込んだヴェルネラがサーベルを振るう。そこにいた二人の秘密警察は瞬く間に惨殺された。先ず一人が腹を斬り裂かれ、立て続けにもう一人が喉を貫かれた。腹を斬られて蹲った方の首を上段からの振り下ろしで断ち斬る。

 倒木の裏には二〇人近い黒エルフが荒縄に繋がれていた。彼女達も突然の事態にまだ状況が掴めていなかった。

 

「中隊長!」

 

 セレンヴェン曹長が駆け寄ってくる。広場の秘密警察は既に制圧されていた。

 

「フロックセンが逃げます!」

 

 セレンヴェン曹長が指差す方向には、走り去るフロックセン中佐の背中が見えた。

 ヴェルネラが拳銃を撃つが当然当たらない。そもそも最初の射撃も心臓を狙ったのに、当たったのは肩だった。

 

「相変わらず、射撃が下手だね」

 

 回転拳銃を全弾撃ち尽くしたヴェルネラを尻目に、コンコーディアがメイフィールド・マルティニ小銃を構えた。

 木々の間に見えるフロックセン中佐を狙う。

 しゃがみ、呼吸を整え、引き金を引いた。

 ドンッという銃声がなる。

 視線の先、フロックセン中佐の影がグラリと揺れ、数歩進んで倒れた。

 

 銃声が鳴り響いていた時間は僅かであった。至近距離での銃撃戦というのは、それほどまでに早く決着が着くものである。

 広場には、血を流して倒れる秘密警察と国境警備隊員の姿があった。土に血が染み込み、踏み荒らされた地面には靴跡と薬莢が散らばっている。

 この場を制したのは反逆した者達だった。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 イブリンは荒い息をつきながら、奪い取った小銃を肩に吊る。

 腕は震え、喉はからからに乾いていた。足元では、さきほどまで揉み合っていた白エルフ兵が、力を失って蹲っている。

 イブリンは無言でその兵の手を後ろに回し、拘束した。殴り合いでできた痣と引っ掻き傷が、互いの顔に痛々しく残っている。

 広場には、僅かに生き残った秘密警察職員や、それに加担した国境警備隊員が拘束され一カ所に集められる。何もしなかった国境警備隊員も同様に纏められた。

 誰もが口を閉ざし、視線だけが落ち着きなく彷徨っていた。

 

「…………何とかなったわね」

 

 ヴェルネラは、胸の奥に溜まった息をゆっくりと吐き出す。

 出たとこ勝負、破れかぶれのヴェルネラの選択は、結果として悪くない形にはなった。今のところは、であるが。

 

「二人とも、いや皆死んでたかも知れないんだよ!」

 

 コンコーディアが声を荒げながら詰め寄る。親友の無鉄砲な行動に、怒りと嬉しさがごちゃ混ぜになった形容しがたい感情に彼女自身が混乱していた。

 

「さっきも言ったけど、わたしにコーディを撃てるわけないじゃない! 勝手に覚悟決めて、残されるわたしの身にもなってよ!」

「あんたはっ! 本当にッ!」

 

 コンコーディアが肩を震わせながら、ヴェルネラの肩を左右からしっかりと掴んで正対させると、そのまま両手で頬を包み込むとヴェルネラの唇を奪った。

 理性も、周囲も、後先もない。高ぶった感情のままに踏み越えた行動だった。

 

「ッ!?!? ッ!?」

 

 ヴェルネラは完全に虚を突かれ、目を見開いたまま固まる。だが、突き放すことはできなかった。彼女の混乱を示す様に行き場のない両手が小さく上下し、恐る恐るコンコーディアの腰に添えられる。

 親愛を越える熱い口づけをヴェルネラは、目を瞑って受け入れた。

 

「…………」

 

 二人だけの世界に沈み込んでいく様子を、セレンヴェン曹長が無表情で見つめていた。

 黒エルフの縄を解いていたイブリンも、顔を赤く染めながら食い入るように見る。

 周囲にいる全員が二人を見ていた。その瞬間、全員の心が一つになった。

 

「「「(何やってんだ、こいつら)」」」

 

 呆れた様な、でも何処か優しげな視線で二人の行為を見守った。

 しかし、それでも些か長い……。

 セレンヴェン曹長が、仕方がないといった表情で軽く咳払いをした。

 その音でようやく正気に戻った二人が離れる。

 

「そっ、曹長! 武器弾薬を回収しなさい!」

「……もう終わりました」

「そ、そう? なら抵抗した者の拘束を────」

「そちらも終わってます」

 

 突耳を先端まで真っ赤に染めたヴェルネラの、あまりに分かりやすい動揺に、セレンヴェン曹長は思わず苦笑した。しかし、直ぐに切り替えて真面目な声色で爾後の指示を求めた。

 

「総員、傾注!」

 

 ヴェルネラが声を張ると全員の目が集まった。

 周囲を見渡す。共に反抗した者の多くは、中隊の部下であった。

 

「わたしは今、エルフィンドにとって反逆者といえる立場になったわ」

 

 静かだが、はっきりとした声だった。

 

「それでも、これはわたし自身の正義に従った結果で、後悔などしていない! ……けれど、皆を付き合わせる様なことでもないわ」

 

 一拍、間を置く。

 

「わたしはコーディと、黒エルフと共に行く。でも、もうあなた達の中隊長じゃない。付いてきてもいいし、残ってもいい。好きにしなさい」

 

 反応は様々だった。多くの者が悩んでいる様に感じる。

 

「中隊長、いや、ヴェルネラ。今さら水臭いですよ、私は付いていきます」

 

 名乗りを挙げたのはセレンヴェン曹長だった。かつて、中隊長になる前に呼んでいたように名前でヴェルネラへと語りかけた。

 

「じ、自分も!」

「……乗りかかった船だ。中隊長、付いていきます!」

 

 イブリンが立ち上がり、古参の部下が同じように名乗りを挙げる。

 既に反抗していた者八名に加えて迷っていた者もエルフィンドとの決別を決めていく。

 こうして、ヴェルネラ含め、十一人が黒エルフ側に付いた。

 

「どいつもこいつも、馬鹿ばっかさ」

 

 険しい道を選んだ十一人を見て、コンコーディアは呆れたように言う。

 だが、その口元は、確かに笑っていた。

 解放された黒エルフたちの視線からも、露骨な敵意は消えていく。白エルフにも、まともな者はいる。そう思わせるには、十分だった。

 

「それで、こいつらとこれから、どうしますか?」

 

 セレンヴェン曹長が拘束された秘密警察職員達を指差す。黒エルフ達からは射殺さんばかりの視線を浴びせられる。

 彼女らは、無表情でこちらをみているが、その瞳の奥には恐怖が見え隠れしていた。

 

「時間が惜しい。今は放置していくわ」

 

 黒エルフ達は何か言いたげだったが、口には出さなかった。

 拘束した者や、付いてこない選択をした者達から武器弾薬を回収するとヴェルネラ達は直ぐに行動を始める。

 

『先ずは他の黒エルフを救出するわ。相手が混乱している今しかチャンスはない』

 

 ヴェルネラは、移動しながら魔術通信にて作戦を伝達する。

 

『また賭けだな』

『わたし達は綱渡りをしているのだもの。ここからは運と賭けの連続よ』

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