清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか 作:タチアナ・グリセルダ
フェドーラ・パルティス少尉以下の残された中隊員達は、レーラズに掘られた大穴を見て直ぐに、この後何が起こるのかを悟った。
長い長方形。角は直線的に切り揃えられ、土の層が剥き出しになった壁面は鋤や鍬で削り取られた痕がそのまま残される。人が立ってもやや見上げるくらい深く掘られていた。底から漂ってくる空気は、土の匂いだけではなかった。どこか澱んだ、重たい気配。説明のつかない焦燥感が、胸の奥に広がっていく。
黒エルフ達も同様であった。白エルフ達は本当に私達を皆殺しにするのでは? そんな疑念が、荒縄の間を伝って広がっていく。
森の奥から立て続けに銃声が響いてくると、疑惑は確信に変わった。悲鳴にもならない声が、どこかで漏れる。
その直後、一か八かの賭けに出る者たちが現れた。荒縄に繋がれたままの十人が、一斉に立ち上がり、森へ向かって走り出す。
国境警備隊員が小銃を構えるが、発砲を躊躇った。
しかし、次の瞬間には秘密警察職員が発砲し、一人に命中した。
そのまま地面に叩きつけられるように斃れる。荒縄で繋がれていたため、一人が倒れれば、その重みが残りの九人へ一気に伝わる。
足がもつれ、動きが鈍る。そこへ、容赦なく銃弾が浴びせられた。脱走を謀った十人は例外なく射殺された。
その亡骸は護符を回収されることもなく、見せしめのように晒されていた。
「これ以上は、待てんな。始めよう」
「課長がまだ戻ってないぞ。それにさっきの魔術通信、途中で途切れて何だったのかも解らない」
「しかし、このままでは
秘密警察側が何やら口論しているのに、パルティス少尉が気づいた。
次級者として中隊長の代わりに秘密警察を手助けしてやろう。そう思って秘密警察職員へと近づこうとした時、森の奥から人影が現れた。
『パルティス少尉! 秘密警察を全員拘束しろ!』
森の奥から現れたのは敬愛する中隊長、ヴェルネラ・オルノネメア大尉であった。軍服には血がついており、全力疾走してきたのか、肩で息をしている。
ヴェルネラから魔術通信越しに命令がくだされたが、パルティス少尉は混乱した。
秘密警察を拘束? 中隊長、血が……! 怪我をした? 何故?
混乱が思考をかき乱す。
「何故一人で!?」
「さっきの銃声はまさか……!?」
パルティス少尉が混乱に陥っている間にも事態は動いた。
ヴェルネラの姿を認めた秘密警察職員達が持っていた小銃を彼女へと指向する。それを見るや、パルティス少尉は衝動的に拳銃を抜いた。
「ぶ、武器を捨てろ!!」
上擦った声で、突然の背後から拳銃を向けてきたパルティス少尉に、秘密警察職員が驚愕した顔で振り返った。そして小銃の銃口をパルティス少尉へと向ける。
殆ど反射的に引き金を引いた。拳銃弾が秘密警察職員の腹部を貫く。
撃たれた彼女は短く息を詰まらせ、そのまま仰向けに倒れた。腹を押さえる指の隙間から、黒ずんだ血が溢れ出し、制服を赤黒く染め上げていく。
「あ……あぁぁぁっ!!」
喉を裂くような、苦しげな悲鳴。
自分が撃った。その事実を理解した瞬間、パルティス少尉の思考は真っ白になった
呆然とした表情で、つい数分前まで同じ側にいたはずの同胞を見つめる。
同僚が撃たれたのを見て、別の秘密警察職員がパルティス少尉へと小銃を向ける。
「パルティス少尉!」
叫び声と同時に、部下の兵士が射線に割り込み、撃たれた。
弾丸は首に命中したようで、動脈から噴き出した鮮血が噴水の様に宙を染める。
兵士は喉を押さえ、泡立つ血を吐きながら、その場に崩れ落ちた。
『痛゛い! 助けて……!』
『ごぼっ! 息が……っ!』
二人の魔術通信が、断末魔の叫びとなって四方へ飛ぶ。
双方に犠牲者が出たことが決定打になった。
秘密警察と国境警備隊が互いに銃口を向け合う。殺らなければ殺られる。直ぐに銃撃戦が始まった。
「(わたしは、地獄行きね……)」
その一部始終を見ていたヴェルネラは、意図的に無関係だった部下達まで反逆に巻き込み、傷つけられていく様に胸の奥が締め付けられる思いだった。
「(でも、コーディを助ける為だったらなんだってやるわ)」
サーベルと拳銃を片手に混乱する秘密警察へと突っ込んだ。
秘密警察警備部が約一〇〇人。
国境警備隊第二警備隊が約二〇〇人。
戦力差は倍、まともに戦えば国境警備隊の勝ちは間違い無い。
しかし、混乱状態、両者入り混じった状態で始まったこの銃撃戦は、人数の多い国境警備隊側の混乱が大きかった。特に、同胞である白エルフの秘密警察職員を撃つことを、無意識に躊躇してしまう者が多かったのだ。
一方で、これまで白エルフも黒エルフも区別なく手にかけてきた秘密警察側には、その躊躇がなかった。彼女たちは容赦なく引き金を引く。
大した遮蔽物もないまま、両陣営が撃ち合う。凶弾に斃れる者が次々と現れる。
黒エルフ達も当然巻き込まれた。国境警備隊員を狙った射撃が外れ、隣で身を低くしていた黒エルフを貫く。ある秘密警察職員は近くに居た黒エルフを立たせ、肉盾にした。泣きじゃくる黒エルフを銃弾が穿つ。
だが、混乱は黒エルフにとっても、唯一の好機だった。混乱に乗じて多くの黒エルフが逃げ出す。
「ほら、早く逃げなさい!」
ヴェルネラは、身を寄せ合って蹲る黒エルフの集団に駆け寄ると、短刀を渡して荒縄を切らせる。
拘束を解いた黒エルフ達が他の同胞の拘束を解きながら森へと消えていく。
「パルティス少尉! 右へ回りなさい! 軍曹! 分隊を掌握して、制圧射撃!」
ヴェルネラは、個々に戦闘をする部下達に矢継ぎ早に指示を出す。
秘密警察側もいくつかの集団を形成しながら天幕群の方角へと後退しつつある。
両者が使うメイフィールド・マルティニ小銃は、レバーアクション式の単発銃。つまり、射撃すると銃を肩から外して、槓桿にあたるレバーを下に押し下げて排莢し、開いた薬室に次弾を込め、レバーを引き戻すという手順が必要であった。
連発ができない以上、射撃すると再装填の隙が必ず生まれる。孤立していた秘密警察職員が発砲した瞬間、伏せていた黒エルフが飛びかかった。
突然の事態に慌てながらも素早く装填すると、腰だめで発砲。先頭の黒エルフの胸を撃ち抜いたが、後に続いた黒エルフが掴みかかる。
揉み合いになり、もう一人、また一人とやってきた黒エルフに囲まれた。彼女達は近くにあった手頃な石などを持って秘密警察職員を殴りつける。足を掴まれて引き倒され、石が頭に振り下ろされた。
秘密警察職員が事切れても暴行は続き、黒エルフが武器を奪って離れた時には、その顔は殴打痕で赤黒く腫れ上がり後頭部は陥没していた。
後退してく秘密警察はヘイズルーン第三収容所を目指していた。
そこには、弾薬も豊富にあり、収容所自体が遮蔽物にもなる。
多くの仲間を失いながらも、組織的に後退をしていた秘密警察。その進路上から突然、射撃を浴びせられた。
コンコーディア・アグレスやベアトリクス・セレンヴェン曹長ら反乱者達は、ヴェルネラと別れて行動していた。
ヴェルネラの作戦に沿った行動である。
ヴェルネラは部下達が待つ森の外縁部まで一人で戻り、部下を使ってその場の秘密警察を制圧する。部下達が従うかは賭けであるが、反乱の情報が伝達されきる前の今が好機だった。いや、今しかなかった。
見ず知らずの秘密警察からの命令より、長年付き従った中隊長であるヴェルネラの命令なら、後者を選ぶ確率も高い。
部下達を騙す形で、秘密警察に、ひいては政府に弓引かせる事になるが、最早なりふりかまっていられない。
ヴェルネラが一人で行くことに、コンコーディアは反対した。危険すぎると。
「ヴェラ、あたしも行く」
「駄目よ。白エルフと黒エルフが並んでいたら、秘密警察の言い分に信憑性が出てしまうわ」
「なら後ろから援護する!」
「それも駄目! 曹長達には一人でも多くの人手が必要なの」
ヴェルネラと別れるセレンヴェン曹長らは、レーラズの森に設営されたヘイズルーン第三収容所を急襲する事になっていた。
第三収容所には物資が集積されていると思われる。これだけ多くの黒エルフを銃殺しようとしていたのだ、その量は相当なものだと予想できた。これを奪う。
警備も、多くが森の黒エルフの監視に割かれていると思われるので残されているのは少数だと見積もられた。
「でもさ……!」
なおも食い下がるコンコーディアに、ヴェルネラは声を落として語りかける。
「そんなに、わたしが心配?」
「当たり前だろ!」
「なら、早く終わらせて助けに来てね」
上目遣いでウィンクも添える。コンコーディアが少し、頬を赤くしてそっぽを向く。柄にもないことをして、ヴェルネラも突耳が熱を持つのを感じた。
そうして、ヴェルネラと別れた残りの反乱者達は第三収容所へとやってきた。
収容所は、ヘイズルーン第一収容所に比べて小さいが造りはしっかりしていた。木でできた外柵が囲いを造り、四方には監視塔があった。囲いの中には木造の長屋状の兵舎が二棟ほど並び、黒エルフの姿が見えた。
外柵の外にも同じような兵舎がいくつか並んでいる。こちらには秘密警察と思われる白エルフの姿が見えた。
セレンヴェン曹長とコンコーディアが偵察した結果、ヴェルネラの読み通り、収容所の警備は必要最低限しか見当たらない。これなら少ないこちらでも勝ち目が見えた。
射撃の腕に優れたコンコーディアと黒エルフたちは、森の中から監視塔を狙う位置につく。一部は木に登り、射線を確保した。
残りはセレンヴェン曹長が率いて秘密警察が使用する兵舎に忍び寄った。
兵舎の外には動哨と思われる秘密警察職員二人が歩いている以外に姿は見えない。残りは兵舎の中だろう。
『やれ!』
セレンヴェン曹長の魔術通信による号令で、コンコーディア達が一斉に射撃し、監視塔の警備を撃ち斃した。
突然の銃撃に動哨二人の目が銃声の方向に向く。その隙に隠れていたセレンヴェン曹長らが姿を現し二列横隊で射撃態勢をとった。
兵舎の中から武器を持った秘密警察職員が飛び出してくる。そこへ斉射した。
勢いよく出てきた者達の身体を、銃弾が次々と貫いた。動哨も別方向からの射撃に慌てて身を隠そうとしたが、コンコーディア達に撃たれて反撃もできぬまま斃れる。
瞬く間に警備を斉射したセレンヴェン曹長達は収容所に突入した。
「モーフェン伍長! 収容されている黒エルフを頼む」
「はいっ!」
二手に分かれ、イブリン・モーフェン伍長率いる分隊が門を開放する。
一方、セレンヴェン曹長らは兵舎へ踏み込み、武器庫を探した。
収容されていた黒エルフ達も門を開け放って突入してきた白エルフと黒エルフの混成分隊に困惑した。
「助けに来ました!」
イブリンの言葉に、困惑した視線で応えた。白エルフが何を言っている?
懐疑的な視線を無視して、イブリンは黒エルフ達が収容されている兵舎の閂止めを外した。
「この白エルフは味方よ。助けに来たの」
黒エルフの一人が同胞に語りかけると恐る恐るといった具合で外へ出てきた。
『武器庫を見つけた。来てくれ!』
セレンヴェン曹長が魔術通信で呼びかけると、解放された黒エルフ達を連れて武器庫がある兵舎へと向かった。
「戦う気があるなら銃をとれ」
他の部下達に食糧などの物資を集めさせるなか、セレンヴェン曹長は解放された黒エルフに小銃を渡していく。
これまで抑圧されてきた怒りや復讐心から多くの者が武器を手に取ったが、全員を賄うには少なく結局武装したのは約五〇人ほどであった。
第三収容所に収容されていた黒エルフ約一〇〇人を仲間に加えたセレンヴェン曹長らは、物資収集に一部を残すとヴェルネラの援護に向かう。
魔術探知にて戦況を把握したセレンヴェン曹長は、秘密警察がこちらに後退して来ていることを利用し伏撃を準備する。
『撃て!』
後退してきた秘密警察の集団を十分引きつけると、斉射を加える。
セレンヴェン曹長らの伏撃で、多くの秘密警察職員が凶弾に斃れる。生き残った者も、挟撃され、逃げ場を失った。
第三収容所に収容されていた黒エルフ達は、容赦が無かった。
これまでに死んでいった同胞の仇を取るために猛烈に射撃する。武器を捨て、降伏した秘密警察職員も例外なく撃ち殺した。負傷し苦しむ者も銃床で死ぬまで殴打する。
復讐心に駆られた黒エルフの容赦のない暴力を、セレンヴェン曹長は止めること無く見守った。