清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか   作:タチアナ・グリセルダ

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もう一つの物語③ レーラズの森 後編

 後退する秘密警察を先頭で追撃していたフェドーラ・パルティス少尉が、伏撃で秘密警察を破ったベアトリクス・セレンヴェン曹長らと合流する。

 パルティス少尉は、セレンヴェン曹長に付き従う武装した黒エルフ達を見て怪訝そうな顔をした。

 

「曹長、これはいったいどういう事です……?」

 

 銃を構える事はしなかったが、油断なく様子を伺う。秘密警察を制圧する様に命令は受けたが、同じく秘密警察を攻撃した彼女らが味方かはわからない。何より黒エルフだった。

 黒エルフ側もそれに応ずる様に国境警備隊に警戒心を露わにする。

 両者の間に緊張が走る。

 

「各小隊長は隊員を掌握! 集合して整列させなさい! 曹長、死傷者をお願い!」

 

 その間に割ってはいるようにヴェルネラ・オルノネメア大尉が、血に汚れた軍服のまま前に出ていた。魔術通信と肉声を織り交ぜ、矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。

 パルティス少尉は一瞬だけ彼女の姿を見て、迷いを振り払うように号令を復唱した。

 中隊は動く。点呼、負傷者の搬送、混乱の只中にありながら、部隊は歯車のように回り始めた。

 

「武器弾薬の回収も頼むわ。それと、いざというときはすぐ逃げれるように」

「了解」

 

 セレンヴェン曹長に耳打ちすると、彼女は小さく頷いて素早く行動に移った。

 

「ヴェラ!」

「わっ!?」

 

 ヴェルネラが一人になった瞬間、コンコーディア・アグレスに後ろから抱きすくめられる。数刻前の一件以来、コンコーディアからのスキンシップが以前より激しくかつ増えていた。

 

「無事でよかった……」

 

 絞り出すような声と抱きしめる腕に力が入る。その震えが、ヴェルネラの背にじかに伝わった。

 不思議と嫌ではなかった。むしろ、胸の奥で張りつめていた何かが、わずかに緩む。

 

「コーディ、わかったから、離れて」

 

 ヴェルネラが言うと渋々といった具合でコンコーディアが腕を解く。

 

「黒エルフをまとめて、曹長を手伝ってもらえるかしら」

「わかったよ。任せな!」

 

 コンコーディアはニカッと笑ってから足早に去っていく。

 まだもう一仕事残っている。ヴェルネラは、両頬を叩いて気合を入れてから、自分を待つ部下達の元へと向かった。周囲では、逃げずに残っていた黒エルフ達が繋がれていた縄を解き、解放されていた。

 

 ヴェルネラの中隊は、先ほどの戦闘で損害を出したもののいまだ、一九〇人近くが健在であった。各小隊ごとに整列し、隊列の前に立つヴェルネラを見る。

 ヴェルネラは、首を振って中隊全体を見渡した。彼女らの瞳には、戸惑いや不安といった色が見て取れた。

 

「…………先ず最初に、皆に謝ることがある。わたしは、自らの信念に従い黒エルフを助けることにした。諸君らを騙し、秘密警察に弓を引かせた。すまない」

 

 ヴェルネラが黒エルフを助けると言った瞬間から、動揺が見て取れた。

 息を呑む音。隣と視線を交わす者。言葉を失う者。

 同時に、自分達が知らぬ間にその片棒を担わせられたこと知る。

 

「政府は、黒エルフの虐殺を我らに命じた。しかし、わたしはそれが正しい事とは思わない!」

 

 一呼吸おいて言葉を続ける。

 

「わたしは、政府に、エルフィンドに反逆するわ!」

 

 意図的に口調を変えた。上官としての硬い口調を止め、普段の私的な口調で語りかける。

 

「肌の色が違えど、黒エルフはわたしにとっては同胞よ。わたしは、彼女達と共に行くわ。…………皆に付き合えとは言わない。けれど、共に行くという者がいるなら歓迎するわ」

 

 ヴェルネラからの問いかけに、ざわめきが沸き起こる。互いに囁き合いながらヴェルネラを見る。不安や怒り、異常者を見る目が容赦なく向けられた。

 自分の為に部下達を騙した自分は、上官失格だとヴェルネラはそういった視線を正面から受け止めた。

 

「(この場で撃たれても、文句は言えないわね)」

 

 幸い、それを実行に移すものはいなかった。

 

「わたしに協力する者は付いて来なさい」

 

 中隊全体をゆっくりと見渡してから、部下達に背を向けてこちらを伺うように見ていた黒エルフ達の元へと歩き出した。

 残された中隊のざわめきがよりいっそう大きくなる。喧騒から逃げるように、一人の兵が列中から抜け出した。

 アーネチカ・ランドレス軍曹。古参の下士官で、彼女が入隊した頃から知っている兵だ。堂々とした足取りでこちらへやってきた。

 

「自分は付いていきます!」

 

 軍靴の踵を鳴らし、直立不動で敬礼するとはっきりと言い切った。

 それを皮切りに、一人、また一人と列中からヴェルネラに従う兵が現れる。

 意外な人物も、ヴェルネラに付き従った。

 

「……パルティス少尉」

「……私は(デック)の事なんてどうでもいいです。でも……中隊長が正しいと思うことが本当なのか知りたいだけです」

 

 中隊の三分の一ほど、約六〇人ほどが付いていくことを選択した。

 その理由は、ヴェルネラ同様に黒エルフ虐殺に納得できない者、既に秘密警察を撃ったから今さら戻れないと思う者、知り合いが行くからという者、残れば黒エルフに殺されるかもと思う者など多岐に渡る。

 

 残る選択をした者達は、周囲を取り囲む黒エルフの様子を、疑心暗鬼に満ちた目でしきりに監視する。

 そんな彼女らに、セレンヴェン曹長が歩み寄った。

 

「武器を」

「…………我々を処理するつもりか?」

「それは無いと誓います」

 

 無表情で目を逸らさないセレンヴェン曹長が片手を差し出すと、残る選択をした小隊長の一人がベルトを外して、ベルトごと拳銃嚢を預けた。

 

「曹長、こんなことが上手くいくと本気で思うのか?」

「…………何もしないよりマシです」

 

 残った者達から武器弾薬を回収すると、彼女達を第三収容所の中に収容した。ここを離れるまでの間だと説得し、あえて門に鍵は掛けなかった。

 

 

 

 三十一名だったヴェルネラら反乱者達は、解放した第三収容所の黒エルフ約一〇〇名に加えて、新たに白エルフ兵約六〇名と脱走せずに残っていた黒エルフ約八〇名を仲間に加え、総勢約二七〇名にまで膨れ上がった。

 反乱者達は、制圧した第三収容所で物資の分配と移動の準備を進める。準備は黒エルフが主体に行い、一部の白エルフがこれを手伝う。

 黒エルフと白エルフが手を取り合う。しかし、互いに距離感を掴めず、ぎくしゃくした雰囲気は消えなかった。

 

 一方で、ヴェルネラは収容所にあった地図を見ながら頭を悩ませていた。

 

「本当に、逃げ場がないわね……」

 

 独り言のように漏れた呟きは、誰に向けたものでもなかった。

 エルフィンド南東部にはシルヴァン川からファルマリアへと続く主要な街道が三本ある。その一番西側、へレイム山脈方面に近い街道沿いにヘイズルーン村があった。

 第三収容所を占領したヴェルネラ達であるが、いつまでここには居られない。直ぐにでも反乱の情報は伝わり、制圧部隊が差し向けられるのは時間の問題だった。

 生きるためにも、何処かへ行かねばならないが、何処へ行くべきか。これが問題である。

 ヴェルネラは、この問題をセレンヴェン曹長、パルティス少尉、コンコーディアに黒エルフ各氏族の代表四人と協議を重ねた。お茶汲み要員としてイブリン・モーフェン伍長も同席している。

 

 最初に検討されたのはへレイム山脈への潜伏である。

 これは、季節が悪かった。間もなく本格的な冬を迎えるベレリアント半島。その中でも特に過酷なのがへレイム山脈であった。

 この大所帯が隠れるには、風雨を凌ぐ場所もなければ食糧も足りない。到底冬を越えることはできないだろう。

 逆にこれが数人であれば、その選択を取るだろうとも思った。

 

ベレリアント半島(ここ)にあたしらの逃げ場は無さそうね……」

 

 コンコーディアの呟きが全てを表していた。

 実際、潜伏ができないとなると、今度は逃げ込む場所が無かった。北は言わずもがな、南にはシルヴァン川が行く手を阻んでいる。そうなると、後は海の向こう側しかない。

 

「何処かの人間族の国へ亡命するしかないわよね」

「幸い我らの容姿は人受けがいい。亡命を受け入れる公算は高いはずです」

「問題はどうやって行くか、よね……」

 

 最初に検討されたのは海を越えた先、東のロヴァルナ帝国だった。

 

「仮に船を手に入れられたとして、行けると思うかしら?」

「無理だね。海図も無いし、何より操船の経験がない。北海は荒れると聞くし、間違いなく誰もたどり付けずに海の藻屑だよ」

「海路がダメならキャメロットも無理よね」

 

 亡命するならキャメロット王国がいいというのは共通の認識ではあった。

 ベレリアント半島から北海を西へ進むとたどり着ける島国キャメロット王国。その王家は、遥か昔に枝分かれしたエルフ族の血を引くとされている。そういった歴史的背景もあって、キャメロットはエルフィンドの唯一と言っていい国交がある国であった。

 

「陸路ならアルビニーしかないでしょう」

 

 セレンヴェン曹長が、地図の南西端を指で叩いた。

 へレイム山脈を越え、ノグロストを抜け、オルクセン王国を横断した先にある小国、アルビニー王国。オルクセン王国を間に挟むとはいえ、海を越えた先のロヴァルナの次に近い。

 

「冬のへレイムを越えて、国境警備隊に見つからないようにノグロストまで行けるか?」

「地元民から言わせて貰うと、冬のへレイムを越えるなんて不可能だね。……上手くいっても半分は凍え死ぬさ」

「……見つからない様に隠れて北回り? いや、無理よね。食糧も足りないし、何処かで必ず見つかるわ」

 

 議論は堂々巡りを始め、やがて消去法で“山に籠るしかない”という結論が、重苦しく浮かび上がりかけた。

 

「あの……、南は駄目なんですか……?」

 

 それを見守っていたイブリンが、おずおずとシルヴァン川の南岸、オルクセン王国を指差した。

 オルクセン王国。オークの国。

 約一二〇年前、ロザリンド渓谷でオークと戦った経験のあるヴェルネラやコンコーディア、セレンヴェン曹長は互いに顔を見合わせた。

 南へ行くなど、考えもしなかった。

 彼女達の知るオークとは、暴虐で欲深い穢れた種族だった。同族まで喰らい、欲望のままに獣欲を満たす。そんな種族が住む領域への亡命。どうなることか分かったものではない。

 

オーク(グラムホス)の国へ行くなど……」

「裸で巨狼の前に立つようなものだ!」

「お嬢ちゃんはオークを知らないんだよ」

 

 黒エルフの代表達も、即座に拒絶の色を示した。

 彼女達もロザリンドやそれ以前の戦いでオークを知るもの達だった。

 

「……一考の余地はあると思います」

 

 それまで黙って聞いてきたパルティス少尉が口を開いた。彼女も、イブリン同様にオークを直接知らない世代である。

 

「オルクセンに亡命するのは別にしても、シルヴァン川を越えるのはありだと思います。皆さんがあり得ないとおっしゃる様に、相手も“あり得ない”と考えている。この方面の監視は手薄い筈です」

 

 パルティス少尉の言う通り、自分達もオルクセン方面への移動は考えていなかった。アルビニーへ行くにしても、エルフィンド領内を移動して、最後にオルクセンを横断する腹積もりで考えていた。

 その言葉に、場の空気がわずかに動く。

 

「正確な地図がないのでわかりませんが、オルクセン領内は平地が多いはず、へレイムを越えるより容易に西進できると思います。少なくともエルフィンドの追撃は避けられる」

「…………シルヴァン川南岸の土地勘は多少あります。オルクセンを移動してアルビニーを目指すことは可能かと……」

 

 パルティス少尉の計画に、セレンヴェン曹長も実現可能性を示した。

 ヴェルネラもその案を真剣に考え始めた。

 

「(オーク達に捕まれば、辱められた上に喰われるかもしれない……。へレイム山脈に籠るとして、それは何時まで? 一年、いや何十年後も、コーディ達の居場所はないかもしれない)」

 

 ヴェルネラは、コンコーディアと目が合う。彼女は小さく頷いた。

 

「…………シルヴァン川を越えよう」

 

 小さくも確固たる決意の滲んた声で、ヴェルネラは告げた。

 

「正気か!?」

 

 ヴェルネラの決断に黒エルフの一人が声を荒げた。

 ヴェルネラは、彼女を諭すように優しい声色で語りかける。

 

「へレイムに籠るとして、それは何時まで? こんな大虐殺をやるくらいよ、一年や二年で黒エルフの追跡をやめるとは思えない」

 

 一息入れ、ヴェルネラは全員を見渡した。皆、真剣な眼差しでこちらを見ている。

 

「……今なら、物資も体力もあるわ。逆にシルヴァン川を越えるような冒険に出れるのは“今”しかない」

 

 痩せ衰えてから、シルヴァン川を越えてアルビニーを目指すなど不可能に近い。それは全員の共通認識ではあった。

 

「オークの領域に踏み込む不安は解るわ。だから強制はしない。へレイム山脈に残るならそれでも構わないわ」

オーク(グラムホス)に犯し殺されるくらいなら、ここで死んだほうがマシだ!」

 

 黒エルフの代表の一人はそう吐き捨てると怒気を隠すことなく部屋を出ていく。それを見て、更に一人が後に続いた。

 その後ろ姿を黙って見送る。

 この集団は、軍隊ではない。あくまでこの瞬間を生き残るために協力しているに過ぎない。ヴェルネラの決断を強制することはできなかった。

 一先ず、この決定は各氏族ごとに持ち帰って残留希望者を確認することとなった。

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