清廉な白エルフは、いかにして不浄な黒エルフを虐殺したのか 作:タチアナ・グリセルダ
ヘイズルーン村の収容所所長室でハスラーディア・ダリエラリルは、ヴェルネラ・オルノネメア大尉が反乱を起こした報告を受けた。
報告したのはレーラズの森から逃げ帰った僅かな部下達からであった。
「そうですか……」
ハスラーディアは、頭を抱えた。反逆者を炙り出す為にまとめたことが裏目に出てしまっている。
現場指揮官を務めた部下のマルディネータ・フロックセン中佐の生死もわからない。
「(これは、少し不味いですね……)」
ハスラーディアは、頭を切り替えると直ぐに指示を出した。
ヘイズルーン周辺に展開する各部隊へ伝令を出すと同時に、村の電信局からファルマリアの国境警備隊司令部へ電報を飛ばす。
ハスラーディアに軍事はわからない。以前はフロックセン中佐が拙い軍事知識を補っていたが、今はいない。代わりに、収容所第三警備隊指揮官の少佐を呼び寄せた。
「反乱……ですか?」
「ええ、残念ながら」
ハスラーディアは、現状を包み隠さず伝達した。話を伝えられた収容所は、困惑した表情を隠さなかった。
「今の戦力で、これの鎮圧は可能ですか?」
ハスラーディアの問いに少佐はしばらく考え込んでから応える。
「厳しいです。第二警備隊全てが反乱を起こしたと仮定すれば、第二警備隊二五〇名に黒エルフが三〇〇近くは加わります。全員が武装しているとは考え辛いですが、戦力が増えるのは間違いありません。こちらは約五〇〇強。守るなら兎も角、攻めるのは……」
「そうなると、増援の到着を待ってからになりますね」
少佐からの報告をハスラーディアは顔色一つ変えず、お茶を飲みながら聞く。
「……何もしないのも問題があるなら、斥候を放つべきです。連中は直ぐにでも移動するはず、行き先がわかれば対策も取れます」
「確かにそうですね。人選は任せます、動向を探らせて下さい」
少佐は、敬礼をすると所長室から退室する。
既に日は傾きつつあり、反乱者達は夜陰に紛れて動く事が予測された。
早急に斥候を出さねば成らないと、付き合いの浅い小隊長を呼び寄せようとしたときである。
一発の銃弾が監視塔の白エルフ兵を貫いた。遅れて銃声が響いてくる。
それを皮切りに、ヘイズルーン村を中心に銃弾の雨が降り注いだ。
「敵襲ー!!」
突然の襲撃に国境警備隊は混乱に陥った。
ヘイズルーン村にほど近い森に展開したヴェルネラら反乱者達の白エルフ、黒エルフ混成部隊は弾薬を惜しむことなく銃撃をヘイズルーン村へと浴びせかけた。
ヘイズルーン村の収容所に存在するエルフィンド軍は、ヴェルネラ達にとっては目の上のたんこぶであった。ここから斥候が出され、追跡でもされれば南へ向かうことが露見してしまう。
奇襲攻撃でもってこれに追跡困難なほどの混乱と損害を与え、あわよくば制圧しようと考えた。
ヴェルネラの目論見通り、まさか攻撃されるとは思っていなかった収容所警備隊は、見るからに混乱しており、無秩序な魔術通信と魔術探知波が四方に飛び散っているのを感じた。
槓桿を下げると薬室から薬莢が後方へと勢いよく飛び出す。次弾を押し込め、槓桿を引き上げると遠くに見えるヘイズルーン村へと狙いをつけて撃つ。
ヘイズルーン村と収容所の周辺は開けている。将兵達は、銃撃を避けるため村に押し込まれるように隠れていた。
「(注意は十分引いているわね)」
ヴェルネラは、南に位置する主力集団に魔術通信を飛ばす。
それを合図に、ベアトリクス・セレンヴェン曹長らが黒エルフと共に収容所を迂回する様に移動を始めた。これは負傷者や非武装者が中心になっている。
シルヴァン川越えの脱出行には、二七〇名中一九〇名が参加を選んだ。そこにレーラズ周辺に逃げ散っていた黒エルフ達も加わり、最終的には二五〇名ほどに膨れ上がった。
ヘイズルーンへの陽動も兼ねた襲撃は二方向から行われた。ヴェルネラ率いる一隊は森から激しい射撃し、フェドーラ・パルティス少尉率いる一隊が北回りで側面へと回り込む。
山岳地に住み、健脚な黒エルフ達は良く機動して射撃した。種族としての才か、射撃の上手い者が多く、ヘイズルーン村に籠る白エルフ兵達を僅かな隙間から撃ち抜いてみせる。
奇襲効果もあって対した損害を出すこと無く優勢に戦っているヴェルネラ達であったが、数の差はいかんともし難い。
いまだ混乱しているとはいえ、収容所警備隊は各個に応射を始めており、ゆっくりとだが分隊、小隊単位でまとまり始めている。
「(やはり、制圧は無理そうね……)」
それでも十分混乱は誘えた。北に後退したと見せかければ移動方向を誤認させられるかもしれない。
魔術通信でパルティス少尉の隊に予定通り北へ後退する様に指示を出す。
「引くぞ!」
パルティス少尉が声を張ると白エルフ兵を中心に射撃手しながら下がっていくが、一部の黒エルフが命令を無視して留まった。
「貴様ら! 何やってる!?」
「うるさい! 白豚の命令なんか聞けないわ! あそこには同胞が居るのよ!!」
パルティス少尉が怒鳴るが、お構いなしに射撃を続ける。
中々下がらないパルティス少尉の隊にヴェルネラも、不安を抱き始めた。何か合ったのかもしれない。
「ゔッ!?」
敵弾が隣にいた兵の腕を貫く。素早く木陰に隠し、エリクシル剤で治療する。
『パルティス少尉! どうなってる!?』
『
ヴェルネラは、歯噛みした。
敵が態勢を立て直せば不利になるのはこちらだ。一方で、同胞を見捨てられない黒エルフの気持ちも理解ができた。
「ヴェラ、あたしが行って説得してくる! 少しだけ時間を貰えるかい?」
ヴェルネラが頷くと、コンコーディア・アグレスが木々の間を素早く駆け抜けていった。彼女に説得ができなければ置いていくしかないと冷静かつ冷酷な思考をする。
ヘイズルーン収容所への襲撃が始まると、収容所内部でも暴動が発生する。
黒エルフ達は、収容所の外で戦う同胞を魔術通信と魔術探知越しに感じ取っていた。
収容所警備隊の目は外に向けられている。今が脱走の好機だと感じ取っていた。収容棟建設作業の最中だったこともあり、武器となる工具は手元に合る。
応戦する為に監視塔からは兵の姿が消え、作業の監視員も二人しかいない。
黒エルフ達は、監視の兵に襲いかかると金槌を振るって彼女らを撲殺する。
建材の柱をいくつか束ねて即席の破城槌を組み上げると、閉ざされた門にそれを打ち付けた。
応戦に夢中の収容所警備隊は、内部の暴動に気づけない。
何十回と打ち付けられると、遂に閂止めがへし折れ門が開け放たれた。
歓声と共に黒エルフ達が外へと飛び出す。
「撃て」
道洋に伝わる爆竹の様に連なった炸裂が響く。
飛び出した黒エルフ達を一〇〇発近い銃弾が襲った。先頭の者などは多数の銃弾に引き裂かれ、四肢が千切れかけ、顔は判別がつかないほど損壊している。
門の正面には、ハスラーディアと秘密警察警備部が展開しており、さらには陸軍から借り受けていたファフシャン・レフィエ連発砲が据え置かれていた。
エルフィンド陸軍でも数少ないこの手動操作多銃身連発砲は、ハンドルを回せば三七本の銃身から二五発づつ斉射される。これが計二門一斉に発射された。
黒エルフ達は恐慌状態に陥り、慌てて収容区画内へと戻る。その背中を秘密警察が撃った。
「全員処分しなさい」
ハスラーディアの冷たい声と共に秘密警察職員達は収容区画へと押し入り、内部の黒エルフ達を淡々と射殺していく。
黒エルフの命が消えていくのをヴェルネラ達も感じ取っていた。
これに抑えられなくなった数名の黒エルフが森を出る。姿を見せた彼女らを数多の銃弾が襲い、貫いた。
「引きな!」
今にも森を飛び出そうとしていた黒エルフの腕を、コンコーディアが掴んで引き戻す。
「なんでよ! 同胞が捕まって……殺されてるのよ!?」
コンコーディアの手を振りほどいて黒エルフが叫ぶ。
「……もう間に合わない。それより今生きてる仲間を助けるべきだ」
コンコーディアは自分でも驚くほど低い声で告げた。つい先日、同胞を見捨てられずに親友まで危険に晒した事もあり、冷酷な判断を下すことができていた。
黒エルフは、泣きそうな顔でコンコーディアを睨む。彼女も頭の片隅で間に合わないことを理解していたのだ。
渋々といった形で森の奥へと引いていく。
北へと後退したヴェルネラ達は、パルティス少尉の隊と合流。夜陰に紛れて、南下したセレンヴェン曹長達へと追いついた。
元々可能性は低かったが、同胞を助けられなかった事、処刑のきっかけになってしまった事で、多くが意気消沈して歩く。
緩やかな丘陵の上に広がる林へと身を隠した一行は、ここで大休止をとることにした。
周辺の監視にはつい先程まで現役兵だった白エルフ達が付いた。
黒エルフ達は氏族ごとに身を寄せ合って集まり、白エルフ達は白エルフだけでかたまる。両者の間には距離があり、この集団では一転して少数派になった白エルフ達は黒エルフの顔色をうかがう様に隠れ見ていた。
反逆を起こし、肩を並べて国境警備隊と戦ったのにも関わらず、両者の間には未だ見えない壁ができている。
「(……よくないわね)」
ヴェルネラもこの空気を感じ取っていた。
黒エルフ達も、ここにいる白エルフは仲間であると理解はしていたが、感情がすんなりとそれを認められない状態であった。
先刻、収容所で同胞達が白エルフに処刑されたこともこの感情を後押ししている。
両者の間に、見えない緊張が満ちて行く中、一人の黒エルフが白エルフの集団へと向かっていった。白エルフ達の警戒した視線が向けられる。
その黒エルフは、首を振って白エルフの集団を見渡す。
その仕草は誰かを探しているかのようだった。目当ての人物を見つけたのか、黒エルフの視線が一点に注がれる。
「イブリン・モーフェン!」
白エルフの集団からほんの少しだけ外れた所で木に寄りかかっていたイブリンは、突然名前を呼ばれ驚いた様に顔を上げた。
その黒エルフは、イブリンへと小走りで駆け寄る。
「君は……!?」
イブリンはその黒エルフに見覚えがあった。
先日、収容所から脱走した黒エルフ。彼女はタチアナ・グリセルダと名乗った。
タチアナら、収容所を脱走した黒エルフ達は、レーラズの森周辺に潜伏していたところヴェルネラ達の反乱組へと合流を果たしていたのだ。
立ち上がったイブリンへとタチアナが正面から抱擁した。
「ありがとう……! 本当に、ありがとう!」
危険を冒して自分達を逃がしてくれたイブリンに、タチアナは涙を流しながら感謝した。こうして再会できた事もあってタチアナは涙が止まらなくなっていた。
泣きじゃくるタチアナに、イブリンは困った様に笑い、その背中を優しく叩いた。
タチアナとイブリンの様子を見ていた他の黒エルフ達も、ゆっくりと白エルフに近づき感謝の言葉を口にする。
多くはないが、黒エルフと白エルフが並んで会話をする光景が見られるようになった。
ほっと息を吐いたヴェルネラの隣に、コンコーディアが腰を下ろした。
「追跡は無さそうだ」
「そうね」
収容所襲撃により、収容所警備隊は混乱状態からなかなか立ち直れておらず、追撃に移れていなかった。僅かばかりの斥候を放ったが、ヴェルネラ一行の痕跡を掴むことはできていない。
今だ先行きは不透明だが、ようやくヴェルネラは一息吐くことができていた。
ヴェルネラは、コンコーディアの横顔を盗み見る。
エルフ族らしい端正な顔立ち。すっと通った目鼻立ち、何処か力強さを感じさせる灰眼。
隣に座ったコンコーディアの肩にヴェルネラは身体を傾けて寄りかかる。
今日だけで色んなことが起こった。
ヴェルネラはコンコーディアと、かつてエルフ族に雌雄の別があった頃であればとっくの昔にそうなっていて、今までもきっかけさえあればなっていたであろう関係になったと思っていた。
はっきりと口にした訳ではない。それでもコンコーディアか自分を見る目がどこか変わった。それに嬉しさを覚える自分がいるのも確かである。
女性しかいないエルフ族にとって、同性同士の恋愛というのは、多くはないが、別に珍しいものでも無い。そのまま連れ合いになる事もあった。
自分にもその
それに応えるように、手のひらを合わせに行き、指を絡めて固く手を握る。
ヴェルネラがコンコーディアを見上げると、彼女と目が合い見つめ合った。
コンコーディアがぎゅっと握る手に力を込める。ヴェルネラも同じ様に握り返した。
手のひら越しに伝わる体温が、張り詰めていた何かを、わずかに溶かしていく。
今この瞬間、互いがここにいる。それだけで十分だった。
ファフシャン・レフィエ連発砲の描写は、モデルとなったと思われるフランス製のミトラィユーズを参考にしております。